高耶さんは18歳


第5話 

受験とオレ

 
         
 

忘れてたんだけど、オレ、受験生だった。
すっかり忘れてた。いや、一応テストとかあるからなんとなくは覚えてたんだけど、なんつーかさ、ほら、もうすでに就職してるわけじゃん。
それに進学コースにしたのだって直江のクラスになりたかっただけだし。
本当は大学なんか行かなくてもいいんだけど。

いいんだけど……直江が最近うるさいんだよな。

 

 

「それで高耶さんは希望大学は決まったんですか?」
「まだ」
「早くしないとセンター試験に間に合いませんよ?」

毎日こうやって志望校を決めろって言うんだよ。他の生徒はみんな決まってるって。
家だろうが学校だろうが毎日聞いてくる。
面倒だから直江に決めてもらおうかな〜って言ったら、大学ぐらいは自分で決めなさいってさ。

「今日は帰りにご実家に寄って決めてしまってくださいよ?」
「わかったよ」

うるさい直江を追い出すみたいにしてチューして出かけさせた。
オレもそろそろ出発しないと遅刻しちゃうから、弁当をカバンに入れて戸締りしてから家を出た。

チャリを学校の駐輪場に停めてから、下駄箱のある昇降口へ。
クラスの、いや、学校中の憧れの的の新発田タマミと階段の途中で会ったから一緒に教室まで行こうとしたら背後から橘先生が。

「おはようございます」
「おはようございま〜す」

新発田は元気に橘先生に挨拶。オレは普通に。
そんで旦那さんである直江、橘先生と3人一緒に教室に行った。
ザワザワ騒いでるみんなに直江が大きな声で「座ってください」っつって黙らせて、それぞれ大人しく自分の席へ着く。
ウチのクラスでの直江は人気者で、男子も女子も直江の言うことなら素直に聞く。それだけ信頼されてる先生だ。

「あと一週間でセンター試験の締め切りです。ご家族とよく話し合ってから願書を作成して、学校に持ってきてください」
「は〜い」

そう言われてもな〜。どこ受験していいかなんて考えてなかったよ。
直江がいくつかオレでも受かる大学を出してくれたけど、学科すら決めてないんだからどこもいいとは言えない。
そしたら父さんと母さんが勝手にそのリストから選び出してた。
今日は帰りにそれを見ながら母さんと相談か〜。

「なあ、譲。オレ、どんな学科を受験したらいいと思う?」
「はあ?まだ決めてなかったのか?」
「だって〜」

事情を知ってる譲は特に深く考えるつもりがないのか、主婦業に役立つとこにすれば?と言った。
そんな学科あるのか?料理とか掃除とかか?
大学行ってまでそんなもん勉強するつもりねーぞ。

「サイコロで決めるわけにはいかないんだからね」
「……それいいな」
「……はぁ……」

母さんとサイコロで決めるとするか。

 

 

 

実家で母さんと受験大学を話し合ってたら、妙にここがいいって勧められる学校があった。
学科はどうしようかと悩んでみたら、またもや勧められる学科が。
なんでこんなに勧めるのか、パンフを見比べてみてわかったことがある。入学金と授業料だ。
母さんが勧める大学はリストの中でも一番安くて、諸費用が一番かからない学科だった。

「金かよ!」
「だって〜ぇ。まさか本気で受験するなんて思ってなくて、お父さんと海外旅行に行く計画立てちゃったんだもの〜」

最低だ……なんて親だ!

「直江に言いつけるぞ」
「あら、大丈夫よ。義明くんだって高耶が受かるなんて思ってないし。万が一受かったとしてもこのぐらいの学費だったら海外旅行にも行けるしね。ああ夢にまで見たロマンティック街道……。お父さんと二人きり……」
「せめてサイコロで決めてくれ!」
「ダメよ。お金を出すのは私たちなんですからね。そんな真似させません」

く〜!ここまで母さんが頑固になってるってことは本気だ!本気で海外旅行に行きたいんだ!
息子よりも自分か、この鬼母!!

「あ〜、お父さんと二人きりで海外なんてス☆テ☆キ☆。あんたに新しい弟か妹が出来ちゃうかもよ♪」
「やめてくれ!」

そんで結局、オレは一番金がかからない大学を受験することになった。
言いつけてやる〜!!

って、思ってたところで直江から電話が入った。

「もしもし?」
『今どこですか?』
「実家。受験する学校決まったぞ」
『そうですか。では今から向かいますから。ご実家で待っていてください』
「うん。わかった」

そして10分程度で直江が来た。タクシーで来たらしい。

「お義母さん、高耶さんの大学決まったそうですね」
「そうなのよ〜。もうこの子ったら親孝行でね〜。オレはここがいい!って、ほら」

すかさず母さんは直江にパンフを見せた。

「……お義母さん……ここ、本気で高耶さんが……?」
「え?そうだけど?」
「オレはそんなこと一個も言ってねえぞ!一番金かからない大学にしろって勝手に決められたんだよ!」

それを聞いた直江は怒りをあらわに母さんに静かな声で注意した。

「それでは困りますよ、お義母さん。私は旦那さんですが担任でもあるんです」
「あら、義明くん。それを言うなら生徒にはそれぞれ家庭の事情っていうものがあるのよ。担任だと言うなら家庭の事情には口を挟まないで欲しいわね」
「家庭の事情って……」

そこで直江はリビングの隅に置いてあるロマンティック街道の旅のパンフを見つけた。

「……もしかして……ロマンティック街道の旅……狙ってるんじゃないですか……?」
「なんのことかしら?オホホホホ」

母さんと直江の不思議な攻防戦が始まった。
こりゃ見ごたえあるな。

「自分の息子の進学先をそんなことで決めてもらっては困ります」
「そんなことですって?まあ、橘先生。それは心外ですわ。この仰木家の家庭円満のための旅行を『そんなこと』扱いするなんて失礼しちゃうわ。それに高耶の夏期講習をキャンセルして沖縄に行ったのは誰だったかしら〜?」

う。それ言われたら直江は弱いぞ。
新発田とオレが同じ予備校だったのを嫉妬して夏期講習行かなくていいって言ったのは直江なんだから。

「そ、それは……私と高耶さんの夫婦中の危機だったので……仕方なく」
「んまぁ!じゃあ私とお父さんの夫婦仲の危機は回避するなってこと?!ひどいわ!高耶、こんな旦那さんとは離婚しちゃいなさいな!」
「お義母さん、それだけは!!」
「心の狭い男なんて高耶が苦労するだけなのよ。わかるでしょ、義明くん。大事な息子をそんな心の狭い男に一生預けるなんて、息子思いの母親としてはちょっとねえ……」

母さんは大袈裟に真剣さを出して言った。これは母さん得意の罠なんだけど、直江、わかってるかな?
それにしても何が「息子思い」だ。そんな母親だったら金がかかろうと何だろうと息子の行きたい大学に行かせるだろうが。
って、特に行きたい大学はないんだけど。

「さあ、どうするの?離婚するの?それとも私が決めた大学に行かせるの?」
「……うう……」

オレが離婚なんかするはずないんだけど、まだ高校生だから決定権は親にある。
そこが直江の弱味だ。

「どっちも拒否するなら教育委員会にチクるわよ。橘先生がウチの高耶を恥ずかしい写真で脅して無理矢理同居させてるって」
「事実と異なるじゃないですか!」
「今はねえ……問題教師が多い時代ですからねえ……いくら橘先生が違うと言い張ってもどうなることか……」
「……ずいぶんと汚い真似をされますね……」
「あらまあ!どこが?!」

すっとぼけるのだけは母さん大昔からうまいんだ。直江が敵う相手じゃないよ。
そろそろ助けてやるとするか。

「はい、そこらへんで終了!母さん、オレは母さんが言った大学でいい。でも学科だけは好きにさせてくれ。直江もこれ以上母さんに楯突いたらマジでおっかないことになるからもう黙れ」
「そうは行きませんよ!」
「なんで?」
「その大学は今のあなたの学力では無理だからです。根本的なことです」

がーん!そういうことだったのか……。

「じゃあロマンティック街道に行くためには高耶に毎日8時間の自習をさせなきゃいけないってことなの?!」
「そうです!だからそれを説明しようとしたのに離婚だ何だと……お義母さん、人の話はちゃんと聞いてください」
「義明くんが最初にそれを言ってくれないから!」
「ああ、はいはい。そうですね。私が悪かったんですね」

直江が珍しく母さんに皮肉を言った。しかし。

「そうよ、義明くんが悪いのよ」

ダメだ、こりゃ。

 

 

 

そんで結局オレの進学先は父さんが帰ってきてから美弥も含めた5人で決めた。
なんで美弥まで……。

「ではこの大学で。ここならギリギリロマンティック街道にも行ける学費ですし、学科も高耶さんの苦手な数学の試験はありませんし、通学も1時間以内ですし、理想的だと思いますが。何かご意見は?」
「ないな」
「ええ、お父さんが異論ないなら。高耶は?」
「……もうどうでもいい……」

それぞれ勝手なことを言う家族会議に疲れてオレは最終的にどこでも良くなってしまった。
直江がいいって言うならそこでいい……もう。

「じゃあ後はセンター試験だな」
「そうね。高耶が大学生ね〜。想像もしてなかったわ〜」
「うっせー」

疲れ果てた直江はもうこの家族といるのが億劫になったようで、外食でいいから食べて帰ろうと言い出した。
オレは旦那さんの意見に賛成だ。外食か〜。回転寿司とか食いたいな〜。

「ではこれで帰ります。お義父さん、お義母さん、楽しい海外旅行を」
「ありがとう♪」
「……さ、行きましょう、高耶さん」

家族に別れを告げて直江と二人で実家を出た。
一回帰ってから車でジャスコの近くの回転寿司に行くことにして。

「とりあえず、明後日に模試の結果が学校に届きますから、それを見てから高耶さんの受験勉強の対策を練りましょう」
「うん」
「それにしても高耶さんのご家族は本当に個性的で……」
「正直に言っていいぞ。破天荒だって。オレもそう思うし」
「……よくあのご両親からあなたのような素直で可愛らしい男の子が生まれたもんですね……」
「うーん、それはたぶん……直江の奥さんになるために生まれてきたからじゃん?」

オレが言った一言に直江はやっと笑顔を取り戻してくれた。そんで道端なのにチューされた。

「いつまでも可愛い高耶さんでいてくださいね?」
「は〜い」

家に帰ってからイチャイチャしながら寝室へ。着替えてから回転寿司に行く準備だ。

「ハマチ〜、シメサバ〜、イカ〜、ネギトロ〜」
「もっと高価なもの食べてもいいんですよ?」
「ん〜、じゃあエビ〜、コハダ〜、シャコ〜」
「もう少しレベルアップしましょうよ」
「………………コンビーフ?」
「……もういいです……」

手を繋いで家の駐車場まで行って、シートベルトをして発進だ。ゴー!

「プリンも食っていい?」
「好きなだけ食べていいですよ。プリンだろうがババロアだろうが、好きなだけ」
「やった!直江、いい旦那さんだな!」

なんか直江の表情がイマイチ冴えなかったけどいいか。

 

 

そして模試の結果が配られた日。
オレは直江に進路指導室に呼ばれた。

「……あの、大変言いにくいんですが……この成績ではどこの大学も無理です……」
「へ?!」
「もし先日の志望校に入るとしたら、平均点をあと13点……いえ18点は上げないと……」
「ええ?!」
「……私の予想を話しますと、センター試験まで一日も休まずに毎日学校以外で6時間の勉強が必要になります……」

ま、まいにちろくじかんいじょうの……?

「先日のお寿司じゃありませんけど……もっとレベルアップが必要です……」
「そのレベルアップって……オレに出来る……?」
「……たぶん……無理です……」

……オレ、そんなにバカだったのか……。

「あんなにお義母さんと言い合いしたのに、結局は無駄だったということですか……」
「は……ははは」
「ロマンティック街道の旅は豪華な旅行になりそうですね……」
「……ひーん!」

それからどうなったかって?とりあえず毎日勉強したんだよ、6時間。
でも一週間やったら頭がショートして知恵熱を出して寝込んだ。
体重も5キロ痩せて、直江がもう「見てられません!」つって勉強をやめさせた。

そんなわけでオレの進学はパーだ。おじゃんだ。もっと言えば「なかったことにしよう」ってことだ。
そして母さんたちはさっそく『ビジネスクラスで行くロマンティック街道7泊8日』ってのに申し込み、オレは受験戦争から離脱して専業主婦の道へ。

「……ごめん……橘先生のクラスの進学率落としちゃった……」
「もういいんですよ。あなたが勉強勉強で毎日げっそりしていくのを見るぐらいなら、進学率なんてどうでもいいんです。大事なのは高耶さんの健康なんですから」
「なおえ〜」
「はいはい」

大事な奥さんなんですからねって言われながらちょっと泣いて、それ以降はすっかり立ち直った。
やっぱオレは直江の奥さんになるためだけに生まれてきたらしい。

 

 

END

 

 
   

あとがき

受験とは縁のなかった
私がテキトー書いたので
間違ってても黙っててください。


   
         
   
   
         
   
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