高耶さんは18歳


第2話 

台風とオレ

 
         
 

オレが苦手な季節がやってきた。初秋とかいうやつだ。
なんでかってゆーと台風が来る。あの忌々しい台風が。

 

 

『現在強い台風13号は東海地方から勢力を増しつつ北北東に進んでおります。この台風での被害は九州地方で行方不明者4名を出し、近畿地方では……』

朝のニュースで台風情報がやってた。
このままでいくとオレの住む関東地方に来る頃は今よりもっと強くなって下校時間には直撃かも。

「今日は帰り道に気をつけてくださいね」
「う、うん」

直江は知らない。オレは台風が大の苦手だってことを。
去年は大きな台風もなかったし、寝てる間に過ぎ去っていったものばっかりだったから、そんな姿を見られることもなかったんだけど。

「レインコート着て行った方がいいですよ?」
「そんなの持ってないもん」

直江は朝食を食べ終えるといつもの革靴じゃなくて、雨用のビジネスブーツみたいなのを履いて出て行った。
もちろんだけどオレにチューするのも忘れずに。
ああ、学校休みたい。

 

 

オレが台風を苦手と思うようになったのには原因がある。
小学1年生の時だ。
台風の日、学校帰りのオレは黄色いレインコートを着て、青い傘を差して、青い長靴を履いてひとりで下校した。
ランドセルには一日分の教科書と、手には体育着。だから両手は塞がってた。

強風に煽られながらヨロヨロと歩くオレにまず車が水溜りの水をぶっかけた。
泣きそうになったところに今度は突風。小さかったオレは傘を風に持っていかれそうになって、慌てて傘を握り締めた。
その時、なんとオレは飛ばされたんだ。
足が浮いてバランスが取れなくなって、車道に転がり込んで車に轢かれそうになった。

車はオレの手前で急ブレーキをかけて止まったから良かったんだけど、あのままだったら死んでたかも。
泣きながら家に帰ると誰もいなくて、しかも停電してた。
そのうち家の中が真っ暗になるし、外はビュービュー風が吹いてるし、母さんも父さんも帰ってこないし……。
真っ暗な家の中で怯えてたら、今度は庭の木が風で倒れてばかでかい音を出した。
その時のショックったらなかったぜ。恐怖のせいでオレは気絶しちゃったんだから。

怖くて怖くてしょうがなかった。そんな台風の思い出。

 

 

予想通り、台風は昼過ぎに関東にやってきた。
校舎の外は風で木がぐらんぐらん揺れてるし、電線もびょんびょんしてる。
オレの足は授業中だってのにガクガクしっぱなし。

6時間目の授業が中止になったって直江が言いに教室に入って来た。今からすぐに下校しなさいって。
部活も中止だ。

じゃあ譲と帰るか、って思ってたら譲は台風なのに予備校に行くらしくて早々にいなくなった。
どうしようどうしようって迷ってるうちに誰もいなくなって、とうとう残ってるのはオレひとり。
まさか「台風が怖いから一緒に帰って」なんて譲以外のクラスメイトに言えるはずも無く。

「そうだ、直江がいたんだっけ」

職員室に行ったらもう半数の先生はいなくなってた。直江もいない。
歴史準備室にも行ってみたけど直江はいない。他の先生がいたから聞いてみたら、直江はとっくに帰ったって言うじゃないか。

「くそー、旦那さんのくせに〜ぃ」

なんでオレを残して帰るんだ〜!!!

「おう、高耶。何やってんだ?早く帰れよ、危ないぞ」

オレの背中に声をかけてきたのは、今日だけ頼りになってステキに見える千秋先生だった。

「うわ、千秋〜ぃ!一緒に帰ろ!!」
「はあ?何言ってんの?橘先生は?」
「もう帰っちゃったんだって……なあ、オレを送って帰るつもりねえの?」
「俺は綾子を送って帰らないといけないんだよ。あいつ台風大嫌いだからさ」

そ、そんな……綾子先生は大人のくせに……。千秋はオレの(?)店子のくせに〜……。

「じゃあな。気ぃつけて帰れよ?」

みんなのバカ!!

 

 

勇気を振り絞って靴を履き替えて、いざ屋外へ。
……ダメだ……こんな暴風雨の中にどうやって飛び出せばいいんだ……。

「ひーん」

本気で泣きそうになった時にタッタッタと走って来る音が風の轟音に混じって聞こえてきた。

「高耶さん!」
「な!直江〜!」

雨の中に現れたのはスーパーマンよりかっこいい直江。レインコートの裾を翻しての登場だ。

「すいません!先に帰ったものとばかり……」
「バカー!」
「家に戻ったら高耶さんがいなくて、実家にいるのかと電話をしたら高耶さんは台風が何よりも怖くてという話をお義母さんから聞きまして……もしかして怖くて帰れなくてまだ学校にいるんじゃないかと思って戻ったんです」

誰もいない昇降口で直江はオレをギューッと抱きしめた。おかげで制服がびしょ濡れだけど、まあいいや。

「車で来ましたから、校門まで行けばもう大丈夫ですよ」
「うん」
「一緒に帰りましょうね」
「うん」

直江はオレのカバンを持って傘をさした。傘なんて無駄なような気がするけど。

「行きましょう」

そう言ってオレの肩を抱いた。もしかして相合傘がしたくて傘さしたとか?

「でも、こんなの他の人に見られたら……」
「大丈夫。台風が怖い生徒をひとりで歩かせるわけにはいきませんからね」

確かに。それにもうみんな帰ってるんだし、大丈夫かな。
直江と校門までのランデブーだ。台風は怖いけど、直江の腕に守られてるなら安心だ。

 

 

 

家に帰ってもまだまだ台風はひどいまま。家の中を歩き回るのすら怖いオレは、着替えも直江と一緒にしてもらった。
トイレも直江にドアの前で待っててもらうほどの怯えっぷり。
リビングにいる時はソファの上で丸まって毛布を被ってた。
直江は家中の雨戸を閉めて回って、耳を塞いで丸まるオレにハチミツホットミルクを作ってくれた。

「少しは音がしなくて済むでしょう?」
「でも怖いもん」
「私が隣りにいても?」
「だって……直江と台風じゃ台風の方が強いし」
「じゃあ私が高耶さんの耳を塞いでてあげますよ」

直江はオレを膝に乗せると毛布でくるんで頭を胸に押し付けた。右耳を胸に当てたら直江の心臓の音がした。

「次はこっちをね」

左耳は直江の手が塞いだ。あったかくて大きな手がオレの頭ごと抱えて耳を塞ぐ。
そしたら台風の音が聞こえなくなって、代わりに直江の音がして心地よかった。

「直江……」

両手を直江の背中にやってギュッて抱いて、甘えてみた。

「高耶さん、もう怖くない?」

直江の胸に当てた右耳から直江の声がした。うん、と頷いてみせたら今度はクスクス笑いが聞こえる。

「なんだよ」
「いえ、可愛いなあ、と思って。こんなに可愛い奥さんをもらってしまって私はなんて幸せ者だろうって思ったんですよ」
「台風終わるまでこうしてられるぐらい?」
「ええ」
「台風終わってからは?」
「それでもずっとこうしていたいぐらいです」

少し頭を離して直江を見た。台風の音は聞こえてくるけど、ちょっとだけチューしたくてさ。

「高耶さん……」
「なおえ……」

チューしたら今度はチューの音しかしなくなった。だんだん盛り上がってきて、このままエッチに突入して、エッチの音しか聞こえなくなればいいな〜って思った時だ。

ピンポーン。

「……誰か来た」
「いいところで……」

オレに毛布を被せた直江が玄関に出ると、あんまり有難くない声がした。

「いやー、義明くん、すまんな〜」

……父さん?

「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもこの台風で電車がそこで止まってな。歩いてみたはいいものの、家まで辿り着くには苦労しそうだと思った時にこの家が途中にあるのを思い出したんだ。少し休ませてくれ」
「そうだったんですか。それは大変でしたね」

直江と父さんがリビングに入って来た。父さんの服はさっきの直江よりもびしょ濡れでグレーのスーツが黒に見えた。
直江からタオルを受け取って服や頭を拭きながらオレのとこへ来た。

「お、高耶。相変わらず台風怖いのか?」
「うるせえな」
「どうせ義明くんに『怖いよ〜』とか言って抱いててもらったんだろう?」
「んな!」
「おまえの行動はだいたいわかってるんだからな。ウチにいたころは台風が来ると母さんに抱きついてたしな」

そんなこと直江の前で言わなくてもいいだろうが!!

「夜はひとりじゃいられなくて美弥と同じ布団で寝てたしなあ?」
「言うなよ!」
「父さんにもトイレにつき合わせたりしてなあ?」
「もういいってば!」
「今日もトイレに付き合ってやろうか?ん?」
「うるさーい!!」

そこで直江が助けに入ってくれた。

「まあまあお義父さん、そんなにいじめないでください。可哀想ですよ」
「直江〜!」
「義明くんが味方についたら父さんもう太刀打ちできないなあ。これぐらいにしてやるか」

クソ親父め〜。

「お義父さん、着替えを用意しますからゆっくり休んでください」
「おお、悪いねえ」

直江の部屋着を渡されて着替えてもどった父さんは変だった。直江の服だからズボンの裾は何度も折り返してるし、袖だって何度もまくってある。それに似合わない。

「変なの」
「そうだなあ。義明くんの服だからサイズがなあ。そうか、改めて義明くんは体がでかいんだったと思い知らされるよ」
「だよ」

そこで父さんはニヤっと笑った。この笑いは美弥にソックリだ。何かを思いついた美弥に……。嫌な予感が……。
コーヒーを飲みながら父さんは直江と話し始めた。
直江は毛布にくるまったオレの隣りにいてくれて、ずっと背中をポンポンしてくれてる。

「身長は何センチあるんだ?」
「186センチだったと思います」
「そういえばお兄さんも大きかったな。お父さんに似たのかな?」
「みたいですね。父も183センチはあったと思いますよ」

なに身長の話なんかしてんだよ。怪しいなあ……。

「アレは何センチだ?」
「アレ?ですか?」
「アレと言ったらアレだよ。男同士なんだ、恥ずかしがることじゃないだろ」

……それってアレってアレのことかよ、おい!つーかそんな話、奥さんの前でするこっちゃねえだろ!セクハラだ!!

「父さん!」
「高耶は小さいもんな〜」
「小さくねえ!普通だ、普通!」
「じゃあ義明くんも普通か?」
「直江のはでかいんだよ!!」

……………………しまっ……た。

「うがー!!」
「た……高耶さん……」
「あっはっはっはっは!そうか、でかいのか!いや〜、高耶も大人になったんだな〜!」
「キー!!」
「そんな旦那さんじゃ嬉しくて仕方ないだろう!」
「ムキー!」
「あ〜、楽しいなあ、若い夫婦をからかうのは!」
「直江も父さんも大ッ嫌いだー!!」

それからオレは台風の音なんか耳に入らないほど怒り続けた。
そして雨がやんで、父さんは大笑いしながら「いい土産話が出来た〜」とか言いながら帰っていった。
もうダメだ。絶対に父さんは実家でネタとして披露するに違いない。もう実家に帰れない〜!

「嬉しくて仕方ないんですか?」
「へ?なにが?」
「私のアレが大きくて」
「…………」

そのニヤニヤ笑いを引っ込めろ。いつの間にか直江まで美弥や父さんに似てきたぞ。

「高耶さんてば」
「別に嬉しくないッ」
「そうですか?じゃあ試してみます?今から、寝室で」
「ば……!」
「愛してますよ。高耶さん。台風からは私が守ってあげます。ね?だから今から寝室で試しましょう」

くそー!直江め!
やっぱ台風なんか大ッ嫌いだー!!!

 

 

END

 

 
   

あとがき

台風が来てるから
思いつきでかきました。
私は台風、夕立が好きです。

   
         
   
   
         
   
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