春休みだってのに旦那さんは学校に忙しい。
なんでかってゆーと生活指導の先生になったからだ。それと学年主任もやるらしい。
オレはよくわかんねーけど出世してんのかな?
「すいません、三国志の旅に行かれなくなってしまって」
「いいよ」
だってそんなに興味ないし。直江の歴史ツアーに付き合うぐらいなら近場の水族館の方がいい。
直江は行く気満々だったんだけど、学年主任と生活指導の担当になって春休みはほとんど出勤になってしまった。
だからホワイトデーのお返しは土日で高級リゾート温泉ホテルに泊まって、水族館に行った。
わけわかんない三国志よりコッチの方がずっといい。
「明日もお弁当をお願いします」
「まかせとけ」
そんなわけで直江は毎日学校だ。
専業主婦をやってみたものの、これが案外退屈だったりする。
午前中に掃除と洗濯をする。すぐ終わる。男二人で住んでると洗濯物もそんなにたくさんないし、掃除も毎日やってたらどこもかしこもピカピカでやらなくてもいいぐらい。
毎日掃除したいリビングと寝室をやって、洗濯物を干せばあとはワイドショーとお昼ご飯と昼メロと再放送の2時間ドラマ、夕飯の買い物……。
まあだいたいこんな感じ。
今日も午前のワイドショーを見てたら電話が鳴った。
「橘です」
『高耶?今日ヒマ?』
「母さんか。うん、ヒマだけど、何?」
『ちょっと来てくれない?お母さん具合悪くて』
いつもだったら疑うところだけど、本当に具合が悪そうだから行くことにした。どうせヒマだし。
チャリで実家まで行ってリビングに入ると、母さんが青い顔をしてソファに座ってた。
「大丈夫か?」
「ごめんね〜。なんか最近体がだるいと思ってたら、今日は吐き気しちゃって……」
「風邪じゃん?病院行ってきたら?買い物もしてやるからさ」
「じゃあ一緒に行ってよ」
そんなわけで母さんと一緒に近所の総合病院へ。
待たされてる間も具合悪そうで、さすがに実の母なだけに不安になってきた。
これで母さんが重い病気だったらどうしよう。
1時間ぐらい待たされてから母さんが診察室に入って行った。医者に何を言われるか怖かったオレが緊張しながら待合室の椅子に座ってたら。
「仰木さんの付き添いの方、入ってください」
「え!はい!」
看護師さんに呼ばれて診察室に入ると、母さんは目をウルウルさせて下を向いてた。
もしかして!!
「か、母さん、大丈夫なのか?!」
「ああ、大丈夫ですよ。え〜と、息子さんですよね。お母さんはね、おめでたなんだよ」
「はぁ?!」
おめでた?!って何?!
「妊娠してるんだよ」
「にんしん〜?!」
妊娠て何だっけ?!
「お腹に赤ちゃんがいるんだ。そろそろ3ヶ月ぐらいかな」
赤ちゃん?!妊娠?!おめでた?!
ってことは?!弟か妹?!つーかいい年こいて妊娠なんかしてんじゃねえよ!!
「高齢出産てことになるけどね、まあお母さんはまだ37歳だし、すでに二人も産んでるわけだから大丈夫だろう」
「マジっすか!」
「これからしばらくつわりで大変だろうから、家事なんかを手伝ってあげなさい」
さては…………ロマンチック街道の旅だな…………。
オレの進学費用を使って豪勢な海外旅行しやがって、そん時にデキたわけか!!
なんつー親だ!!
「病気じゃなくて良かったわ〜」
「……そーだな……」
「これから忙しくなるわね〜」
「……ああ、はいはい」
んで母さんはつわりがあるとか言って先に一人で帰ってしまった。オレは買い物をしてから帰ることに。
これ、直江に報告しなきゃいけないよな……恥ずかしい……。
今更弟か妹が出来るなんて……。
実家で夕飯の準備をしてると美弥が帰ってきた。最近の母さんの具合の悪さに美弥も心配してたらしく、妊娠の話を聞いて安心したらしい。
が。
「そっか〜。じゃあ美弥もお姉さんだね。お小遣い渡してガリガリ君とか買いに行かせたりできるね〜」
それはオレがやってきたことだった。小学生の美弥に30円の小遣いをあげてガリガリ君を買いに行かせてたっけ。
「そんなわけで、おまえも家事やれよ。オレは直江の面倒で手一杯なんだからな」
「わかってるよ。未来の召し使いのために家事ぐらいはするって」
なんだか心配だったけど、早く帰らないと直江のご飯が作れない。
急いで買い物をして帰ったら、すでに直江がリビングでテレビを見てた。
「おかえりなさい。どこに行ってたんです?」
「実家。ちょっと用があって」
「……そうですか……」
ん?なんか様子がおかしいぞ?
「何かあった?」
「いえ、別に。あ、今日、学校で結婚したって先生たちに話してきましたよ」
「そーなの?」
「ええ。それで社会保険とかどうするんだって言われて、事情があって入籍はまだしてないと言ってありますから、今までと何も変わらないんですけどね」
そうなのだ。だからオレは相変わらず父さんの扶養家族なわけで。専業主婦という名前のプー太郎だ。
「ご実家では何をしてきたんですか?」
「あ、ああ……母さんが具合悪くてさ……ちょっと家事やってきた」
「何か病気とか?だったらお見舞いに行かないと」
「いや!行かなくていいから!たいしたことないし!」
「そうですか?あのお母さんが病気なんて……インフルエンザにも復讐しそうな人なのに」
「あは、あははは。ま、まあそんなに心配するよーなもんじゃないからさ」
直江にはもう少し内緒にしておこう。母さんのお腹が大きくなってからでいいや。
恥ずかしいよ、まったく。
それから毎日オレは母さんに呼び出されて実家で家事だ。
午前中は我が家のこと、午後は実家のこと。正直言って忙しい。
それにしても母さん、本当に具合悪いのかな?さっき掃除が終わってからリビング見たらクッキー食いながらテレビ見てたけど……。
もしかして、家事をサボりたいだけだったりして?
「母さん、夕飯の準備終わったから帰るよ。あとは美弥にやってもらってくれ」
「ありがとね」
「……明日は直江が休みだから来ないけどいいよな?」
「あら、義明くんと一緒に来ればいいじゃない」
「直江にはまだ母さんの妊娠を話してないんだよ。話せるかっての。いまさら弟か妹だなんて」
直江にとっても弟か妹だ。30歳も年の離れた。
「腹がでかくなったらどうせバレるだろ。それまでオレの口からは言いたくない」
「はいはい、わかったわよ〜」
ぐったりして家に帰ったら直江がまた先に戻ってた。
この頃毎日こんな感じで直江の帰宅の方が早かったりする。
「高耶さん。話があります」
「ん?後でにしてくんない?ちょっと疲れたんだ」
「なぜそんなに疲れてるんですか?」
なんか直江が怒ってるみたいで、どうしたんだろうって思ったら、夕方のニュース番組の特集が目に入ってきた。
テレビ画面の上隅っこにあるテロップは「主婦の浮気特集」。
「もしかして、昼間は暇だからって若い性欲を持て余して浮気を……」
「んなわけあるか!実家だ、実家!言ったろ、母さんの具合が悪いって!」
「さっきお義母さんと電話で話しましたが、お元気そうでしたよ……?」
やっぱり!具合悪いのは嘘だったか!妊娠を口実にラクしたいだけだったのか!あのババア!
「本当に実家だってば」
「じゃあどうして最近エッチしてくれないんですか」
「へ?」
そうだっけ?あ〜、かも。
母さんの妊娠がわかってからエッチすると両親のそーゆー場面を想像しちゃいそうだから避けてたかも。
「本当は昼間にどこぞの男と逢引してるんじゃ……」
「してないってば!」
「じゃあどうしてエッチさせてくれないんですか!」
「したくないだけだ!」
「私を嫌いになったんですか!」
「ちが〜う!!」
いくら弁明してみても、直江は猜疑心に取り付かれたまま。
今すぐここで服を脱いで体を見せろとか、浮気をしてない証拠を出せとか、そんな感じで頭グルグル状態。
「わかったよ!!エッチさせりゃいいんだろ!体見せりゃいいんだろ!好きなだけしやがれってんだ!」
明るいリビングの電灯の下、オレは服をポンポン脱いで全裸になった。
「見やがれ!どこに浮気の痕跡があるんだ!」
「……た……高耶さ〜ん!!」
カーテンも閉めないで直江が襲ってきた。そうか、そんなに溜まってたのか……。
って、この状態はヤバいじゃん!
お隣りさんから見えちゃうかも?!千秋が突然入ってくるかも?!
「ダメ〜!!」
「……なんでですか……」
「えっと、カーテン……と、玄関の鍵……」
無言で立ち上がった直江がソッコーでどっちも閉めて戻ってきた。んですぐにまたオレを組み敷いた。
チューしながら直江も脱いで、ちょっと気持ちよくなってきた時。
「や、やっぱりヤダ!」
また思い出しちゃったよ!ロマンチック街道の旅で何があったかの想像しちゃったよ!
「……浮気ですね……私よりもエッチが上手な男との浮気ですね……?」
「違うよ!浮気してない!ちょっと……色々あって……」
「色々……?じゃあ浮気じゃなくて本気なんですか?」
「それも違う!オレが好きなのは直江だけだ!エッチも直江としかしない!」
「じゃあどうして」
む〜。これは話さないとわかってくれないかも。
話したくないんだけどなあ……。
「あのな、母さん……病気じゃないんだよ」
「じゃあやっぱり実家に行ってたのは嘘なんですか?」
「それはホント。病気じゃなくて……妊娠なんだ」
「はい?」
直江もオレと同じかそれ以上にビックリしてる。そりゃそうだ。奥さんのお母さんが妊娠なんて。
「妊娠て?おめでたですか?赤ちゃんが出来たということですか?」
「そう。そろそろ3ヶ月だって」
「……ロマンチック街道ですね……」
同じこと考えやがったな。
「だから毎日実家で家事やってんだよ。んで……ロマンチック街道の夜を想像しちゃうからエッチを避けてたわけ」
「なるほど……親のそういうことを想像はしたくありませんからね……」
「ごめんな?」
「いえ、浮気じゃないならいいんです。私こそ疑ってすいませんでした」
チューして完全に仲直りして、全裸のまま直江に抱っこされてソファに座った。
「今年の秋に生まれるってさ」
「ずいぶん年の離れた兄弟になりそうですねぇ……」
「だな」
「たまに私たちで預かったりしましょうか?」
「ん?」
「私たちは子供出来ませんから。子供の代わりにたくさん可愛がってあげましょうね」
そうか、そう考えれば生まれてくる赤ちゃんも可愛さ倍増だ。
オレと直江の子供だと思えばいいのか〜。
「明日、一緒にご実家行きましょうね。赤ちゃんのお祝いを持って」
「うんっ」
たくさんチューしてイチャイチャして、オレたちの子供じゃないのに名前まで考えたりして。
んで子供は出来ないけどエッチは重要ってことで仕切りなおしだ。
「なあ、母さん。生まれたらオレたちに預けていいからな」
「当然でしょ。まだまだお父さんと二人きりで旅行だの食事だの行くんだから、あんたが預かるのは当然なのよ。ほぼ毎日預けるから今から赤ちゃんの世話を仕込むわよ」
たまに預かりましょう、と言った直江の提案どころの騒ぎじゃなかった。
ほぼ毎日オレが預かるのか?てゆーか、それ、オレが育てるようなもんじゃないのか?
「任せてください、お義母さん!」
「あら〜、義明くんは話がわかるわね〜」
「直江っ!」
「いいじゃないですか、高耶さん。私たちの子供だと思って」
「おまえは学校行って仕事してるだろうがな!オレは専業主婦なんだよ!ほとんどオレ一人で世話するってことなんだぞ!」
「まさか、毎日ってことはないでしょう?」
甘い!直江の考えは甘い!!
この母さんがほぼ毎日って言ったら「ほぼ」じゃなくて「毎日」だ!
「まだ直江と新婚気分でいたいのに〜!」
「よろしくね。高耶」
「うわ〜ん!」
この先、オレは赤ちゃんを育てる奥さんになるのか……?それで一生を終えるのか?
まだまだ直江とイチャイチャしたりエッチしたり旅行したりデートしたりしたいのに!!
「大丈夫ですよ、高耶さん。お母さんは子供思いのいいお母さんですから。高耶さんだけに育児を押し付けたりしませんよ」
わかってない!!
だからって母さんに大事な弟か妹を任せっぱなしにしたくもない!!
オレのよーな子供が出来ちまう!!
「楽しみですねえ、お義母さん」
「そうねえ」
オレの苦労は続くに決定だ……!!
待ってろ、オレの可愛い弟だか妹よ!オレがしっかりと育ててやるからな〜!!
END |