みんな受験だ就職だで忙しい今の時期、オレは専業主婦目指してのらくら過ごしてる。
うーん、なんかウチのクラスのみんな余裕なく勉強してるんだよな〜。
「そんなものです、受験なんですから。高耶さんがのんびりしすぎなんです」
「譲ものんびりしてるけど」
「成田くんは実力がケタ違いですから余裕なんでしょう」
最近の旦那さんは毎日帰りが遅くて夜9時10時なんて当たり前。
受験生の担任てのは大変なんだな〜。
「オレも勉強しようかな」
「今からしたってどこの大学も入れませんよ?」
「……けど退屈で。みんなオレのこと無視だもん」
「だったら習い事したらどうですか?お習字とか、そろばんとか」
むー。バカにしてる。
「小学生じゃないっつーの」
「新聞の広告に習い事のチラシが入ってましたよ。それを見てみたら?」
「そーしよっかな」
同級生が遊んでくれないから習い事か。まあいいや。そのうち役に立つこともあるだろう。
新聞からチラシだけ抜いてきて、それらしいものを探したら英会話と通信教育と料理教室のがあった。
「英会話は……無理くせえな……通信教育は……やんなくなるだろうし……やっぱ料理教室かな」
「いいんじゃないですか?料理部だったんですしね。また奥さんの料理の腕が上がるなら大歓迎です」
チラシには『お試し5日間!料理研究家・高坂昌信のクッキング教室』と字が入ってた。
最近メジャーな料理研究家でよくテレビに出たりしてる男だ。ちょっとオカマっぽい美男子。
5日間お試しで習ってみて、気に入ったら生徒になってくださいね、ってやつだ。5日間で授業料3万円はちょっと高いけど、直江が出してくれるって言ってるし。
「んじゃ明日、申し込みしてくる」
「保護者の方の許可が必要ですからお義母さんと行ってみたらどうでしょう?」
「うん」
直江にお金を預かって、明日は学校帰りに料理教室に行くことにした。
学校帰りに母さんと待ち合わせて電車に乗って料理教室へ。
ビルの中にある高坂料理教室はオシャレな入り口、オシャレなインテリア、オシャレな奥さんばっかりだった。
「入るわよ」
「……オレ、浮いてない?」
「浮いてるに決まってるじゃない」
制服の男子高校生がこんなところに何しに来たの、って目でみんな見てる。
ビビりながら母さんと受け付けで申し込みを済ませた。
「母さんも一緒にやろうよ」
「なんで?世界一お料理上手なお母さんがどうして習わないといけないの?」
「ああ、そーですかっ」
見学して行きますか?って言われてちょっとだけ見ることにした。
中に入ると奥さんたちが奥のテーブルの前に集まってノートを取りながら高坂先生の授業を受けてるとこだった。
「あら……」
「なに?」
「お母さんも習おうかしら……」
どうやら母さんは高坂先生の美貌に惹かれたらしい。
こんな母さんと習うなんて恥ずかしい!一人でいいから母さんには来て欲しくない!
「ダメ!」
「どーして〜」
「世界一料理上手なんだろ?!」
「嫌味ったらしいわね〜」
「父さんに言いつけるぞ。……母さんは男目当てで料理教室通うらしい、って」
「う……あんた嫌な子になったわね……」
「どっちが」
高坂先生のレクチャーが一通り終わって、奥さんたちがワラワラと家庭科室みたいなキッチンにつきはじめた。
見学のオレたちを見つけて高坂先生が近寄ってくる。母さん、釘付け。
「見学の方ですか?」
「あ、はい」
高坂先生は男のくせに美人だ。オカマっぽい仕草を時々見せるってことはホモなんだろうか。
お仲間?
「ええと……お母さんが習われるんですか?」
「いえ、息子が。家庭の事情でちょっと」
「そうなんですか。じゃあ少し紹介しましょうか」
そう言って高坂先生はオレと母さんをキッチンへ連れ出した。
そこで奥さんたちの献立を教えてくれたり、この教室の設立までのことを教えてくれたり。
どうやら高坂先生は一人でこの教室を作ったんじゃないらしい。武田調理専門学校ってゆー有名なところの校長が出資と監修をしてるんだって。
だから器具も一流、作るメニューも最高級、講師も充実、なんだってさ。
つーことは武田校長が高坂先生のパトロンてわけか。ホモ決定だな。
「今までお料理はしたことあるの?」
「あ、はい。んーと、学校で料理部に入ってて2年間やってました。あと家でも毎日作ってます」
「あらそう。じゃあ基本はバッチリね。得意分野は?」
「和食……かなぁ?」
だったら上級者コースにしなさいと薦められて、その場で中級者コースから上級者コースに変更になった。
これで直江においしい夕飯作ってやれるのか、って思ったらなんだかウキウキ。
「じゃあ来週、待ってますね」
「は〜い」
なかなかいい先生じゃんか。オカマっぽいけど。
「そうですか。気に入ったなら良かった」
「うん。楽しそうだったし、頑張るから直江も楽しみにしとけよ?」
「はい」
旦那さんにさっそく報告。キレイで清潔な教室や、親切そうな先生のこと、上級者コースだってことを話した。
どうせ直江は来週も夜遅くまで学校に残って受験生のフォローだし、習い事するのちょうどいいかも。
「高耶さんの料理はただでさえ美味しいのに、もっと美味しくなるなんて夢のようですね」
「だろ〜?大事な旦那さんが受験シーズン頑張ってるんだもんな。奥さんとしても頑張らないといけないだろ」
「ありがたいことです」
リビングでチューされてご満悦なオレ。直江はちょっと疲れてるみたいだけど、いつも優しい。
ああ、結婚生活っていいな〜。
「ところで高耶さん」
「ん?」
「同じ教室に女の子はいるんですか?」
出たな、ヤキモチ。
「上級者コースだからな。奥さんばっかりだったよ。あと高齢の男の人とか」
「そうですか……良かった」
「直江のためでもある習い事で浮気なんかの心配しなくていいんだっての」
「わかりました。しばらくは受験で奥さんに寂しい思いをさせてしまいますが、私の愛は揺るぎ無いものですからわかってくださいね?」
「オレだって直江への愛は揺るがないよ」
幸せ満載なチューをして、その夜は直江の『疲れ○ラ』ってやつでエッチしてさらに幸せ満載だった。
下半身はいつでも元気なんだな。
料理教室はけっこう充実してた。高坂先生の他にもたくさんいる講師の先生たちが懇切丁寧に教えてくれた。
かぶら蒸しとか、しんじょうとか、ちょっと特別な日のための料理を多く習って、料理のコツなんかもたくさん教えてもらって、ちょー勉強になっちゃった。
だけど高坂先生が目をつけたのはオレのいつもの適当さにだった。
「ちゃんと計量カップではかったの?」
「ううん。適当に入れた」
そんなことしちゃダメでしょう、って言いながら高坂先生が味見。
「……これは……ちょっと帰りに先生の部屋まで来てくれる?」
そう言われたのは最終日。
今夜は帰りがけに食材たくさん買って、習った全技能を使って直江に美味しいものを……と思ってたんだけど。
「え〜」
「いいから来なさいよ。わかった?」
「は〜い」
面倒なことだったらヤダな〜。これから毎週通いなさい、って勧誘だったり。
仕方なく行ってみると高坂先生は机に座って電話をしてた。ちょっと待たされて話したことにゃ。
「あなた、テレビ番組やってみない?」
「はぁ?!」
「たった2年、家と学校で料理してきただけであんなに作れるんだったら才能あるってことでしょう?作り方にも感心したわ。適当にやっておいしく作る。天性のものに違いない!」
わけわかんねー。オレはテレビなんか出たくないし、直江の奥さんやってれば満足なのに。
「やんない」
「やりなさい」
「やんない!」
「やりなさいってば!お金は儲かる、有名になれる、可愛い芸能人との恋愛も思いのまま!さっき武田校長と話してたんだけどね、あんたなら和製ジェイミー・オリバーになれるわよ!」(あくまでも高坂は男です)
和製ジェイミー・オリバー?
それってあの『裸のシェフ』のジェイミー?
美味しいものをラフに作ってラフに食う、あのジェイミー?
まずいものだらけのイギリスで美味しいものを作る頑張り屋・ジェイミー?
「あんたを見てるとあの番組を思い出すわけ!アレを日本人でやって、なおかつ和食!若い娘っ子の和食離れが解消できるし、視聴率も取って、スポンサーもバッチリ、DVDも売れ売れで校長も私もガッポガッポってわけよ!」
「金かよ!」
母さんに引き続き、ここにも金の亡者がいた!
冗談じゃねえ!オレは汚い大人の汚い金儲けに使われたりしねーぞ!
オレは直江だけの奥さんでいたいんだ〜!
睨み合いが続いてちょっとしたころ、オレはハタと気が付いた。
奥さんやってるからテレビは無理だって言えばいいんじゃん。
どうせ先生だってモーホーなんだし、隠すことねえよな。
「オレね、結婚してんの」
「え?」
「旦那さんがいるんだよ。だから専業主婦になる予定。テレビは無理」
「なんですって?嘘言うんじゃないの!」
「マジだってばよ!」
「じゃあその旦那とやらを連れてきなさい」
「……今、受験で忙しいからダメ」
高坂先生は勝利の笑みを浮かべた。なんで?
「嘘ね」
「マジだっつーの!じゃあ連れてくらぁ!いつならいいんだ!」
「今からあんたの家に行くってのはどう?」
「ああ、いいさ!見て驚け!」
そんなわけでオレは高坂先生を連れて家に帰った。
「ただいま、高耶さん?お客さんですか?」
夜9時。直江の帰宅。
「おかえり!待ってたんだ!」
「なんですか?え?なんですか?」
グイグイ直江の背中を押してリビングへ。そこにいた高坂先生を見て直江はビックリした。
「……高耶さんの料理教室の……?」
「そう、高坂先生」
「どうして?」
「オレがおまえの奥さんだってのを証明しろって」
高坂先生は立ち上がって直江に挨拶をした。不気味なほどニッコリと。
それからテレビ出演の話を事細かに話してみると、思ったとーり大反対。
「そんなものに出たら私の高耶さんが危険です!」
「だろだろ?だから何度も断ってるんだけど、全然諦めてくれないんだよ〜」
高坂先生を睨む直江の目が敵愾心で燃えてる。こーゆー旦那さんもかっこいいな。
おっと、それどころじゃなかったんだっけ。
「本当はただの従兄弟とかじゃないの?」
「いえ……本当に奥さんです。高耶さん、写真は見せてあげたんですか?」
「見せたけど信じてくんなかった」
「そうですか……」
直江は眉間にシワを寄せて、うーん、と考えてから、オレの顔を両手で包んでチューをした。
「奥さんですッ」
「直江ったらぁ!」
「キスぐらいじゃねえ……」
「……キスじゃ証明にはなりませんか……じゃあ!」
そー言って直江が向かおうとした先は書斎。
もしかしたら!もしかしたら〜!
「ダメ!アレはダメ!あんなの人に見せるもんじゃねーだろ!」
「あ!そうですね!アレはちょっと……あんな写真を赤の他人に見せるなんて……つい」
『奥さんのステキな写真集』を見せようとしてたなんて、直江のヤツ、よっぽど証明したいんだな。
そりゃオレだって証明したいさ。和製ジェイミーなんかになりたくないもん。
それにテレビなんかに出た日にゃぁ、直江と一緒にいる時間が減って、寂しくなった旦那さんは外食続き。
そこで出会ったイケイケお姉ちゃんに寂しさのあまり「お食事、ご一緒しませんか」などと声をかけ、ワインなんか飲んじゃっていい雰囲気に。
そしてお姉ちゃんは直江に惚れて「これからどこか行きませんか?二人きりで。うふふ」なんつっちゃってホテルかなんかにシケ込むわけだろ!!
んで直江があーなってこーなって、お姉ちゃんがあーなってこーなって……!!
そんなの許せるわけないじゃんか!!
「うあ〜ん!!」
「高耶さん?!」
「なっ……急に何泣いてんの!」
パニック状態で大泣きのオレ。
直江も高坂先生も釣られてパニック。
「直江が浮気したらオレ死んじゃうよ〜!!」
「浮気?!そんなものしませんよ!」
「だってオレが奥さん仕事できなくなったらお食事ご一緒しませんかで二人きりでうふふであーなってこーなって!」
「何を言ってるかわかりませんが浮気は絶対しませんよ!」
ギューッと抱きしめてもらって背中ポンポンされても泣き続けのオレに、直江は根気良くチューをたくさんして愛してますから大丈夫って言ってくれた。
「高耶さんは大事な奥さんです。私だけの奥さんですよ。だからテレビなんかに出しません。安心して」
「ひーん」
「それでも高坂先生が引き下がらないと言うのなら……この世から抹殺しますから」
ひ!と高坂先生が息を飲んだのがわかった。
きっと直江は人殺しの目で高坂先生を睨んだんだな。
「高坂先生。私の奥さんをテレビなんかに出しませんよね?ねえ?」
「……え、ええ……出しません……」
「絶対ですね?」
「もちろん!お約束します!!」
「じゃあそういうわけなのでお帰りください」
直江の腕の中から高坂先生をチラ見してみたら、真っ青になって帰る私支度をしてるとこだった。
「ああ、高坂先生。ひとつ言い忘れてましたが私の実家は寺です。いくらでも死体を埋める場所はありますからご安心ください」
「……は、はい……」
高坂先生は逃げるようにして玄関に向かった。ところが玄関で足止めをくらったのだ。
「うわ!危ねえな!急にドア開けるんじゃねえよ!」
この声は千秋。ウチに遊びに来たところだったのかな?
「……って、高坂じゃん。なんでこの家にいるんだ?」
ちょっと風向きが変わったから直江に肩を抱かれたまま玄関に出てみた。
千秋に立ち塞がれて高坂先生がオロオロしてる。
「千秋?」
「よう、高耶。なんで高坂がいるんだよ。インチキ料理研究家がさ」
「インチキ?」
「そ。俺が通ってた料理教室の劣等生。色気でホモの武田校長に取り入って実力もないのに研究家とかいう肩書きに収まった金の亡者だよ」
な、な、なんだと〜!!
そーいえば千秋は料理はプロ並みの腕前だ。料理教室に通ってたとしてもおかしくない。
「授業はテキストの丸暗記。実践は全部講師に押し付けて、自分は味見しかしないって寸法だ。なあ?高坂よ。俺様よりもヘタクソな料理作ってたもんな〜?塩と砂糖間違えるなんざ日常茶飯事。小麦粉とミョウバン間違えてとんでもないことになってたしな〜?」
「……千秋……このお喋りが……」
「んで?なんでここにいるのかな〜?」
「く!」
千秋を押しのけて高坂先生は飛び出して行ってしまった。
あー、良かった。和製ジェイミーになんかならずに済んで。金儲けの道具にならずに済んで。
やっぱ頼れるのは逞しい旦那様だな〜。
「ふう。ようやく帰りましたね。高耶さん大丈夫?」
「うん」
「大事な奥さんがひどい目に遭わずに済みましたよ。千秋、礼を言うぞ」
「高坂が来たってことは、もしかして和製ジェイミーの話か?」
「なぜわかったんだ?」
「俺もなれって言われたんだよ」
千秋は数学教師として門脇先生のそばで働くのが目標だったから断ったそうだ。
あの料理教室で和製ジェイミーになれそうな男子が来ると声をかける、ってのがやり口なんだって。
千秋の時は武田校の手先の講師がスカウトしてたらしい。
「テレビ出演の前に特訓とか言って武田校長が授業するらしいんだけどさ、それの金とかも取られるって噂だぜ。良かったな、騙されなくて」
「うん。オレは直江の奥さんでいたいだけなんだもん」
「そうですよね、高耶さん。私たちは平凡な仲良し夫婦でいいんですよね」
「な〜?」
千秋が呆れて睨んだ。
「平凡なって……どこがだ、このバカ夫婦」
「うらやましいんだろ?」
「全然!!」
そんなこんなで騒動は治まった。
その日は習ってきた技術も虚しく直江と千秋と3人で出前ピザだ。
だけど今度の休みの日には直江に美味しいご飯を食べさせてあげるんだ〜。ウキウキ。
「俺は招待してくんねえの?高坂にトドメを刺したこの俺を」
「どーする?直江」
「考えておきましょう」
「ん」
「バカ夫婦!!」
やっぱ羨ましいんじゃん。
千秋もそろそろ可愛い嫁さんを見つけた方がいいんじゃないかな。んで仲良し夫婦になればいい。
オレと直江みたいな♪
END |