奥様は高耶さん



第11


パパさんとオレ

 
         
 

 

今日は日曜日。
直江は朝からウキウキソワソワ。気もそぞろで熱々コーンスープで舌をヤケドしたり、リビングをウロウロしてテーブルに脛をぶつけたり、床に放り出してあったテレビのリモコンを踏んで滑って転んだり。

なんで直江がこうなのかってゆーと、今日は二人でオレの実家に行くから。
オレの実家にはアホの家族と可愛い赤ちゃんがいる。
その片方、赤ちゃんの顔を見るのが楽しみってわけ。

オレは毎日実家で家事の手伝いをしてるから赤ちゃんには毎日会ってて、抱っこも慣れたし、オムツも替えられるし、寝かしつけることだって、哺乳瓶でミルクやることも出来る。

でも直江はなかなか仰木家に行く暇がなくて、赤ちゃんが生まれてからまだ1回しか行ってない。
直江のお母さんですら5回も行ってるのにだ。
だから毎日羨ましがってうるさくて、今日ようやく行けるのが嬉しくて朝からソワソワしてるわけ。

「そろそろ出ましょうよ、高耶さん」
「まだだって。11時ぐらいに来いって言われただろ。母さんだって日曜ぐらいはゆっくり寝てたいんだからさ〜」
「……そうでした……」

こんな感じ。オレだって早く行きたいけど、もしまだ母さんが寝てたら……と思うとすっげー怖い目に合うから時間は守らないとな!

「俊介さん、元気ですかねえ」
「元気だって昨日もオレが教えただろ。写メも見せたじゃんか。まったく俊介のこととなると心配性になりやがって」
「高耶さんのことでも心配性ですよ、私は」
「度が過ぎてるっつーの」

今からこんなじゃ預かるようになったら直江が学校に出勤しなくなるんじゃないかとも思う。
そんで旦那さんは学校をクビになり、奥さんであるオレが働きに出て苦労して帰ってくると、俊介に山盛りのオモチャを与えてて、オレの給料全部なくなってる……とか!
それは困る!!しっかりと橘家三男家庭を守ってもらわないと〜!

「俊介のためにもしっかり働けよ!」
「は?ええ、もちろんですよ」

なんだかわかってない顔してたけど、しっかり働くのはわかってくれたらしい。

そんな感じでソワソワの直江と過ごしていたら、玄関のピンポンが鳴った。

「はーい」

インターフォンのモニターで誰が来たのか見てみたら、知らないオッサンが立ってた。

「橘照弘さんからお荷物です〜」
「は〜い」

宅配便屋さんだった。お兄さんから荷物ってなんだろう?
ハンコを持って玄関に出たら、宅配便のオッサンの背後に巨大な荷物がいくつか。

「こ……これ全部?」
「はい。じゃあここにハンコを」

いったい何を送ってきたんだ。人間一人二人は余裕で入れそうなバカでかいダンボールが4個もある。
直江を呼んで荷物を中に入れてもらった。箱は一個ずつがけっこう重くて、二人でヒーヒー言いながらリビングに運び込んだ。

そんで開けて見てみたら。

「ベビーベッド……でしょうか?」
「こっちは布団とオモチャだ」
「ベビーチェアに哺乳瓶のセットに、あと服もオムツも入ってますよ」
「……なんでウチに」
「うちで預かるって話を聞いたんでしょうね……それにしても気の早い……」

でも直江は嬉しそうにニヤニヤ笑ってる。
俊介を迎える支度がこれで全部揃ったわけだからな。

「もうちょっと大きくならないとうちでは預からないのに。ね、高耶さん」
「鼻の下を伸ばして言うセリフじゃないな」
「はあ……」
「オレ、お兄さんにお礼の電話するから」

届きました、ありがとうございますって電話をしたら、お兄さんも直江同様嬉しそうな声で「そうかそうか」と笑ってた。
どうやら橘家の男は子煩悩タイプのようだ。

今回送ってもらったものは、お兄さんたちの子供が使ってたお古なんだそうだ。オムツはお義母さんが縫ったんだって。哺乳瓶のセットはお義父さんからのプレゼント。
いつ俊介がうちに来ても不自由しないようにってさ。

電話を切るともう直江がベビーベッドを組み立ててた。まだまだ早い、つーか早すぎるってのに。

「直江、そんなことしてないでお礼の電話してよ。哺乳瓶セットとオムツはお義父さんとお義母さんからで、ベッドは照弘お兄さん、ベビーチェアは冴子さん、布団とオモチャは義弘さんだって。服は兄弟全員から」
「有難いですねえ」
「……早く電話しろ。今すぐ。電話しないなら、今日は直江を連れて行かないからな」
「します!」

ベッドを作ってた手を止めて、慌てて電話を掛け始めた。

 

 

お礼の電話を全部終わらせたら11時になってた。そろそろ行くか。
直江は顔を輝かせてオレについてきた。散歩する犬みたいだ。
歩いて実家に行くと玄関から俊介の大きな泣き声がした。

「大変ですよ、高耶さん!あんなに泣いて!」
「あれが普通だ!」

急いで入りましょうってゆう直江の話なんか聞かずに、普段どおりドアを開けた。
そしたら俊介の泣き声がさっきより大きく聞こえて直江が取り乱した。

「俊介さんに何かあったんですよ!」
「わ、待て!」

さっさと靴を脱いで中に入ろうとする。それをジャケットを引っ張って止めて、それでも進もうとするのを阻止してオレが先に歩いてリビングに入った。

「ただいま。俊介どうしたんだ?すげー泣いてるけど」
「おう、高耶か。おかえり。俊介はオムツ替え真っ最中だ」
「やっぱり。な?直江。何でもなかっただろ?」
「……良かった……」

大袈裟に安心した直江を見て父さんが笑った。

「義明くんは親バカだな〜。いや、親じゃないから何だ?兄バカか?ああ、でも兄は高耶だしなあ。義兄バカ?」
「どうでもいいじゃん、そんなの。ほら、直江、俊介見るんだろ?」

直江を連れてオムツ替え最中の俊介のところへ。
オムツを新しくしてもらって気持ちいいのか、ボケーッとした顔をしてた。
母さんは睡眠不足らしくて今から少し寝るっつって寝室に行ってしまった。疲れてるんだな〜。母は大変だ。

「俊介、お兄ちゃんだぞ〜」

抱っこしてスリスリした。こうやって毎日やってれば別居しててもオレをお兄ちゃんだと思ってくれるだろう。
美弥みたいに生意気な妹じゃなくて素直な弟になって欲しいもんだ。

「直江も抱っこする?」
「はいッ!」
「そっとな、そっと。首をちゃんと支えてやって。カクンてなったら泣くからな」
「はい」

直江に俊介を渡してみた。赤ちゃんは橘家に生まれた子がたくさんいるから抱っこは出来るらしい。
うまいもんだ。

「……可愛い……」
「そりゃなんたってオレの弟だからな!」
「………………」
「直江?」
「ええと……私は俊介さんになんて呼ばれればいいんでしょうか?」
「は?」
「さっき高耶さんが『お兄ちゃんだぞ』って言ったじゃないですか。そうやって語りかければ俊介さんは高耶さんをお兄ちゃんと呼ぶでしょう?私は?」

そーいえばそうだな。オレの旦那さんなんだから直江もお兄ちゃんてことになるんだけど、そーするとオレんちで育つ場合にどっちも『お兄ちゃん』て呼ばれることにもなる。
お兄ちゃんて呼ばれるのが二人いたんじゃ混乱するよな。

それでオレと直江と父さんと美弥で会議になった。

「『直江』でいいんじゃねえの?」
「いや、高耶。それはおまえだけがそう呼んでるだけだろう?『義明兄ちゃん』でどうだ?」
「赤ちゃんにそんな長い名前は呼べないよ〜。『よしにい』ぐらいがちょうどいいって」
「義明くんはどう呼ばれたいんだ?」

やっぱり本人の希望が一番じゃないかってことで直江の希望を聞くことにした。
が、直江は黙ってしまった。

「遠慮しないで言えば?」
「そうだよ、義明さんだって家族なんだし」
「ほら、言ってみなさい」

直江は父さんの顔をじーっと見てから、オレだけにヒソヒソと耳打ちをした。

「ブハハハハ!マジでそう呼ばれたいの?!」
「どうして笑うんですか!」
「だってすっげー変なんだもん!」

直江のネーミングセンスが悪いのは知ってたけど、まさかここまでとは思わなかった!

「なんだ?そんなに面白いなら父さんにも教えてくれよ」
「あ、あのな、直江は……その……『直パパ』がいいんだって!」
「……なんだそりゃ!」

父さんも美弥も大笑いだ。
だってよく考えてみろって。直江ってのはオレが呼んでるアダナみたいなもんで、本名じゃない。
それにパパってのも変だろ?本物の父親じゃないのにさ。
『直パパ』って、パンとコーヒーのセットメニューのことを『納豆定食』って呼んでるのと同じことだろ?

「失礼な……」
「だって〜!」

直江の気分はもうパパで、俊介を義理の弟じゃなく息子として可愛がりたいんだってのはよく分かる。
けどオレですら高ママなんて呼ばれるのイヤなんだからどうかと思うわけ!

「ウヒャヒャヒャヒャ!あ〜、笑ったなあ。まあ、別にいいんじゃないか?どうせ義明くんの家で過ごすことが多くなるんだし。もうちょっと大きくなったらしょっちゅう高耶が預かることになるんだ。幼稚園に入るまでは別宅と本宅と半々ぐらいでって話してるところだ」
「……い、いいんですか?!」
「もちろん」

幼稚園に入るまでの大事な大事な時期に、オレみたいなバカにならないように直江に教育してもらうつもりで、別宅と本宅と半々て話を父さんたちにしたら、案外簡単にOKしてくれたんだ。
この両親じゃ間違いなくバカに育っちゃうからな。

「だから義明くんも『直パパ』としてしっかりパパをやってくれ」
「はい!お義父さん!!」

直江が喜んでるからいいや。
変な呼び名でもせっかくパパをやれるんだからやらせておこーっと。

それからすぐに父さんと美弥は育児をオレたちに任せて出かけてしまった。
美弥はデート、父さんはパチンコだ。
オレはお昼ご飯を作って母さんに食べさせる役目を押し付けられた。

仕方ないから簡単に作ってると、直江に抱っこされてた俊介が泣き出した。

「ふぎゃ〜」
「た、た、高耶さん!泣いちゃいましたよ!」
「こりゃお腹が減ったんだな」
「ええ?ミルクですか?こればかりは私たちではどうしようもないじゃないですか」
「大丈夫。母乳が冷凍されてるから」

母さんは搾乳機で俊介が飲みきれなかったぶんの母乳を搾って冷凍させてる。
それを解凍して温めて、オレが哺乳瓶で飲ませてるんだ。毎日。
だって母さん、オレが来るとなんだかんだ言って押し付けて昼寝しちゃうんだもん。毎日寝不足なの〜とか言って。
オレが毎日来てるのに寝不足もあったもんじゃーよとは思うけど、文句言うと俊介を抱いて「高耶は冷たいお兄ちゃんね!」って言って嘘泣きするから世話をするしかない。
やっぱし両親だけに子育ては任せられん!

「お母さんの知恵ですね」
「サボるためなら知恵も出すってやつだ」

料理してたのを一旦中断して、解凍した母乳を哺乳瓶に入れて飲ませた。お腹にものが入ったらとたんに機嫌が良くなっていく俊介。

「高耶さん、飲ませるの上手ですねぇ」
「直江もやる?」
「はい」

俊介の口から哺乳瓶を離して、直江に抱っこさせた。

「哺乳瓶の吸い口のとこに空気が行かないように持って。俊介の口に当てたら勝手に吸うからやってみて」
「はい」

直江がミルクをやってるとこをじっと見てた。こうしてるとホントに親子みたい。
直江は先生やってても旦那さんやっててもパパやっててもかっこいいな〜。

「勢い良く飲むんですねえ」
「元気な証拠だろ」
「大きくなったら高耶さんに似るんでしょうね」
「……だからって俊介に手ェ出したら殺すぞ……」
「何を物騒な。私が愛しているのは高耶さんだけです」
「ならいいけど」

直江にチューしてから寄りかかって俊介を見てた。ああ、オレたち3人で親子に見えないかな〜。
もうちょっと大きくなったら3人でジャスコに行こうっと。本物の親子みたいに買い物したり遊んだりしようっと。
楽しみだな〜。
俊介も直パパになついてくれるよな。

「おや、俊介さん、おねむですか」
「え?あ、寝かせちゃダメ」

ミルクを飲んでる最中に眠くなった俊介が哺乳瓶を口にしたまま寝てしまった。
これはいかん!

「全部飲ませないとすぐにまたお腹減ったって言って泣くから。足の裏コチョコチョして起こして」
「くすぐるんですか?本当に?」
「くすぐるの!」

直江の指が小さい足の裏をコチョコチョやった。う〜、二人とも可愛い!

「あ、起きました。じゃあほら、ミルク飲んでください」
「俊介、全部飲まないとダメだろ」

あとちょっとだけ飲んでまたおねむ。もうダメかな?

「とりあえず縦に抱っこして背中ポンポンして。ゲップしたら寝かせるから」
「はい」

直江の大きくて優しい手が背中をポンポンしたらすぐに可愛いゲップをした。俊介用の小さいマットをソファに敷いて、そこに寝かせてバスタオルをかけてやる。

「これでしばらく起きないから、オレたちはメシ食っちゃおう」
「そうですね」

途中だった料理を再開して親子丼の完成。母さんを起こして3人で食った。

「お父さんは?」
「パチンコ。美弥はデート。なあ、父さんてちゃんと俊介可愛がってる?」
「可愛がってるわよ〜」
「パチンコ行ったり、オレたちに預ける気満々だし、なんかもうちょっと可愛がってもいいと思うんだけど」
「パチンコは俊介のオムツを取ってきてるんだからいいのよ。景品は全部オムツに交換してるの。それに高耶たちに預けるのはお母さんたちの夫婦生活のためだからしょうがないでしょう」

夫婦生活って……アッチ方面のことだよな……?
いい年こいて相変わらずラブラブバカップルだよな。
まあ、そうじゃないと俊介は出来なかったんだからいいけどさ〜、直江の前で言うことねーじゃんか。
呆れてるぞ。

「あ〜、お腹一杯になったらまた眠くなってきたわ〜。俊ちゃんと一緒に昼寝しようかしら」
「ダメ。俊介と一緒に寝たら潰すだろ」
「あら、そんなことしないわよ。眠ってたって母親は赤ちゃんを守ろうとするものなのよ」
「よく言う……この前俊介の上に寝返り打って泣かしたのはどこの誰だ。オレが見てたからいいようなものの」
「そんなことあったかしら?」

くそ、しらばっくれやがって。寝返り打った母さんの手が俊介の顔を直撃したってのに〜。
あの時は大泣きで大変だったんだぞ!泣き止ませるのにどんなに苦労したことか!
なのに母さんは起きないし!

「もう俊介とは一緒に寝ないでくれ。寝るならオレが子守する」
「そう?じゃあよろしくね〜」

また寝室に行ってしまった。いったいどれだけ寝れば気が済むんだ。
いくら夜中に俊介に起こされてるからって、これは寝すぎなんじゃないのか?

「なんか納得いかねー」
「いいじゃないですか。寝かせてあげましょう。その間中、俊介さんは私たちの赤ちゃんなんですから」
「ん〜。そうか〜」
「そうですよ。私がパパで、高耶さんがママです」
「ならいっか」

俊介とオレと直江と3人親子で静かに過ごした。見てるだけなのに赤ちゃんてのは飽きないから不思議だ。

 

 

1日を俊介と過ごして満足して帰った。特に直江は満足120%だったみたいで家に帰ってからも俊介の話ばっかりでうるさいぐらい。

「早く大きくなってうちにお泊りして欲しいですねえ」
「直江は甘やかしそうだな」
「たぶんね。高耶さんと同じぐらい甘やかしてしまいそうです」
「オレのことも甘やかしてるんだ?」
「そうですよ」

じゃあ今も甘やかしてもらおうっと。

「なおえ〜」

リビングのラグの上に座って寄りかかってチューして甘えた。

「高耶さんも抱っこしてあげましょうか」
「うん」
「これじゃ赤ちゃんが二人いるみたいですね」

直江の膝に座って抱きついた。ここは絶対にオレの指定席。俊介にだったら貸してやってもいいけど、オレのだってことは教え込まないといけないな。

「直パパになってもオレの直江だからな。ちゃんと旦那さんでいてくれよ?」
「もちろんです。高耶さんこそ俊介さんばっかり可愛がらないで、たまには私のことも可愛がってくださいね?」
「あったりまえ!」

だって直江はオレの大事な旦那さんだもん。
俊介の直パパである前に、オレの旦那さんでいてくれなきゃ困る。

「もし俊介ばっかり可愛がってオレをほったらかしにしたらグレるからな」
「グレた奥さんも可愛くていいかもしれませんね。ぜひグレてください」
「おまえな〜!」

じゃれてベタベタイチャイチャして幸せな気分。
俊介にもオレの幸せを分けてやろう。直江に大事にされるのはすっごい気分いいぞって。
これからもよろしくな、直パパ!!

 

 

END

 

 
   

あとがき

中身のない子育て話でした。
しかし直パパって・・・

   
   
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