奥様は高耶さん



第20


旅行とオレ

 
         
 

 

直江が衝撃的な事実を伝えた。

「来月、4日間いませんから」
「なんで!」
「修学旅行の付き添いです」

オレが卒業した学校、要は直江が先生やってる学校は春に修学旅行がある。
でも……あれ?ん?なんかおかしいぞ。

「直江って2年生の担任だろ?なのに3年生の修学旅行に行くわけ?」
「ええ、今回は補助要員です」

そーいえばオレの修学旅行にも別の学年の先生が補助で来てたっけ。

「一応生活指導ですから、何かあった時の対応をしなくてはいけないんですよ」
「じゃあ4日間、旦那さんと別居生活ってことになるのか?4日間も?!」
「たったの4日です。今までだって研修だ何だで離れてたことあるでしょう?少しの辛抱ですよ。私だって寂しいんです」
「う〜」

直江もオレも寂しいのに学校ってやつはなんて非道なんだ!オレの結婚生活をなんだと思ってるんだ!

「やだ〜」
「ヤダと言われても……じゃあ高耶さんもその間、どこか旅行したらどうですか?」
「旅行?」
「ええ、旅費は私がちゃんと出しますから。たまには家事から解放されてのんびり過ごしてみては?あ、成田くんとでもどうですかね?」

譲と旅行か……そういえば親友なのに一回も旅行に行ったことなかったな。

「うん、そーする。1泊ぐらいなら譲も出られるかも」
「帰ってきて寂しかったら俊介さんと実家で過ごしてもいいですしね」
「わかった」

譲と旅行か〜。どこに行こうかな。

 

 

で、直江の修学旅行当日。
朝から旦那さんにベタベタ甘えてチューもたくさんしてから送り出した。
直江も寂しいですって言ってギューギューしてくれたから奥さんとしてはいいお見送りをしたんじゃないかと思う。

「さてと、オレも旅行の支度するか」

着替えをカバンに詰めて明日からの旅行準備。譲も2泊ぐらいできるって言ってくれて、直江のお金で新幹線もホテルも予約できたしこれで明日に備えるだけだ。

どこに行くかって?ふふふ、聞いて驚け。直江が修学旅行で行ってる京都だ!!
しかも旦那さんはそんなこと何一つ知らない!行ってから驚かせるんだ!!

なんでこんな話になったかってゆーと、譲に電話して旅行に誘ったら家に来いって言われた。
んでどこに行こうか話し合ってたら、直江が修学旅行で女子生徒にベタベタされることは間違いないって話になって、そんで心配になった奥さんは行き先を京都に決めたのだ。

『ストーカーみたいだからやめなよ!』

なんて言う譲の意見は無視だ。だってオレが行けば旦那さんは嬉しいし浮気の心配しなくて済むし、オレも旦那さんが女子生徒にセクハラされてるのを守ってやれるだろ?
オレって頭いい〜。

『その代わり、橘先生に迷惑かけたらソッコーで連れ帰るからね!』

迷惑なんてかけるわけないじゃーん。オレと直江は心の底から繋がってるんだし〜ぃ。

「ああ、楽しみだ!」

直江と京都♪

 

 

「……た……お、仰木くん……と、成田くん……」
「こんちは、橘先生!」
「こ、こんにちは……」

翌日、直江に会ったのはホテルのロビー。
直江がどこに泊まるかなんてのは奥さんのオレは当然知ってるわけだ。オレも同じホテルに予約しちゃったんだもんね。

「どうしたんですか、こんなところで……」
「うん、今日からオレと譲で京都見物なんだ〜。2泊の予定で色々回るんだ〜」
「ごめん、橘先生……俺じゃ高耶を止められなくて……」
「いえ、いいんですよ、成田くん……成田くんの努力は私でもわかりますから……」

直江ってやさしーからな!いいって言ってくれてるし!

「仰木くん、ちょっとこちらへ」

直江に連れられてホテル内のお土産物屋さんのお店でヒソヒソ。

「どうして京都なんですか!」
「だって直江と離れるの寂しかったんだもん」
「だからって!私は仕事で来てるんですよ?どこに修学旅行に奥さんを連れてくる先生がいるんですか」
「ここにいるじゃん」
「は〜……」

なんか怒ってるのかな?

「とにかく修学旅行の邪魔はしないでくださいね。私と高耶さんの関係がバレたら大変なことになりますからね」
「うん、それはわかってるよ♪」
「では私はロビーに戻ります」
「なんで直江はホテルにいるの?」
「生徒が出払っていてもホテルには誰かしら先生が残っていないといけないんです。迷子になった生徒にはタクシーでホテルに戻るように言ってありますから、そこに誰も先生がいないのは不都合でしょう?」
「そっか」

だったら女子生徒にはベタベタされないってことかな?心配しなくて良かったのか〜。

「高耶さんはどこに行くんですか?」
「んー、直江がホテルにいるならオレも……」
「成田くんに決めてもらって出かけてください」
「……うーい」

やっぱ怒ってら。
心の狭い旦那さんだな。

ロビーに戻ったら譲がイライラして待ってた。謝ってから部屋に行って、荷物を置いて、近くにある二条城にでかけることに。

「あ!」
「なに、どうしたの?」
「直江の部屋がどこか聞くの忘れた!!」
「絶対に聞くな!!聞いたら離婚される恐れがあるから聞くな!!」
「なんで〜?」
「なんでも!」

旦那さんの部屋がどこか聞くのだけなのにな〜。それでも離婚原因になっちゃうなんて、そんなおかしな話はないだろーに。
譲はまだ結婚してないからわかってないんだ。

「それと、橘先生がダメって言ったらダメなんだからね。いくら高耶が奥さんだからって、先生は修学旅行であって遊びで京都にいるわけじゃないってこと覚えておいてよね」
「わかってるよ」

ぶーたれながら二条城へ。出かけにロビーで直江に会えるかと思ったらいなくて、残念な気持ちを抱えて出た。
いったいどこがいいのかわからない二条城、と思ったら、案外すごいとこだった。さすが将軍だ。
それから京都の観光を少しして、ホテルで夕飯を食べようって言ったオレを無視した譲と京都名物のラーメンを食い、鴨川を散歩して帰ったら夜の9時。

「直江にメールしよっと」

今日は一回しか直江に会えなかったからきっと寂しがってる。オレもちょっと寂しい。

『オレの部屋505号室だから、会いたかったら来てもいいよ』

なのに直江は来なかった。そりゃ直江が夜中まで先生の仕事してるってのは知ってるけど。
少しぐらい来てくれてもいいんじゃねえの?

「高耶、俺もう寝るよ〜」
「うん……」
「なんか2年前の修学旅行に似てる気がしなくもないけど、今回は俺は協力しないからね。橘先生に迷惑かけるわけにいかないから明日もおとなしく観光旅行だよ。いいね?」
「うん」

直江のバカー!!

翌日の朝、ホテルのバイキング形式の朝ご飯で直江に会えるかと思ったのに会えなかった。
修学旅行は別の大広間で朝ご飯なんだって。ホテルまでオレと直江の邪魔しやがって、くそ。

「さてと、今日はどこに行く?」
「どこでもいい」
「それじゃ俺が決めるよ。今日は比叡山。一日かかるけどいいよね?」
「いいよ。どうせ直江には会えないんだから」

比叡山か……勉強が苦手なオレにはまったく縁のない場所だよな。
修行でもなんでもしやがれってんだ。

 

 

比叡山から帰ると直江からメールが来た。

『今日はどこに行ってきたんですか?メールぐらいならしてもいいんですよ』

って。
奥さんを拒否しておいて何がメールぐらいなら、だ。ふん。

「高耶、今日の夕飯どうする?」
「オレいらない……適当にパンとか買って食うからいい」
「そんなに拗ねるなよ……じゃあ俺、牛丼屋とか探して行ってくるから。あ、あとお土産も買わないといけないから少し遅くなるけど、勝手なマネすんなよ?」
「うーい」

譲が出てってしまってますます寂しくなった。
部屋にいるのがイヤになってホテルの中をウロウロしたけどつまんなくて、直江にも会えないし、修学旅行のヤツらは楽しそうにキャーキャーやってるし、ムカついて出かけることにした。
適当に地下鉄に乗って、有名っぽい駅で降りて、そのへんをブラブラして、繁華街の定食屋に入って夕飯にした。

携帯を出して直江にメールの返事を出そうか出すまいか悩んで、ベンチに座ってたら声をかけられた。

「おにーちゃん、いくら?」
「え?」
「違うの?」

何が?

「まあいいや。おごるから酒でも一緒にどう?」

ガテン系の男の人で、いい人そうで、ちょっと顔もよくて、何かゴチしてくれるらしい。
うーん、どうしようかな。

「高耶さん!!」
「あ」

直江だ。なんだってこんな所にいるんだ?
オレなんかに構ってる暇ないくせに。

「帰りますよ!」
「ヤダ」
「言うこと聞きなさい!」
「ヤダ!これからこの人とお酒飲みに行くんだもん!」

そしたら直江はキッと顔を男の人に向けて強めの口調で言った。

「この子はうちの生徒です。私は修学旅行の引率で来ているんですが、それでもこの子を連れて行く気ですか?」
「いや、高校生とは思ってなかったんで……どうぞ連れ帰ってください」

そう言って男の人は走っていなくなった。なんだったんだ?

「こんなところのベンチで座ってたら間違えられて当然なんですよ!」
「何が」
「わかってないんですか……まあいいです。とにかく帰りますよ」
「帰らないって言ってるだろ!それに直江は修学旅行で、オレは観光旅行で関係ないじゃん!うちの生徒とか嘘ついてさ!なんなんだよ!」
「うちの元生徒でしょう。嘘じゃないです。それにあなたが修学旅行だなんて一言も言ってません。とにかく帰ります!」
「ヤダ!」
「もう夜10時半なんですよ!」
「知ったことか!!ひとりで帰れ!!」

ダッシュで逃げて夜の川原へ。追いかけてきたけど振り切って隠れて、ようやく川原にたどり着いた。
ちょっと泣いてから虫がたくさんいることに気が付いて、気持ち悪いから川原を出てテクテク歩いてホテルに戻った。

「あ、高耶、おかえり〜」
「ただいま……」
「どこ行ってたの?」
「んー、適当に散歩してた」

譲は何も知らないみたいだ。直江も譲には言ってないのか。

「明日はチェックアウトしたらすぐ帰るよ。俺、午後の授業には出るんだからね」
「わかった」

逃げてから電源を切った携帯には直江からのメールと着信がバカみたいにたくさんあった。
でもオレがホテルに戻ってきてからはそれもなくなり……きっと寝たんだ。先生だから。
直江のバカ。

 

 

「ただいま」

旦那さんが修学旅行から帰ってきた。
奥さんはあれから譲の午後の授業に間に合うように家に帰って、それから丸一日引きこもり。
旦那さんからのメールにも返事しないし、電話にも出なかった。

「高耶さん」
「………………」
「はあ……」

溜息をついた直江はそのまま着替えに寝室に。旅行のバッグから自分で洗濯物やその他を片付けて、全部終わらせてからオレが座ってるリビングの床に座った。

「どうして電話にも出ないんですか?」
「……怒ってるから」
「私が?」
「どっちも」

しばらく無言で向かい合ってて、とうとう我慢できなくなって泣いた。

「ひーん」
「仲直りしませんか?」
「する〜」

直江にギューしてもらって仲直り。

「あなたがあんなところで男に声をかけられてるのを見て、つい怒鳴ってしまって……ごめんなさい」
「あんなところ?」
「周りを見て気付かなかったんですか?あのへんは……その、ちょっといかがわしい場所で、あの男の人はあなたを買おうとして声をかけたんですよ」
「へ?」
「つまり、あなたとエッチするつもりで声をかけたわけです。それで逆上して怒鳴ってしまって」

そーだったのか……まったくわかんなかった。

「成田くんに高耶さんがいなくなったって話を聞いて、それで携帯のGPSを使って探したんです。成田くんには逐一報告していたから心配はかけていないと思いますけど」

何も知らないふりして暗躍してたのか、あいつは……。
さすが譲。

「本当は川原にいるのも知ってたんです。しばらく離れて見守ってたんですが……学校のこともあって早く戻らなくてはいけなくて、とても心配しましたよ」
「なおえ〜」
「今度は二人でゆっくり旅行しましょうね?」
「うん」

ずっと出来なかったチューをして、そのままお姫様抱っこされて寝室行き。
修学旅行について行っちゃったのは謝らなかった。だって何が悪いかわかんないし。
直江がもうちょっとオレに気を使ってくれたらいいんだ。

そう言ったら来年の修学旅行は「高耶さんに気を使う余裕がないと思うから来ないでください」って。
また寂しがらせるし、ケンカもするかもしれないから、だったら来ない方がいいですよって。
じゃあ来年からは我慢しよっと。

それに修学旅行の時期には必ず直江が1泊でどこか連れてってくれるって約束してくれたし。
なんか都合よく宥められてる気がしないでもないけど、甘やかしてくれるならそれでもいいや。

来年はどこをリクエストしようかな〜。

 

 

END

 

 
   

あとがき

おバカな奥さんはおバカだけど
魅力的なので、男は黙って見て
いられない証明になった旅行でした。

   
   
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