奥様は高耶さん



第16


クラス会とオレ

 
         
 

 

実家にオレ宛の往復ハガキが来たから、持って帰って直江に見せた。

「クラス会だってさ」

高校を卒業して約1年。もうクラス会なんかやる時期になったのか。いくらなんでもまだ1年なのに。

「じゃあ私の実家にもお知らせが来てるかもしれませんね」
「直江は行くの?」
「もちろん行きますよ。教え子がどうなっているか知りたいですから。高耶さんは行かないんですか?」
「直江が行くなら行く」

可愛いことを言ってくれますね、なんて喜んでたけど、オレが行くってゆったのは直江に色目を使う女がいるかもしれないからだ。
もう教師と生徒じゃないからって、誘惑かましたりされるのは奥さんとしてはとっても不愉快。

「幹事は誰ですか?」
「新発田と宇佐美だってさ」

橘学級で大評判の美人コンビだ。

「……新発田さんですか……」
「何?」
「もしかしたら高耶さんに会いたくて……なんてことは……」
「ないだろ」

なんでそんな深読みするんだ?橘先生が誘惑されるかも、ってのは深読みじゃなくて事実だろうけど、オレが誘惑されるなんて有り得ない。

「けど行くんだろ?オレにも出席して欲しいんだろ?」
「ええ」
「じゃ決まりな。返信出しておくから。直江も早く実家からハガキ貰って来いよ」
「わかりました」

そんなこんなでクラス会に出席することになった。夫婦揃って。

 

 

 

会場はファミレスだった。学校からバスで少し行ったところに安いファミレスがあって、そこの一区画を借りたらしい。
酒もタバコも当然ナシ。未成年なんだから当たり前。

直江と一緒に家を出て、バス停まで歩いた。
バスに乗ったらさっそく譲に遭遇した。

「夫婦揃って出てくるなんてマズイんじゃないの?現に俺に目撃されてるし」
「家が近所って設定だから大丈夫だろ。それに実際、譲にしか目撃されてないなら問題ないじゃん」
「……高耶は相変わらず能天気だな……」
「うっさい」

3人で話しながらファミレスのあるバス停に着いた。
ファミレスにはもうすでにちらほら集まってるのが見えて、みんな好きな席に着いてた。

「直江」
「はい?」

ヒソヒソ。

「おまえ、絶対オレの隣りだからな。それか譲の」
「はい……」

譲は「そりゃ無理だろ」なんて諦めてたけど、オレの旦那さんの自覚があるならそうすべきだっつーの。
とりあえず入りましょうって直江が言って、オレたちはクラス会の一区画に入った。

「橘先生〜〜!!」
「キャー!相変わらずカッコイイ!」

そんなキンキン声が初っ端からした。不安満載なクラス会になりそうだ〜。

「みなさんお久しぶりです。元気でしたか?」

久々の橘先生モードを見た。う〜ん、やっぱかっこいいな。
オレは直江の先生なところも好きだな〜。

「先生、こっち座って!」
「え〜、私の隣りに来て〜!」
「ダメ、私の隣り〜!」

おい、女ども。橘先生はオレの隣りだ。勝手に決めるな。

「先生はうるさい女の席なんか行きたくないってよ。な、オレと譲と座ろうぜ」
「仰木くん、ずるい!!」

そんな女どもの声を無視して区画の入り口の空いてる4人がけテーブルに座った。
もちろんオレと直江は隣同士だ。ザマアミロ、女子どもめ。
んで、4人席に3人で座ったもんだから、1席余った。

「先生、ここいい?」
「……新発田さん……」

その1席に堂々と挑んで来たのがなんと新発田。幹事だから色々動き回らないといけないから、入り口近くがいいって。
直江はちょっと複雑そうな顔してたけど、譲がいいよいいよって勝手に座らせてしまった。
森野が同じクラスじゃなくて良かった。もしここに来てたら「成田くんの隣りに女が!」とか言い出すに決まってる。

「新発田さん、キレイになったねえ」
「え〜?そんなに変わらないでしょ?」

いや、すごくキレイになった。化粧してるからってのもあるけど洗練されてて大人っぽくて美人だ。
1年で変わるもんだな〜。

「成田くんと仰木くんこそ男らしい顔つきになったよ」
「そんなことないよ」

譲は……確かに男らしい顔つきになったかも。可愛いってイメージが少なくなったな。
オレはどうかな?毎日自分の顔を見てるからわかんないな。

「先生は全然変わらないね」
「はあ……喜んでいいやら悲しんでいいやらですね」
「褒めてるんだよ。相変わらずかっこよくて、若々しいってことだもん」

うん、直江はかっこよくて若々しい。たまにオッサンぽいところが出るけど、加齢臭はまだないし。
新発田いいこと言うぜ。

「先生、結婚したんでしょ?奥さんがしっかり旦那さんの管理してるから相変わらずかっこいいんだよね?」
「え?ええ、そう、ですね」

その新発田の発言に、近くにいた女子が騒ぎ出した。

「先生、いつ結婚したの?!」
「マジで結婚したの?!嘘!!」
「え〜!なんかショック〜!!」

ふん、橘先生はもう3年前からオレと結婚してんだよ。おまえらが歴史の授業を習ってた時にはもうオレの旦那さんだったんだ。
知らないってのは幸せだねえ。ガッハッハ。

「奥さんてどんな人?!」
「美人?!」
「悔しい〜!」

ガンガンと質問されて直江が困りだした頃に全員が揃ったのか、ウェイトレスさんと新発田と宇佐美で飲み物を配りだして乾杯になった。
飲み物は烏龍茶だ。

「じゃあ再会を祝してかんぱ〜い!」
「かんぱ〜い」
「お料理はどんどん来るからみんなたくさん食べてね〜」

乾杯後にもまだ質問攻めだった直江。奥さんがどんな人か聞かれて、聞き流したり説明したり。
横で聞いてるオレと譲は苦笑いしたり、ハラハラしたり。

「奥さんは美人というよりは可愛いですよ。家事も一生懸命やってくれますし、いい奥さんです」
「若いの?」
「え、ええ、年下です」
「料理上手?」
「はい♪」

なんで女子はこーゆー質問が好きなんだろうか?家事や外見がそんなに大事か?
それよりさあ、こう……もっと大事な質問あるだろうが。
そこで新発田が質問した。

「奥さんのことどのぐらい好き?」

そうそう!こーゆー質問してくれないと!!横で聞いてる奥さんとしてはコレが聞きたかったわけだ!

「どのぐらい、ですか?さあ?どのぐらいでしょうねえ。間違いなく言えるのは、私は奥さんがいないと人生に意味がないって思えるぐらい好きなことは確かです」
「うわ〜、先生、それすっごいノロケ!!」
「ノロケとは言わないでしょう?こういうのは真実って言うんです」
「やってらんな〜い!!」

橘先生の本気のノロケに周りにいた全員が笑った。譲も笑った。
でもオレだけ笑えなかった。
なんでかって?嬉しすぎて泣きそうなんだよ!!

「オレ、トイレ行ってくる」

泣きそうになったのを誤魔化すためにトイレへ。個室に入って鼻水を啜ってたら直江が来た。

「高耶さん?」
「ん〜」

ドアを開けて直江を引きずり込んで、ギューしてもらった。

「なんで泣いてるんですか?」
「嬉しかったから」
「……本当に高耶さんは可愛い奥さんですねえ」

チューもして甘えた。やっぱ直江はいい旦那さんだ。

「そろそろ戻らないと変に思われますよ?帰ったらたくさんチューしましょう。だから今は戻りましょうね」
「うん」

最後にもう一回チューしてトイレを出た。みんなに「オレが橘先生の奥さんだ!」って叫べたらスカッとするだろうけど、直江が先生やってられなくなったらイヤだから絶対叫ばない。
世界の中心だろうが叫ばない。

それから直江はあっちへ行ったりこっちへ行ったりした。
先生なんだから仕方がないって譲が言うし、さっき直江にチューしてもらったからオレもそんなに不満じゃなかった。
女生徒に腕を組まれるのはちょっとムカついたけどなッ。

「仰木くん」
「んん?」

大好物の鶏の唐揚げをモシャモシャ食ってたら新発田に話しかけられた。

「あのさ……聞きづらいんだけど、聞いていいかな?」
「なに?」
「駅前のスーパーで見かけたんだけど……連れてた赤ちゃんて……もしかして仰木くんの……?」
「うん、そう、弟」
「お、弟……」
「どうかした?」
「てっきり仰木くんの子供かと思ってたのよ〜」

そーいや門脇先生が言ってたなあ。オレが子供引き取って女を捨てたとかなんとかいう噂のこと。
学校では先生や美弥の尽力でそれは解決済みなんだけど、まさか卒業したやつにまでわざわざ説明は出来ないよな。

「お母さん、若いんだよね?」
「まだ30代だからな。あと一人ぐらいは産めそうなほど元気だぞ」

弟の話をしてたら女が数人集まった。譲はとっくに違う席に行っててオレが女に囲まれてる珍しい図だ。

「仰木くんの弟なら可愛いんだろうね〜。目なんか真っ黒でさあ」
「そうだね、仰木くんてよく見ると可愛い顔する時あったから。普段はまあまあかっこいいって感じ?」
「え〜、まあまあどころかけっこう人気あったんだよ〜。知らないの〜?」
「運動会なんかで仰木せんぱ〜いって黄色い歓声してたの知ってた?」

知らない。
もしかしてオレ、モテ期を逃してたのか?旦那さんに夢中でモテ期到来に気が付かなかったのか?
あ〜、なんかもったいないことしたな〜。

「今だって仰木くんかっこいいじゃない」
「そりゃタマミちゃんは昔から仰木くんのファンだもんね?今からでも遅くないかもよ〜」
「タマミって仰木くん好きだったの?マジ?じゃあアタシも立候補する〜!」
「実はワタシもファンだったの!」

おおおおおお!!もしかして今がモテ期のピークか!!
まいったな〜、はっはっは。
それでもオレはもう直江の奥さんだからダメだけど〜。

「ダメよ、仰木くんは彼女いるんだもん。私、それで振られたんだから。ねえ?」
「え、ああ、まあ、そんなことあったような、なかったような」
「今も彼女と仲良しなんでしょ?」
「うん」

昔も今も直江とは仲良し夫婦だも〜ん。いつまでも仲良しでいられる自信あるも〜ん。

「なーんだ、彼女持ちか〜」
「やっぱりね〜」

高校の時は女子の存在は旦那さんとオレとの間の邪魔者だったけど、今こうして再会してみると、みんな大人になってて冗談もたくさん出て、意外と話しやすかった。
こんなことだったら在学中にもお喋りしとくんだった。

しばらくモテ男のオレと女子で喋ってたら(オレの子育ての話題が多かった)テーブルに大きな影が。

「みなさん楽しそうですね」

声も口元も優しい感じだけど、目とこめかみが怒ってる旦那さんの登場だ。
もしかして誤解させてるとか??

「橘先生も座りなよ〜」
「ええ、それではお邪魔します」

真ん中に来て〜と女子に甘えた口調で言われた直江はオレの隣りに優雅に座った。
しかし手がオレの背中に回されて、脇腹をつねられた。

「いっ!」
「どうしたの?」
「いや、別に」

直江に脇腹をつねられて痛いなんて言えるわけないじゃんか。
オレにこんなことするの初めてじゃないか?すげー妬いてるんだな〜。
でも痛かったから帰ったら仕返ししてやるから覚えておけ。

「今ね、仰木くんの弟の話してたんだよ。先生、仰木くんに弟が生まれたの知ってる?」

知ってるどころか直パパだから。一番俊介を甘やかしてるのがこの橘先生だから。

「ええ、何度か仰木くんと駅前で会いましたから。まるで親子のようで微笑ましいですよね?」
「う、うん、親子によく間違えられる」

なんだこのおかしな会話は。いくら誤魔化すためだからって、オレは親子に間違えられたことはないぞ。
直江が抱っこしてて間違えられたことはあったにしても、だ。

「先生んとこは赤ちゃんまだ生まれないの?」
「生まれましたよ」
「え?!」

それは俊介のことだろう!そんな嘘ついてこれからどうするんだよ!

「奥さんと赤ちゃんと、楽しく3人で暮らしています」
「橘先生がお父さんだなんて、赤ちゃん幸せだよね〜」
「見てみた〜い」
「そのうち、どこかで会うかもしれませんね」

なんかもうここにいたくない……。直江はおかしな嘘つくし、女子は浮かれてるし……。
席を替わろうと思ったら、宇佐美が「そろそろお開きで〜す」って大きな声で言ったのが聞こえた。
良かった……やっと終わった……。

「お店はもう出ないといけないけど、みんな久しぶりだろうからここからは各自楽しんでくださいね!じゃあ解散〜!」
「お疲れーっす」

譲に男子だけでどこか行かないか聞かれたけど、もうそんな体力も精神力もなくて帰ることにした。

「橘先生はどうすんの……?」
「私は帰りますよ。明日の会議の準備がありますから」
「そっか……」

みんなで外に出て、バスを待ったりしながらダラダラ話してた。
んでオレは橘先生……じゃなくて直江や他のクラスメイトと一緒にバスに乗ってワイワイしながら帰った。
オレと直江が降りるバス停までの間でみんな降りて、残ったオレたちはコッソリと手を繋いで座ってた。

「高耶さんがモテモテで心配しました」
「直江こそ。女子に腕組まれてニヤニヤしてた」
「私は常に高耶さんのことしか考えてませんよ?」
「それでもモテモテ先生は相変わらずだから、ヤキモチも妬くの」

楽しかったクラス会のことを話しながらバス停から家まで歩いた。
家に着くと直江はリビングのラグの上にだらしなく寝転んで大きな溜息をついた。

「どしたの?」
「授業と違って疲れますね」
「若者の中に一人でいるからだよ。それよりさ」

寝転んだ直江に跨って、エッチするときみたいな姿勢になった。直江は何を勘違いしたのか腰に手を添えてくる。

「いくら妬いたからって奥さんにDVしやがったな」
「い―――――――ッ!!!」

直江の脇腹を力こめてギリリとつねって、トドメに捻りを加えた。これで黄色い痣が出来るはずだ。

「奥さんにDVしようなんざ100年早ぇんだよ!!」
「すいませんすいませんすいません!!」

ドメスティックバイオレンス。略してDV。
オレの脇腹をつねったこの痛みを知るがいい!

「もう二度としないか?!」
「はい!!」
「したら離婚だからな!」
「はいぃぃ!!」

これで終わったと思ったのか、直江は息を整えて起き上がろうとした。
まだまだ終わってねえんだよ!!

「そのまま聞け。おまえの赤ちゃんてのはどこの誰のことだ?」
「え、そんなものいませんよ。私に隠し子なんかいるわけないじゃ……」
「隠し子いたらブチ殺す!そうじゃなくて、俊介のこと自分の子供だって言ったつもりなんだろ!」

あ、って顔をして気付いたらしい。
そんな嘘を奥さんが許すわけねーだろ。俊介はあくまでも弟で、直江の子じゃない。
この先、もしかしたらバレちゃうかもしれないのに、なんて迂闊な発言だ!って怒ったら、直江が冷や汗をかきはじめた。

「だって俊介さんは私が息子のように可愛がろうと……」
「だからって嘘ついたら、ずーっと嘘を通さないといけないんだぞ!」
「ごめんなさい!!」

泣きそうになってる。まあ今回は卒業生だから、すぐに噂が広まるわけじゃないし許してやるが。
だた許すだけじゃねえぞ。

「反対側の脇腹を出せ」
「ええ?」
「それが愛ってもんだって、ジーザスも言ってたぞ」
「それは頬の場合じゃ……」
「グダグダ抜かすな!」

反対側の脇腹もさっきと同じようにつねってやった。痛そうだったけど、これは旦那さんへの躾だ。
勝手に色々言われたら奥さんが後で大変になるんだってこと覚えろっちゅーの。

「いたたたた……高耶さん、可愛い顔してなんてこと」
「おまえが悪いんだろ。じゃあ次」
「まだあるんですか?!」
「あるだろ!」

直江にかぶさってチューした。

「……高耶さん!」
「チューたくさんするって約束したじゃんか。ほら、もっとチューしろ」
「愛してます!奥さん!」
「オレも!」

時々感情に流されてバカになっちゃう旦那さんだけど、オレは大好きだからいいんだもんね。
次のクラス会は直江の赤ちゃんネタが真っ白に忘れ去られた後でありますように!

 

 

 

END

 

 
   

あとがき

それからリビングで
何があったかはご想像に
おまかせします。

   
   
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