高耶さんは18歳


第3話 

通信番組とオレ

 
         
 

うちのテレビは直江が独身のころに使ってたテレビで、デジタル放送対応じゃないやつだ。
何インチか知らないけどちょっと大きめで豪華なテレビだったんだけど。

 

 

「おぁぁぁ〜!!!」

オレの雄叫びを聞いた旦那さんは書斎でやってた仕事を放り出してリビングにダッシュでやってきた。

「どうしたんですか!」
「てっ、てれびが!!」

床にはガラスが散らばり、大きなテレビに大きな穴が空いていた。

「……壊しちゃった……ごめん……」

秋晴れの日曜日、オレは天気がいいから気持ちもウッキウキで掃除を始めたんだ。
カーテンを洗って干して、隅から隅まで綺麗にするぞ〜と張り切って掃除機をかけてたら、ちょっとしたひょうしに滑って転んで掃除機の取っ手をテレビの画面にガッシャンコだ。

「怪我は?」
「ない……」
「そう、良かった……テレビなんかどうでもいいんですよ。あなたに怪我さえなければ」
「……うう」

申し訳ないのと、直江が優しいのでつい涙が出た。そしたら泣かなくていいんですよって言ってチューしてくれた。

「掃除終わらせちゃいましょうか。ね?終わったら一緒に新しいテレビを買いに行きましょう?」
「うん……」
「そんなに気にしないで。どうせデジタル放送対応テレビにしなきゃいけなかったんですから」
「ごめんな……」

頭を撫でてから直江は掃除を始めた。危ないから高耶さんはやらなくていいですよって、散らばったガラスを全部片付けて、テレビを庭に出して、全部やってくれた。
ついでにオレがやってた掃除もテキパキ手伝って、30分でリビングの掃除が全部終わった。

「じゃあ、テレビを買いに行きましょうか。商店街の電器屋さんでいいですよね?」
「うん、夕飯の買い物も一緒にしたい」
「そうしましょう。じゃあ出かける準備、してください。奥さん」
「は〜い」

そんなわけで新しいテレビが翌週我が家にやってきた♪

平日の夕方に電器屋さんが来てくれて、オレの立会いのもと新しいテレビが設置された。
直江が買ったのは最新の薄型プラズマテレビ。直江の給料を考えるとこれはちょっと高めの買い物だ。
でもオレがそのプラズマテレビの前でじーっと見入ったもんだから、旦那さんは無理して貯金を下ろして買ってくれたんだな。

「じゃあこれがリモコンになります。他の地域の番組も入るように設定しておきましたから」
「他の地域のって?」

電器屋さんが言うことにゃ、オレが住んでる地域の主要7局の他に、テレビ○○とか○○放送とか、そういう隣りの県やマイナー局でやってる番組も入るように設定してくれたんだって。

電器屋さんが帰ってから、オレはそのテレビ局の番組を見てみた。
そしたらさ!いい番組がやってるじゃねえの!オレ、もう虜。だって主婦なんだも〜ん。

 

 

「直江ー!!おかえりー!!」

学校から帰ってきた橘先生、じゃなくてオレの旦那さんの直江を玄関でお出迎えして飛びついて抱きついた。

「ただいま。どうしたんですか?そんなにはしゃいで」
「新しいテレビが来た!」
「ああ、今日でしたっけね。どうですか?気に入りましたか?」
「うん!」

直江にチューしてから袖を引っ張ってリビングにつれていった。新しい薄型テレビは今まで使ってたスペースの半分以下しか使ってない。リビングがちょっと広くなった感じがした。

「ああ、いいですね。最新式にして良かった」
「サンキューな、直江。やっぱ直江の奥さんになって良かった〜」

腕を組んで、その腕にスリスリしてみた。

「……なんですか?そんなに甘えて」
「あのな、さっきちょっとテレビ見てたんだ。他の県の番組とか入るようになったから。……そんで、お願いがあるんだけど……」
「はい?」

背伸びしてホッペにチューして耳に囁いた。

「洗剤買って?」
「……洗剤?ええ、いいですよ。お金を渡しますから明日にでも薬局で買えば……」
「じゃなくて……通信販売の洗剤。天然成分で安全な、食器にも洗濯にも家具にも車にも使える洗剤」

それまで笑顔だった直江なのに、急に不信感を表してオレをソファに座らせた。

「通信販売、ってことは……あの、実演販売風のテレビショッピングとかいうやつですか?」
「うん!」
「あんなの嘘に決まってるでしょう?」
「嘘かどうか直江は試したことあんのかよ」
「ないですけど、いかにもわざとらしい汚れを落としてみせたり、本当に天然成分なのか疑わしい漂白効果を見せたりしてるじゃないですか」
「そんなの買ってみなきゃわかんないだろ!」
「ダメです。普通に薬局で買えばいいんです」
「む〜」

この頑固者!石頭!ちょっと買ってやってみりゃすぐにわかるはずなのに!
だけどこの家の財政は直江が全権握ってるわけで。オレには月末に父さんから貰うなけなしの小遣いしか残ってないわけで。通販じたい未成年が申し込めるものではないわけで。
だから直江がダメって言ったら絶対に買ってもらえないわけで。

「いいもん。母さんに買ってもらうもん」
「お義母さんに迷惑かけちゃダメですよ」
「直江が買ってくれないって言うもん。洗剤買ってくれないから母さん買ってって言うもん。そしたらさ、きっと母さんは『可哀想に、高耶!充分な生活費ももらってないなんて!』っつって買ってくれるもん」
「……それ、本当に言うんですか?無駄な気がしますけど」

う、確かに無駄かも。
相手はオレの母さんだ。『んなもん義明くんの言うとおりよ』って突き放されるのがオチだ。
そういう家庭だ、オレの実家は。

「欲しい欲しい欲しい欲しい〜!」
「ダメです。ダメったらダメです。何が何でも絶対にダメですからね」

6回もダメって言った〜!直江のケチ〜!!

「そんな顔したってダメなものはダメなんです」

8回だ!!

その日の夜、オレは抗議のつもりで寝室で寝ないで自分の部屋で寝ることにした。
何度か直江が迎えにきたけど「買ってくれるまで一緒に寝ない」つって断り続けた。
そして現在深夜12時半。直江がまた迎えに来た。

「たかが洗剤じゃないですか」
「されど洗剤だ!」
「どこのメーカーも同じようなものですよ」
「違うに決まってんだろ。そうじゃなきゃテレビで通販なんかしないもん!」

直江は大きな溜息をついて(いつも溜息をついてるよな、直江って)オレの頭を撫でた。

「わかりました。買いましょう。たかが洗剤でケンカなんてバカらしいですからね。今度その番組がやってたら申し込んでおいていいですよ」
「マジで?!」
「ええ。根負けしました。だから一緒に寝てください」
「おう!」

やった♪

 

 

 

しかし!なんと困ったことにその洗剤の通販番組がどこの局でやってたか覚えてなかった!
毎日夕方の通販番組を見てたんだけど、その洗剤が紹介されることはなく……。うう……。

「まだ申し込んでないんですか?」
「だって……どの番組かわかんなくなっちゃったんだもん……」
「そうですか」

アッサリとかわした直江。やっぱ本音では買って欲しくなったんだな。くそ〜。
ふん、こうなったら直江の弱点で攻めてやる!!

「いいじゃないですか、普通の洗剤を使ってても問題はないんでしょう?」
「そりゃないけどさ……換気扇とかガスレンジとかの汚れがスッキリ落ちるってゆーからさ……。せっかく直江が建ててくれた家なんだから、いつまでもキレイに使いたいじゃん……」
「高耶さん……」

おおう!思ったよりもいい反応だ!
このまま押せ押せだ〜!

「オレもすっごい気に入ってる家だしさ、隅々までキレイにして大事に大事に使いたくてさ……。直江の車だっていつもピカピカにしておきたいのに……」
「そんなふうに思ってくれてたんですか……」

まあこれは本音でもあるからな。いいってことよ。

「普通の洗剤でもいいんだけど、少しでもキレイになる洗剤がいいな、なんて思ってたんだ」
「そうですか……じゃあ、これから一緒に通販番組見て探しましょう?」
「ホントに?」
「高耶さんが大事に思ってくれる家のためですから」

よっしゃ!これで直江陥落!あとは番組見つけて買うだけだ!

 

 

それから毎日オレと直江は通販番組を見まくった。
ニュースも見ないで通販番組。ドラマも見ないで通販番組。歴史番組も見ないで通販番組。
これでもかってくらい見て、今じゃどんなものが売ってるかをソラで言えるほど通販には詳しくなった。

そんなある日。

「あ、これですか?」

夕飯を食べ終わって直江とソファでイチャイチャしながら見てた通販番組であの洗剤が紹介されてた。

「これだ!これこれこれ〜!直江!電話して!」
「はいはい」

直江の声をテレホンセンターのお姉ちゃんに聞かせるのはもったいないけど、なんたって洗剤のためだ。ガマンしよう。
申し込みはスムーズに終わり、あとは届くのを待つだけになった。

「なかなか信憑性のある番組でしたね」
「そーだろ?頑固な茶渋も落とせるし、窓ガラスの曇りにも使えるし、カレーうどんのシミも落ちるんだぜ。これは買わなきゃもったいないだろ」
「本当によく落ちる洗剤だったらいいですねえ。金額は高かったけど、薬局の洗剤を何種類も買うよりは節約にもなりそうでしたしね」
「早く来ないかな〜」

直江の肩に頭を乗せて鼻歌を歌いながら楽々掃除の妄想をしてたら、ふと思いついたように直江が言った。

「じゃあシーツのたんぱく質汚れもこれからは気にしなくていいってことになりますねえ」
「たんぱく質汚れ?」
「いつもシミが残ってしまってたでしょう?気になってたんですよ。お隣りさんに干したシーツを見られてバレたらって。洗濯物を干す時に気を使って外側にはシーツが干せなかったんです」

なんのこと?

「まあ、わからないならわからないでいいですよ。そのうちわかりますから」

怪しい含み笑いをした旦那さんは晩酌のビールを飲みながら、テレビのリモコンでチャンネルを『その時歴史は動いた』に変えた。
そしたらそれっきりテレビに夢中になって話してくんなくなっちゃった。
この歴史オタクめ。

 

 

洗剤が届いたのは土曜日の午後。
オレが出て宅配便を受け取って、直江に預かってたお金を宅配業者の人に渡した。
さっそく開けて見てみると、メインの液体洗剤の他にも効果の高い粉の漂白剤と、ペースト状になったクレンザーも入ってた。

「ヒャッホー!」

さっそく使わないと!まずは換気扇だ!

液体洗剤を専用のスプレーボトルに薄めて入れて、換気扇にプシュッとやってみた。
みるみる油汚れが落ちていく!

「おおおおお。すっげー」

次は湯呑だとかカップだとか急須だとかの漂白だ。粉を溶かして浸け置きすると換気扇掃除の間に全部ピッカピカになってた。
なんて魅力的な洗剤なんだろう!!
じゃあ次だ!クレンザーで風呂掃除だ!カルキ汚れを一掃してやる!

そんなわけで直江が帰ってくるまでオレは掃除をしまくった。

「ただいま。高耶さん?」
「おかえり〜!」
「なんですか、その格好は」

タオルでハチマキ、ジーンズの裾を膝まで捲り上げて、Tシャツの袖を肩まで捲ってるこの格好のことだ。

「洗剤が来たんだ。だから今までガンガンに掃除してやったぜ!」
「ああ、あの洗剤ですか。どれどれ」

直江を連れてまずは風呂場に。ピカピカになった蛇口や湯垢のまったくないバスタブ、曇ってない鏡を見て直江は驚いた。
それからキッチン。けっこう掃除をサボってたから汚れてた換気扇やガスレンジやシンクが新品同様に。
リビングに置かれたインテリアもすべて買った直後みたいな輝きを取り戻してた。

「本当に落ちる洗剤だったんですねえ……」
「だろだろ?!買って良かったと思わねえ?」
「ええ。これなら安い買い物でしたね」

直江は掃除したとこを嬉しそうにニヤニヤ見てから着替えに行った。
なんだろ。この間から洗剤のことになるとニヤニヤしちゃってさ。怪しいなあ。

 

 

その夜。
掃除で疲れていい感じに疲れてるオレは早めに眠ろうとしてベッドに入った。
そしたら直江が来てこう言った。

「そんなわけで高耶さん。もう洗濯の心配もなくなりました」
「は?洗濯の心配って?」
「シーツのたんぱく質汚れのことです」
「だからたんぱく質汚れってなんだよ」

オレにたんぱく質とか言われても、どんな質なのかわかるわけねーだろ。料理はできるけど家庭科と理科は2だ。

「……まだわからないんですか?たんぱく質といえばアレじゃないですか」

ヒソヒソヒソ。

「えええ〜?!たんぱく質ってソレのことかよ!」
「ですよ」

そりゃシミがついてたなって気になってはいたけど!

「これからは気にしないでたくさんつけられます。手始めに今夜試してみましょう!」
「マジかよ!」
「マジです!」
「疲れてるんだってば〜!」
「ダメですよ。明日の朝、あの洗剤がどれだけ汚れを落としてくれるか試さないといけないんですから!」
「うわ〜ん!」

よく落ちる洗剤のせいでオレは直江に美味しく食べられてしまった。
そりゃもう高校生相手だとは思えないほどにたくさん。
いい洗剤ってのも考えものだな。

直江の奥さんやってるのも大変だぜ、おい……。

 

 

 

END

 

 
   

あとがき

この後、直江は通販に
目覚めました。
他にも色々と買っているようです。
色々と・・・。

   
         
   
   
         
   
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