奥様は高耶さん



第13


二丁目とオレ

 
         
 

 

インターネットの掲示板というやつを最近見るようになった。
掲示板には何が書いてあるかわからなくて危ないからって直江に禁止されてて今まで見なかったんだけど、ゲイの生態について調べたくて探してたらいつの間にかたどり着いたって感じ。
だから直江には内緒で見てるんだけど……。

『二丁目』ってなんだろう?

 

 

旦那さんとの食後イチャイチャで「ブログで見た」ってことにして聞いてみた。

「二丁目って何?」
「二丁目ですか?なんの?」
「ゲイの人たちが行くとこらしいんだけど」

オレの顔を驚いたよーな顔して見てから、直江は考え込んだ。
そんなに難しい質問なのか?

「高耶さんももう大人ですからね。それに知らないで行って危ない目に遭わせるわけにも行きませんし……。教えてあげましょう。二丁目というのは、新宿二丁目のことです」
「それがどうなんだ?」
「ゲイタウンというやつです」

何?!ゲイタウン?!
するってぇとそれは……ゲイのタウンなわけですか!!

「そんなのあんの?!」
「ええ。世界最大のゲイタウンらしいですよ。実際はそんなに広くはありませんが」
「……なんで知ってんだ?」

怪しい怪しい怪しい怪しい!!
もしかしてこいつ真性のホモだったりとか?!昔よく通ってたとか?!
そんでそこでモテまくってたりとか?!

「そんな目で見ないでください。前に話したと思いますが、結婚するにあたってゲイの知識がなかったものですから、その情報収集のために一時期通ってたんですよ。販売物を買ったり、情報のためにゲイバーに入ってみたり。すべて高耶さんとの幸せライフのために我慢して通ってたんです」
「……そーいえば」

そんなこと話したっけ。
すっかり忘れてた。

「どんなとこ?」
「昼間は普通の町ですね。夜になると男性やニューハーフが増えて、ネオンが瞬くんです」
「へ〜」

どのぐらいの規模か聞いたら半径100メートルぐらいの狭さなんだそうだ。
世界最大で外国からも観光でゲイが来るってゆーから横浜中華街ぐらいでかいのかと思ってたのに。

「行ってみたい♪」
「行かなくてもいいでしょう。用事なんかないんだし」
「直江は行ったのにオレは行ったことないなんてズルイじゃんか〜」
「でも本当に行っても特に楽しいわけじゃないですよ?」
「行くんだ!行かないってんなら一人でも行ってやるからな!」
「ダメです!!」

よし、もう一押し!直江を煽るのぐらいチョロいもんだぜ!

「そんで一人でウロウロしてナンパされてやる〜!」
「ダメったらダメです!わかりました!一緒に行きます!」
「やったぁ!」

てなわけでオレは土曜の夜、直江と新宿に繰り出した。

 

 

夕飯を先に食べようって言われて直江にしては珍しくハンバーガー屋に入った。
オレは何でもいいんだけど、直江がファーストフードなんてマジで珍しい。

「高耶さん」
「ん〜?」

ポテトをバクバク食ってたら、直江にこっそり耳打ちされた。

「あの席の二人組みの男性客がいるでしょう?あれがお仲間です」
「……ゲイってこと?」
「はい」

そんなふうには見えないまったく普通の二人組み。あれが……オレたち以外でゲイカップルを見るのは初めてだ。
最初にこれを体験させて、違和感や拒否反応があったら連れ帰ろうっつー算段だったらしい。
しかしオレは平気の平左。

「じゃあそろそろ行きますか……」

そんで目的の二丁目へ。ワクワクドキドキ。

「いいですか?ここでは手を繋いでいても白い目では見られません」
「マジ?!ヤッホーイ!」

なんか直江とのテンションの差がアリアリだけど気にしない〜。

「なので私たちは手を繋ぎます。絶対に離さないように。危ないですからね」
「うん!」

手を繋いで町に入って歩いていくと、そーゆーカップルやそーゆー人待ちの男がたくさんいた。
おおお、これが二丁目か!
ネオンがいかがわしいじゃんか!いかがわしいもの売ってる店もあるじゃんか!
なんたって直江と手を繋いで公衆の面前に立てるなんざ素晴らしいことこの上ない!
いい町じゃ…………ん??

「あら、ヨシリンじゃない!」
「嘘、マジ、ヨッシー!」

短髪でガタイが良くてヒゲでピタピタTシャツにダウンジャケットやらコートやらジャンパーの男が3人、こっちを見てそう言った。

「ヨッシー?ヨシリン?」
「……まだ覚えてたのか……」
「もしかして直江のこと?」
「はい……」

似たようなタイプの男3人に囲まれた直江。ヨッシーだのヨシリンだのと呼ばれて苦笑いしてる。
もしかしてこいつ、二丁目の有名人?

「久しぶり〜!どこで何してたのよ〜」

一人はオネエ言葉。シマシマTシャツだからシマコって名付ける。

「ヨッシー、3年ぶりか?」

一人は普通の言葉だけど明らかにハードゲイ風だからHGと名付ける。

「あれ、もしかしてこの子、ヨシリンの彼?」

こっちはトラディショナルファッションだけどちょい太めでヒゲだからクマって命名する。

直江に群がった3人は隣りで手を繋いでるオレを見て品定めをしてるみたいだった。
バカにされてるっぽい視線が痛い……。

「紹介します。私の奥さんです」
「奥さん?!」
「結婚したのか?!」
「養子縁組?!」

矢継ぎ早に色々聞かれるのがウザいらしく、直江は面倒そうに「まあそんなところです」と答えた。
別にマジ情報を言わなくてもいいわけだ。そーゆーところなのか〜。

「へ〜。そいうえば3年前に結婚するとかナントカって言ってたけど、それがこの子なのね〜」
「なんか普通だねえ。ヨッシーはフツセンだったのか」
「二人ともゲイっぽくなくてつまんないな〜。ヨシリンはさあ、短髪にしてヒゲ生やしてマッチョな服が似合いそうなのに、もったいない」

そんなの直江じゃないやい!!
ヒゲだと?!そんなのも生やしたらスベスベスリスリしてもらえなくなるし!
短髪なんかにしたら直江の顔じゃ美形すぎておっかないだけだ!
マッチョな服は似合わないこともないけど上品がウリの橘先生が台無しだ!

「おお〜!ヨッシーだ!おい、ヨッシーが来たぞ!」
「ホントだ、ヨシリンじゃん!」
「ヨッシー!どこに消えてたのよ〜!寂しかったわ〜!」

シマコ、HG、クマ、これ以外の男がワラワラと直江に群がり始めた。
なんなんだ、この人気は!!もう10人以上に囲まれてるんだけど!!

それから直江は質問攻め&口説き攻め。
オレは一応直江に庇われて肩を抱かれてるけど、そんなのおかまいなしに直江を奪おうとする奴らも出てくる。
しかも直江ってばゲイのみなさんの間で王子様扱いだ。
そしてとうとう攻撃はオレに……。

「ちょっとなにこの子」
「ヨシリンの彼氏?マジ?」
「あら、結婚指輪してるじゃない!」
「地味な子」
「でも可愛い顔してる」
「普通だろ」
「生意気。ヨシリンの彼氏になるなんて10年早いんじゃねえの?」
「あら、いいじゃない」
「名前なんてーの?」

10人以上がオレにベタベタ触ってきて、10人以上に質問攻撃されて、10人以上にもみくちゃにされて……
ナニコレナニコレナニコレ!!

「うわ〜ん!!」
「高耶さん?!」

怖いよ〜!!

「泣かないで!大丈夫ですから!」
「あ〜ん!」
「大丈夫ですってば!」
「ううあ、ああう、うわ、あわわ〜」
「え?なんでこんなに囲まれるのかって?」

オレの泣きながらの訴えを聞き逃さずにちゃんと訳した旦那さん。さすがだ。

「単に私が久しぶりに顔を出したからでしょう」
「あああ、あわ、うわわわ〜」
「そんなに人気があるなんて?おかしいじゃないかって?いえ、みなさん社交的で騒ぐのが好きだから、それだけですよ」
「あが〜」
「怖い……ですか」

とりあえずオレの大泣きでビビってゲイの皆さんは一歩引いてくれた。でも好奇の眼差しは相変わらず。
チャンスがあれば直江を奪おうってヤツとか、オレに色々聞こうとしてるヤツとか。

「静かなところに行きましょう。ちょっとみなさん、道を開けてください」

直江に抱えられて人の輪から出ようとしたら、その中にいた一人が直江に向かって言った。
さっきのシマコだ。

「良かったらお店にいらっしゃいな。うちの店なら静かだから」
「ああ、すみません……高耶さん、それでもいい?」
「あう〜」
「じゃあ行きましょう」

シマコ、いいヤツ。

 

 

シマコのお店はオシャレなバーだった。ゲイバーってやつらしい。
普通にお客さんにお酒を飲ませてご飯を食べさせる、いたって普通のバー。ただしゲイ専用。

「こっちにソファ席あるから」
「すみません。お世話をかけます」

オレンジジュースを出してもらって飲んでるうちに少し落ち着いてきた。
シマコはおしぼりくれたりティッシュくれたりして、心配してくれた。

「大丈夫なの?」
「ええ……高耶さんはパニックになると泣き出す癖があるだけですから……」

そんなクセあったんだ?知らなかったな〜。

「落ち着きましたか?」
「うん」
「大事な奥さんを怖がらせてしまって……ごめんなさい」
「直江〜」

ギューッと抱きついてスリスリして甘えた。ここがどこだろうが甘えることにしたんだ。
例えこれが近所のファミレスだとしても、今のオレの恐怖心には何者も勝てないから甘えて抱きつくのは当然だ。

「チューする」
「はいはい」

シマコがいなくなった隙にチューして、頭や顔を撫でてもらった。そんで背中ポンポンも。

「あらまあ、甘えん坊さんなのね〜」

いつのまにか戻ってきたシマコが新しいおしぼりと、チーズのおつまみを持ってきた。
うまそうなチーズ……。

「ヨシリンたらね、3年前までは毎週のように来てて、かっこいいからモテモテだったのよ。でも誘っても絶対に無理でみんな泣く泣く諦めたのよう。それがこんな可愛い子ゲットしちゃって〜」
「……あの当時は彼との(性)生活のために色々と情報を集めてただけだったんですよ。彼以外の人間なんて私には無理です。今だって彼にメロメロなんですよ」

直江の誠実なノロケにシマコは納得したみたいに頷いた。
オレが奥さんだっての、わかってもらえたかな?

「ね?高耶さん?」
「うん」

やっと落ち着いたからシマコにジュースのおかわりと梅しらすチャーハンを作ってもらって食った。
直江もお酒を少し飲んでチーズを食って。

「もう二丁目はこりごりでしょう?」
「う〜ん、もみくちゃにされるのは嫌だけど、もう少しどんなところか回ってみたいな」
「……諦めの悪い……」
「諦めが悪いから橘先生と結婚できたんだろッ」
「そうでしたね」

最後は直江も笑って見学を続けるのをOKしてくれた。
シマコにバイバイしてから外に出ると、時間も遅いからか人が少し減ってて囲まれることもなかった。
エッチなグッズが売ってる店に入ったり、ソレ専門の本屋に入ったり、色々回ってたら公園を発見。

「一休みする?」
「……あの公園は休めるところじゃないですよ?」
「なんで?」
「いわゆるハッテン場ですから」

はってんば?
何それって聞いてみたら、要はエッチする相手を見つける場所らしい。
だから直江は入ったことなくて、知ってる話だけ教えてくれた。
友達のお父さんが日曜の昼間、デパート帰りにこの公園のトイレに入ったらしい。そしたら隣りで用を足してた男がすっごい覗いてきたって。エッチな場所だな。(実話)

「でも二人で手を繋いで入れば大丈夫じゃねえ?」
「彼氏交換かと思われそうですから嫌です。絶対に嫌です。高耶さんを交換してくれなんて言われたら、口で文句言う前に手が出てしまいそうだし」
「なおえ……」

そんなに妬いてくれちゃうの?!マジで?!
やっぱオレの旦那さんは世界一だ!

「そろそろ満足しましたか?」
「うん、もういいや。面白かったけど二度と来なくていいかもな。オレには直江がいればいいんだもん」
「私もそうですよ。高耶さんさえいてくれれば、この町に用はありません」

でもシマコの梅しらすチャーハンはうまかった。あれだけのために来てもいいぐらいに。

「タクシー拾って帰りますか」
「はーい」

終電がなくなった新宿はタクシーがいっぱい客待ちしててすぐに乗れた。
直江が異常にホモにモテることや、ホモの人のバイタリティや、知らない世界があることにたくさん驚いた日になった。
ちょっぴり成長したかも?

ところが帰ってからケンカしちゃったんだな。
だって直江ムカつくんだもん。

「それにしても高耶さん、全然モテませんでしたね。これなら一人で行ったとしても心配しなくて済んでたんですねえ」

なんて抜かしやがった!!なんか自分はモテモテだったってのを自慢してるっぽい言い草だ!
そりゃ直江はモテる!でもオレをバカにした感じが許せねえ!

「可愛いって言われたぞ!」
「モテるのとは別ですから」

ちっくしょー!!覚えてろ!!

 

 

「はい、直江♪」
「え?」

翌日は昼間っから一人で出かけて買い物をした。アレとアレとアレなどを自腹で購入。
へそくりが全部なくなったけど直江に仕返しするためにはケチってらんねえ。
買ったものたちをラッピングして直江にプレゼントした。

「Tシャツとダメージジーンズ?」
「他にもあるだろ?開けてみろ」

電化製品屋の紙袋に入ってたものはバリカン。それとつけヒゲ。

「えーと、この組み合わせというと……」
「今から橘義明様の髪の毛を刈らせていただきま〜す」
「ちょ!ちょっとなんですか!?」
「今からオレがゲイのモテファッションを直江にしてやるから、今夜も二丁目に行けつってんだよ!」

なんでオレがこんな行動に出たかを悟った直江は顔を青くして頭を下げた。
奥さんを怒らせるからだ!!

「勘弁してください!」
「勘弁ならねえ!」
「謝りますから!」
「……じゃあバリカンは勘弁してやる。でもせっかく買ったんだからこの服で二丁目に行ってシマコにチャーハンのレシピを聞いてくるのが条件だ。ちなみに、二丁目ではモテないオレが10メートル離れたところで監視してるからな」

自分の奥さんが世界一恐ろしいということを思い知れ!
そして二丁目でモサい男に囲まれてモテモテになって困ればいい!

んで、奥さんは助けないどころか、少しでもゲイの皆さんにいい顔しやがったらタダじゃ済まさないって言ったらさらに青くなった。

「どうにか許してもらえないでしょうか……」
「ないな」

オレの怒りが本気だってゆーのがわかって、直江は仕方なくゲイのモテファッションに着替えて出かける準備をした。
二人でまた二丁目に行って、オレは離れて監視。
昨日以上に直江はヨッシーとかヨシリンとか呼ばれながら囲まれて服装を褒められ、脂汗をかきながらそれをどうにか潜り抜け、ようやくシマコの店に。
ものの5分で出てきた直江はレシピの紙を持ってオレに駆け寄ってきた。

「もう本当に勘弁してください!」
「よし、帰るぞ」

帰りの電車で聞いたところによると、囲まれた時にベタベタ触られ、以前よりも数段モテて、シマコの店でも同様に痴漢まがいのベタベタをされ、オレ以外の男を受け付けない直江は恐怖を感じて早々に逃げてしまったそうだ。
ザマアミロ。奥さんをバカにした罰だ。

 

 

それ以来、直江とケンカになって分が悪くなると「ヨシリン」「ヨッシー」と呼んでみることにした。
そしたらあの日の恐怖が甦ってきて縮こまる。
これでしばらくはオレの天下だ!

「おい、ヨッシー」
「ひ!」

あ〜、面白い♪

 

END

 

 
   

あとがき

二丁目の生態をどうぞ。
高耶さんはフツセンには
モテるはずですが
今回はモテませんでした。

   
   
ブラウザでお戻りください