奥様は高耶さん



第5


小説とオレ

 
         
 

 

専業主婦になってちょっと退屈してる今日この頃。
お義兄さんとこの不動産屋のバイトが週に2回に減ってしまった。直江が「山本先生と遭遇するような場所に高耶さんを行かせるわけにいきません」とお兄さんに抗議して、そんで受け持ちのアパートが4件に減ったからだ。

そんなわけで退屈な日々を過ごしていたら、美弥が家にやってきた。どうやら学校帰りらしく制服を着てる。

「オヤツ食べに来た〜」
「……おまえに食わせるオヤツはねえ!」
「お兄ちゃん、そのギャグ古いよ」

ギャグのつもりはなかったんだけどな……。くそ、失敗したか。
美弥は勝手にズカズカ上がりこんで、勝手に冷蔵庫を開けた。

「ケーキあるじゃん。これちょうだい?」
「……いいけど……」

直江が買ってきたオレのケーキ。
全部で6個のうち3個残ってる。なんで残ってるかってゆーとまた太ったりしたら嫌だからだ。
どうせおとといのだし、それを美弥に食わせておけばいいや〜。

んで美弥はサンルームでケーキを2個食って、紅茶を2杯飲んで、持ち込んだ文庫本を読んでまったりしてた。
サンルームが出来てから来る回数が増えたような気が。
しばらくしたら彼氏から電話があったみたいで、片付けもせずに帰ってしまった。どうやら駅前でデートするらしい。

「くそ、美弥のヤツ……あ、あいつ、忘れ物しやがったな」

サンルームのテーブルにあったのは薄っぺらい文庫本。どうせ美弥が読んでるんだからたいした本じゃないだろう。
連絡するのもめんどくせーと思って、そのままにして食器を片付けた。
なんでオレがあいつの勝手に食ったオヤツの後始末をしなきゃいけないんだ。

で、すっかりその文庫本の存在を忘れて洗濯物を畳んだり、夕飯の支度をしたり。
そろそろ直江が帰ってくる時間になったからサンルームの窓を閉めに行って、文庫本があるのを思い出した。
とりあえずリビングの本棚にでも入れておくか、と手にとって中を見たら、まあ基本的には文字ばっかりだったんだけど、たまにイラストが入ってたりしてて……男同士の絡みシーンが目に飛び込んできた。

「ギャー!!!」

思わず手から落っことした。床に落とした本から、挟まってたチラシっぽいのがはみ出て……。
そこにはなんと『ボーイズラブ』の文字が。
オレだって知ってるぞ、ボーイズラブってもんがなんなのか。
要は少年たちのホモの話だろ?オレと直江がそのボーイズラブなのかどうかは年齢的に悩むところだから置いといて……まあオレたちみたいなホモカップルの小説なわけだ。

「あいつ、こんなもの読んでるのか……だから妙に協力的なんだな……」

この本がオレにとって吉なのか凶なのかわかんねーけど、ちょっと読んでみた方がいいんじゃねえの?

 

 

 

 

「直江、今夜パソコン貸して」
「いいですけど、何やるんですか?メール?」
「小説を書くことにしたんだ。昼間ちょっと暇だから」

そうなのだ!オレはあのボーイズラブ、いわゆるBL小説を読んで「ちょろいぜ」と思ったんだ!
だってあんなの、オレが直江にされてることと比べたら全然たいしたことないんだもん。
あれぐらいだったらオレにも書けるに違いない!

「小説って……高耶さん、国語の成績2ですよね?ここの管理人ですら国語だけは4でしたよ?無理なんじゃないかと思うんですが……」
「無理かどうかはやってみなきゃわかんねーだろ!つーか『ここの管理人』て誰だよ」
「ゲホゲホ。まあ、それはいいとして、小説なんか書いたことすらないでしょう?作文だってヘタクソ……いや、独創的すぎたのに、いきなり小説だなんて」
「とにかく書くの!パソコン貸してくれんだろ?」
「はあ……」

夕飯が終わってから直江に教わってパソコンの中に入ってる文章作成ソフトで原稿用紙の設定をした。
小説の最後の原稿募集コーナー部分に書かれてあった『400字詰めの原稿用紙に200枚から300枚』ってのを基準にしてだ。
しかも『手書き不可』だからパソコンでやるしかないよな。

「どこかに投稿するんですか?」
「そう。ま、大作家になったら直江にラクさせてやっから楽しみにしてろ!」
「……じゃあ私はリビングにいますから」
「おう!」

さ〜、やるぞぅ!!

って、まずは設定を考えないといけないのか。じゃあやっぱ高校生と先生の話がいいんじゃないか?
オレと直江の実録……は、ちょっと恥ずかしいから、微妙に脚色したやつにしよう。
出だしはやっぱオレが足を捻挫した日のところから……。
『入学して2ヵ月後、球技大会があった。オレはバスケのメンバーで、先生もバスケの担当だった』
こんな感じでいいな。

「んーと……ににに……にゅう……が、が……Gはここか……く……変換っと……して……に、かげつ……ご……」

………………そうだった!!オレ、文字の入力は右手人差し指1本でしか出来ないんだった!!
うわ〜ん!致命的弱点!!

「くそ……負けるもんか……例え指1本でも完成させてやる〜」

で、1時間後、出来た文章はたったの10行。文字を打つのも大変だけど、文章を考えるのも大変だった。
さすがに国語の成績2ってのは伊達じゃない。……言葉の使い方が間違ってるとかツッコミはいらないからな。

そーいえばこのパソコンて、音声認識ナンチャラがついてるんだっけ。直江に設定してもらおーっと。

「直江、直江」
「小説は進みましたか?」
「んん。全然。だからちょっと設定変えて」

引っ張って連れてきて、パソコンの設定を変えてもらってマイクをセットさせた。

「……文字が打てなかったんですか……」
「うん、でももうこれで安心だろ?声に出して言えば文字になるんだよな?」
「私はこの機能を使ったことがないのでわかりませんが……」
「ま、とにかくやってみるよ。サンキューな。じゃ戻っていいから出てって」

用無しになった旦那さんを追い出して、小説再開。
今度はうまくいきそうだ。文章にしたい言葉だけをマイクに拭き込みゃいいんだろ?
楽勝、楽勝。

「ええと……『保健室には誰もいなかった。……内線で職員室に聞いてみたら、養護の先生は』……」

そんなこんなでオレのBL小説作りは始まった。

 

 

 

予定がない日は昼間っからずっと書斎で小説作りをした。うまくマイクで拾えない声はキーで打たないといけないけど、それにも少しずつ慣れてやっとこさっとこBL小説の山場、エロシーンへ。
直江にされてるのを思い出しながら、エッチな気分で声を出した。

「『ん……いいッ…すっごい……きもちいい…』、と、ビックリマーク入れて……」

おお〜、なんかエロくなってきたぞ〜。

「『ああ!気持ちいい…っ、そこっ』」
「高耶さん!何してるんですか!……って、何してるんですか?」

うわ〜、ビックリした!!ビックリしすぎて声が出なかった〜!
直江が家に帰ってきただけか……。

「小説……?小説でどうしてあんな声を出してたんです?てっきり浮気してるのかと思いましたよ」
「エッチなシーンなんだよ。おかえり、直江」
「ただいま、高耶さん」

いつものおかえりのチューをした。
家に帰ったらリビングもどこもかしこも真っ暗で、そしたら書斎から怪しい喘ぎ声がしたからてっきりオレが男を連れ込んでエッチしてたと思ったようだ。

「浮気はしないもん」
「ですよね。それで、どんなエッチシーンなんですか?」
「んーと、男子高校生と先生が新婚夫婦になって初めてエッチした夜……のシーン」
「……それって……」
「へへ。オレが書いてるのはBL小説なんだ〜。題材はオレと直江」

直江はBLっつってもボーイズラブっつってもわかんなかったから、きちんと教えてやった。

「そんな小説が世の中にあるんですねえ……美弥さんが持ってたんですか?私にも貸してくださいよ」
「ん、ホラ」

パラパラと速読してから、エロいシーンだけ真面目に読んでた直江。エロ先生だな。

「なかなか刺激的ですね。じゃあせっかくですから、このシーンは実践でいきましょう」
「実践?なにそれ」
「私と高耶さんのエッチしてる声を吹き込めば、リアルな文章になると思いませんか?」
「うーん、そりゃそうだけど……まだ新婚初夜だし、あんまりエロいのはおかしくないか?」
「大丈夫ですよ。読者は初夜だろうが何だろうが、いやらしいシーンを望んでるんですから」

……そんなもんか?リアルさとか言うわりには、それじゃリアルにならない気がするんだが。

「しましょう?今から、ここで、マイクに向かって」
「……いいよ」

てな感じで最初のエロシーンは実にエロい文章(言葉?)が完成した。
当然だけど使えそうにないから後で削除した。だってコンセプトが「さわやかな」だぞ?
いくらエロシーンが必要でも直江のは全然さわやかじゃないんだもん!

「またエッチシーンの協力しますよ?」
「もういい」

プンスカ。

 

 

 

 

一生懸命作って、ようやく新婚夫婦が離婚の危機を乗り越え(そこはちゃんとしたフィクション部分だ)ラブラブカップルに戻って、心の通い合ったエッチをして小説は完成した。
直江の協力は何度も断ったんだけど、でもやっぱり拒否しきれなくて文章中に使われたりしたけどな。

郵便局に持って行って投稿してから1ヶ月後。
出版社から電話が来た。

「仰木さんですか?今回の投稿作品なんですけど……残念ながらウチの編集部では使えないということになりまして……」
「あ……はい……」

残念!!せっかくあんなにキチンと書けたのに!国語は2だけどうまく書けたはずなのに〜ぃ!!

「それでですね、ウチでは使えないのですが、その……別の部門で出版するのはどうかと思ってご連絡差し上げた次第で……」
「へ?!」

もしかしてオレ、作家デビューってこと?!
すっげえ!!あ、けどちょっと待てよ!!

「えっと、どこの部門なんでしょうか?」
「官能小説部門です。ラブシーンが非常に卑猥で良いそうなので、官能小説部門のゲイポルノってことで……」

な、なんか複雑な気分だ……。いきなり官能小説ゲイポルノ作家なんて……。たかが18歳で……。
リアルになっちゃったのが悪かったんだな……しかも小説の半分以上はエロシーンだしな……。
直江が毎日のようにエッチしてくるからこうなったのか〜……。

「その、えっと、夫と相談してからでないと……」
「夫?!もしかして、アレ、実録ですか?!」
「い、ちっ、違うけど!!」
「道理でリアルなはずですねぇ。じゃあ旦那さんとご相談の上でご連絡ください」

それで電話は切れた。
ああ、やばい。またやっちゃったよ。このおっちょこちょいな性格をどうにかしなきゃ。
ついでに『男同士カップル』が当然になってるオレの意識も改善しなきゃ〜。

んで、直江が帰ってきてからその話をしたら。

「それって、ホモの人が読むんですよね?」
「だと思う」
「……女の子に読まれるのはかまわなかったんですが……男にはちょっと……」
「なんで?」
「読む男は文章とはいえあなたのセリフでエッチな気分になって、自己処理するわけでしょう?私の高耶さんでそんな行為をされたら旦那さんとしては面白くありません」

そーかも。
直江のセリフでエッチな気分になる男もいるわけだ。直江がオレじゃない男子高校生とエッチなんかしてるとこ想像したら……
うがー!耐えられなーい!!

「断る!」
「そうしてください」

結局断るに決定して、翌日出版社に電話して原稿を破棄してもらうことに。
やっぱオレはBL小説を書いてみたい!

「つーわけで直江、しばらく小説書いてる間はオレに近寄るな。また官能ホモ小説になっちまうからな!」
「ええ〜!そんな!」
「オレはさわやかなエッチシーンを書かなきゃいけないんだよ!」
「今度はちゃんと協力しますから〜」
「ダメ!!」

でもさわやかなエッチシーンてのがどんなものかわからなくて、インターネットで何冊も注文して読んだ。
そりゃもう何冊も。
やっとどんなものかわかってきて、小説も順調にさわやか青春BLに仕上がってきたころ。

「お兄ちゃん、オヤツ食べに来た〜」
「おまえに食わせるオヤツはねえ!」
「はいはい」

今度のもギャグじゃなかったんだけど無視されて、美弥は冷蔵庫の中の北海道ふらのプリンを勝手に食い始めた。

「あ、そーいえば美弥が忘れてった小説どこ?」
「リビングの本棚。待ってろ、持って来る」

本棚からあの文庫本を持ってきて、美弥が座ってるキッチンのテーブルに置いた。

「ん〜?お兄ちゃん、美弥のはコレじゃないよ?」
「へ?!」
「美弥のは『放/課/後/エンジェル』ってやつだもん。こんなタイトルじゃないよ」

オレが渡したのは『小悪魔なオレ』ってやつだ。

「……もしかしてお兄ちゃん、BL小説にハマったってこと〜?キャッ!やらし〜!!」
「違う!!」
「どこが違うのさ〜!も〜!エッチなんだから!」

楽しそうに、嬉しそうに、頬を赤くしてオレを見てる。
そうじゃないんだ!これはBL小説を制覇するために!

「お母さんに話さなくっちゃ!あと彼氏にも話しちゃお〜」
「それはやめろ!!」
「じゃあお兄ちゃんのBL小説、美弥に貸して」
「……好きなだけ持っていきなさい」

これで済むなら安いもんだ!!

 

 

んで、色々苦労があったわけなんだが、再度投稿したらまた同じ編集者から電話が。
また不採用だってさ。だけど官能ホモ小説ならってまた言われた……。

「直江〜、またダメだって……そんでまた官能ホモ小説行きならOKだって……」
「今回は私は協力してませんよ?ってことは、あなたがエッチだって証拠じゃないですか」
「……直江のせいだ……オレをさわやかエッチを書けないぐらいエロくしたのは直江なんだぞ!責任取れ!」

言ってることはメチャクチャだけど、間違ってはいないだろ?!

「責任ですか?取りますよ」

思いっきりチューされてその場で押し倒された。なんでこうなるの?!

「なっ!直江!!」
「先生、でしょ?」
「こんな責任の取り方あるか〜!!」

でもやっぱ旦那さんには甘いわけで。
もうBL小説も官能ホモ小説も諦めよう。オレは直江と楽しい結婚生活さえ送れればいいんだもんな。

「先生、大好き」
「私もですよ、仰木くん」

これでいいのだ!!

 

 

END

 

 
   

あとがき

高耶さんはいつの間にか
猛烈エロ男子になっていた。
なぜなら直江が育てた
エロ生徒だから。


   
   
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