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奥様は高耶さん



第10


ノロケとオレ

 
         
 

 

「お兄ちゃん、大変だよ!!」

そう叫びながら美弥がウチにやってきた。見れば制服姿で学校帰りなのがよくわかる。

「俊介になんかあったのか?!」
「違うって!俊ちゃんは元気!そうじゃなくって~!」

なんだ、俊介には何もないのか。良かった~。
って、オレは毎日顔を見に行ってるから元気なのは知ってるんだっけ。今日も行ったしな。美弥よりよく知ってるはずだった。

「じゃあ何?」
「義明さんが狙われております!」

直立不動で美弥が敬礼しながら言った。上司に報告する兵士のつもりらしい。
昨日やってたテレビ映画に影響されやがったな。

「直江が狙われてるって誰に?」
「教育実習生であります!」
「……女?」
「当然であります!」
「そんでその実習生がなんで直江を狙ってるってわかったんだ?」

設定にノッてこないオレに白けたのか、軍隊モードを終了した美弥は勝手に冷蔵庫を開けながらオヤツを物色し始めた。
そうしながら実習生のことを報告し続ける。まあオヤツぐらいはいいか。情報料だ。

「橘先生のクラスの実習生なんだよ。だから授業も橘先生と来るわけ。甘ったれた声出しちゃってモロバレ~」
「でも直江は結婚してるって知ってるんだろ?」
「甘いね!」

美弥が言うには今の時代は結婚してる男ってゆーのが魅力的なんだそうだ。いい年こいて結婚も出来ない男は『欠陥がある』ってゆう認識なんだって。
だから結婚してる男との恋愛がいい……って感じで狙われる、らしい。

「マジでか?!」
「マジだよ!しかも!ここからが本題だからね、お兄ちゃん!」
「もったいぶるな!」

コホンと咳をしてから仰々しく美弥が言った。

「義明さんの元教え子だそうです」
「ええ?!」
「一浪してるからお兄ちゃんが入学する前に卒業した人なんだって。だから義明さんの大事な生徒ってことでしょ?しかも美人で色っぽくてブリブリで才女。そんでさあ、ここからがさらに本題なんだけど」
「だから早く言えって~!」

先を促したら手を出してきた。なんだ?

「ここからは有料。お小遣いくれたら教えてあげる」
「なんだそりゃ!オヤツまで食ってさらに小遣いか?!」
「情報ってのはタダで手に入る時代じゃないわけよ。お兄ちゃん、義明さんからたくさんお小遣いもらってるんでしょ?ちょっとぐらい可愛い妹に出したっていいんじゃないの?」

たくさん小遣いをもらってるわけじゃない。そりゃ父さんに貰うよりは増えたけど。
なんでそれを美弥が知ってるんだ?

「千円でいいよ」
「……それぐらいなら……」

金より直江の情報の方が大切だからな!

「毎度あり~」

千円札を財布に入れて、美弥は真剣な顔で教えてくれた。

「どうやら橘先生と一緒に働きたくて教職を選んだらしいんだ」
「マジかよ!そんで?!」
「高校の頃から橘先生のこと大好きだったんだって。だから卒業してからは毎年クラス会の主催したり、学校行って何かとアドバイスをもらってたりしてたんだって。これね、美弥の同級生のお姉さんに聞いた話だからホントだよ」

そ、そんな女が今、直江のクラスの教育実習生?
危ない!直江が危険だ~!

「義明さんは何も言ってないの?」
「そんな話聞いてない。それに教育実習生が来るってことも聞かされてない」
「……もしかして義明さん……浮気してるんじゃない?」

そうかも!!だからオレには話さなかったのかも!
くっそー!こんなことなら卒業しないでダブれば良かった!直江の監視したい~!

「帰ったら問い詰めてやる!」
「お兄ちゃん頑張って~!」

そして美弥は冷蔵庫で発見したなめらかプリンを食って帰った。俊介にも持って帰るって言うからうっかり残りを渡そうとしたんだけど、よく考えたら俊介はまだ母乳。
なんて妹だ!

 

 

「ただいま」
「この浮気者~!!」
「なんですか?!」

玄関で旦那さんに噛み付いた。オレに内緒で教育実習生とイチャコラしてたんじゃねーのか?!

「浮気者ってなんの話ですか?私のことですか?」
「そうだ!」
「どこでそんなガセネタを」
「美弥から!」

直江は少~しだけ考えてから「ああ」と言った。浮気肯定してるみたいに。怪しい……。

「もしかして山田先生のことでしょうか?」
「山田?浮気相手は山田ってのか?」
「違います」
「じゃあ誰と浮気してるんだ!浮気相手の名前はなんだ?!」
「だから、私は浮気はしていません」
「…………ホント?」
「はい」

旦那さんはいつものようにオレにチューをしてから家に入った。
その旦那さんについて寝室まで行って着替えを眺めながら話す。

「美弥さんの言うとおり、山田先生は私の教え子です。でもそれだけですよ」
「けど直江に甘ったれた喋り方してるって……」
「元からそういう話し方です」
「でも橘先生のことが昔から大好きだったって」

そこで直江は黙ってしまった。もしかして知ってたんじゃねえのか?

「高耶さんは奥さんですから。正直に話します。山田先生が在学中に何度か告白されました。でも私は生徒に手は出しません。全部ハッキリと断りました」
「やっぱそうなんじゃん~」

着替え終わった直江と一緒にリビングへ。今日はムカムカしてたから夕飯作ってないって言ったら、あとでガストに行こうって。
その前に尋問だ。
直江とお茶を飲みながらソファでくっついて尋問した。

「もしかしたら自分が生徒だから先生に断られたって思って、そんで自分も先生になっちゃえばどうにかなるかもって考えてるかもよ?」
「まあ、それは多少あるかもしれませんが。でもちゃんと結婚してるって話はしました」
「今は既婚者と恋愛する女が増えてるんだぞ?山田先生だってそのつもりがあるかも」

直江はオレの頭を撫でて、それからギューって抱きしめてきた。
今日も直江はいい匂い。

「そのつもりがあっても、私は高耶さんに夢中ですから浮気なんてしませんよ」
「絶対?」
「はい」
「ホントにホント?」
「はい」
「嘘ついたら針千本飲むか?」
「飲みます」

ん~、じゃあホントなんだな。疑って悪かったかな。

「ガスト行きましょうか」
「うん」

少し離れたガストまで車で出かけることになった。オレも直江も腹の虫が限界だって鳴いてるから。

 

 

それから数日して日曜日。直江とジャスコにやってきた。
シャンプーとか石鹸とかの生活用品をカートに入れて、それから衣料品売り場に行って冬のパジャマをお揃いで買うことに。

「あ、いっけね。ぱんつ買わないと」

古くなったのを捨てたばっかりだから新しいのを買っておかなきゃ。
古いのを捨てる時はハサミで切りなさいって母さんに言われてたから切ってたら、直江が1枚ぱんつを盗もうとした。
コレクションするつもりだったらしい。
そんで阻止して奪い返して切って捨てたんだ。

「たまには海外ブランドのぱんつも良くねえ?直江みたくさ」
「ダメですよ。高耶さんにはグ×ゼのぱんつが一番似合うんですから、定番の白ブリーフにしてください」

直江は『高耶白ブリーフマニア』だ。他の男子生徒が白だろうが赤だろうがふんどしだろうが気にしないけど、高耶さんだけは白ブリーフじゃないとダメっていっつも言う。
高校生の頃は体育の授業で着替えるから白ブリーフは子供っぽいかなって思ってオシャレなのをたまに穿いてたんだけど、卒業して誰にもぱんつを見られない生活になったら、直江は白ブリーフしか穿いちゃダメって言うようになった。

「え~。でもたまにはオシャレなの穿きたいじゃん」
「私は嫌です」
「イマドキの若者が穿くようなもんじゃないと思うんだけどな~」
「とにかくダメです」

ぱんつの話題でちょっとだけ言い合いになった時、横から女の声がした。
議題が議題なだけにオレたちはギョッとして会話をやめた。

「橘先生!」

ここでしょっちゅう会う門脇先生かと思って振り向いたら知らない若い女が手を振ってた。
『橘先生』ってことは……もしかしてあいつが?

「山田先生じゃないですか」
「お買い物ですかあ?」
「ええ。衣料品を少し」
「……そちらの男性は……?」

大きな目をクリクリさせてオレを見た。これがオレのライバルか~。ほほう~。

「従兄弟の高耶です。同居しているもので」

ええ?!奥さんですって紹介してくれないの?!結婚じゃなくて同居?!

「えっとぉ、橘先生って結婚してるんじゃなかったっけ?」
「あ、はい。してます」

ヤツは直江と親しかったのをアピールしたいのか、タメ口で話し出した。
そりゃオレだってそうだったよ。つーか直江に敬語使ってる生徒は少なかったんだよな。
だからってコイツがオレの直江に気安く話しかけるのが気に入らない!

「奥さんと従兄弟さんと3人で?」
「あ~、まあ、そんなところです」
「だって新婚だって聞いてるのに。いいの?奥さん怒らない?」

直江が結婚発表したのは今年の3月春休み。オレが卒業してからすぐだった。
だから本当は結婚3年目だけど、学校の関係者たちには新婚ってことになってるんだっけな。

「怒りませんよ。色々事情がありますから。ね、高耶さん」
「お、おう」
「出来た奥さんですから大丈夫なんです」
「ふーん」

出来た奥さんてのは直江の中だけの架空の人物なのか、それともオレのことを言ってるのか。

「ところで山田先生は男性の衣料品売り場で何をしてるんですか?」
「父にプレゼントを買うつもりで」
「親孝行なんですねえ」

愛想笑いみたいのをしながら二人の会話を聞いてた。直江は慎重に言葉を選んでるっぽかった。

「ねえ、橘先生、3人でお茶しない?」
「え?」

ええ?!マジか、この女!オレと同席したいだと~?!

「買い物したら下のコーヒーショップで待ってるから。じゃあね、先生、あとで」

勝手に決めていなくなりやがった!なんつー強引な女だ!!

「おまえ……あんな女に狙われてんのか……」
「昔から少し強引なところはありましたが、あそこまでじゃなかったような……」
「そりゃ必死なんだろ。橘先生を奥さんから奪うんだって」
「でも私には高耶さんがいますから」

あの山田って女は高校の頃から美人で人気者で成績も良くて、学校中のアイドル的存在だったそうだ。
オレの学年で言えば新発田みたいな感じなんだけど、新発田は控えめ、山田は強引、てゆーところが全然違うらしい。

だから新発田はお嫁さんにしたい生徒ナンバーワンだけど、山田はそういうランキングには登場しなかったんだって。

「大学生になって合コンとか行きまくってモテてる、って感じの態度だったな」
「そうですかねえ」
「オレの勘に狂いはねえ」

それでパジャマとぱんつと直江の下着を買ってからジャスコの1階へ。
山田はコーヒーを飲みながら携帯電話でなにやら話してる。たぶん暇つぶしの電話じゃねえかな。
オレを待つ態度がなってねえ。

「高耶さん」
「ん?」
「くれぐれもバレないようにお願いしますよ。門脇先生や千秋とは違うんですから。彼女は山本先生とも違って高耶さんのお母さんに対する重圧もありませんよ」
「……そりゃやっかいだな」
「はい」

従兄弟ってのを前面に出して接する約束をさせられた。もしバレて結婚生活が危うくなるよりはマシだとオレも思う。
店に入ってコーヒーを買ってからヤツの待つ席に行った。携帯電話での会話は終わってて、待ってましたと言わんばかりに直江を自分の目の前に座らせた。
直江とオレは壁に向かって座ってる。

これ知ってる。パワーランチとかって欧米で言うようなやつだ。
壁とヤツしか見えないような席に座らせて、直江の意識を集中させようって魂胆だ。
これだから才女ってやつはあなどれないよな。

「教育実習はどうですか?もう慣れましたか?」
「それがぁ……あんまりクラスの女の子たちに好かれてないみたいで、ちょっとやりにくいかなぁ」
「女の子たち?」
「男子はね、初日からけっこう話してくれたんだけど、女の子があんまり……」

このへんの話は美弥から聞いてる。
橘先生は男子生徒からも好かれるけど女子には爆発的な人気だそうだ。そこに直江に甘えた口調の実習生が来たら面白くないに決まってる。
アンチ山田運動が起こってるって話だ。

「高校1年生の女子は繊細ですからね。扱いが難しいかもしれません。大人でもあり子供でもあるわけだから、ちゃんと様子を見て接してあげないと傷つけてしまうんですよ。だから警戒しているだけでしょう。あと10日間あるんですから大丈夫ですよ」

そうなんだ?直江ってそういうの考えて生徒と接してるから人気があるのかも。
いい先生だもんな~。ついでにいい旦那さんでもある。
オレのこともそうやって丁寧に扱ってたのかも知れないな~。

「高耶さんは高1の頃はどうでした?」
「オレ?ん~、別に何も考えてなかった」
「やだ、可愛い!」

山田がオレの言葉をバカにしたように小さく叫んだ。
可愛いなんて直江に毎日言われてるから知ってるんだよ!それにおまえに言われたかねーや!

「男子って単純で可愛いですよね~」
「……そういう言い方は感心しませんよ。実習とはいえ先生なんですから、若い子に向かって単純なんて言ってはいけません」
「は~い」

可愛子ぶって舌をペロっと出して直江に謝る。なんかムカつくんですけど……。
直江はそーゆーの好きじゃないと思うから、オレはやったことない。
ふと直江を見ると笑って「気をつけて」なんて言ってやがる。もしかして舌ペロッが好きなのか……?
騙されてるぞ、直江~!

しばらく直江と山田で学校のことについて語り、その話が一段落つくと山田がとんでもないことを言い出した。

「ねえ、先生んち遊びに行きたい」
「え?!」
「奥さんも紹介して?」
「いえ、それはちょっと……」

なんて図々しい女だ!もしかして奥さんと対決するつもりなんじゃねえだろうな!
って、もう対決に入ってるんだ!そうとも知らずに~!

「いいじゃん、先生ったら」
「うちの奥さんは人見知りが激しくて、知らない人が来るのを歓迎しないんです」
「そんなので教師の奥さんが務まるの~?」

務まってんじゃねーか!こうしておまえの話を大人しく聞いてやってんじゃねーか!
大人しくしてりゃいい気になりやがって~。

「なお……義明さん、そろそろ買い物終わらせて帰らないと奥さんにちょー怒られるんじゃねえの?」
「そ……そうでしたね……」

オレのこめかみに血管浮いてるのを発見した旦那さんが顔色を青くした。
帰ったらちょー怒るのがわかってるみたい。

「先生の奥さんてそんなに怖いの?ちょっと遅くなっただけで怒ったりするの?」
「ええと……怖いというか……」
「ひどいじゃない、そんなの」

ひどいのは貴様だ、山田~!オレと直江の夫婦生活を邪魔しやがって!
ムカつく~!

オレの下唇が突き出てきて、むくれてるのが分かったのか、直江は少しだけ笑って言い直した。

「とても可愛い奥さんですよ。怖くはありません。ちょっとでも遅れると心配してしまうから怒るんだと思います。優しくて可愛くて、私にとっては天使のような存在です」
「……それノロケ?」
「そうですよ」

こうして直江がノロケるのを見るのはいい気分だ。オレのことすっごい愛してくれちゃってるんだな~って思える。

「ですよね、高耶さん」
「うん!」
「このままずっと新婚気分で一生を過ごせるような、そんな奥さんなんですよね」
「そう!」

ヘッヘッヘ。直江はオレのものだから諦めろ~。
おまえみたいなすれっからしの実習生なんかにゃ直江はちっともグラつかないんだよ!
なんたって可愛い奥さんがいるんだからさ!

「じゃあ夕飯の買い物して帰りましょうか、高耶さん」
「うん!」

山田を置いてけぼりにしてオレたちは店を出た。そんでまたジャスコ店内に入って食料品売り場へ。

「どうでした?いい切り替えし方だったでしょう?」
「直江すっげーうまかった!」
「隣りで大事な奥さんがふくれてるのを見たら、可愛くて可愛くてしょうがなくなったんです」
「へへへ」

ジャスコじゃ手を繋げないけど一緒にカートを押してそれでいいやってことにした。
帰ったら手も繋いでもらうし、甘えてベッタリするし、チューだってたくさんするんだ。
直江がオレ以外の人間を好きになんかならないってわかって嬉しかった、って。

「まだ10日間あるけど、直江は浮気しないよな?」
「120%しませんよ」
「けど山田のことは美人だって思う?」
「何言ってるんですか。私の目に映る美人は高耶さんしかいません」
「男でも?」
「生まれ変わって高耶さんがアメーバになっても、それでも美人は高耶さんだけです」

アメーバに生まれ変わるのはちょっとどうかと思うけど、その時はきっと直江もアメーバに生まれ変わってるんだろうからそれでいいや。
そんでまた仲良し夫婦になるんだ!アメーバ夫婦だ!

 

 

「高耶さん、新品のぱんつ穿いてください」
「やだ!」
「じゃあ私が穿かせてあげますから」
「もっとやだ!」

さっき山田と話してた時の面影もないアホな旦那さんは新品のぱんつを手に持ってオレに迫る。
下品だ。

「おまえが家ではそんな変態だって知ったら生徒どころか山田だってドン引きだぞ!」
「いいじゃないですか。高耶さんは引かないんだから」
「引いてるって!」

そんでオレは結局直江の毒牙にかかって新品のぱんつを子供みたいに穿かされて、10分後に脱がされて。
せっかくの新品なのにベトベトになっちゃった。
直江はきっとアメーバに生まれ変わっても変態なんだろう。
モテすぎる旦那さんにも困るけど、変態の旦那さんにも困ったもんだ。

 

 

END

 

 
   

あとがき

子育ては次回からです。
直江は結局高耶さんなら
なんでもいいっぽい感じ。
ぱんつだろうがなんだろうが。


   
   
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