お兄ちゃんのギャグと同じぐらいお寒くなってまいりました今日この頃、赤ちゃんも生まれて順風満帆な仰木家の長女の美弥がお送りしますバカ兄とその旦那さんの話をしたいと思います。
お兄ちゃんは高校2年の夏に結婚しました。相手は学校の担任教師の橘義明先生です。
この時点で普通はおかしいと思うはずなんですけど、美弥の家は元々おかしいので誰も反対しませんでした。
てゆーか、お兄ちゃんがお嫁に行けば美弥の天下でしょ?
もうパシリにされなくて済むし、お兄ちゃんの生活費が浮くからそのぶんお小遣いも増えるし、もう妹としてはうるさい兄がいなくなってくれて万々歳なわけ。
しかも義明さんの家に行けば男同士の夫婦だからネタの宝庫!
からかい甲斐はあるわ、美弥の好きなBL風な生活してるわ、お兄ちゃんを甘やかす義明さんの姿が滑稽だわで面白いのなんのって!
最初の頃は新婚だからあんまり行くなってお母さんに言われてたけど、今はけっこう遊びに行ってるんだ。
お兄ちゃんがBL小説に目覚めてたくさん貸してくれるしさ。
義明さんがお兄ちゃんのために用意したオヤツもたくさんあるし。
最近は赤ちゃんが生まれたからお母さんの代わりに美弥が料理したりって日が多いけど、今日はお兄ちゃんちでご馳走になるんだ〜。
「なんで勝手に決めるんだ……」
「だってたまには俊ちゃんの子守から解放されたいもん」
「それは母親の言うセリフじゃねえのか」
お兄ちゃんは文句をいいながらも夕飯を作ってくれます。どうせ義明さんの夕飯のついでだから。
「直江は俊介の子守したくてたまらないらしいのに」
「そんなの仕方ないじゃん。俊ちゃんはうちの子なんだもん」
「まーな」
義明さんは美弥が行ってる高校の先生でもあります。
義明さんたら最近学校でニヤけてることが多いのよね。たぶん俊ちゃんのせいなんだけどさ。
このまえ職員室に行った時、義明さんの机を偶然見たら俊ちゃんの写真が飾ってあったんだ。お兄ちゃんの写真はないのに。ヒヒヒ、可哀想なお兄ちゃん。
「なあ、美弥。直江ってやっぱ女生徒に相変わらずモテモテでくっつかれたりしてるのか?」
「してるよ。隙を見せると腕組まれたりね。最近の女子高生は発育いいから、気をつけないと襲われちゃうんじゃないの〜?」
「直江は女子高生なんか襲わないぞ!」
「そーじゃなくて、義明さんが襲われるってゆってんの」
「がーん!」
それからお兄ちゃんは妄想モードに入っちゃった。
面白いんだけど夕飯が遅くなるから早く妄想やめてくんないかな?
「だってそしたら男と女なんだし、直江が望まなくても赤ん坊出来ちゃったりして、結婚して責任取れとかそーなって、したらオレとは離婚しなきゃなんなくて……!!」
「アホくさ」
そこにグッドなのかバッドなのかいいタイミングで義明さんの帰宅。
玄関までお出迎えしてみよーっと。
「義明さん、おかえりなさ〜い」
「いらっしゃい。美弥さん。高耶さんは?」
「妄想中」
「妄想?あの人はいったい何をしてるんだか……」
呆れてるような言い草してるけど、これは建て前で、義明さんの本心は「可愛い人だ」ぐらいにしか思ってないから。
こっちが呆れるってゆーの。
「高耶さん。ただいま」
「なんで日本は同性結婚が許されてないんだ!」
「はい?」
「いつになったらオレは橘高耶になれるんだって聞いてんだよ!」
「…………それは政府の発表を聞かない限りは」
義明さんはあんまり冗談の通じない人で、一言で言っちゃえばカタブツ野郎なの。最近は少しマシになってきたんだけど、それはきっとバカのお兄ちゃんの影響だと思う。
絶対に美弥やお父さんやお母さんの影響じゃないよ。絶対ね。
まあそのカタブツ加減にお兄ちゃんはドキドキしちゃったわけだから、お固くても不満ではないみたい。
ちょっとはときめき要素もあったんじゃないかな。例えば天然なところとか。
歴史マニアってところがすでに天然でしょ〜?
だって三国志が好きで「いつ三国志の時代にタイムスリップしてもいいように中国語を習っておこう」とか「自分は背が高いからきっと訓練すれば武将も夢じゃない」とか「誰の配下になろうか」とか「火薬の作り方を知っていればどこの勢力にも歓迎されるから、いまのうちに勉強しておこう。ああ、でもあの時代に火薬があったら歴史が変わってしまうな」とか、そーゆーおかしな妄想してるのに、自分はまったく正常だって思ってるらしいんだよね。
本気でタイムスリップするつもりみたい。ね、アホでしょ?
「どうせおまえは子供が作れる嫁さんが欲しいんだろ!」
「だから何の話なんですか?!」
おっと、お兄ちゃんも妄想が激しかったんだっけ。すっごい話が飛躍しちゃってる。
いつもこんな感じで根拠も原因もない夫婦喧嘩するんだよね〜。それでお兄ちゃんが泣いて、最終的には義明さんが折れてお兄ちゃんを甘やかして仲直りして、うざったいほどイチャイチャするんだよ。ワンパターンだわ。
「うわ〜ん!」
ほら、泣いた。
「高耶さん?!どうして泣くんですか?!私はいつまでも高耶さんを愛していますよ!高耶さん以外にお嫁さんなんかもらいません!」
「うそだ〜!」
「嘘じゃありません!この命に懸けて愛していきます!」
「……なおえ〜!!」
もうマジでやめてほしいんだけど。面白いネタではあるんだけど、泣いたり喚いたりしてうるさいったら!
それに美弥、普通の女子高生だから他人の幸せよりも不幸の方が楽しいのよね。
そろそろその幸せそうな抱き合いをやめてくんないかな。
「こんなに可愛い奥さんを泣かせてしまって、旦那さん失格ですね」
「ううん。直江はいい旦那さんだよ。オレがダメな奥さんなんだ」
「そんなことはありません。高耶さん以上に素晴らしい奥さんなんか世の中どこを探したっていませんよ」
「直江だって世界一の旦那さんだもん」
はいはい。
ねえ、この家じゃ毎日こうゆうことが繰り返されてるってどう思う?やめてほしくない?
まったくどっちもどっちの夫婦だよね〜。
「さあ、じゃあ高耶さんはお料理してください。私は着替えてからちょっと仕事です。おいしいもの、たくさん食べさせてくださいね?」
「うん!!」
はい、もう立ち直った。なに、このバカバカしいコント。
義明さんは着替えに2階の寝室へ。
知ってる?この寝室って防音なの。エッチの声が隣近所に聞こえないようにって。
窓も防音のために二重ガラス使ってるんだよ。
ホントにお兄ちゃんのために建てられた家なんだからすごいよね。義明さんの頭の中ってどうなってるんだろ。
円グラフにしたらきっと円の中ぜーんぶ同じ色だよ。ぜーんぶ『高耶さん』だよ。
あのお兄ちゃんのどこがそんなに好きなんだかね。
「よっしゃ、夕飯完成!美弥、直江呼んできて」
「なんで美弥が〜」
「うるせえ、タダメシ食らいが!」
仕方ないな〜。ご馳走になるんだから呼んできてあげよっかな〜。
ドアをノックして義明さんを呼んだらすぐに出てきた。
「高耶さんの手料理は最高ですから、美弥さんもたくさん食べてくださいね?」
「う、うん」
よく恥ずかしげもなくこんなこと言えるわ。普通、自分の奥さんの料理をあからさまに褒めるなんてしないんじゃないの?
って、そーいえばウチのお父さんもそうだったっけ……。
どうりでお父さんと義明さんが仲いいわけだ。
お兄ちゃんの夕飯は普通だった。お母さんの方が上手なぐらい普通。
でも義明さんは……。
「おいしいです、最高です、高耶さん!いったいいつの間にこんなに料理の腕を上げたんですか。私の奥さんは料理の天才なんですね。ああ、本当に素晴らしい奥さんをもらってしまいました」
「へへへ〜」
はあ?この夕飯の何が最高なの?普通じゃん。まったく普通じゃん。
ただの肉じゃがとただの野菜炒めとただのワカメの酢の物じゃん。義明さんてもしかして味オンチ?
味オンチに褒められて「へへへ〜」とか照れてるわけ?
どっちも救いようのないアホだね。
夕飯が終わると義明さんがデザートを出してくれた。このへんで有名なケーキ屋のモンブラン。
こうやってお兄ちゃんの好物を買っておいていっつも食べさせてるんだね〜。餌付けしてるんだね〜。
そうでもしないとお兄ちゃんはワガママだから文句言うんだろうな〜。
「美弥、それ食ったら帰れ。直江と送ってくから」
「もうちょっといいじゃん」
「ダメ。女の子は夜8時には家に帰るもんなの」
言っておくけどこれはお兄ちゃんが勝手に決めた門限で、お父さんには10時までいいよって言われてるの。
高校生が8時の門限なんて何も出来ないでしょ?
なのにお兄ちゃんは義明さんとの時間が欲しいもんだから勝手に門限決めてるわけよ。
「そうですよ、美弥さん。明日も学校でしょう?高校生は勉強が本分です。帰ってしっかり復習して、明日もちゃんと朝ご飯食べて登校してください」
「も〜、こーゆー時だけ先生モードになるんだから。お兄ちゃんは復習なんかやったことなかったくせに〜」
「……言われてみれば……って、いいんですよ、高耶さんは。高校生も奥さんもやってたんですから、復習までやれなんて可哀想でしょう?」
「ふーんだ」
ムカついたから義明さんのモンブランも食べちゃった。そしたらお兄ちゃんが怒るんだよね。
なんで直江のを食べるんだって。何でってムカついたからに決まってるじゃん。
美弥は正直な娘さんなんだもん。
「じゃあ帰りましょうか」
「あ、待って。お兄ちゃん、BL小説何冊か貸して〜」
「そこの本棚にあるから持ってけよ」
リビングの本棚の下の方にある戸のついた場所。そこにはカバーのかかった大量のBL小説がある。
お兄ちゃんは「趣味の小説書きの参考だ」なんて言って誤魔化してるけど、本当はちゃんと読んでるの知ってるもんね。
だってエッチなシーンのところに絶対しおりが挟んであるもん。
きっとね、義明さんと2人でそこのシーンの再現してるんだよ。そうに決まってる。
エッチなこと好きだからね〜。2人ともケ☆モ☆ノ☆
「美弥!早くしろ!」
「は〜い」
義明さんが運転、お兄ちゃんが助手席、美弥は後部座席。どうして帰るだけなのにお兄ちゃんがついてくるかって?
そんなの決まってるじゃん!
お兄ちゃんは義明さんにいっつもくっついていたいの!金魚のフンみたく!
たった5分ぐらいで家に到着。義明さんがウズウズしてるのがわかる。なんたって俊ちゃんがいるから!
その俊ちゃんを抱っこしたお母さんが玄関に出てきたの。
「あら、義明くん、送ってくれてありがとね〜」
「いえ、私も俊介さんの顔が見たかったので……」
「まあ、それは嬉しいわねえ。ね、俊ちゃん」
俊ちゃんはまだ首も据わらないぐらいの赤ちゃんだから、義明さんが来ようがお兄ちゃんが来ようが我関せず。
お母さんに抱っこされると機嫌良くなるぐらい。
「あの……お義母さん、ちょっと抱っこさせてください」
「いいわよ。はい」
俊ちゃんが義明さんに抱っこされたとたん、機嫌悪くなって泣いちゃった。
せっかくお母さんに抱っこされて気持ちよかったのに、って。
「も〜、直江は抱っこすんの下手なんじゃねえの?」
「そんなことないと思いますけど……泣かないでくださいよ、俊介さん」
「俊介、お兄ちゃんが抱っこしてやるぞ〜」
そんでお兄ちゃんが抱っこしたらピタリと泣き止んで、逆に超機嫌良くなったの。なんで?!
「おお〜、俊介はお兄ちゃんのこと好きなんだな〜。いい子いい子」
「……なぜ私ではダメなんですかね……」
「いいじゃん、直江にはオレが抱っこされてやるんだしさ」
「そうですね……」
ギャー!何今のくっさいセリフ!!鳥肌立つ〜!
「じゃあオレたち帰るから」
お兄ちゃんは俊ちゃんをお母さんに返して出て行った。義明さんは名残惜しそうにしながら。
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「お兄ちゃんたちってバカ夫婦だよね?」
「そうねえ……たぶん世界一のバカ夫婦だわねえ」
ほーら、やっぱり!
美弥の勘を見くびらないで欲しいわッ。
「明日も夕飯食べに行っちゃおうっと」
「食費が浮くからぜひそうしてね」
「は〜い」
ま、お兄ちゃんも義明さんもバカだけど悪い人じゃないから楽しいよ。
あとあの夫婦をいじめたり邪魔したりするのも楽しいよ。美弥のライフワークだもんね〜。
じゃあ皆さん、これからもバカ夫婦と美弥をよろしくお願いします!!
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