今日は卒業式。
遣り残したこといっぱいあるけどもう卒業式だ。
「高耶さん、支度できましたか?」
「おう」
今日の直江は卒業生担任な上に司会をやるから黒いフォーマルスーツ。
いつもより数段かっこいい。
「制服姿を見るのもこれで最後なんですねえ」
「旦那さんからの要望があれば家で制服着てやるけど?」
「……それもいいですね」
不敵に笑った旦那さんはいやらしいことを考えてるっぽかった。バカだ。
「オレだって橘先生の授業が受けられないって思うと寂しいよ」
「お互い様ですね」
おでこをくっつけて笑ってからチューして家を出た。
今日は最後だから一緒にバスで登校だ。並んで歩いて学校に行くなんて最初で最後かと思うと……。
「なあ、帰りも一緒に帰れる?」
「仕事が残ってますから一緒は無理ですねえ。でも早目に帰ってきますから」
「うん。じゃあ寄り道しないで帰って待ってるよ。昼飯用意しとく」
「お願いします」
バスに乗るとすぐに橘先生目当ての女子が近寄ってきてオレと直江の間に入ろうとした。
でも今日は直江が離れたくないみたいで、さりげなく牽制してオレの位置を確保してくれた。
やっぱ最後だからな。
ハハーン、ザマアミロ。
直江司会の蛍の光も終わって教室へ。
校長が卒業式でまとめて担任に渡した卒業証書を橘先生が配る。教壇にひとりずつ取りに行く。
そのたびに直江は生徒におめでとうって言って、一言何かを添える。
最後までいい先生だ。
「仰木くん」
名前順でオレが呼ばれて教壇へ。
「3年間ありがとうございました」
「それオレのセリフだから。先生、3年間ありがとう。ちょー楽しかったです」
「……私もですよ」
直江はちょっと目を潤ませてオレを見た。恋する男の目だな、こりゃ。
「卒業おめでとうございます。これからの生活、大事にしてくださいね」
「は〜い」
これからの生活って、直江との結婚生活のことだよな。
ドサクサに紛れて言いたいこと言ってんな〜。
人気者の橘先生は男子生徒にまで好かれてたからクラス全員半泣きで貰ってた。
アルバムが配られて最後の挨拶をすると全員揃って号泣だ。
「せんせー!!」
「橘先生〜!!」
まるで金曜八時の中学生ドラマのような光景。みんなで直江に群がって抱きついて。
その中でもとりわけ泣いてたのはオレ。チャンスとばかりに直江に抱きつこうとする女どもを掻き分けて、直江の逞しい胸にすがりついた。
「うわ〜ん!」
「お、仰木くん……そんなに泣かなくても」
「せんせ〜!オレもっと学校にいたいよ〜!」
仕方なしなのかどうなのか顔を見なかったからわかんないけど、背中に手を回してポンポンやってくれた。
「先生ー!アタシもー!」
そこでバイタリティ溢れる女どもに突き飛ばされてオレは直江から離れてしまった。
あああ!オレの直江に抱きつくな!触るな!オレのものなのに〜!!
そんで違う意味で床に座り込んで号泣した。
「高耶……おまえな……」
「ひーん!」
譲は最後まで呆れてた。
校庭でみんなと写真撮ったりしてたら料理部の後輩たちがやってきた。
同じ班になったりしてた女の子が数人。
「仰木先輩!卒業おめでとうございます!」
「お、サンキュー」
彼女たちはオレに小さな花束をくれた。部のみんなで贈ってくれたらしい。
見ればあっちで森野も同じ花束を貰ってた。
「あの!先輩、ボタン貰えますか?!」
女の子たちの中でもオレとよく話してた子が顔を赤くしながら言った。
「ボタン?ああ、制服の?」
「はい!」
これってよく一昔前のマンガやドラマで見かけるシーンだ。
てことは、ヤツはオレのこと好きだったってことか?うっそ!大モテじゃん!
「あ、でも……」
直江が家で制服着て欲しいって言ってたっけ。んじゃボタンなくなったら困るなあ。
あ〜、でもせっかく言ってくれてるんだし。
「いいよ」
一番上のボタンをちぎって渡した。一個くらい無くなっても予備があったはずだから大丈夫。
「ありがとうございます!!」
「ん、いいって」
そこで周りで見てた女の子たちがソワソワしはじめた。
「あの〜、二番目のボタンはやっぱり新発田先輩にあげるんですか?」
「新発田?なんで?」
「二番目は彼女にあげるボタンなんですよ。仰木先輩って新発田先輩と付き合ってるんじゃないんですか?」
「……は?」
新発田タマミと?オレが?
「付き合ってないけど……」
と、言ったところでタイミング良くなのか、悪くなのか新発田が来た。
そしたら後輩たちはキャッキャと笑いながらいなくなってしまった。
「仰木くん」
「お、おう、新発田」
「えっと、ボタンもらってもいい?」
かー!来たか!女子ってのはどうしてこうゆうのが好きなのかね?!
「いいよ」
どうせ新発田はオレに好きな人がいるの知ってるし、あげたって誤解されないんだからいいや。
そんで二番目のをちぎって渡した。
「あ、ありがとう……いいの?二番目のだよ?」
「いいよ。深い意味はないし」
「うん、ありがとう」
学校イチの美少女の笑顔はとんでもなくキレイだった。
新発田は美人だし性格もいいし勉強も出来るし、オレなんかよりもっといい彼氏が出来るだろうさ。
オレにも直江ってゆーいい旦那さんがいるからな!がんばれ、新発田!
新発田とはそれで別れて、譲を含めたクラスの男子と一緒にダラダラ話してから帰った。
と、見せかけて、オレはみんなと別れてから学校に戻って直江がいる歴史準備室に行った。
「橘先生〜?」
「あ、高耶さん。どうしたんですか?帰ったんじゃなかったの?」
「んー、やっぱ一緒に帰りたいな〜って思ってさ」
「そうですか。じゃあ少し待っててください。机を片付けたらもう帰れますから」
「は〜い」
歴史準備室にはもう他の先生はいなくって、直江だけが書類の整理をしてた。
4月から生活指導の仕事もあるからその準備だって。
「……高耶さんが告白してくれたのって、この部屋でしたね」
「あ、そうだっけ」
1年生の修了式後にここに来て告白したんだよな。あれから2年。オレと直江は夫婦になってる。早いもんだ。
「あの時はまさか結婚出来るなんて思ってなかったんですけどね。なんだか感慨深いですねえ」
「だな〜」
「キスしましょうか」
「うん!」
色んな思いを込めてチューして、ギューってされて、もう二度とここで直江に会えないんだな〜って思ったら寂しくなってきた。
ほとんど毎日ここに来てたのにさ。
「なあ……ここでエッチしようか」
「え?!」
「あ、やっぱダメだよな」
「いいんですか?!ここでしても!」
あれ?直江、ノリノリ?
「夢だったんです!あなたと校舎でエッチ!しかも準備室!」
「……マジで?」
「はい!」
「ん〜、じゃあしよう?」
「はい!!」
そんで禁断の校内エッチをした。
なんと直江は家でするよりも大興奮で……。
詳しくはそのうちわかると思うけど、とにかく意地悪でちょっと大変だった。
エッチの後処理をしてから、まだポヤンとしてる頭のまま廊下に出た。
直江は職員用玄関、オレは生徒用玄関から出てバス停で待ち合わせの約束。
先生の玄関の方が校門から近いから先に直江がバス停に行ってるはずだ。
準備室でのエッチを思い出しながら歩いてバス停に向かうと、直江が誰かと話してた。
あれは……げげ、山本先生!!
逃げようと思ったんだけど、山本先生に見つかっちまって逃げるに逃げられない状態。
今逃げたら「やっぱり仰木くんと橘先生は何かある」と疑われるかも……。
「あ、仰木くん。ちょうど良かったです」
「へ?」
直江?ちょうど良かったって何??
「今、山本先生と話してたんですけどね、本当に仰木くんとは何もないんですか、って聞かれてたんです」
「あ、え?は?」
「もう仰木くんも卒業なんだし、おかしな誤解を受けたままというのもアレですから。ちゃんと山本先生にお話した方がいいと思いまして」
「う、うん」
山本先生、母さんにあんなにひどい目に遭わせられたのにいい根性してるよな〜。
しょがねえ。最後なんだからビシっと誤魔化しておくか!
「私の妻です」
「うん、だから橘先生とオレは何でもない……って!!妻って!!妻ってなんだ!!」
「橘先生?!」
直江のヤツ、何をトチ狂ってやがる!!バラしてどーすんだ!誤魔化すんじゃねえのか!
「ですから高耶さんは私の奥さんなんです」
「な!直江!」
「そういうわけです」
ちゃんと話すってそーゆーことなのか?!
「直江、そんなこと言っちゃったら先生続けていけなくなるよ!」
「大丈夫ですよ。山本先生は二度も同じ間違いを犯すような人ではありませんから」
「でも!」
よく見れば温和な直江のこめかみやおでこに青い血管が浮きまくってる。
きっと山本先生にまた「諦められない」とか、「仰木くんとの関係は」とかしつこく聞かれてキレたんだろう。
だからってなあ……ヤバいよ、これは。
「高耶さん」
「あ、なに?」
「4月から妹さんはどこの高校に入学でしたっけ?」
「……ここ……」
「ああ、でしたら高耶さんのお母さんはまた3年間、この学校のPTAということになりますねえ。山本先生、余計なことを言うとまたお母さんに怒鳴り込まれますから気をつけてくださいね」
そこまで言ったところでバスが来た。
直江はオレのコートの袖を引っ張ってバスに乗せた。
山本先生はその場で呆然と立ち尽くして……もしかしたら再起不能かも。かわいそうに。
「おまえな〜……先生クビになったらどーすんだよ」
「高耶さんとの結婚生活のためならどこでだって働けますから大丈夫です」
堂々と言う旦那さんはすごいかっこよかった。
こんな旦那さんだったらオレは何があっても幸せに違いない。
「ま、いいか」
「はい」
バスの座席で橘夫妻は仲良く手を繋いで家に帰った。
翌日。
学校から帰ってきた直江に山本先生の様子を聞いたら、避けられたって言ってた。
仰木母への恐怖と、大好きだった橘先生がメチャクチャ怖かったのがよっぽど効いてたみたいだって。
直江が開き直って堂々と話しかけたのにもビビったみたいだって。
たぶん母さんのことがあるから山本先生は誰にも話さないだろうな。
それに何より、生徒に好きな人を取られたなんて話が出回ったらプライドも何もあったもんじゃねーからな。
学校中の誰もが山本先生は橘先生が好きだって知ってるわけだから。
てことでこの件は解決だ。
「高耶さん、制服のボタン、購買部で買ってきましたよ♪」
「……さっそく?」
「卒業したってあなたはいつまでも私の生徒であることに変わりはありませんからね」
そーゆーわけでオレと橘先生の結婚生活はいつまでも続くのだ。
「愛してますよ、奥さん」
「うん、オレも愛してるぞ、旦那さん」
END |