突然直江がプレステ3を買いたい、と言ってきた。
ついこの前、贅沢は敵だってことを教えたばっかりなのに、6万円もするゲーム機を買うなんていったいどういうつもりだ。
「6万じゃないですよ、5万4900円です」
「似たようなもんじゃねえか。どうせ付属品を買えば6万なんか超えるんだろうが」
「……じゃあプレステ2でもいいですから。こちらは1万6千円です」
プレステ2はオレも持ってた。けど結婚するから美弥にあげちゃって、今はゲームなんか全然やってない。
「じゃあ美弥がプレステ2持ってるから、もしいらないって言ったら貰ってくる。まだ使ってるようなら……直江の小遣いで買えよ?」
「いいんですか?!」
「小遣いからならな。月3万の小遣いの半分だぞ?ソフトも買ったら1万ぐらいしか残らないけどいいのか?」
「……どうにか……頑張ります……」
先生同士の飲み会や欲しい本やオレへのお土産ケーキなんかを節約すれば……とブツブツ言ってたから本気の本気のようだ。
今まで贅沢してたぶん、直江の小遣いは5万円から3万円に減った。つーか減らした。
たまに贅沢するのはいいけど、結婚3年間であれやこれや使って今後の人生が心配だっつーの。
「で、プレステ2で何やるつもり?」
「真・三国無双です!!」
知ってるぞ。真・三国無双シリーズって言えば三国志の登場人物が戦って戦って戦いまくって、斬って斬って斬りまくるアクションゲームだ。
三国志に興味がないオレだって知ってるぐらいの有名なタイトルだ。
「高耶さんはやったことないんですか?」
「オレはRPG派だから。ファイナルファンタジーとかドラクエとかな。アクションはあんまり」
「……RPGとかアクションって何ですか?」
「そ、そんなことも知らずにやるっつってんのか〜〜!!」
小一時間ほど問い詰めてみたら、直江はゲームのゲの字も知らなかった。生まれてこのかたテレビゲームをやったことがないらしい。
「そんなんで無双シリーズなんか……まあ、やってやれないことはないけど……」
「難しいんですか?」
「そこそこな……つーか、なんで今更ゲームなんかしたくなったんだ?」
「もうすぐ春休みでしょう?」
「うん」
それと何が関係あるんだ?
「去年の春休みにバレンタインのお返しに中国旅行をしようって言ったの、覚えてますか?」
「ああ、うん。結局忙しくて水族館のそばのホテルに一泊したっけ」
「それを思い出したんです。今年こそは中国三国志旅行に行きたかったんです。でもやっぱりまた学年主任にされてしまったので行かれなくて……」
そっか。直江は三国志もマニアだったんだ。しかも病気なんじゃないかと思うほどの超マニア。
歴史マニアは日本史だけじゃなくて世界にも及ぶわけか〜。
これがなあ……ちょっとした短所なんだよなあ……マニア度高すぎて。
「それで気分だけでも三国志を味わいたいと、こういうわけです」
「……ふうん……」
「私の希望を叶えてもいいですよね?ね?」
「とりあえず美弥に聞いて、ダメならおまえの小遣いで買うってんなら叶えてもいいよ」
「ありがとうございます!」
「でもゲームは1日2時間まで。いいな?」
「はい!」
なんかオレ、小学生のお母さんになった気分。
翌日、直江は直接美弥にプレステ2を譲ってくれるか聞いたらしい。学校でそんな話をするなっての。
しかし美弥は現在プレステ2でBLゲームをやりまくってるらしく、絶対にイヤ!と言われたらしい。
そんで仕方なく直江は学校帰りにドンキに寄って薄くて軽いプレステ2を買ってきた。
「ソフトは?」
「あ!」
なのにソフトは買ってこなかったらしい。つくづくゲームに向いてない男だ。
「じゃあ夕飯食ったら買いに行くか」
「はい♪」
珍しく直江は夕飯を忙しなく食べてから「早く行きましょう!」つってオレをせかした。
そんなに楽しみにしてるなら協力してやろう。ソフトはオレの小遣いで買うとするか。
「で、どこに行くんですか?」
「中古屋」
「中古でゲームソフトなんか売ってるんですか?」
「今はそういう時代なんだ」
近所の歩いていけるレンタルビデオ屋の片隅に、中古ゲーム販売コーナーがある。そこは小規模ながら品揃えは豊富で、オレも独身時代は世話になってたところだ。
ちょうど実家と家との中間距離ぐらいだからのんびり歩きながらゲームの話をしてやった。
無双シリーズは『キラータイトル』と言われるほどの人気ゲームで、これの売り上げが会社を左右すると言っても過言ではないほどだ。
だから絶対につまらないってことはないけど、どの程度やりこむかによって楽しみ方も変わるんだ。
「やりこむ、とは?」
「ええと、つまり……何回も何回もやって、イベントやらムービーやら漏らさず出したり、レアアイテムを取ったり、レベルを最高値まで上げたり、そういうこと」
「ははあ」
「無双の場合はそれが全部あって、さらに使えるキャラクターが40人ぐらいいるから2ヶ月か3ヶ月は遊べるゲームになってるんだってさ」
「……2ヶ月……!!素晴らしいですね!!」
「そ、そうか〜?」
そんなに長くやるつもりなのか、こいつは……。
ちょっと先々不安を感じながらビデオ屋の中古コーナーへ。
プレステ2のソフトが売ってるコーナーで探してみた。
「あった、あった。これだ」
「真・三国無双4……?4ですか?今は5の時代だそうですが」
「いいんだよ。5はプレステ3でしか出来ないから、とりあえずプレステ2で出来る一番新しいやつにしとけば」
「そうなんですかあ……」
値段は2000円。新品で買うより半額以下だ。これならオレでも買えるぞ。
「買ってやる」
「え?!」
「オレが買ってやる。これ以上旦那さんのお小遣いが減ったら奥さんとしてはちょっと気分悪いし」
「いいんですか?高耶さんだって……」
「うん、いい」
だって直江はお小遣い3万円で、オレは5万円だもん。バイト代から美弥が1万持って行くから実質4万だけど直江より多いし。
なんでオレの方がお小遣い多いのかって?主婦やりながらバイトもしてるんだから当然だ。
そんでソフトを買って家に帰った。直江はさっそくプレステのセッティングをしてソフトを入れてスタート!
「ええと、あの……どうやって使うんでしょうか……?」
イラッ。
「じゃあオレがやってみせるから、おまえは説明書を読みながらオレのやり方を見てろ」
「はい」
直江にゲームを教えるのは骨が折れたけど、1時間ぐらいやってみせたりしたらわかってきたのか自分でやってみると言い始めた。それから1時間でだいたいのボタン操作が出来るようにもなった。
「ハイ、2時間経過!今日はこれまで!!」
「ええ?!もうちょっとやらせてくださいよ!」
「ダメ!」
「まだ趙雲で2ステージ目じゃないですか〜!」
「約束だろ!ゲームは2時間まで!終わり終わり〜!!」
あと40人近くのキャラクターを全部終わらせるのには何ヶ月かかるんだろうな。
ま、その前に飽きそうだから放っておくか。
それから直江の三国志熱がさらに上がり、本棚に鎮座していた三国志関連の本を読み直したり、なけなしの小遣いから『三国志検定』なんて本を買ってテストしてみたり、ホームページを探して読み込んだり、まあオレには想像もつかないほどの入れ込みようだ。
「そんなに面白いの?」
「ええ、とても面白いですよ。マンガでもいいから一回読んでみたらどうですか?」
「……遠慮する」
そりゃ面白いんだろうよ。でも直江みたいに三国志マニアになるのは勘弁だ。
だって今の直江を見ればわかるけど、周り(オレ)に迷惑がかかるぐらいにマニアになる危険性が高いモノなんだろ?
そんなのに手を出して小遣いやら時間やらを浪費したくないんだよ。
「高耶さん、高耶さん」
「なんだ?」
直江が書斎から戻ってきてオレにプリントアウトした紙を見せた。
いったい何かと思って見たら、そこには占い結果が書いてあった。なんのって?三国志占いだってさ。
パソコンのサイトで発見したそうだ。
「……なにこれ……」
「私のタイプは張繍だそうです!敬愛する人にはどこまでもついていくタイプですって!好きな人と満ち足りた関係を築き、そして私を温かく包み込んでくれる人と添い遂げると!まさに私のことですよね!」
長州だか張繍だか知らないけど、そんな占いで一喜一憂するのってどうなんだ?
「そして……もうすぐ私に出来るのは娘だそうです!」
「娘?!なにそれ!!」
「また赤ちゃんが生まれるといいですね!」
「誰が産むんだよ!母さんか?!母さんはもう産まないっつってるし!オレは決定的に娘なんか産めないし!」
「そうなんですか……じゃあこれは……」
「そんな占い当たるわけねーだろ。つーかさ、もうそろそろ三国志熱冷めないのか?」
ショックを隠しきれない旦那さん。占い結果が当たらないって言ったのにも、娘ができないっつったのにもショックを覚えたらしい。
でも無理なもんは無理なんだっつーの。
「なんというか……その……高耶さんは……私の趣味には付き合ってくれないってことですよね……」
「そうは言ってないだろ。おまえのは度を越えてるんだよ。オレにもわかりやすくて面白い歴史ならどうにか付き合えるけど、おまえのマニアックな趣味には付き合えないってこと」
「はあ……」
肩をガックリ落としてさっきの紙を持ってまた書斎に引っ込んだ。ちょっと可哀想だったとは思うけど、そのうち今よりもマニア度が増して洒落にもならなくなったら奥さんとしてどうかと思うわけ。
三国志の妄想ばっかりして先生業に支障が出たりとか、夫婦生活に三国志ネタを持ち込んだりとか、エッチもよく知らないけど三国志プレイとか、そーゆーことになったらたまらないだろ?
「でもちょっと言いすぎたか……」
直江の一番楽しい趣味が歴史なんだもんな。その趣味が高じて先生にまでなったんだし。
少しは理解してやっか。
可哀想な直江のために、三国無双に付き合ってやるつもりで書斎のドアをノックした。
「どうぞ」
「なあ、無双やんねえ?協力プレイってやつあったろ?コントローラー2個あるし。な?」
「……高耶さんは私の趣味には付き合いきれないんでしょう?無理しなくてもいいですよ」
フン、て最後についてた。相当機嫌悪いな、こりゃ……。
オレは別にないがしろにしたわけじゃないのにな〜。
「なおえ〜」
機嫌悪くてこっちを見ようとしない直江の背中に抱きついてみた。いつもこれやってちょっと褒めると機嫌直すから。
スリスリしてギューってしてみた。
「娘はしょうがないですけど……占い結果を高耶さんが信じてくれてないのがショックなんです」
「ええと?」
「高耶さんと満ち足りた関係を築いていけないのか、とか、温かく包み込んではもらってないのか、とか……」
「ああ、それか!」
そっちだったのか〜!そうだよな!直江って占いといえどもこうゆうオレに関することは異常に気にするんだよな。
こりゃ失敗だったな。
この失敗を挽回するいい手立てはないものか……ない知恵絞って考えた。
「あのさ、占いなんかしなくたってオレとは満ち足りた関係を築いてるし、占い以上に温かく包み込んでるつもりなんだよ。だからあんなの気にしてほしくないんだ」
「……高耶さん」
「それに、なんか……直江は最近オレよりも三国志の方が大事みたいで、ちょっと寂しくてさ」
別に寂しくはなかった。どうせ直江にとってオレが一番大事なの知ってるし。
だから『それに、なんか……直江は最近三国志三国志ってうるさくて、ちょっとウザくてさ』が正解。
絶対言えないけど。
「そんなに寂しかったんですか?本当に?」
「うん。エヘヘヘ」
「私はいつも高耶さんが一番大事ですよ。三国志よりもずっと」
「じゃあもうプレステ2封印していい?あと三国志の本もダンボールに入れて押入れ行きでいい?」
「え、それはちょっと……」
なにぃ?オレが一番大事なくせに封印は拒否だとぉ?
そりゃいったいどうゆうわけだ!!
「直江!!」
「はっ、はい!!」
「舌の根も乾かないうちに封印は勘弁しろってか?!おまえはそれでもオレの旦那さんか?!そーかそーか、おまえは奥さんよりも自分の趣味を大事にする自分勝手な男なわけか!ああ、だったらもういい!オレも趣味を優先する!毎日毎日友達と遊んでやる!カラオケ行ってファミレス行ってやる!友達の中には女も含まれるんだからな!もしこれでオレが浮気したっておまえは何も文句言えないんだからな!おまえは奥さんよりも趣味を優先したんだ〜〜!!」
我慢できなくて一気に全部吐き出した。奥さんがこんなにウザ……いや、寂しがってるのに趣味優先なんて許せない!!
「まままま待ってください!それだけは!!それだけはお願いしますからやめてください!!」
「何をやめろって?!カラオケか?!ファミアレスか?!浮気か?!」
「浮気です!!」
「だったら封印させろ〜〜!!」
グッと固まった直江。まだ踏ん切りがつかないのか?往生際の悪い。
「……オレ、結婚したの間違ったかも……」
「え」
「だって……今、幸せじゃないもん」
今、限定な。普段はとっても幸せだよ。
「そんな……」
「こんなことなら……」
「封印します〜〜!!!」
だから離婚なんて言わないでください、私は高耶さん一筋ですから高耶さんの望むことならなんだってします、絶対に幸せにしますから、みたいなことをグチャグチャの頭で言ってた。半泣きだったからよく聞き取れなかった。
「じゃあ今すぐ封印」
「はい……」
渋々封印した直江。本棚からはごっそりと三国志の本がなくなり、三国無双のソフトも一緒にダンボールへ入れて押入れへ。
よし、これでウザ……じゃなくて、寂しくさせる要素は排除したぞ。
「じゃあもう浮気なんて言いませんね?」
「うん、言わない」
「お友達と遊んでもいいですけど、なるべく女の子は入れないようにしてください」
「おう!」
元から女なんか来ないけどな!ははは!
それから直江はしばらく大人しくしてた。いつも優しいステキな旦那さんだ。
床暖房のリビングでヌクヌクしながら直江に寄り添って甘えてたら、情報雑誌を読んでた直江が聞いてきた。
「この戦国無双ってゲームはどうなんでしょう?」
…………ぶっとばす!!!
END |