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高耶さんは18歳


第9話 

離婚宣言とオレ

 
         
 

最近、直江の帰宅時間が遅い。
受験生対策のためだってゆーのは知ってる。
だけどメールで『夕飯食べて帰ります』ってのが増えた。
今までも夕飯を食べて帰るからって言われたことはある。先生同士の付き合いってやつだ。
だけどそれがここ数週間頻繁に起こってるのはなんでだ?

って、思ってた矢先の出来事。

「ただいま、高耶さん」
「おかえり。もう夕飯食ったんだろ?んじゃ風呂だな。もう風呂場に準備してあるからそのまま直行していいぞ」
「じゃあそうします」
「スーツは適当に置いといて」

カバンを受け取ってリビングに一旦置いた。
それから脱衣所へ直江のスーツを取りに。性格なのかスーツとネクタイはしっかりハンガーにかかってた。

「う~、直江の匂い~」

スーツをクンクンしてうっとりしてたら目に付いたものが。

「ん?」

指先で取ってみた。あれ?あれれ?

「長い……」

茶色い髪の毛がついてたんだけど、直江のじゃないのが完璧にわかる超ロングの髪の毛。
通勤バスでついたのか、また「橘先生~」とかって女生徒にくっつかれたか。

「くっそー。直江にくっつくなんて10万年早いんだよ!」

この髪の毛使って藁人形でも作ってやろうかと思ったけど、思い直してゴミ箱に落として捨てた。
そう、オレが直江の奥さんなんだ。こんなことで妬いてたらキリがねえ。
寝室にスーツを持って行って、ブラシをかけてからしまった。直江のスーツはどれもこれもオレがブラシをかけてるからいっつもかっこいいんだぞ!

「さてと、ビールでも出してやっか」

キッチンに戻って直江のために冷やしておいたビールの準備。グラスを冷凍庫で冷やしておいて、おつまみのおしんこを切った。
そうこうしてる間に直江がパジャマ姿でリビングにやってきた。

「おや、今日はお揃いのパジャマなんですね」
「うん。これから奥さん業に専念するからさ、こーゆー細かいところもやりたいな~って思って」
「こういうところで卒業が楽しみになればいいんですけどねぇ。ずっと学校で高耶さんを見てたから、いなくなるのが寂しくて」
「そっか。直江が学校行ってる間は離れ離れなんだな……オレも寂しい」
「そのぶん家でイチャイチャしましょう」
「うん!」

リビングのソファに座った旦那さんにビールとおしんこを出して隣に座った。
オレはキッチンの窓のところで育ててるハーブで作ったハーブティーだ。

「あ、そうだ」

直江は思いついたようにリモコンでテレビをつけて、ビデオを巻き戻した。
そして数分後、テレビには歴史ドラマが。

「……イチャイチャするんじゃねえの?」
「イチャイチャしながら見ましょうよ」

先週の日曜日に録画したドラマだ。武田信玄のところの武将だか参謀だかの話。
このドラマがやってる時間帯は、オレが古い家をリフォームする人気番組を見てるから直江は録画して見てるんだ。

「ま、いいか。一緒に見る」

だけど直江はイチャイチャしてくれずにずっとドラマを真剣に見てた。
たまにビールを飲んだり、おしんこ食ったり。

「面白い?」
「ええ。史実も大切ですけど、こういうドラマだと登場人物の気持ちになって入り込めるから好きです」
「ふ~ん」

つまんねー。退屈~。

「なあ、今日も女生徒に腕組まれたりした?」
「いえ、今日はなかったですね」
「バスは?混んでた?」
「すいてましたよ。座って帰れるほど」

……じゃああの髪の毛はなんだろう?
どこでつけてきたんだ?けど今は冬だし、ちょっと離れたところからでも静電気でつくこともあるのか。
あんまり考えてもしょうがないよな。

「それ見終わったら寝るんだろ?オレ、先に寝ててもいい?」
「え?寝ちゃうんですか?」
「うん。つまんないし」
「……じゃあ準備して待っててください」

ニッコリ笑ってチューされた。
準備ってことは、今夜はエッチする日なのかな?
まあ今は受験シーズンで体育もないし、まだ夜は長いし……。
よし!エッチの準備して待ってるぞ!!

「んじゃ待ってるから、早く来いよ?」
「はい」

何度か直江の顔にチュッチュッってやってからトイレに。戸棚に隠してある『とあるモノ』で準備を。
すぐ臨戦態勢に入れるように寝室での準備もオレがやろっと。ウキウキ。

その夜は「あ~、愛されてるな~」って感じだった。

しかし翌日、オレはとんでもないものを見てしまった。

 

 

 

放課後、これからも料理を独学でやっていこうと決めたことを門脇先生に話しに、料理部に顔を出した。
このまえ料理教室に通ったとき、けっこう楽しくてハマったんだ。
高坂先生はパチモンの先生だったけど、もうちょっと家で本読みながら作ったりして頑張ってみようと思ってるとこ。

もし門脇先生が独学のコツなんかを知ってたら教えてもらうつもりでいた。

「あら、珍しい」
「仰木せんぱ~い!!」

後輩のみんなと会うのも久しぶりだったから、門脇先生の勧めで一緒に料理を作ったりしてみた。
部活が終わってから相談したら、コツは「たくさん作ること」だって教えてもらった。

「なんなら調理師の専門学校にでも進学すればよかったのに」
「うーん、別にプロ目指してるわけじゃないからな~。千秋先生みたいにいろんなもの作れるようになりたいだけ」

そして直江においしい食事を提供するのがオレの目標だ。

「もったいないわね。でもまあ、今はいつでもスタートできる時代だから、プロになりたくなったら進学しなさい」
「は~い」

そんな話をして夕方に下校することに。
だけどチャリに乗ってから気が付いた。夕飯の買い物しなくちゃって。
遠回りだったけど駅前の商店街で買い物をすることにした。

八百屋に行って魚屋に行って酒屋でビールを1ケース注文して……。
さて帰るか、と思ったとき、視界に気になるものが飛び込んできた。
直江だ。

なんで直江が駅前の商店街に?学校にいるはずなのに。
まあ声をかけてみようかと一歩踏み出したら、直江はきれいなお姉さんと一緒に歩いてた。

「……直江……」

なんで?奥さんはオレだよな?なのにどうしてきれいなお姉さんとこんなとこを。
心配っつーか、怒りっつーか、そんな気持ちで後をつけた。そしたら商店街を抜けてちょっとした歓楽街へ。
歓楽街つっても飲み屋がたくさんとラブホが数件あるような半分オフィス街でもあるようなとこなんだけど。

「な……」

角を曲がって消えてしまった。慌てて追いかけたらいなくなってた。
いなくなった場所にはラブホ……。

「……そんなぁ……」

目の前、真っ暗。
浮気してるんだ、直江。
やっぱ男の奥さんじゃ物足りなくなって、きれいなお姉さんと二股かけてたんだ。
昨夜のスーツについてた長い茶髪はあの人のだったんだ。

「う~」

学校のカバンと買い物袋をぶら下げて、トボトボと自転車置き場に戻った。
泣きながら歩いてたからみんな見たけど、そんなのかまってられないぐらいショックだったんだ。

 

 

 

「……ただいま……高耶さん?」

直江が帰ってきた。玄関から声がする。
あれから3時間。直江はまたもや遅い帰宅だった。
携帯には『今日も夕飯は食べて帰ります』って入ってたけど、それに気付いたのは泣きながら家に帰った後だった。

「高耶さん?どこですか?」

真っ暗な家の中の、真っ暗な自分の部屋。
着替えもせずにベッドに入って布団にくるまって泣いてた。
直江が浮気したのはオレが悪いんだ。ちゃんと奥さんらしくしてなかったから。
だから怒っちゃいけないって思うんだけど、悲しくて悲しくて涙が止まらない。

「高耶さん?」

ドアが開いて直江が入ってきた。

「具合、悪いんですか?」
「ううん……」
「じゃあどうしたの?明かりもつけないで閉じこもって」
「……なんでもない……」
「なんでもなくないでしょう?言ってください。あ、夕飯食べなかったから怒ってるんですか?」

そのぐらいじゃ怒らない。

「すいません。今日はどうしても外せない約束があったので」

約束って、あのお姉ちゃんとホテルでエッチすることがか?
もう卒業するし、オレを奥さんにしてることが学校や教育委員会にバレても大丈夫だから別れようとか考えてるんじゃないのか?
だったら惨めな思いする前に。

「離婚したい……」
「え?!」
「もう離婚する」
「どうして?!何があったんですか?!離婚なんか私がするはずないでしょう?!」

オレがくるまってる布団をひっぺがそうとする直江。直江の顔をみたくなくてうずくまって阻止するオレ。
男二人での引っ張り合いで布団カバーがビリビリって破けた。

「高耶さん……」
「離婚するんだ!」
「嫌です!」

くるまってた布団ごと直江が持ち上げて、二人の寝室に移動させられた。
そこで放り投げられてとうとうオレは泣きっ面を直江に見られてしまった。

「……ちゃんと話してくださいっ」
「もう奥さん無理なんだよ!」
「どうして?!」
「どうしても!!」
「そんな答えで離婚なんか出来るわけないでしょう!」

直江ちょー怒ってる~……。

「うう……う……」
「高耶さん!」
「う~!うわ~ん!」

とうとう大泣き。
旦那さんの浮気を見て見ないふりなんか高校生のオレには無理だ。
だけど「浮気してるんだろ?」って問い詰められるほどしっかりした奥さんである自信もない。

「ひーん!」
「あの、高耶さん、すいません、怒鳴ったりして……」
「あーん!」
「そんなに怖かったんですか?」
「うあー!」

ずっと泣いてるオレがどうにかなっちゃったんじゃないかと心配そうにしてるけど、そんなことでオレが泣き止むはずもない。
そしたら直江は今まで見たことないぐらいにオロオロし始めて、破けた布団カバーをいじったり、床に膝をついてオレの顔を覗き込んだり、オレの周りをうろうろ歩いたりした。
そのうち直江は立ち止まって突っ立った。

「なんで泣いてるのかぐらい教えてくださいよ。何もわからないんじゃどうしようもないですよ。離婚なんて言われて泣きたいのは私なんですから」
「ふえ~」
「高耶さ~ん……」

今度は直江が座り込んで泣き出した。

「離婚なんて絶対イヤなんですよ……うぅ……なんでそんなこと言い出すんですか……」
「だって~……」
「高耶さんがいなくなるなんて私の人生終了です……」
「うそつき~」
「嘘なもんですか……バラ色の人生から一気に灰色の人生に転落です……せっかく卒業記念にリフォームして……専業主婦の奥さんと楽しい毎日を送れると思ってたのに……っ」

りふぉうむ?

「高耶さんのためのサンルームだったのに……」

さんるうむ?

「なに、それ」
「…………高耶さんの卒業祝いに……うっく……サンルームをプレゼントして、そこで……う~……お茶したりラブラブしたりっていう目論見が……ありまして……」

泣きながら直江はそんな話をした。
さんるうむ。
それってセレブな皆さんが「おほほ」とか言いながら茶したり本読んだり日焼けしたりするとこだろ?

「驚かせようと思って、卒業式まで内緒にしておくつもりで毎日設計士のところに通ったのに……離婚なんて……」

せっけいし?この家を設計してくれた人、だよな?
確かこの家の設計士って……ロン毛の茶髪の色っぽいお姉さんだったような……。

じゃああの人、設計士?!そういや商店街を抜けたオフィス街モドキの歓楽街に事務所があったような……!
うわ!じゃあオレの完全な勘違いじゃん!!

「奥さんにプレゼントなんて優しい旦那さんですね、って言われて浮かれていたのに……一瞬にしてどん底なんて……」

あの設計士さんは直江が男の奥さんを貰ったのを知ってる数少ない味方だ。
その人の顔を忘れてたなんて、とんでもねえ失敗じゃんか!

「なおえ……?」
「やっぱり離婚ですか……?気持ちは変わらないんですか?」

リフォーム番組を見て、オレがサンルーム欲しいな~って言ってたのを覚えてたらしい。
ああ、どうやって謝ろう!!

「えっと、その……サンルーム……欲しい……」
「え?」
「ごめん……離婚、しない。ちょっと勘違いしてたみたいだ……」
「本当ですか?!」
「うん、ごめんな?」
「高耶さ~ん!!!」

離婚の理由はとりあえず置いといて、直江は大喜びでギューッて抱きしめた。
そりゃもう息苦しくてオエってなるぐらいに。
ほっぺをくっつけると直江の涙がオレのほっぺにくっついた。
旦那さんを本気で泣かせたのは初めてかもしれない。

「……二度と離婚なんて言わないでください」
「うん」
「こんなに苦しかったこと、今までありませんでしたよ」
「ごめんてば」
「それで、なんで離婚なんて言い出したんですか?」

夕方に見たことを話して、それからショックだったことも話して、あと奥さん業をしっかりやってない自分じゃ直江に浮気されても仕方ないってゆーことを話した。

「しっかりやってくれてたからサンルームをプレゼントしようって思ったんですよ」
「だって掃除も料理も洗濯も毎日やってないし」
「そんなものは橘家独自の基準でいいんですよ。この家では高耶さんがすべての基準なんですから」
「……ホント?」
「ええ。私は高耶さんにいつも支えてもらってます」

優しい旦那さんでいてくれる直江にチューをした。いつもいつも優しいんだな。

「夫婦揃って泣いたりして、明日は顔を腫らして登校しないように冷やさないといけませんね」
「ん。だな」
「でもそれもいいかもしれませんよ?橘先生と仰木くんはなんで同時に目が腫れてるんだろう、ってみんなに思ってもらえますからね」
「そんなのヤダよ」

もう一回直江にチューしたら、ベッドに乗っけられた。

「ケンカの後のエッチって燃えますよね?」
「……する?」
「します!」

橘家(三男夫婦限定)恒例、アフターケンカエッチ。
燃えたかって?当たり前じゃん!!

 

 

 

エッチのあと、直江の腕に抱かれてピローなトークを楽しんだ。

「どこにサンルーム作るんだ?」
「キッチンの奥に」

キッチンの奥?って、庭に面してるところだよな。
南向きのスペースでそこから入る光がキッチンを明るく照らす、料理中にちょっとのんびりできるスペースだ。
窓辺にハーブの鉢植えを置いて育てたりしてる。

「んーと、じゃあオレ、丸いのがいい。丸い形のがいいな~」
「そう言うと思いました。テレビで見たのと同じような形で注文してあります。庭の面積の都合上、あまり大きなものは作れませんから半円形なら出来ますよ」
「やったぁ!直江、ちょー大好き!」

直江の胸の上に頭を置いて、どんな造りにしたいか話し合った。
半円形の上はドームが良かったんだけど、それは難しいってことで普通の屋根みたいなやつ。
夏場は暑くなるから日光を遮るために白いテントみたいのが張れるように。
庭から出入りできるように外側のガラスはパタパタ畳んで全開できる感じで。
床は白い大理石。木のテーブルセットを置いて食事もできるようにする。
そして小さなハーブの鉢植えを置けるように。

「うわ~、最高♪」
「庭に余裕を持たせておいて良かったですよ」
「えへへ~」
「完成したらサンルームでイチャイチャしましょうね?」
「うん!」

なんて素敵な旦那さんなんだろう!
オレなんかにゃもったいないけど、だからって誰にも渡さないもんね!オレの旦那さんだもんね!

なんだか寂しそうだなって思ってた卒業も、サンルームが出来るなら楽しみになってきた。
そうだよな。学校で会えなくなっても直江とオレの絆は強靭で象が乗っても壊れない筆箱なみだ。
だから心配しなくてもいいし、寂しく思わなくてもいいし、毎日毎日直江のことだけ考えてる主婦になるんだ。

「早く卒業したいな~」
「高耶さんが卒業したら堂々と『結婚しました』って先生方に言いますよ。とても可愛い奥さんを貰いましたって」
「うん。卒業したらこっちのもんだ。生徒に手を出したって言われなくて済むよな?」
「バレたって怖くありませんよ。教育委員会だろうが何だろうが私たちの仲を引き裂くことはできません」

待ち遠しくなってきた卒業まであとちょっと。

「愛してますよ、高耶さん」
「オレもー!!」

専業主婦頑張るぞ!!

 

 

 

END

 

 
   

あとがき

高耶さんがすぐに離婚だと
言い出すのには理由があります。
ものすごい小心者なのです。
たぶん。

   
         
   
   
         
   
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