今日は直江の誕生日だ。
5月3日といえばゴールデンウィーク真っ最中。学校は休みで直江も家に一日中いられるステキな日。
「おはよう、直江!!」
昨日、いつものように学校から帰ってきた直江は普通に夕飯を食って、普通に風呂に入って、普通に寝た。
明日が自分の誕生日だなんて忘れてるみたいだった。
『また連休ですね。ああこれでゆっくり休める』
なんて溜息交じりで言ってたから。
「……もう起きる時間ですか?」
「うん、7時。いつもよりちょっと遅めだけどそろそろ起きろ」
「もう少し寝かせてください……」
ええ?!誕生日なのに?!
って、やっぱ忘れてるのかな?
まあいいや。とにかく起こしていつもと違う朝ご飯を食ってもらわなきゃ。誕生日だから張り切ったんだもん。
「おーきーろーよー」
「最近忙しくて疲れてるんですよ」
「起きろ!今起きないと朝飯食わさねえぞ!」
渋々起きた旦那さん。でもまだパジャマのままだ。
「着替えろって」
「……二度寝するつもりなんですけど……」
「ダメ」
パジャマのボタンをプチプチ外して無理矢理裸にした。そんで長袖Tシャツを出して無理矢理かぶせた。
「顔洗って来いよ。今日はサンルームで朝ご飯な」
「はい」
5分ぐらいして直江がサンルームにやってきた。
今日のメニューは値上がりしたバターをたっぷり使ったトロトロスクランブルエッグ、いつもは買うのに戸惑うちょっと高級な食パンを使ったトースト、高原でいい感じに育ったブタさんを使ったベーコン、給料日直後にしか買えないチーズ、ミキサーを使ってポタージュにしたコーンスープ、目が飛び出るほど高いトマトジュース、オレが自力で絞ったオレンジジュースだ。
「なんだかホテルの朝食みたいですね」
「箱根の富士屋ホテルを参考にしてみた」
「……私はそんなところ連れて行ってませんが?」
「結婚前に家族旅行で行ったんだ」
直江はふーんて言ってから椅子に座って食べ始めた。
どうだ、今日の朝ご飯は特別だぞ。何から何までオレが精魂込めて作ったり、小遣いはたいて買ったものだ。
「おいしいです」
「だろ?」
「どうしたんですか、こんな豪勢にして」
やっぱ全然忘れてるんだな。年を取ると自分の誕生日を忘れるってよく聞くけど本当なんだな。
「今日は直江の誕生日じゃん」
「あ!」
「何歳だか覚えてるか?」
「……31歳です」
それぐらいは覚えてますってちょっと拗ねたところが可愛かった。
「だから今日は直江のしたいことしていいぞ。あ、二度寝はナシな」
「……はい」
「昼寝だったらしていいけど」
「そうします」
朝ご飯が終わってリビングでコーヒーを飲み始めた直江にプレゼントを渡した。
これはオレが選びに選び抜いて、インターネットで買った逸品だ。
「おめでとー!これ誕生日プレゼント!開けてみて!」
「ありがとうございます、高耶さん」
感謝のチューをされてテヘってなって、包みを開ける直江を見てた。
「……なんですかコレ……」
「うん、見てわかるとおり、三国志Tシャツ!!」
ちょっと前に三国志にハマりすぎてた直江を見てて、それでコレを選んだんだ。
やっぱマニアだったら欲しいんだろうなって思って。
「オレ三国志よくわかんねえから、デザインが一番かっこいいやつにしたんだ。いいだろ?」
「……なんでよりにもよって『陳宮』なんですか……」
「へー、ちんきゅうって読むんだ〜」
悪役っぽくてかっこよかったんだ。他のはヒーローTシャツみたいでオレとしてはイマイチでさ。
やっぱ悪役っぽいのはかっこいいデザインなんだよな〜。
「高耶さん、よく聞いてください。陳宮は有名な軍師です。でもですね」
「あ、説明されてもよくわかんないからしなくていいよ。なあ、それ着て散歩行かねえ?」
「さ、散歩って……」
「ん?」
Tシャツとオレを見ながら目をウルウルさせてる直江。そんなに嬉しかったのかな。
なんで直江ってこんなにいい旦那さんなんだろう!
「高耶さん……」
「直江!オレ直江と結婚して良かった!!そんなに喜んでくれるなんて奥さん冥利につきる!」
「……はあ」
「な、散歩行こ。んでちょっと手繋いだりしよ?」
「はい……」
長袖Tシャツの上に陳宮Tシャツを着せて家を出た。
玄関を出たところで千秋に遭遇。
「……橘センセー、それ何?」
挨拶もそこそこに千秋がTシャツを見てそう言った。
「高耶さんからの誕生日プレゼントなんだ……」
「へ、へえ、そうなんだ。はは。いいもの貰ったな……陳宮かあ……マニアックでいいんじゃね?」
「千秋も三国志知ってるんだな!な?オレってなかなかセンスいいだろ?!」
「あ、ああ、いいんじゃねえか?」
それでまた散歩再開。清々しい朝、直江の誕生日、優しい旦那さん、可愛い奥さん、いい日だよなあ。
こんなに幸せなら毎日が直江の誕生日でもいいよなあ。
「なあ、今から俊介に会いに行こうぜ」
「俊介さんですか?ええ、そうですね、しばらく会ってませんし、行きたい……ですが」
「ん?」
「この服装で行っては……」
「大丈夫だよ。うちの親は服装どうこう言う親じゃないんだしさ」
それでも直江は気にするみたいにしてて、仕方がないから引っ張るようにして連れてった。
実家には電話を入れて今から行くって言って。
「いらっしゃい、義明くん」
父さんが出てきた。母さんは二度寝したそうだ。
「昨夜は俊介が夜泣きして大変だったんだ。父さんと母さんで交代で起きてあやしてて疲れたよ」
「そうなんだ?今は俊介は?」
「今はご機嫌だよ」
リビングにいた俊介はオレと直江の顔を見るとニコニコした。
オレたちがいつも遊んでやってるのを覚えたってことなのかな?
「直江、抱っこしてやれば?」
「はい」
直江が抱っこしたら最初は嬉しそうにバブバブ言ってたのに、ちょっと抱きなおして直江の膝に座って向かい合わせになったらいきなり泣き出した。
「どうしたんですか?」
「ふぎゃー」
「オムツでもないですし、お腹が減ってるわけでもないですし」
「うーん、義明くんのTシャツじゃないか?俊介は怖い絵が苦手だから。てゆうか、義明くん、なんでそんなにセンスの悪いTシャツを着てるんだ?陳宮って、あのどうしようもない軍師だろ?」
「お義父さん!」
直江が父さんに黙っててくれって感じで制止したけどもう遅い。
そーか、あのTシャツはセンスが悪いものだったんだ?しかもあのTシャツに描かれてる陳宮ってゆー人はどうしようもない軍師だったんだ?じゃあ直江は嬉しくなかったってことだったんだ?
「高耶さん!陳宮はその、どうしようもない軍師ではないですよ!たぶんその……ええと……人によっては男気があるとか、頭がいいとか、そういう類の軍師で……いやその、そう思わない人が多いですけど……とにかく私は高耶さんからのプレゼントならどんなものでも嬉しいということで!」
どんなものでも嬉しいってことは、そのTシャツはピンからキリで言えばキリの方ってことだ。
直江もそう思うから目をウルウルさせてたんだ。嬉しくてウルウルしてたわけじゃないってことか。
千秋も本当は直江を気の毒に思ってたってことか。
「オレは良かれと思ってプレゼントしたのに〜!うわーん!」
「高耶さん、だから私は嬉しいって言ってるじゃないですか!!」
腕の中には泣いてる俊介、隣りには泣いてる奥さん。
直江はどうしたらいいのかわからなくてオロオロしてたけど、結局は俊介を父さんに渡してオレを慰めることにしたっぽい。
ギューしてくれて、本当に嬉しいから泣かないでって。
「ホントに?」
「ええ、本当です」
「……じゃあソレ着てどこにでも行ける?」
「……それは……ちょっと……」
「ううう」
やっぱり!!センス悪いってことなんだ!!
「見てみろ、俊介〜。おまえのお兄ちゃんはどーしょもないTシャツを旦那さんにあげて、それが気に入らないとなると泣いて脅すようなマネをする、どーしょもないお兄ちゃんなんだぞ〜。俊介はあんなふうになるなよ〜」
「バブー」
「父さんのバカー!!」
「高耶がバカだからこうなったんだろ?あっはっは、おまえは相変わらずバカなんだな」
「うわーん!!」
直江に連れられて実家を出て、タクシーで家に帰った。
ずーっと泣いてたけど、家で直江にチューされたりギューされたりしてたら落ち着いてきて、1時間ぐらいで立ち直った。
「そのTシャツ、オレが着るからいい」
「でも」
「直江には新しいの買うし。もっとちゃんとしたやつあとで買いに行こう?」
そういうことで話がついて、誕生日の仕切りなおし。まだお昼前だからやり直しもきく時間だ。
せっかくの誕生日だから直江にはニコニコでいて欲しいもんな。
「んーと、じゃあ何しよっか」
「……一緒に昼寝しませんか?」
「誕生日なのに?」
「だから、一緒に昼寝です。昼寝の前にちょっとしたコミュニケーションもありますけど?」
ちょっとしたコミュニケーション?あ、そういうことか。
「どうですか?」
「うん、いいよ。一緒に昼寝する」
そんで寝室に行って、陳宮Tシャツをオレが脱がせて、誕生日エッチ……じゃなくて誕生日昼寝をした。
結局誕生日プレゼントはオレ♪みたいなことになっちゃったけど、最初からその予定もあったしまあいいか。
だからって昼ごはんも食べないで延々と夕方まで昼寝しちゃったのは反省だ。
昼寝とエッチだけで終わった誕生日にはしたくない。
「高耶さん、もう一回どうですか?」
夕飯は?!プレゼントの買い物は?!誕生日ケーキは?!
ちくしょう!!あのTシャツのせいでエッチと昼寝だけの誕生日になっちまった!
オレのバカ〜〜〜!!!
END |