奥様は高耶さん



第3


一石二鳥とオレ

 
         
 

 

妊娠した母さんのつわりも治まった今日このごろ。
直江の学校も始まったことだし気分一新オレは専業主婦に勤しむことにした。

朝起きて洗濯機をかけてから朝食作り。かっこいい旦那さんを起こしてメシを食わせてチューしていってらっしゃいしてから洗濯物を干す。
そんで掃除に取り掛かる。掃除はとりあえずリビングを毎日と、あとは一日一室ってペースで掃除機をかけていろんなとこを拭いたりしてる。
なんたってオレ基準で成り立つ家庭だからな。マイペース、マイペース。

掃除が終わるとワイドショーを見てダラダラしてから昼飯の時間だ。
適当に作って食ってるんだけど、一人分だと作りすぎて満腹になることが多い。

昼飯を食い終わったらお昼寝休憩。
再放送のドラマを二本連続で見てから夕飯の買い物に出かけ、ちょっとオヤツなんかを買いながら帰宅。
オヤツを食いながらニュースを見て、終わったら夕飯作りに取り掛かる。

出来上がる頃に旦那さんが帰ってきて、チューしてギューしておかえりなさいして、いただきますだ。

こんな感じで毎日楽しい専業主婦生活を送ってた。

 

 

明日は日曜日、旦那さんが一日中家にいるラブラブサンデー。
風呂上りにチューされてお尻を触られて、今夜はエッチが待ってることを悟った。
んで寝室イチャイチャが始まったんだが。

「……ちょっといいですか?」
「ん?」

裸でチューしてたら直江がいきなり真顔でオレの体を触りだした。
エロスは感じられなくて、なんつーか……まるで医者のような触り方だったんだ。

「どーしたんだ?」

お腹や背中、アゴをスリスリ触られる。

「…………太りましたね…………」
「ええ?!」

太った?!そんなはずないんだけど!
だってちゃんと主婦業しっかりやってるし、買い物も自転車使わないで歩いて行ってるし!

「ほら、これ」

直江はオレの背中に手を回してムニンと肉を掴んだ。そこには数ヶ月前にはなかったはずの脂肪が……。

「ここも」

お腹を掴まれて少年ナントカぐらいの雑誌の厚みがある肉が登場。

「ね?太ったでしょう?」
「う……嘘だ!オレが太るなんて有り得ない!奥さん業しっかりやってるんだぞ!」
「でもこのお肉は?」
「……ひーん!」

恥ずかしくなって毛布を掴んで体を隠した。直江は相変わらずかっこいいのにオレはデブまっしぐらだなんて!

「そ、そんな大問題じゃないんですから泣かないでくださいよ」
「大問題だー!」
「太ってたって愛してますから!」
「内心デブッチョって笑ってるくせに〜ぃ!」
「笑ってませんよ!」

毛布の引っ張り合いをして負けて、またオレは醜い体を晒すことに。

「見るなー!」
「大丈夫ですよ!太ったと言ったって普通になっただけじゃないですか!高耶さんは今まで痩せすぎてたくらいなんですからこれでいいって言おうと思ったんですってば!」
「嘘だ!」
「嘘じゃないです!」

じゃあ愛してるって証明します、と意気込んで、直江はオレをギューッと抱きしめてチューした。
これで証明になるかわかんないけど、でも優しかったからいいとする。

「愛してますよ」
「うん……」
「もしもこれ以上太ったとしても高耶さんへの気持ちは変わりませんから」

……なんだと?もしもこれ以上太ったとしても?
それはオレが今以上に太ってブーちゃんになることをすでに予想してるってことだな?
むむむ、悔しい!!

「バイトする!」
「は?!」
「肉体労働のバイトしてオレもムキムキになってやるんだ!もう二度とブーちゃんなんて言わせないぞ!」
「言ってませんてば!」
「うるさい!オレはバイトするんだ!明日から道路だろうが水道管だろうがガス管だろうが直して直して直しまくってやるんだ!!」

オレは決意した。バイトとダイエットで一石二鳥。直江に負けないムキムキ高耶になる!

「ムキムキは困ります!ブーちゃんより困ります!」
「なんで!」
「……私は愛らしい高耶さんを毎日ギューってしたいんです……なのにムキムキなんて……」

そ、そうだったのか……じゃあムキムキはなしってことで。

「私がダイエットにもなるアルバイトを探しますから、ムキムキだけはやめてください」
「よし!絶対探せよ!オレがブーちゃんになる前に!」
「はい」
「やったるぞ〜!」

ガッツポーズを決めて仁王立ちしてエイエイオーをした。
全裸で。

 

 

翌日の日曜日、直江が昼前に電話をかけてた。お兄さんにかけてるらしかった。
オレは内容が気になったけどお昼ご飯の準備をしてたから聞けなくて残念。

お昼ご飯が出来上がって食卓につくと、直江がニコニコしながらいいアルバイトがありましたよって言った。

「なに?」
「橘家が持っているアパートの管理です」
「…………?」
「ほら、我が家の向かいのアパートあるでしょう?あれの管理は今私たちでしてますよね?それをもう少し増やすんですよ」

橘家が持ってるアパートは全部で6件。マンションは2件あるけどそっちは管理人さんがすでにいる。
アパートはだいたいこの近所で(橘家はこの町の地主なんだ)半径3キロ以内にある。
今まではお兄さんの不動産屋で掃除や庭の草むしりをしてたんだけど……。

「それを高耶さんが管理するってことです。要は兄の会社でのアルバイトなんですが。お給料も出ますしダイエットにもなりますし、一石二鳥じゃないですか」
「そっか。それならいいかも」
「毎日は大変ですから週に3日だけでいいそうです。時間は特に決めてませんから高耶さんの都合のいい時間を選んで出かけてくださいって」

なんて好都合なアルバイト!オレってラッキー♪

「私としても肉体労働の現場で高耶さんがムキムキになることもないし、あなたの色っぽさについフラフラする男どもの目に晒さなくて済んだわけですから一石二鳥ですね」
「アホか」

なるほど。そーいや直江はオレが働きに出るのを嫌がってた。理由は浮気されないか心配だったからって。
浮気はしないって言ったら「それでもモテモテになるのは目に見えてますから!」と力説された。
まあ旦那さんが可愛い奥さんに働いてほしくないって気持ちはわからないでもない。
オレだって直江が学校でモテモテなのが心配だもんな。

「じゃあ兄に話しておきますから。今週から始めてみましょうね」
「はーい」

そんなわけでオレはアルバイトをすることになった。
高耶、社会人生活第一歩だ!

 

 

 

ところが、思ってたよりも重労働だった。
まずアパートの廊下や玄関、庭掃除。広いアパートもあるから時間もかかった。
そんで庭の草むしり。雑草ってのはしぶといしたくさん生えるし意外に強いし。
根っこを切っても別の雑草と繋がってたりしてそっちを放置するとすぐに増えるらしくて徹底的にむしった。
あとは花壇の整備。これはお義母さんの好みで「花壇がないアパートなんて!」というわけで花壇が全アパートにあったりする。

週に3日で6件。1日2件回って、最初の一週間は精一杯だった。
家事とバイトと直江の世話。そんでたまに実家からの呼び出し。疲れる。

「うー」
「最近元気ないですね」
「ちょっと疲れてるんだ。運動不足だったせいもあるんだろうけどさ」

リビングの春用ラグの上でうつぶせで寝てたら直江が背中をマッサージしてくれた。

「直江こそ新入生の担任で疲れてるんだろ?」
「まあ、少しはね。でも今年も私のクラスの子はいい子ばかりで楽しいですよ」
「……美弥は?」
「……美弥さんですか?ええと」

言いよどんだってことは、もしや……。

「直江か山本先生のクラスだったりして?」
「当たりです。山本先生のクラスでしたよ……」

あ〜あ。可哀想に。やっと仰木くんのお母さんから離れられたと思ったら、今度は仰木さんのお母さんか。
山本先生もツイてないな〜。

「今のところは私のことすら無視してる状態ですが、きっと心中はとんでもなく混乱してることでしょう」
「そりゃそうだ」
「こちらは私と門脇先生に任せてもらって、高耶さんは主婦業とバイトを頑張ってくださいね」
「うん」

マッサージで気持ちも体もふんわりしたオレは直江にありがとうのチューをして立ち上がった。
明日はバイトしないで一日家にいようっと。

「高耶さん」
「ん〜?」
「最近ご無沙汰でしたから今夜あたり……」
「……それが目的でマッサージなんかしてサービスしたのか?」
「半分は……」

そんなことしなくたって「エッチしたい」って言えばいいのに。

「バカだなあ」

手を繋いで寝室にゴーだ。

 

 

一週間が過ぎてまた最初のアパートに行ってみると、先週の掃除と草むしりが良かったのかそんなに大変でもなかった。
さすがオレ。高校生で奥さんやってたのは伊達じゃない。

だからちょっと手抜きしてもいいかな〜なんて、別の日は家から一番離れたアパートの『コープたちばな』に夕方近くになってから行ったんだ。
掃除だけして帰っちゃえって。
そしたらなんと!!

「や、山本先生……!」

アパートの掃除が終わって出て行くと、山本先生に遭遇した。

「……仰木くん……!」
「こ、こんにちは……」

このギスギスした空気!一触即発の火花散る視線のぶつけあい!

「どうしてこんなところにいるのかしら……?」
「えっと、不動産屋でバイトしてて……ここのアパートの掃除を……」
「……コープたちばな……?もしかしてここって……」
「橘先生の……実家の……えーと、アパート……」

グルリンと山本先生が頭をめぐらせて、隣りのマンションを見た。
どうやらそこが山本先生の住処らしい……が。

「……ハイツたちばな?!」

もしかしてここって「他にもマンションがある」って言ってたそのマンションか?!
そこに山本先生が住んでたってことか?!
これってヤバイんじゃねえの?!

「ふふ。そうだったの。私の借りてるマンションが橘先生のご実家のねえ……ということは、大家さんにお宅の息子さんは男妻をもらったんですってね、って言ったらどうなるのかしらねえ?」

ふえ〜ん、おっかないよ〜!
もしそんなことしたら大家さんであるお義母さんはオレと直江を離婚させるかもしれないジャン!
そんで直江は学校で苦しい立場に!
ご近所の目も厳しいことに!

「明日、橘先生にちょっとお話してみようかしら?」
「……うわ〜ん!」

ダッシュで逃げた。女ってのはなんでこんなにおっかないんだ〜!!

帰ってすぐに泣きながら直江に報告した。
そしたら高耶さんは何も心配しないでいいから泣き顔を洗ってらっしゃいって洗面所に行かされた。

その間、直江は書斎にこもって電話をしたらしい。実家にだと思う。
ウジウジしながらの夕飯でも「大丈夫ですよ」って笑顔で言って安心させようとしてくれた。

「本当に大丈夫?」
「ええ。私がちゃんとどうにかしますから」

不安は消えなかったけど直江が優しいし、頼もしいし、あんまり考えないことにした。

 

 

んでまたコープたちばなの掃除の日。
行きたくなくてグズグズしてたらお兄さんから電話がかかってきて、昨日の春嵐でコープたちばなが汚れてるそうだから行ってくれって催促が。
仕方なく行ってみるとまた山本先生に遭遇。今度は掃除の最中に。

「……負けたわ……もう二度と橘先生と仰木くんには関わらないようにするから安心してちょうだい」

そんなことを言ってさっさとマンションに入って行った。
なんだ??

帰ってその話を直江にしたら、ニッコリとこわ〜い笑顔を浮かべて説明してくれた。

山本先生に遭遇したあの日、オレが洗面所で顔を洗ってる間に直江は実家に電話した。そんでお義母さんに事の次第を話したそうだ。

最初は「あらそうなの」と離婚させちゃおっかしら〜?なんて考えてたらしきお義母さんだったんだけど、直江がものすごい剣幕で言った一言でオレたちに協力することにしたらしい。

「離婚なんてことになったら高耶さんと心中しますから!!」

って。

大事な末っ子に心中なんかされた日にゃ、生きていけないとお義母さんは直江に泣きついた。
じゃあそういうことで山本先生に脅しをかけろと直江は要請。
お義母さんはその日すぐに山本先生に電話をかけた。

『少しでも息子の結婚に関して口外しようものなら、一秒の猶予もなしに出て行ってもらいます。言っておきますがうちの長男は不動産屋ですから、その手のネットワークはありますのよ』と。
要するに『おまえは宿無しになるんだぞ』ということだ。どこの不動産屋でも家を貸してはくれないぞ、と。

そんなわけないんだけど、とにかく直江のお母さんがあの口調で言うと怖いし真実味があるし、山本先生が信じちゃっても無理はない。

「ね?大丈夫だったでしょう?」

女もおっかないけど最近の直江が一番おっかない。平気でお義母さんのことも使いっぱにする。
いや、それもこれもオレとの結婚生活のためだから文句は言えないんだけどさ。

「これで山本先生への心配もなくなりましたね」
「あ、うん」
「高耶さんのダイエットとお小遣い、それに山本先生への牽制。一石二鳥どころか三鳥ですね」

……これでいいのか橘家。
確かにダイエットは成功でお小遣いも増えて結婚生活は安泰だけど、どんどんおかしな人間が増えていってる気がする。
まともなのはオレだけか?(違う)

「高耶さん、愛してますよ」
「うん」

まあいいか。直江とラブラブな毎日が送れるんだったら変人の一人や二人増えたところでかまいやしない。
これからもラブでメロウでスイートな三男橘家でいようっと。

 

 

 

END

 

 
   

あとがき

直江のお母さんも
いい味出してます。
意地悪なお母さんて
書きやすいから好きだ〜。

   
   
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