今日も旦那さんは元気に出勤だ。
スーツ姿の旦那さんを玄関に見送りに出てお弁当を渡してチューしていってらっしゃい。
新婚当初から全然変わらないアツアツぶり。
「先生頑張って」
「はい。高耶さんは今日も子守に行くんですか?」
「少しな」
手を振りながら名残惜しそうに出て行った。
ちょっと前まではオレと離ればなれになるのが名残惜しかったそうなんだけど、今は意味合いが少し違う。
自分も学校さえなければ俊介の子守が出来るのに……そういう意味合いでの名残惜しさだ。
ちょっと嫉妬しちゃうなあ。
でも俊介は世界の誰よりも可愛い弟。オレが育てる予定の可愛い弟なわけだから、直江はパパってことでホンワカ温かい気持ちになる類の嫉妬だ。
「今日もたくさん遊んでやろーっと」
リビングに戻るとテーブルには見慣れたものが。
「直江、ケータイ忘れてら」
オレのと色違いの直江のケータイがテーブルの上に乗ってた。
別にこれがなくっても仕事は出来るわけだし、どこかに忘れてきたんじゃなくて家にあるんだから危険もない。
2人のケータイはラブ☆定額ってやつのに入ってたんだけど、オレがメール使う頻度が高いからってことで、パケ☆ホーダイってやつがある電話会社のに変えた。
だって高校生にはパケットが必要不可欠。メールもこれで無料だし。
ついでに旦那さんにメールする本数が多いからお得ってことでさ。
それが今は直江にメールと電話するか、母さんからの呼び出しがかかるぐらいしか使われないオレのケータイ。
譲からメールが来るけどそんなにたくさんじゃないし。あいつああ見えて無精だから。
それにみんなだいたい家電話の方にかけてくるからケータイを使う機会がさらに減った。
ま、いいけどさ。
自分のケータイを見てたら着信音が鳴った。と、思いきや、家電話に着信だった。
またもやオレのケータイは活躍を逃した。
「もしもし」
『高耶?まだ家にいるのね?』
母さんだった。早く来いってゆー催促かな?
「うん、そろそろ出ようと思ってたとこ」
『来なくていいわよ』
「え?!なんで?!」
『今からおばあちゃんちに行くのよ。俊介に会いたいって言ってるから。ついでにお小遣いもせびっ……ゲホゲホ、なんでもないのよ〜。たまにしか会えなくて寂しいって言うから』
聞こえたぞ……小遣いせびるんだな……。
オレも分け前を貰うとするか。きっと父さんには内緒のお小遣いだからな。
「分け前、頼むぞ」
『な、なんのこと〜?』
「父さんにチクろっかな〜。美弥にもチクろっかな〜」
『……2割よ?』
「3割って言いたいところだけど、まあいいや」
電話を切ってからバラエティを見た。今日のテーマは旦那の浮気。
再現VTRで旦那の浮気に対して奥さんがどういう意地悪をしたかってやつだった。
中でも驚いたのは初めて旦那のケータイチェックをしてみたら、浮気の痕跡があったってやつだ。
旦那のケータイ……
今は無防備にもテーブルでその姿を晒している直江のケータイ。
ちょ……ちょっとだけ……見てみようかな……
いや、いかん!夫婦とはいえプライバシーの侵害だ!
ああ、でももし浮気の痕跡が残ってたら……
『今度一緒に夜景の見えるホテルで一晩じっくり愛し合いましょうね』
とか、
『次のお休みにはこっそり家を出て私のマンションに来てね』
とか
『あんな奥さんなんかと別れてわたしと結婚して!』
とか、そんなメールがあったらどうしよう!!
「うう……見てみようかな……」
そっと手にとって二つ折りケータイを開けてみた。待ち受け画面はオレが設定した俊介の写真だ。
直江はケータイの設定とかするような性格じゃないからいつもデフォルトで使ってたんだけど、俊介の写真を待ち受けにしてるオレのケータイを見て羨ましがったから設定してやった。
使い方はオレのケータイとまるっきり同じだから、メールだって何だって見ようと思えば簡単に見られる。
どうしようか……。
迷ってたらテレビからこんなコメントが聞こえてきた。
『短大を卒業してすぐに結婚した私だから、職場がどんなものか知らなかったのも裏目に出てしまいました。旦那が外で何をしてるかなんて世間知らずの私では予想も出来なかったんです』
がーん!そうかも!オレも世間知らずだ!!
直江の職場がどういうところか知ってはいるけど、先生ってのが陰でどういう仕事してるのか細かくは知らない!
業者とか父母とか他校の先生とか、そーゆー女と接触しててもおかしくないわけで!
実際、管理人の小学校の担任は生徒のお母さんと不倫して学校をクビになってるって話だし!!(実話)
よし!気は咎めるけどケータイ見ちゃえ!!
パカリ!!
まずは誰が電話帳登録されてるかをチェック。
あ行から、阿部先生、飯島先生、仰木家、お義父さん携帯、お義母さん携帯。
か行は門脇先生、川島、木下先生、そんな感じで千秋の名前があったり美弥の名前があったりもした。さ行に「実家」があったのには少し笑ったけど。
まあ山本先生の名前はなかったからいいや。
それにしてもオレが知らない人もたくさんいたな。学生の時の友達だとか、昔からの友人なんだろうけど。
大人になればたくさんの人とお付き合いしなきゃいけなくもなるもんな。
ほとんど男の名前だったからいいんだけどさ〜。
それにしてもオレの名前がなかったな。「仰木家」に入ってるのかと思ったけどなかったな。
もっかい探してみるか。
「あ行にはないだろ……?んーと、た行にもない、と。んーと、んーと」
探してたらカタカナで書かれたものをいくつか発見。飲食店風の名前っぽいのもたくさんあったけど、そうじゃないやつが一件。
「マイスイートハニー……?なにこれ、怪しい……」
そこを詳しく見てみたら、オレの携帯番号とオレの顔写真が画面に出た。
このマイスイートハニーってのはオレのことか?!なんつー恥ずかしい!
ああ、でももしかしたら高耶さんだの仰木くんだのと入力してたら、見つかった時に怪しまれるからダメってことなのかな〜?
うーん、それは有り得る。
恥ずかしさで思いっきり真っ赤になってから、今度はメールチェック。
ちょっとドギマギしてるけど大丈夫な気がする……。
「メール……着信メール……」
受信箱と書かれたところを押してみたら、そこには『マイスイートハニー』のメールしか入ってない状態。
10件中、9件はマイスイートハニーさんからのメール。
1件は美弥や千秋、門脇先生、お義兄さんからのメールだったりする。
「オレ、そんなにメールしてるっけ……?」
よーく見てみたら一日に2回はメールしてた。でもその計算だとしても5日間で10件のはずだ。
てことは直江には友達からのメールが少ないってことなのか……?もしかして親しく付き合ってる友達がいないんじゃ……!!
それは奥さんとしては心配だ!だからこの家にも友達を連れてきたことないのか?!
従兄弟と同居って言えばいくらだって誤魔化しがきくのに!
「可哀想な直江……うう……人望ないなんて……」
気を取り直して今度は送信メールを見た。
受信メールを削除して浮気の証拠を隠してるかもしれないし!もしかしたら送信メールに証拠が残ってるかもしれないし!
で、見てみたら、今度はさらに悪い事態に。なんとマイスイートハニーにしか送信してないのだ。
美弥、千秋、門脇先生、お義兄さんにメールの返信してないくさい!
これは人間性を疑われるぞ!!
「わわわ……直江って頭どうかしてんじゃねえのか……」
それからしばらくケータイを調べまくったけど、浮気の痕跡は一切ないし、オレに超夢中だってのがわかって安心した。
帰ったら厚くもてなしてやろう。そうしよう。
「今日の夕飯は豪勢ですねえ」
「あはは。まあな。普段から頑張ってる旦那さんのために」
今夜はサンルームで豪勢なディナーだ。
ガラスの器に入ったキャンドルを灯して、本を見て作ったフランス料理モドキを出して、直江が好きなシャンパンを買って来て、ロマンチックなお食事タイム。
「たまにはこういうのもいいだろ?」
「ええ。でもどうしたんですか?急にこんな凝った料理に演出で」
「な、なんとなくだよ、なんとなく。ははは」
あの愛情溢れるケータイを盗み見たからだとは言えない。
ケータイは見たのがバレないようにソファの下に隠してある。偶然、ソファの下に入っちゃった、みたいな感じで。
あとで直江が探すだろうから、その時はしらばっくれておけば大丈夫だ。
「ではいただきます」
味が濃かったり薄かったりした自作のフランス料理モドキだけど、とりあえず合格点だった。
直江も残さず全部食べてくれたし、美味しかったって言ってたし。
続きはカーテン閉めてリビングでイチャイチャだ。シャンパンを飲みながら、いい感じに酔ってチューしたりしてたら。
「そういえば今日はケータイを忘れて学校に行きましたよ」
「そ、そうなの?」
「ええ、リビングに置いたままで行ったと思うんですが……」
周りを見回してもケータイの姿は見つからず。
そりゃそうだ。みつからないように隠したんだから。
「ないですねえ……どこに置いたんだったか……」
「一緒に探す?」
「そうですね。じゃあ高耶さんのケータイから私のに電話かけてください。音がしたところにあるはずでしょう?」
「そっか」
そんでオレは赤いマイケータイで直江に電話。
ピリリと音が鳴ったのは直江が座ってるソファの下からだった。
「おや、こんなところに……いつの間に入り込んだんでしょう……落としたかな……」
手を入れて黒いケータイを取り出した直江。パカリと開けて電源ボタンを押して着信終了に。
それからまたイチャイチャして、やっぱり最後には寝室でイチャイチャになった。
寝室でのエッチが終わって疲れてボケーッとしてるオレに旦那さんが囁いた。
「愛してますよ、マイスイートハニー」
「んん……もう、なんだよ、それ……。恥ずかしいからそんな名前で登録すんなよな……」
「え?」
「だから〜……あ、え?ああ!!」
「もしかして高耶さん……私のケータイ見たんですか?」
「あわわわわ!あのこれはその!」
慌てるオレをじっと見て、直江は少し怒ったみたいに眉を寄せた。
やばいやばいやばい!!
「ご、ごめん……」
「浮気の痕跡でも探してたんですか?それで、どうでした?」
「……なかった……」
「あるわけないでしょう。高耶さんに夢中なのに」
「ごめんな?」
謝ったらギュギュギューッと抱きしめられた。
なんかな……もっと怒られると思ったんだけどな……おかしいな。
「だから豪勢な食事にエッチのサービスだったんですね。可愛い人だ」
「うー……」
「全然怒ってませんよ。大丈夫です。あなたが安心するならケータイでも何でも見せますよ」
優しい旦那さんだな〜。テレビではケータイ見られた旦那が怒ってたりしたのに〜。
離婚だ!とまで言われた奥さんだっていたのに〜。
「直江、大好き」
「高耶さん……」
たくさんチューしてスリスリした。ホントに優しくていい旦那さんだ。
「でもマイスイートハニーだけはやめてくれよ。恥ずかしくてたまんないから。普通に『高耶』で登録しろよ?」
「いいネーミングだと思ったんですが……」
「ダメ。直しておけ」
「はい……」
今度、オレのケータイも放置しておこう。そんで直江に覗かせてやろっと。
オレだって浮気の痕跡はないどころか、直江のことどれだけ好きかわかってもらえるはずだから。
それがわかればきっと豪華レストランに連れてってくれたり、プレゼントでPS3買ってもらえたり、雑誌に出てたカバンを買ってもらえたりするだろうしな。
へへへ〜。
あ、そうだ。ついでに直江にも真っ赤になってもらわなきゃ。
直江の登録名を『ラブリーダーリン』にでもしておこう。ステキな旦那様って意味だ。
楽しみだな〜♪
END |