奥様は高耶さん



第17


末っ子とオレ

 
         
 

 

今日は25日。世の中の25日っつーとなんだか知ってるか?
そう!給料日なんだな!!
週に2回か3回行ってる橘不動産の物件の掃除や花壇の手入れのバイト代が入る日なんだよな〜。

んで、オレの給料は毎月お兄さんが我が家へ持ってくる。
義理の弟に銀行振り込みなんて味気ないことしたくないから、封筒を持って毎月ウチに来て手渡ししてくれるんだ。
弟夫婦の様子を見るのも兼ねてるんだろうけどね。
今日は直江が学校行ってる間にお兄さんがやってきた。

「よう、高耶くん」
「お兄さん、いらっしゃ〜い!」
「今日は嬉しい給料日だなあ」
「うん!」

リビングで休んでもらってコーヒーとオヤツを出す。オヤツは毎回オレの手作りって決まってる。
それがお兄さんの楽しみのひとつでもあるんだって。

「じゃあ、はい。お給料。お疲れ様でした」
「ありがとうございま〜す」

給料は毎月3万円ちょっと。時給1000円の計算でやってるからそのぐらいだ。

「義明からのお小遣いはいくらもらってる?」
「んーと、とりあえず2万円。でも必要な時には臨時でもらってマス」
「それで足りるかい?今はちょっといい物を買おうとすると高額になってしまうだろう?友達と遊んだりしたらすぐに無くなってしまうんじゃないか?」

確かに友達と遊ぶとけっこうな金額使っちまうな。
でもそんなに頻繁に出かけてるわけじゃないしなあ。

「足りてますよ」
「本当に?」
「うん」
「もし足りない時は私に言いなさい。バイト代を上げてあげるから」
「大丈夫だってば」

そんで最近のアパートの情勢なんかを話して(住人同士の諍いとかあるからな!)たらピンポンが鳴った。

「誰だろ」
「義明じゃないことは確かだな。まだ学校にいる時間だ」
「お客さんが来る予定はないけど……」

インターフォンに出たら美弥がモニターに映った。

『お兄ちゃん、小説返しにきたよ〜』
「おう、待ってろ」

美弥がBL小説を返しに来ただけだった。

「美弥ちゃんかい?」
「うん。本を返しに来たって」
「俊ちゃんの様子も聞きたいから会いたいなあ」
「じゃあ連れてきま〜す」

美弥からBL小説を受け取って靴箱に隠した。持ってリビングに入ったら「どんな小説だい?」なんて聞かれて見られたら大変だからな。

「こんにちは〜、照弘お兄さん」
「やあ、美弥ちゃん、こんにちは」

照弘お兄さんはウチの父さんよりも年上なんだけど、オレや美弥みたいな若者に「お兄さん」と呼ばれるのが好きで、わざわざ美弥にもこう呼ばせてる。
気が若いから見た目も若々しいし、お兄さんて呼んでも違和感ない。

「俊ちゃんは元気かい?」
「元気で〜す!毎日ホギャホギャ泣いてもううるさいぐらい元気!」
「そりゃ良かった。赤ちゃんは泣くのが仕事だからね」
「ですよね!」

オレ、いっつも思うんだけど、なんで美弥ってこんなに大人から人気があるんだろう?直江のお母さんでさえ美弥のことはお気に入りで可愛がってるぞ。

「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「今週末ね、彼氏と遊園地に行くの。でも先週携帯電話機種変しちゃったからお小遣いが足りなくて……」
「……で?」
「ちょっと融通してくれない?ね?お願い!」

毎月25日、美弥がこうして突撃してくる。オレの給料日ってこと知ってて来るんだよな。
そんでオレの乏しい給料から1万円ほど抜いて行く。これは毎月のこと。

「仕方ねえな……5000円でいいか?」
「え〜?そんなのじゃ遊園地に入るだけで半分以上使っちゃうよ〜。せめて1万円欲しいな♪」
「高校生が遊園地で1万も使わなくていいんだ」
「義明さんには遊園地代で1万円貰ってたくせに〜」

な、なんで知ってるんだ……さては直江が漏らしたな……。
それしか考えられねえもん。

「わかったよ。1万円な。そのうち何かで返せよな」
「ヒャッホー!」

いそいそと財布に諭吉さんを入れると「ありがとね!」つって帰ってった。

「高耶くんはきちんとお兄さんをやってるんだなぁ」

照弘お兄さんに感心されちゃった。まるで見たことのない珍獣を見るかのような目で。
そんなにオレって頼りなく見えるのか?うーん、直江に甘えてばっかしだからそう見えても仕方ないか。

「は〜。今のやりとりを見ていて思い出したよ。そういえば義明もよく俺から1万円引き出してったなあ。今の美弥ちゃんのようなやり方で」
「直江も?給料日に押しかけてきたの?」
「ああ、あいつが中学から大学にかけて、10年間毎月のようにたかられてたな」

10年間つーと、毎月1万円で12ヶ月12万円、それが10年で……120万円?!
ひゃ!ひゃくにじゅうまんえんんんん〜〜〜〜んん?!

「超大金!!」
「そうなんだよ。10年目にやっと気が付いた。他にもお年玉やら臨時の小遣いやら誕生日のお祝いやらを渡してたから、合計すると住宅ローンの頭金ぐらいにはなる金額を渡してたんだよ。いや、まったく義明は……。それにどうやら次男にも毎月小遣いを貰っていたらしくてな。こっちは全額で50万ほど、そして両親からもなんだかんだで貰っていたらしいんだ」

直江んちはそりゃ金持ちだけどさあ。ちょっと貰いすぎだよな〜。
つーかお兄さんもよく10年間も気が付かなかったもんだよ。これがセレブの感覚か?
庶民のオレとしてはそのお金の重みすらわかんねえ。

「どこの家も末っ子は甘え上手でちゃっかりしてると思わないか?」
「思う!!」
「俺と高耶くんは長男だから、しっかりしなさいと言われながら育っただろう?どうしてこうも末っ子と性格が違うのか知りたいよな。まあ今は俊ちゃんが末っ子だが、15年間も末っ子として育ってきたんだから美弥ちゃんが末っ子という認識になるねえ」

いや、スンマセン。しっかりしろって言われて育ってないや。それに美弥とは似た兄妹だと言われるし。
そりゃー男の趣味までは一緒じゃないけど、それなりの基準は同じなんだよな。だから年齢さえ合えば美弥が直江に夢中になっててもおかしくないわけで。
なんたって美弥は若いイケメンが好きだから、直江の年齢じゃ無理なんだ。
取り合いの泥沼にならなくて良かった〜。

「これから美弥ちゃんには末っ子から卒業する苦しみが待っているんだねぇ。いや〜、頑張って欲しいもんだ」
「は、ははは」

美弥が末っ子卒業?そんなのするわけないじゃん!
美弥は赤ん坊の弟にもたかれるほどの、ザイルぐらい太くて丈夫な神経の持ち主だ!

なんて、お兄さんには言えるわけもなく、とりあえず黙っておいた。

「じゃあそろそろ帰るよ。義明によろしく」
「は〜い」

 

 

そんで直江の帰宅。

「ただいま〜」
「おかえりっ!まずはチューしろ!」
「はいはい」

ムチューッとやってからギュウウってして、玄関でスリスリ。
ああ、今日も働いた後の直江の匂いだ〜。チョークと汗とトワレ〜。

「あのな、今日はオレの給料日だったんだ。だから外食しよ?ゴチするからさ」
「本当ですか?高耶さんがご馳走してくれるなんて嬉しいですねえ」
「回転寿司かガストかラーメンか牛丼かカレーな?」
「そうですねえ……ゆっくり食べられるガストにしましょうか。ケーキは私がご馳走しますよ」
「うん!」

たまには旦那さんにゴチしないと奥さん失格になっちゃうもんな。
安いガストだって何だって直江は喜んでくれるから好きだ。

着替えを手伝ってからリビングに。まだガストに行くには時間が余ってる。
オレもそんなに腹へってないし。

「直江、直江、ここ、ここ」

直江にオレが座ってるソファの隣りを叩いてみせた。ここに座れって。
さっきの話を少ししておこうと思ったんだ。

「甘えたいんですか?どうぞ?」
「ううん、違うけど……やっぱ甘える」

隣りに座った直江に寄りかかって手を繋いだ。優しい旦那さんだよな〜。
これが末っ子だなんて思えないぐらい頼りがいあって、オレのワガママばっかり聞いてくれてるんだもん。

「直江ってさ、末っ子だろ?なんでこんなにオレの扱いがうまいわけ?末っ子って甘える側なんじゃないの?」
「そうとは決まってないでしょう?」
「そーだけど」

またチューしてもっと密着。ああ、がっちりした胸と背中。それに太い腕。かっこいいな〜。
いつまでもこんなステキな旦那さんでいてもらいたい。

「兄が来たときに何か吹き込まれたんじゃないですか?」
「え?ああ、あ……うん。ちょっとだけな」
「何を?」

大きな手が髪をサラサラ撫でるもんだから黙秘できなくなっちゃった〜。

「直江がお兄さんたちやお父さんからお小遣い貰いまくってたって話を聞いたんだ」
「……お小遣い?」
「うん。たぶんマンション購入の頭金ぐらいにはなるって」
「ああ、そのお金ですか」

もしかして遊びで全額使ったとか、女に貢いでたとか、そんな話だったらどうしよう……。
聞かなきゃ良かったんじゃないかな……。ビクビク。

「まだ残ってる?」
「いえ、全額ありません」
「やっ、やっぱ女に貢いで……!」
「違いますよ。そりゃまあ少しは使いましたが、ほとんど手をつけずに貯金してました。ああ、でもその後で貢いだと言えば貢いだことになるのかもしれませんね」
「うそ!マジで?!直江が?!オレの直江が他の女に貢いだのか?!そんなの……そんなの……うううう」

うわ〜ん!と、泣きそうになったところで直江の大きな手がオレの顔を包んでチューしてきた。

「高耶さんに貢いだんですよ」
「へ?」
「この家を建てる時に全額使いました。キッチンも床暖房も寝室も高耶さんに合わせて作ったでしょう?だから高耶さんに全額貢ぎました」
「……そうなの?」
「はい」

うう……なんて立派な旦那さんなんだ!!家族から貰ったお小遣いをオレのために使ったなんて!
他にも家の資金は直江が働き出してから貯めてた貯金と橘&仰木両家の援助もあるけど、そんなにしてまでこの家を建ててくれたなんて〜〜〜!!

「直江!オレ、この家大事にするから!けど直江はもっと大事にするから!」
「ありがとうございます」
「直江〜〜!」

力いっぱいギューしてオレのこのはちきれそうな愛を伝えた。好きで好きでたまらないこの気持ちをどうしたらいいんだろ!!

「そろそろガストに行きましょうか?」
「まだ行かない!もっと直江とイチャイチャしたい!」
「でも私も早く高耶さんにご馳走してもらいたいですよ?」
「あ、そうか。ん〜、けど……まだ離れたくない……」
「可愛いことを……本当に高耶さんは甘え上手で、末っ子の私でさえついたくさん甘やかしてしまいますよ」

橘家の末っ子に甘える、仰木家長男のオレ。
そうか、長男のオレだってベタベタに甘えるんだから、末っ子だからって直江がワガママでちゃっかり者って決まったわけじゃないのか。

なんか……オレと直江ってすっげー相性いいカップルってこと?
うひゃー!だとしたら超嬉しいんだけど!!

「じゃあ甘えついでに旦那さんと寝室行きませんか?」
「え、それはダメ。そんなことしたら真っ最中にお腹が鳴るもん」
「……それなら早く行って早く帰ってきて、早く寝室でイチャイチャしましょうよ」
「ん〜、それならいいか!」

だからって直江から離れるつもりはなくて、くっついたままコートを取りに行ってお互いに着せあって、直江にマフラーを巻いてもらって家を出た。
ちゃんと直江にご馳走してあげて、ケーキは直江にゴチしてもらって満腹太郎だ。

「あれ?」

帰りの車の中でとある疑問が浮上した。
たぶんオレの脳みそにケーキの糖分が供給されて頭が冴えたんだと思う。

「どうしたんですか?」
「えーとさ……聞きにくいんだけど……家のローンもなくて、サンルーム作ったり、高級ホテルのセミスイート泊まったり、歴史旅行に行ったり、高いテレビ買い換えたり何かと散財してるじゃん?直江の給料と貯金でそれだけのこと出来るとは思えないんだけど……」

それはオレの実家を見てればわかる。
父さんは一応社長で直江より給料はいいはずだ。だけど家のローンもあるしオレと美弥を育ててきてるから出費も多い。だから母さんは節約をしてきてるし、旅行だってそれなりに行ってたけど直江ほどの散財はしてないはずだ。

なのにたかだか一介の教師の直江がオレの実家よりもたくさんお金を使えるってゆーのはどうしてなんだ?

「……私のお給料と貯金から使っているに決まってるじゃないですか」
「怪しい……」

もしかして内緒の貯金が膨大にあったり?へそくりぐらいなら構わないけど、膨大な貯金てのは奥さんが知らなきゃいけないことなんじゃねえの?

「嘘ついたら離婚だぞ」
「……ですから」
「離婚」
「う……正直に話しても怒りませんか?」
「どうだろ?とりあえず話さない限りは離婚がお待ちかねだ」
「ええと……一応は私の貯金なんですが……なんというか……まあ……親の金です」

やっぱり!!それしかないと思ってたんだ!!
お小遣いは自分で貯金して家を買った時の資金に当てたかもしれないけど!!

「おまえは寄生虫か!!」
「違いますよ!」
「自分の稼いだ金で奥さんを幸せにしたいってゆー気持ちはないのか!!」
「だから違いますって!」

このままケンカになりそうだと思ったのか、住宅街の暗い道に車を路駐して話し合いと言う名のケンカ勃発。
外に声が漏れたらマズイけど、どうせご近所じゃないから少しならいいや。

「よ〜く聞いてくださいね。親の金と言っても生前分与の相続と、私が生まれた頃からの積み立て貯金の残りがあるんです。そりゃ高耶さんには話してませんでしたが、あなたにこんな話をしても難しくてわからないところが多くあると思ったんです。実際、私にも法律の話は理解できませんから、親のなすがままに分与されたというわけです」
「……ホントか〜?」
「本当です!」
「それにしても多すぎないか〜?」
「……実家は寺ですから。実入りは相当なものなんです。こんな話を高耶さんには聞かせたくなかったから言わなかったのに……」

確かに法律が絡むお金の話はサッパリだ。つーかお金の話自体サッパリわからないことだらけ。
それに直江の実家がどのぐらいのお金持ちなのかなんて知る必要ないと思ってたし。
『せーぜんぶんよ』ってのが具体的に何かもわかんないし。ほら、バカだから。

「てゆーことは」
「はい、黙っていた私が悪かったんですが……」
「じゃなくて。おまえはけっこう末っ子体質ってことか」
「は?」

コレ読んでるお姉さまがた、聞き逃したところがあったと思わないかい?
今のオレは脳に糖分がガンガン行き渡ってるから冴えてるぞ〜。

「ふーん、直江って『親のなすがまま』なんだ〜?」
「あ!」
「そっか〜。わからないとなすがままになっちゃうんだ〜?ああ、そりゃ典型的な親の言いなりの伝書鳩旦那だなあ」

今は良くても今後直江はオレを守らないで実家の言いなりになる男かもしれないぞ。
もしそうだったら泣くのはオレじゃんか。
こりゃ一度徹底的に教育をしなきゃいけないんじゃないかな〜?

「…………家に帰ったらお説教とオレの授業な」
「寝室でイチャイチャは……」
「今夜はナシだ。まずは隠し事の告白と資産管理をやる。それからおまえの処遇についての話し合いだ」
「……ものすごい長男的発言ですね……」
「長男的、じゃなくて、長男なんだよ!!」

とりあえずは『せーぜんぶんよ』をインターネットで調べて、そこから諸々の法律関係の話をして、次に資産管理の話し合いだ。
最後に夫としてあるべき姿の再教育。オレの教育は半端じゃないから覚悟してもらおう。

「これだから末っ子は!ちゃっかりしてるくせにいい加減なんだから!!」
「高耶さんこそ……」
「うるさい、黙れっ。反論が身を滅ぼすことを身をもって知ればいい!!」
「は、はいぃ……」

そんなこんなでオレは直江の末っ子全開バリバリな面を帰ってから知ることになる。
今後は隠し事なし、資産は奥さんに公開、旅行も贅沢も差し止め、こういう約束をさせた。
でも直江の再教育はあんまり必要なかったみたいだ。
だって。

「奥さんに対してこんなに優しく愛を与えられるのは、末っ子の特徴ですよ?」
「……じゃあ、それでいい。末っ子として生きてくれ」
「はい」

直江がこんなにオレに優しいのは、末っ子の特徴だって言われたら「末っ子体質を直せ!」とは言えなくなって結局ピッタリくっついて甘えてしまった。
末っ子もいいもんだな。あ、でも長男もいいだろ?オレみたいな長男なら。

「高耶さんはいい子ですね」
「えへへ〜」
「愛してますよ。長男的なあなたを」
「うんっ」

ん?でもオレだって長男なのに直江に対してこんなに優しく愛情を与えてるぞ?
糖分バリバリの冴えた頭だとこうやっていろんなこと考えちゃうなあ。ああ、でももういいや。
直江ってば超優しいし、これ以上ケンカしたくないし、オレはバカのままで愛してもらうようにしようっと。

「世界一好きでいてくれよ?」
「はい」

末っ子の旦那さんを持つのは良くもあり悪くもあり。
独身のお姉さまたちはそこらへんきちんと考えて結婚しなきゃダメだぞ。
そんで直江みたいな優しい旦那さんをゲットしてくれ。
約束な!

 

 

 

END

 

 
   

あとがき

なぜか末っ子の方が
大人ウケいいみたいな
話をよく聞きます。
そーいわれてみれば・・・

   
   
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