奥様は高耶さん



第9

出産とオレ

 
         
 

 

今オレは人生最大のピンチに立たされている。
右側には怒り狂った虎、左側には猛り立った龍。
どっちもちょー怖い。

しかしここはオレの家。竜虎決戦なんてさせてたまるか!

「二人とも落ち着けよ!」

ことの起こりは今日の昼。いつものごとく昼飯を食いに来た母さんとワイドショーを見ながら話してたら、こっちもいつものごとく突然来た。
誰って直江のお母さんが。

そんでダラダラしてるオレと母さんを見て嫌味を言い、母さんはその嫌味に対抗。
オシッコちびりそうになってるオレを差し置いて、二人は火花バチバチ状態にまで発展した。

「その大きなお腹で高耶くんと歩いたら年上女房に見られてしまうんじゃなくて?」
「ご心配には及びませんわ。高耶ったら美人の母親似ですから、親子だってすぐにわかりますもの〜」

な?怖いだろ?

「まったく30歳も離れた兄弟なんてねえ。義明ったら正直なところどう思ってるのかしら?」
「あら、義明くんは大喜びでしたよ〜。まるで我が子が産まれるかのように大喜び」

赤ちゃんが産まれるのを直江が嬉しがってるのは誰もが知ってることで、それをお義母さんだけは許せないわけ。
だってそしたらこの家に赤ちゃん入りびたり決定だろ?お義母さんは直江をオレばかりでなく赤ちゃんにまで取られた気分になっちゃうからさ〜。

「わたくしが言っているのはね、いい年をして妊娠なんかしないでほしい、そういう意味なのよ?」

ここでお義母さんキレた。

「おほほほ。よくおっしゃいますわねえ。そういう橘さんこそ義明くんと照弘さんの年齢差は12歳だそうじゃありません?いい年をして妊娠なさったのねえぇぇ」

母さんもキレた。
そんで竜虎対決になったわけ。で、冒頭に戻る。

「落ち着いてるわよ〜、お母さんは〜」
「ええ、わたくしも落ち着いてますわよ」
「どこが……」

しばらく喧々囂々やりあって、怖いしアホらしいしでオレは庭に出てハーブの世話をした。
もう好き勝手にやってくれ。赤ちゃんはオレが責任持ってまともな子供に育てるから。

「高耶さん?何してるんですか?」
「あ、直江。おかえり」
「庭に人影があると思ってこっちに来たんですが……」

今日は中間テストだから早めに戻ってきたらしい。そういえば美弥がテストだって話してたっけ。

「あのな、今、竜虎対決してるんだ」
「はい?」
「中で姑VS姑の戦争やってんの」
「……また母ですか……」

庭の窓から見てみたら、相変わらずケンカしてるみたいだった。

「私が仲裁に入りますよ」
「無駄無駄。もう好きなだけやらせときゃいいんだよ。オレだって途中まで頑張ったけど、もう口すら挟めなくなってきて出てきちゃったんだもん」

それでも直江は自分がこの家の主なんだからって言って仲裁に行った。
そーゆーとこがかっこいいんだけど、たまにバカだな〜って思う。

「もう終わりにしたらどうですか」
「うるさいわね」
「んまあ!私の息子に向かってうるさいですって?」
「お母さんもいい加減にしてください。高耶さんのお母さんの何が悪いって言うんですか」
「あなたは黙ってなさい」

ほらな。無駄だろ?

「高耶さん!そんなところでのんびりしてないで!」
「え〜?なんでオレ〜?」

とにかくこの二人を離れさせなきゃいけないからって直江に言われて、渋々母さんを引きずってキッチンへ。
大きなお腹はもう臨月だってことだ。

「さあ、お母さんはもう帰ってください。これじゃ胎教にも良くないですから」
「義明!あなたはどうしてお母さんの気持ちがわからないの?!」
「お母さんこそなぜお祝いしてあげないんですか!」
「望みもしない嫁の弟を自分の子のように可愛がる義明を想像したくないからよ!!」

がーん!!
そりゃ望まれてないのは知ってるけど……だからってこうもハッキリ言われると……へこむっつーか、落ち込むっつーか、泣きたくなるっつーか……

「な、なんですって〜!うちの息子になんてこと言うのよ!高耶はバカだけど素直でいい子なのよ!こっちだってアンタみたいな姑のいるカタブツ男なんかに嫁にやったのを後悔してるっつーのよ!」
「そ、そんな……」

ああ、直江までへこんじまった!!

「もう我慢できません!義明!この結婚は終わりにしなさい!こんな親子なんかとあなたが関わり合いを持つなんて耐えれないわ!離婚よ!」
「それはこっちのセリフよ!離婚しなさい、高耶!!今すぐに!ナウ!」

そんな!オレたちメチャクチャ仲良くていい夫婦なのに?!なんで離婚?!勝手に決めるなよ〜!!
絶対ヤダからな!!

「高耶!」
「義明!」

もう我慢できねえ!ふざけんな!!

「いい加減にしろ〜〜〜〜!!!」

しーん。
いい具合に騒ぎが収まったと思ったら。

「うッ!」

母さんが突然、お腹を抑えてしゃがみこんだ。

「母さん!?」
「お義母さん!」
「仰木さん?!」

みんなで近寄って覗き込んでみた。そしたら。

「うッ……産まれる〜〜!!」
「ええっ!!」
「マジかよ!」

陣痛が始まったらしい。脂汗かいてお腹を押さえてて、膝がガクガクしてる。

「たたた高耶さんが怒鳴るから!」
「オレが怒鳴ったから?!オレのせい?!」

お義母さんも直江もオレを見てなんか責めてる感じ?!
マジでオレのせいなわけ?!

「か、母さん、しっかりしろ!オレのせいなのかよ、マジかよ!ちょっと何とか言えよ!」

母さんに詰め寄ってみたけどそれどころじゃないらしい。本気で産まれそうみたい。
大変だ〜!

「ちょ、ちょっと待ってください、高耶さん!予定日までまだ日にちがあるんじゃないですか?!もしかして早産ですか?!」
「高耶くん!あなたお母さんの母子手帳探してちょうだい!」
「は、はい!」

母さんのバッグから母子手帳を出した。それをお義母さんに渡して見て貰ったらなんと!!

「出産予定日、今日じゃないの〜!!」
「うっそ!」
「お義母さん、どうして入院してないんですか!」
「……うう……出産予定日って……来週じゃないの?」

間違えてるし……1週間間違えてるし……やっぱこれがオレの母さんだ……。

「陣痛なかったの?!」
「全然……」
「仰木さんたらもう!仕方ないわ、このまま病院に連れて行きましょう!義明!うろたえてないで車出す準備して!高耶くんはバスタオルたくさん用意して、お母さんを車に乗せてちょうだい!まったく男はこれだから!」

お義母さんは先陣を切って母さんの世話をした。オロオロするオレたち夫婦は言われたままに準備をして母さんを車に乗せて病院へ。
病院に着いてからもオロオロ。
お義母さんは父さんや橘家に連絡をして病院まで来させたり、母さんのそばで元気付けたりしてちょー奮闘だ。

女って強え〜。

 

 

それで。母さんは少し陣痛で苦しんだけど赤ちゃんは2時間ぐらいでスッポーンと生まれた。
美弥と父さんは小躍りして大喜び。ついでに橘家のお父さんもお兄さんも一緒に大喜び。
オレと直江はさらに抱き合って大喜びだ。
お義母さんはっつーと……。

「よく頑張ったわねえ。高齢出産って何かと大変でしょう?」
「橘さんのおかげで無事に生まれました」

なんて会話を母さんとして、知らないうちに和解してた。
女はわかんねーよ。

「いや〜、これで義明の孫の顔を見たってことにするか!」
「まあ実際は弟ですけどヨシとしましょう!お父さん!」

直江んちの男連中は感覚がちょっとだけズレてるらしい。
そこでまた余計なことに、オレの父さんが酒好きな性格を発揮しやがった。

「そうだ、橘さん!これから祝いの一杯といきましょうか!どうせ男どもは邪魔にされてしまうんだし!一緒に名前を考えてくださいよ!」
「そうだな!よし!今から義明の家で祝杯だ!」

なんでオレんちなわけ?!
直江!どうにか断ってくれ!!

「いいですね、そうしましょう!」

直江まで一緒になって宴会するつもりなのかよ〜!!
オレが食事とか用意するんだろ?もうヤダよ〜!今日はもう大騒ぎはうんざりだ!

「美弥、おまえ行ってくんねえ?」
「ヤダよ〜。美弥、明日もテストだも〜ん。赤ちゃんもうちょっと見たら帰るも〜ん」
「オレだってヤダよ〜」

ブツクサ言ってたらお義母さんがやってきた。

「高耶くん、嫁の心構えがあるなら祝杯の準備ぐらいしなさいな。あ、言っておきますけどね、お父さんたちは塩分控えめの食事じゃないとダメよ。それとお酒はあまり飲ませないでちょうだい」

やっぱお義母さん、ちょー怖ええ。
母さんとは和解したらしいけどオレとは和解するつもりないのかな?くっそ〜。

「あなたの代わりにお母さんについててあげますからね。心配しないで帰りなさい。男の人がいたってどうせ役に立たないんだから」
「……はい」

でもまー母さんと和解してくれたんだったらいいや。
直江のお母さんだって根はいい人なんだもんな。
……てことにしておこう。

「んじゃオレたち帰ります。何かあったら電話ください」
「はいはい。わかりました。どうせ何かあっても役に立たないんじゃ呼びませんけどね」
「……はーい……」

オレだけはまだいじめられそうな予感……。

んでその日の祝杯で橘家3人と父さんで名前を考えた。料理をしてるオレを抜きでだ。
なんでこれから育ての親になるオレを抜かして決めちゃうんだよ〜。納得できねえなあ。

「俊介に決定だ!」

坊さんやってる直江のお父さんが漢字をいくつか出して、その他3人のオッサンで選んで決めた。

「お義父さん、いいんですか?たかや、みや、どっちも『や』で終わるのに」
「いや〜、『や』で終わるとダメな子供に育ってしまう予感がして……」

どーゆー意味だ!!

「それにしてもめでたいですなあ!仰木さん!まま、一杯」
「ありがとうございます。すいませんねえ、名前まで一緒に考えてもらっちゃって」

宴会は深夜まで続いた。直江は明日もテストだってゆーのに酔っ払ってた。いいのかよ。
父さんと橘のお父さんたちをタクシーに乗せて帰らせるともう12時を回ってた。
直江はリビングでだらしなく座ってニヤニヤ笑いばっかりしてる。

「は〜、赤ちゃん、生まれましたねえ」
「疲れた……今日はもう動きたくない……なんでオレだけこんなに疲れるんだよ……」

でも直江ってばオレの話なんか全然聞いてなくて、頭の中は赤ちゃんでいっぱい。

「我が子のように可愛がりましょうね!私たち夫婦で!」
「……うん」

それでもこの疲れは心地よくて。
まだ赤ちゃんに触れなかったけど、もうちょっとしたら抱ける。楽しみだな〜。

「お風呂に入って寝ましょうか。片付けは明日でいいですよ」
「そーする」
「きっとこれからも楽しい夫婦生活になりますね」

楽しいとは思うけど、オレはどうも苦労しそうな気がするんだよな。
でもいいか。めでたいんだもんな。

「そうだな。きっと今までより楽しくなるかもな」
「高耶さんと私の赤ちゃんだと思って、たっくさん可愛がりましょう」

直江にギューしてもらって今日の喜びをようやくかみ締めた。赤ちゃんだ。オレと直江の子供みたいなもんだ。
母さんがダメっつってもオレたちが育てるんだもんね。
だってあの夫婦に育てられてオレみたいなバカに育つより、直江みたいなパパに育てられれば素直で頭のいい子になるだろうし。

「なんかオレ、すっごく幸せ」
「私もですよ」

チューしてギューしてからお風呂。トーゼン一緒に。
いい感じに酔っ払った直江は風呂上りですぐに寝ちゃったけど、オレはリビングに残って携帯電話で撮った赤ちゃんの写真をずっと見てた。
可愛いんだ、これが!

「しゅんすけか〜。うー、可愛いッ」

誰に何を言われようが俊介はオレの可愛い弟。大事に大事にするんだもんね。
これだけ可愛かったらきっとお義母さんだって大事にしてくれる。
明日も病院行って俊介に会って、写真もたくさん撮ってやろうっと。んで直江にも見せてやるんだ。

そろそろ寝るかと思って寝室に行ったら、直江は笑ったまま寝てた。
きっと直江が本物のパパだったら甘やかして育てるのかもしれないな。
……赤ちゃんと直江……あ〜、いい構図だな〜。ほのぼのだ〜。

「寝よっと」

ちょっと酒臭い直江の腕の中に入ったらギューされた。寝ぼけてこんなことする直江は赤ちゃんと同じくらい可愛い。

「しゅんすけさん……」
「なにぃ?」

前言撤回。寝言でオレ以外の人間の名前を呼ぶのは気に入らない。例えそれが新しい弟であってもだ。
ムカついたから鼻をつまんでやったら、しばらくして起きた。ザマアミロ。

「なんですか、高耶さん……」
「なんでもないよ。おやすみ〜」

すぐにまた寝入った直江はまた寝言を言った。今度はオレの名前だったから頭をナデナデしてやったらニヤッと笑った。
もしかして?

「起きてるだろ?」
「はい」
「さっきの俊介って寝言もわざとか?」
「はい」
「くっそ〜」

ナデナデしてた手で頭をグチャグチャにしたら、その手を取られて引き寄せて、チューされた。
酒臭いチューは嫌いだけど今日は特別。直江がすごく喜んでるから、オレの嬉しさも倍増だ。

 

 

翌朝。

「二日酔いになってない?」
「ええ、大丈夫みたいです」
「今日、赤ちゃんとこ行ってくるから。写真撮るから見せてやる」
「私も学校帰りに行きますよ」
「じゃあ待ってる」

予想以上に直江は赤ちゃんにメロメロだ。

学校に行く直江を見送ってからオレも出かける支度をした。
今朝、母さんからメールが来て、急な出産だったから入院準備がまったく出来てないから実家に戻って色々持って来いって命令が下った。
メールには持ってくるものが事細かに書かれてた。美弥はテストだし父さんは会社だし、オレが行くしかない。

実家に帰ってリストにあったものをカバンにつめて病院へ。
母さんに荷物を渡してからオレは新生児室をガラス越しにずーっと見てた。何時間も。
俊介が一番可愛い。兄の欲目じゃなくてホントに可愛い。

赤ちゃんを見てたら学校から直行で来た直江が現れた。まだ午後イチだってのに。

「俊介さんは?」
「右から5番目」

直江もガラス越しに見てうっとりだ。「可愛いなあ」なんて呟いてる。

「あら、義明。もう来てたの?」
「お母さん」

意外なことに直江のお母さん登場。なんか荷物持ってるけど……。

「どうしたんですか?」
「仰木さんのお見舞いよ。男の人は気が利きませんからね。色々持ってきたの」
「そうですか。じゃあお母さんも俊介さんの誕生を祝ってくれてるってことでいいんですよね?」
「当然でしょう?何を言ってるんだか。こんなにおめでたいことはありません」

そう言って去ったお義母さん。昨日まであんなに嫌味言ってたのにどうして?って直江に聞いたら。

「本当はずっとお祝いしたかったんでしょうね。でもなんだか仲間はずれになった気がして面白くなかったんですよ。それで憎まれ口を叩いてたわけで」
「は〜ん、なるほど」

直江の予想は当たってたみたい。ずっと母さんと楽しそうに話し込んでたからな。

「自分が俊介さんの出産に立ち会えたのが嬉しいんですよ。やっと仲間に入れたって思ったんじゃないですか?」
「そうか〜」
「これも高耶さんのおかげですよ」
「オレ?」
「だって高耶さんの怒鳴り声で産気づいたんですから」
「む〜。やっぱオレのせいにしてる〜」

絶対にオレのせいじゃないと思う。でも嫁の立場としてはこれでいいのかもな〜。
うーん、納得いかないけどさ。

「本当に可愛いですね」
「俊介?うん、ホントに可愛い」
「……俊介さんじゃなくて、高耶さんですよ。私が一番可愛いと思うのは高耶さんです」

ちょっとビックリしたけど嬉しかったから直江のスーツの裾を掴んで返事の代わり。
きっとオレの顔、真っ赤だ。

「さあ、お義母さんのところに行きましょうか」

直江のスーツの裾を掴んだまま病室へ。
仲のいい夫婦の登場に母さんはにこやかに、お義母さんはちょっとムッとして迎えてくれた。

30分ぐらい母さんと話して、帰ることになった。お義母さんと一緒に病室を出てもう一回新生児室を覗く。

「まあ義明の子供の顔は見られなかったけれど、これでヨシとします」
「ありがとうございます」
「……高耶くん」
「は、はい」
「……油断してたら義明に子供の産めるお嫁さんを宛がいますからね」
「え?」

どーゆー意味?!それどーゆー意味?!

「おほほほほ!」

高笑いしてお義母さんは帰っていった。

「…………なに、今の……」
「さ、さあ?」
「くっそ〜!オレはぜってー離婚しねーからな!」

最後までお義母さんはお義母さんのままだった。たぶん一生オレとお義母さんはバトルを続けるに違いない。
負けるもんか!!

「産む!」
「無理です!」

 

END

 

 
   

あとがき

赤ちゃん誕生3連作でした〜。
さあ次回からは高耶さんが
子育てをしたりしなかったり。
親バカ直江もいるYO!


   
   
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