珍しく父さんから電話があった。
『そろそろ高耶の誕生日だろ?せっかくのハタチなんだし、どこか連れてってやろうか?』
その「どこか」ってのは二十歳以上じゃないと行かれない場所。
パチンコ屋にはもう行ってるし、競馬場も卒業してから父さんと行ったし、あとはお酒が飲める店ぐらいかな?
2丁目のゲイバーは行った中には入らないからな。
「んー、じゃあ大人っぽいバーとか行ってみたい」
『バーな。ちょっと渋めのところと、オシャレなところとどっちがいい?』
父さんの言うことにゃ、仕事のお客さんでバーをやってる人が2人いて、片方はキレイなお姉ちゃんがカウンターにいる接客重視のお店、もう片方はデザイナーが設計したオシャレな内装が売りの見た目重視なお店だそうだ。
「オッサン臭くない方がいい」
『じゃあ後者だな。誕生日の日に義明くんと3人で行くか』
「え、当日は困る。直江が張り切って1泊旅行の予約してんだ。有給休暇使って」
『相変わらずおまえにメロメロなんだな……』
「そうみたい」
父さんと母さんだって似たようなもんじゃねーか、と思ったけど、そういえば母さんの誕生日だからって旅行まではしてないな。
やっぱ直江の方が大袈裟……じゃなくて、オレにメロメロってことにしておこう。
『だったらその週の土曜の夜にでもするか。待ち合わせは前日にメールでもするから』
「わかった〜」
電話を切ったところで直江が学校から帰ってきた。
「ただいま、高耶さん。電話ですか?」
「うん、父さんから。誕生日の週の土曜に飲みに行かないかってさ。直江も来るだろ?」
「いいんですか?」
「え?なんで?父さんは直江もって言ってたけど」
「いえ、親子で語らうことでもあるんじゃないかと思ったんです。二十歳になった記念に2人でこう……なんというか、息子と父親で真面目な話というか、男同士として飲む、みたいな」
どうしたらそんな美しい親子愛みたいなのがオレと父さんの間に存在する思考になるか知りたい。
あの父さんがそんなの持ってるわけないじゃん。
「それは有り得ないから。もしあったとしても何かのネタだろうし」
「……ですね」
よくわかってきたじゃん、直江も。ちょっと遅いけどな。
「オシャレなとこに連れてってくれるらしいから、服とか一緒に選ぼうな?」
「はい」
ようやくお帰りのチューをして、オレは夕飯の用意、直江は着替えて歴史番組の時間になった。
誕生日当日、朝から車で出かけて宿泊予定の伊豆へ。
温泉が目的ってわけじゃないんだけど、直江の希望で露天風呂が部屋についてる旅館になった。
オレはキリンにエサをやれる動物園だとか、バナナとワニがいるところだとか、カメがたくさんいるところだとか、そーゆーのが目的だったりするんだけど、直江に言わせると「微妙ですね」だそうだ。
どこが微妙なんだ!
オレはこれでも動物大好きだし、バナナも大好きだ!!
まったく直江はわかってねーな。
けど一番やりたいのはスキューバダイビング。前に直江と沖縄に行ったとき、楽しかったからまたやりたいな〜って。
そしたら優しい旦那さんが体験ダイビングを旅行に盛り込んでくれた。
「しゅっぱーつ!」
「出発の前に」
「なに?」
「お誕生日おめでとうございます」
家の駐車場で熱烈なチューをされて、このまま出かけないで家で甘えたい気分にさせられた。
でも行かないともったいない!
「直江、ちょー好き」
「私も高耶さんがちょー好きです」
「うひひ」
車は直江の上手な運転で伊豆に出発。
途中で何度か休憩しながら伊豆半島に入って、まず最初にバナナとワニだ。
バナナうまかった。ワニ怖かった。以上。
そんで次は動物園。
キリンでかかった。サル怖かった。以上。
お昼ごはんを食べてメインイベントのスキューバだ。
ダイバーショップに行って予約してた橘ですって直江が言うと、待合室みたいなところに通されて、準備ができるまであと10分ぐらい待っててくださいって。
そこには女子大生らしきグループがいて、たぶん一緒にダイビングするメンバーっぽい。
直江の方をチラチラ見やがって、おまえら女の考えてることなんかお見通しだっての。直江には1ミリも触らせないからな!!
「なあなあ」
「はい?」
ヒソヒソヒソ。
「あの女どもに話しかけられてもニコニコすんなよ?」
「しませんよ、奥さんの誕生日なのに」
「絶対すんなよ。したら今日で離婚な」
「今日は結婚記念日でもあるんですよ。離婚なんて事態にはなりません」
良かった。直江は相変わらず奥さんにメロメロでいてくれてる。
でも直江がわかってても、女どもが近寄ってきやがるからな〜。邪魔してやるがな、ヒッヒッヒ。
準備が出来てショップの車で港まで行って、そこからクルーザーに乗って沖まで。本格的だ。
沖に出る間に水着に着替えて、船上でちょっとした講習を受けた。
目的地に着くまでにはまだ時間がかかるらしいから、直江と舳先に行ったりして遊んでたら、思ったとーり女どもが近寄ってきやがった。
「今日はすごい暑いですね〜」
「どこからいらしたんですか?」
空々しい!直江が目的のくせに!だったら最初から「私たちをナンパしてちょうだい!」とか言っちまえよ!
そんなこと言われたら断固拒絶するけどな!
ムカムカしてたら旦那さんは女どもを華麗にスルーして、オレとの会話を続けた。ほとんど無視だ。
「うまくスルーしたな〜」
「当たり前でしょう。高耶さんが目的なんですよ、彼女たちは。そんな相手にニコニコしてられますか」
「オレじゃなくて直江だよ?」
「いいえ、高耶さんです」
そりゃ年齢はオレの方が近いけど、女にモテるのは直江、男にモテるのはオレってゆー役割があるわけで。
いや、別にそう決まってはいないけど。
「高耶さんの裸を見せなきゃいけないなんて、スキューバなんかするんじゃなかった」
「そう言うなよ。オレだって直江の裸を見られるの我慢してんだから。それにスキューバだと海の中で手を繋いで別世界をデートしてる気分になるし、悪くないだろ?」
「ええ、それはもう最高に楽しいですけど」
「だったら楽しもう!」
沖に着いてお待ちかねのスキューバだ。ウェットスーツを着てタンクをつけて……。
とにかく直江と手を繋いで海の中をランデブーして楽しかった。
女子大生ぶっちぎりで2人の世界に入ったりしちゃったし。キレイで可愛い魚がいっぱいだった。
「魚、可愛かったな」
「高耶さんの方がずっと可愛いですよ」
「もー!」
それでも女子大生たちはアプローチを諦めない。直江が目的っぽいんだけど、オレにも話しかけてくるし。
そしたら直江は目は笑ってないんだけどニッコリして、うまいこと女子大生たちをかわしてくれる。
ショップに戻ってからも積極的な美人がオレに「時間があったら一緒にお茶でも」と悩殺スマイルをかましてきた時だって、「時間はありませんから」と冷たい口調でニッコリしてシャットアウトだ。
「やっぱり高耶さんが目的なんですね」
「直江だよ。オレなんかより直江の方がずっとかっこいいし」
「いえ、高耶さんです。私なんか霞んで見えるほど魅力的なんですから」
この場で抱きつきたかったけど我慢した。車に戻ってからたくさん抱きついてやろっと。
で、ショップを出て駐車場に停めてた車に入ってからチューした。
「甘えたい〜」
「じゃあ旅館に行きましょうか。私も高耶さんをギューってしたいです」
「早く行こう!」
「はい!」
高級旅館に着いてから、女将さんだの仲居さんだのの話を上の空で聞いてから、2人きりになった部屋でベタベタした。
チューもたくさんしたし、ギューもたくさんした。
「エッチもしたい」
「ぜひ」
露天風呂で塩っぽい体を洗って、ついでというかメインというか、エッチもした。
直江ってばいつもより燃えてたな〜。やっぱ誕生日に旅行っていいかも。毎年の邪魔者もいないしさ。
お風呂でエッチしたらちょっと疲れて、少し寝たいって言ったら布団を出してくれて、直江に頭を撫でてもらいながら昼寝。
あ〜、なんていい誕生日だ!!
夜は海岸の散歩がいいですよ、なんて女将さんに言われたから、手を繋いで真っ暗な海岸を散歩した。
花火をやってるグループもあるし、寄り添って歩いてるカップルなんかもいたけど、オレたちが一番仲良し。
誰も見てない隙にチューもしたし、直江がお尻を触ったりもしたし、こんなに幸せなカップルは世界中のどこを探したってオレたちしかいないってぐらい幸せだった。
散歩も終わって部屋に戻って、直江に「誕生日ですから」って言われてお酒を飲ませてもらった。
ビールは苦くてダメで、ワインは渋くてダメだから、あとは部屋に運んでもらえるお酒となると日本酒しかない。
仲居さんに聞いてみたら、日本酒でも飲みやすいのがあって(一番高いけど)それならきっと大丈夫でしょうってことで、ちょっとだけ試しに飲んでみた。
「……メロンジュースみたい」
「そうですね。蔵出しの生酒ですって。もう少し飲んでみますか?」
「うん」
甘めの口当たりでオレでも大丈夫だ。
お猪口に2杯飲んで、ちょっとホンワカしてきたんだけど……下半身もホンワカしちゃった。
「直江」
「なんですか?」
「お酒って、エッチしたくなるものなのか?」
「……そういう人もいますね」
「じゃあオレそっち側の人だ。直江は?」
「私は……特にそういったものはありませんが……奥さんがご希望ならなんだってしますよ?」
無言で抱きついてチューして、布団が敷かれた部屋に連れてってもらって。
お酒を飲んだ自分の体が自分じゃないみたいで驚いたけど、すっごく気持ちよかった。
お酒のせいだけじゃなくて、直江が優しいからだろうな。
「オレ、いい奥さんになるからな」
「とっくにいい奥さんですよ。最高の奥さんです」
「なおえ〜」
誕生日にいい思い出が出来て、毎日がウキウキで楽しくて、旦那さんも相変わらず優しくて、二十歳になったオレは順風満帆。
土曜の父さんとの約束もバーも楽しみだった。
直江とオシャレな服を選んで着て、待ち合わせの繁華街の駅前に。
「よう、高耶」
「とーさん!」
「なんだ、2人してオシャレして。お似合いのカップルみたいじゃないか」
「お似合いのカップルなんだもん」
ノロケやがってこの〜、と、からかわれてからちょっと歩いてオシャレバーに着いた。
父さんの会社がこの店の設計とインテリア以外のいろんなデザインをやったらしい。名刺やメニュー、コースターなんかの印刷物のデザインだそうだ。
へ〜、父さんて案外ちゃんと仕事してるんだ〜。
「どうだ?いいお店だろ?」
「ええ、雰囲気がとてもいいですね」
オレはよくわかんないけど、直江が褒めてるんだったらいいお店なんだろう。
父さんはお店の人に「息子とイトコ」とオレたちを紹介して、テーブル席で飲み始めた。
この前の誕生日旅行で日本酒を飲んだって話をしたら、ここはカクテルがうまいから甘いのを飲んでみればって言われて、ジンジャーエールを使ったカクテルを頼んだ。
甘くてスッキリしてて美味しかったんだけど……オレはあっち側の人間だってことを忘れてたんだな。
「直江……」
「なんですか?」
「帰りたい……」
「え?」
「高耶、もう帰りたいのか?まだ来て1時間も経ってないぞ?具合悪いか?」
2人が心配そうにオレを見てる。
具合が悪いわけじゃなくて、えーと、その……下半身がホンワカしちゃってんだよな。
オレ、もしかしたら直江の前以外ではお酒飲んじゃいけない人間なのかも。
「アレが来た、直江」
「アレ?……ああ、アレですか。じゃあ帰りましょうか?」
わかってくれたらしい。
「なんだなんだ?どうしたんだ?」
「お義父さん、申し訳ありませんが私たちはこれで帰らせていただきます。高耶さんがちょっと酔ったみたいで」
「酔いに来てるんだろうが。まだ帰るなよ」
「いえ、このままだと高耶さんが困ってしまいますから。じゃあ」
引き止める父さんをどうにか説得して店を出た。
「お酒でエッチがしたくなるなんて、可愛い奥さんですね」
「早く帰ろうよ」
「帰ったらたくさん可愛がってあげますよ」
「バカ……」
タクシーで家に帰って、そのまま玄関でチューしてスリスリしてエッチなことして……。
直江が嬉しそうだったのが印象的だった。玄関が好きなのか、こいつは。
それからというもの、直江がエッチしたい夜は必ずオレに酒を飲ませるようになった。
夕飯の後に梅酒やチューハイを出された日は「エッチさせてください」って意味だ。
やけにニコニコするから飲まないといけない気分になるし、飲んだら飲んだで期待に胸を大きく膨らませてる直江がいるし。
二十歳の誕生日だからってお酒を飲んじゃったのは失敗だったかな?
毎日毎日毎日毎日、梅酒ばっかり出してんじゃねーよ!!
END |