バレンタインは失敗だった。
直江にあげるはずのチョコを全部食った自分が悪いんだけど、その後で直江においしく頂かれてしまったのが一番の失敗だ。
ああゆう変態プレーみたいのは……好きじゃない。けど嫌いでもない。けど勘弁してほしい。
あんな勘弁してほしいことやられたわけだから、今回のホワイトデーはオレが満足120%なことを
してもらわなきゃな!!
高校も卒業した今日この頃のオレは毎日専業主婦してるからヒマだ。
このヒマを有意義に使うため、去年と同じくホワイトデーのお返しを手作りしようとジャスコへ。
「また今年もですか」
「おう!橘先生にチョコを渡した愚か者どもを制するためだ!」
去年はクッキーだった。今年はもう少しグレードアップしてカップケーキにする。
バナナカップケーキなんていいかも、と思って果物売り場に。
「橘先生?」
「か……門脇先生……」
なんと!門脇先生だ!
そーいえばクリスマスでここで会ったっけ。
じゃあ家がこの近所ってことか!?それかしんたろうさんち?!
「あら、仰木くんも一緒……なんですか?橘先生……?」
「あ、ええ。まあ」
そうだ!!この状況を利用するってのはどうだ?!
いいこと思いついちゃった〜♪
「そうなんだよね〜。もうオレも卒業したことだし、門脇先生になら話してもいいかな」
「お、仰木くん、何を」
「オレね、橘先生と結婚してんの」
「は?!」
そりゃそうだろうな。いきなりこんなこと言われたら「は?!」としか言いようがないよな。
でもこれで終わりになんかさせないぞ!
「プライベートなことだから学校には内緒にしておいてくれるよね?バラしたら母さんが乗り込むけど」
「そ、そりゃまあ……あのお母さんはちょっとやめて欲しいわ……でも結婚?!」
「うん」
「結婚て結婚?!ホント?!てゆうかいつから?!」
そこで「場所を変えましょうか」と直江が焦りながら話に入ってきて、買い物を後回しにしてジャスコの一階にあるコーヒーショップへ。
なんでオレが門脇先生に結婚のことをバラしたのかわからないって顔してたけど、奥さんのやることに口出ししないのが橘家(三男限定)の旦那さんの心構えってことで大人しくしてた。
「橘先生、本当なんですか?」
「ええ……仰木くん……いえ、高耶さんが2年生の夏に結婚したんです。お付き合いが始まったのはは1年生の終わりごろです」
「まあ、その前からデートはしてたんだけどな。日曜とかにさ」
いまだにショックを隠せない門脇先生だったけど、直江とオレで懇切丁寧な説明をし続けたらちょっと立ち直ってきた。
「……そうなの……だから仰木くんは結婚生活のために料理部に入った……ってことかしら?」
「うん、そう」
そこでこの結婚を千秋も知ってるってことも話した。
「あいつも知ってるの?!」
「うん。よくうちにメシ食いにくるよ。今月も競馬で生活費が危ういとか言いながら」
千秋の競馬狂いにウンザリしてる門脇先生は顔を歪めて「チッ」と舌打ちをした。
「千秋って門脇先生の従姉弟なんだってね」
「そんなことも知ってるのね……あいつは昔から計画性がなくて……。橘先生にまで迷惑をかけてるとは思いませんでした。すいません」
「いいんですよ、そのぐらい」
「こっちも色々と協力してもらってっからな。弱みも握ってるんだ〜」
「え?!」
「門脇先生を巻き込んじゃうぐらいの」
オレの魂胆がわかったのか、直江は顔を引きつらせた。
そう、オレは門脇先生を味方にして、山本先生を牽制するつもりなんだ。
だって直江をあんなにキレさせた山本先生だもん。簡単に許すとでも思うのか?
直江が教師生活を続けられるようにするためにも、ここで奥さんが鬼にならなくてどうする!
卒業式の日は生まれて初めてキレたっつってたからな。
「……それは……修平が親の力を使って学校に就職したってこと……?」
「そーでーす」
バカな従姉弟のせいで自分まで巻き込まれるとは思ってなかった、と門脇先生は頭を抱えた。
可哀想だけど諦めてもらうしかないな。
「そこで相談なんだけど。山本先生もこの関係を知ってんだよ。でも大人しくしてくれるかわかんねえんだ。あの先生のこったから、橘先生を簡単に諦めるとも思えないし」
「そうね……山本先生が橘先生を好きなのは学校全員知ってることだもんね……」
「この先も大人しくしてくれるか、門脇先生に探ってもらうんでよろしく」
「しなければ修平のことバラすって言うんでしょ?」
「あったり〜」
山本先生がなんで知ってるか、なんで今のところは大人しいかを詳しく聞かせると、門脇先生は渋い顔をして直江とオレを見た。
今までの橘先生の印象が180度変わった、って。仰木くんはそのままだけどね、ってさ。
ちょっと失礼じゃねえ?
「同じ女として言うけどね、あんまり刺激すると却って悪い方向に転ぶわよ?」
「だから先生に協力してもらうんじゃん。さっそくだけどホワイトデーだろ。今年も橘先生は山本先生からチョコもらってんだよ。だからお返ししなきゃいけない。みんなには奥さん特製のバナナカップケーキを作る予定なんだけど、山本先生にはちょっと違ったお菓子を作ろうかと思ってる。何がいいかな〜?」
「……あんた、おっかない子ね……」
「まあね〜」
それで一緒に買い物をすることになった。
食品売り場に戻って何を作ればいいのか相談しながら。
「好きな人からのお返しが奥さんの作ったお菓子ってだけで大ダメージなんだけどね〜」
「それじゃ足りないんだよ。大ダメージじゃなくて、激ダメージぐらいがいいんだ」
「だったら山本先生が作れないような難しいお菓子にしたらいいわ。フォンダンショコラなんていいかも」
ケーキの中にチョコが入ってて、フォークで切るとトローッとチョコが流れ出すやつだ。
あれはファミレスでしか食ったことないけど確かにうまかったな。
「んじゃそれで決定!さ〜、頑張るぞ〜!」
げんなりした教師を二人引き連れて、ジャスコの売り場を意気揚々と回った。
「橘先生……苦労してますね……」
「ええ……ああいうところはお母さん似なので……」
「あのお母さんの息子と結婚なんて……思い切ったことを……」
「それを言わないでくださいよ……」
作り方がわからない、つったら門脇先生がうちに来てくれた。
しんたろうさんの夕飯のためにジャスコに行ったばかりに、とんでもないことに巻き込まれたって嘆きながら。
「しんたろうさんを放っておいていいんですか?」
「ええ、まだ帰ってませんから。夕飯までに戻ればいいんで」
我が家に入った門脇先生は家の中を珍しそうに眺めた。リビングの棚に飾ってあるオレたちの結婚式や新婚旅行の写真を見つけて羨ましそうに。
「本当に結婚してたのね〜。しかも幸せそうでいいわね〜」
「だろ?もうちょっとしたらサンルームも出来るんだ」
「ああ、だから進学しなかったの。専業主婦か〜。私もしんたろうさんと結婚したらなれるかしら」
「その前に千秋が許すかわかんねーな」
フォンダンショコラを作る準備をするために、二人でキッチンに立った。
直江はそれを見ながら心配そうにしてる。
「本当にそんな凝ったお菓子を作って山本先生に渡すんですか?私が渡すんですよ?こっちの身にもなってくださいよ」
「うるせえ。もらって帰ってくる方が悪いんだろ。本命チョコなんか貰うおまえが悪い」
「……すいません……」
楽しいクッキングタイムが始まった。
「あんた、橘先生にあんなこと言えるなんてたいしたもんね」
「そりゃ奥さんとして当然だろ。旦那さんなんてのは甘くしてたら家で大威張りするんだから。門脇先生もしんたろうさんの操縦桿を握ってた方が後々いいぞ」
「そうするわ」
「直江だって新婚当初は言うこときかなくて大変だったんだ。新婚旅行がネックだから。絶対に主導権は渡さないことが肝心だ」
「ためになります……。これからは悩んだらあんたに相談するわ」
「いつでも相談乗るぜ」
そんなことを話しながら作ってたらうまそうなフォンダンショコラが出来た。
4個作ったからみんなで試食をしようとしたら。
「橘センセー。美味しそうな匂いがしてますね〜」
暢気な声が庭に面した窓からした。庭から勝手に入ってきたのは……。
「修平!!」
「綾子!!なんで橘先生のとこに!!」
「あんたのせいで〜!!」
喚き散らしながら門脇先生は千秋に飛び掛り、馬乗りになって頭や顔をバンバン叩いた。
「やめろ!いてえよ!おい!おまえら止めろ!」
「さて?」
「なんのことやら」
門脇先生の心行くまで叩いてもらおう。
5分ほど折檻が続いて、ハアハアと息を切らせた門脇先生が立ち上がった。
「このへんで許してやるわ……修平、あんたのせいであたしの教師生活が狂ったわ」
「ごめんてば〜……」
ま、自業自得だ。
気を取り直して試作品を食うことに。
「あら、美味しいじゃない」
「ホントだ!」
「これなら高耶さん、ケーキ屋さんにもなれますね」
「へへ〜」
千秋のはないけど、やっぱり門脇先生が半分あげてた。
こーやって甘やかすからいつまで経ってもシスコンが直らないんだよ。甘やかしすぎ!!
「これをあの山本先生にあげるんですか?なんだかもったいないですよ」
「でも奥さんの手作りでダメージ与えたいんだよな〜」
門脇先生との半分こで立ち直った千秋が話に加わってきた。
「山本先生にあげるのか?」
「うん。ホワイトデーのお返しにな。直江の奥さんはオレだってのを思い知らせてやんなきゃ」
「……なんか可哀想だな。おまえの母ちゃんに怒鳴り込まれて、橘センセーに男妻がいるのを知らされて、これ以上ダメージ与えてどーすんの?」
「オレの直江を困らせたバツだ!」
その言葉に直江は困ったような嬉しいような顔をした。
んでオレの頭をクシャクシャポンポンやってギューっと抱きしめた。
「奥さんに大事にされている私は本当の幸せ者ですね」
「それを言うならオレだって大事にされてて幸せ者だよ」
「愛してます、高耶さん」
「直江〜」
しばらくそうやってもらってた。だって直江ってあったかくて気持ちいいんだも〜ん。
「……なにこれ……」
「これが橘夫妻だよ……毎日こうだ。イチャイチャベタベタ、甘やかしすぎなんだよ」
それはこっちのセリフだ!!
ホワイトデー当日、直江はしっかりと山本先生にフォンダンショコラを渡したそうだ。
「ちゃんと『うちの奥さんの手作りです』って言いましたよ」
「えらい!んで、どうだった?反応は」
「涙を浮かべて固まってました」
「よっしゃあ!」
門脇先生がその後探ったみたいで、夜10時になってからオレの携帯にメールが来た。
『山本先生に本命からのお返しはもらえたんですかって聞いたら、絶望的なお返しをもらったと言われたわよ。その後飲みにつき合わされて大変だったんだから。さっきまで一緒だったんだけどベロベロに酔って泣いたりして同席してるのがイヤになったぐらいね。けどあんたたちのことは一言も言わなかったから大丈夫じゃない?まったくあんたたち夫婦にも山本先生にも呆れるわ』
「だってさ」
「呆れられるぐらいいい夫婦ってことですよ」
「まだ続きがあるみたい」
そこには。
『だけどすごい羨ましいのはなんでかしらね。これからも大変だろうけど仲良くしなさいね。あたしが応援するから学校での橘先生のことは任せておいて。修平もなんだかんだ言って協力するの楽しいみたいだから』
それで終わりだ。
「門脇先生が心の広い人で良かったですね」
「うん!オレたちの周りはいい人だらけだな」
「きっと高耶さんがいい子だからですよ」
「違うよ〜。直江がいい先生だからだよ〜」
いつもみたいにチューして抱き合って、たくさん甘えて。
「ホワイトデーのお返し、もらってくれますか?」
「オレにもあんの?チョコあげてないのに」
「美味しい高耶さんを貰いましたからね」
「う〜、その話はすんな……。で、なに?」
「卒業旅行です。高校卒業の記念に先生と一緒に中国行きましょう」
ちゅ、ちゅうごく?なんでそんなとこ?
もしかして日本の中国地方だったり?
「ちゅ、ちゅうごくって、ちゃいな?」
「ええ、チャイナです。先生と三国志のツアーしましょう」
それって、それって……。
「おまえが行きたいだけじゃねーか〜!!」
「バレましたか」
「この歴史オタク!!」
120%満足のホワイトデーにはならかった。
どっちかってゆーと今年のバレンタイン&ホワイトデーは直江の独壇場って感じ?
けどまあ、奥さんだからな、オレは。旦那さんの趣味にちょっとぐらいは付き合うのもいいかもしんない。
だってこんなお馬鹿でオタクな直江を知ってるのは他の誰でもなくて、オレだけなんだもん。
「奥さんだから付き合ってやる」
「よろしくお願いします、奥さん」
「……もっとチューしろ」
「はい」
やっぱり直江ちょー好き!
END |