奥様は高耶さん



第25


家族旅行とオレ

 
         
 

 

日曜日、直江と一緒にオレの実家に遊びに行った。直江の目的は俊介の子守だ。

「相変わらず可愛いですねえ。癒されます……」
「バブー」

抱っこしてスリスリして癒されるのか。それ、奥さんにもやってるけど癒されてはいないのか?
なんかムカつくなあ。

「オレは?オレは直江のこと癒してる?」
「ええ、もちろん。高耶さんの顔を見るだけで癒されてますよ。温かいご飯と高耶さん、冷たいビールと高耶さん、歴史番組と高耶さん……高耶さんがペアになると何でも最強の癒し効果がありますから」
「へー、そーなんだ!」

脇で父さんと母さんが「???」ってゆうマークを頭の上に飛ばして眉をひそめたけどなぜだろう?
直江が何かおかしなこと言ったかな?

「ところで義明くん」
「はい」
「お盆なんだが、何か用はあるかい?」

父さんが直江に質問タイム。直江と父さんはまあまあ仲がいい。母さんと直江は上下関係バリバリだけど。

「お盆は特に。私もお盆休みで1週間学校がないので、今年は家でのんびりしようと思ってたんです」
「じゃあ家族旅行に行かないか?」

家族旅行?

「うちと義明くんと高耶で。母さんが海へ行きたいって言うから、宮古島のホテルを取ってあるんだ。家族用のスイートが仕事関係のコネで取れたからみんなで行けると思ってな」
「沖縄ですか。いいですね」
「オレも行きたい!!」

直江と沖縄行ったことある。楽しかったな〜。また行きたいって思ってたとこだったんだ!

「部屋代は安くしてもらってるからこちらで持つよ。飛行機のチケットはもう予約してしまったから、義明くんが高耶の分と二人分、新しく予約して自己負担してくれればいいから」
「飛行機代だけでいいんですか?」
「いいよ。とんでもなく低価格な部屋なんだ」

どんなボロなんだろう?と思ってパンフを見たらキレイなホテルだった。
父さんがこのホテルの仕事を請け負ってて、いつも安く仕事してもらってるからって部屋代をビックリ価格にしてくれたんだって。

「じゃあお言葉に甘えます。すみません、お義父さん」
「たまには息子夫婦に父親の威厳を見せないとな!はっはっは!」

威厳のカケラもない父さんだけど、今日だけは後光が差してる。
ありがたや、ありがたや!

 

 

そんで直江と一緒に飛行機のチケットを買いに駅前の旅行代理店に。
カウンターのお姉さんに出発日の便を調べてもらったら……。

「この日は……そうですね……国内線のファーストクラスでしたらお二人様空いてますが」
「ファーストクラス……?」
「はい。国内線ですから仰々しいものではありませんけどね」

ファーストっつったらお金持ちしか乗れない席だ。セレブの中のセレブが乗るような。
節約してる橘家三男の家庭としてはファーストはちょっと……でも他に空いてる便だと夜か別の日になるしな〜。

「おっし!ファーストでいいや!」
「え?いいんですか?贅沢はしないって言ってたじゃないですか」
「大丈夫!直江のボーナスもあるし、オレのへそくりもあるし!お姉さん、ファースト2丁お願いします!」
「かしこまりました」

国内線ファーストクラスの特典は、まず飛行場でラウンジの利用ができる。席が広々。1席ごとにテレビがついてる。
行き帰りの時間が合えば機内食も出る。
すっげー。豪勢〜。

「チケット買えて良かったですね」
「うん!」
「しかし高耶さんにへそくりがあるとは知りませんでした」
「ははは。でもファーストの支払いで全部なくなっちゃうな」

こんな時のためのへそくりだから使って上等だ。待ってろスイート!!

 

 

 

「……替わりなさいよ」
「ヤダ」

なんとオレたちの取ったチケットは父さんたちと同じ便だった。飛行場で鉢合わせしてさっそく母さんが無茶を言い出した。

「あんた、親よりもいい席に座るなんて49631年早いのよ!ファーストを引き渡しなさい!」
「うるせえ!オレと直江の金で買ったんだ!誰が替わるもんか!」

父さんたちはエコノミー。しかも母さんは俊介を抱っこして乗るから狭いったらありゃしないそうだ。

「まったく親不孝モノの息子ね!」
「息子のものを取り上げようとする親の方が問題だ!」

こんな家族と旅行なんて失敗したかも、と思って気が付いた。
美弥がいない。

「あれ?美弥は?」
「ああ、美弥は来ないって。甲子園に行ってる」
「甲子園?」
「彼氏が高校球児だろ?だから友達グループと甲子園に応援に行ってるんだ」
「へー。せっかくのスイートなのにもったいないな」
「ハハハ」

父さんの乾いた笑い声が響いたような気がしたけど……なんだろう?
まあいいか。さっそくファーストクラスに乗り込もう。

で、飛行機に揺られて(?)宮古島へ。タクシーで目的のホテルに着いたんだけど。

「えーと、これはホテルとは言わないんじゃないでしょうか」
「……おい、オッサン。騙しやがったな……」

父さんが連れて来たのはパンフにあったホテルなんかじゃなくて、コンドミニアムってゆーマンションみたいなやつだった。
別荘的なやつだから何から何まで自分たちでしなきゃいけないってゆーやつ。
それで美弥は甲子園に行った、のか?

「あれ〜?間違えたかな〜?」
「わざとらしい!だから宿泊費がゲロ安だったんだろ!おい!何か企んでねーだろうな!」
「企んでないさ。父さんは誠実な男だからな」

もう二度と絶対に信用しない!父さんなんか直江のツメの垢を煎じて飲めばいいのに!!

「ほら、行くぞ」

ブーブー文句を垂れてみたけど無駄だった。
そしてオレはさらなる騙しにあった。エレベーターが3階に止まった時。

「じゃ、父さんたちは5階だから。高耶たちはこの階な」
「え?!」
「それとこれが俊介バッグ。これに全部入ってるから」
「じゃあ義明くん、俊ちゃんをお願い」
「はあ?」

直江にベビーカーの俊介、オレにバッグを渡してエレベーターのドアが閉まった。閉まった刹那に「父さんたちは新婚気分を味わうからよろしく〜」って聞こえた。
これはもしや……。

「俊介さんの子守を押し付けられたってことですかね……」
「オレたち、ベビーシッター代わりに連れて来られたのか……」
「そのようです……」

ベビーカーの俊介は父さんと母さんがいなくなったわりに楽しそうで、バブバブと何か喋ってる。
直パパとオレがいれば俊介の機嫌がいいのはわかるけど、なんて不憫な子なんだ!

「俊介!お兄ちゃんはおまえを愛情たっぷりに育ててやるからな!だからグレるなよ!」
「バブー」

色んな意味で泣きそうになりながらオレたちの部屋を探した。部屋は一応海側にあって、キレイな海が一望できる2LDKだった。

「まあまあいい部屋じゃないですか」
「けどご飯も掃除もオレたちでやんだぜ?買い物だってしなきゃいけないし」
「食事は外食でもいいですよ」
「俊介がいたらそうもいかないだろ。それに海だって俊介がいたら遊べないしさ。こんな0歳児を炎天下に連れて行くなんて可哀想だ」
「工夫すればいいと思いますけどね」
「む〜」

荷物を出して整理して、まずは俊介を涼しい部屋に寝かせた。
こんなに可愛いのにあの親どもは何を考えてやがんだって怒ったら、たまには新婚気分に戻りたいんですよって直江がフォローした。こいつもグル……なんてことはないか。

「最初の子育てが終わって、それからまた小さな赤ちゃんが生まれて……二人きりになる時間がたまには欲しいんですよ。私たちはいつも二人きりでしょう?だからこそ、高耶さんにもわかりますよね?」
「……わからん」

だってこんなに可愛いのに!まだ赤ちゃんなのに!

「父さんたちヒドイよな!な、俊介?!」
「ウキャキャー」

笑ってる……そうか、俊介には日常茶飯事なのかもしれない。
毎日オレが子守してる間、母さんは昼寝だもんな。夜泣きするから眠いのよとか言って。
それじゃお兄ちゃんになついちゃうのも当然、なのかな?

「俊介さんも大好きなお兄さんといられて楽しそうですし、こうなったら出来る範囲で楽しみましょう」
「そーだな」

で、直江が提案してきたのがレンタカーでドライブ、浜辺の散歩、ショッピング。

「これなら俊介さんと一緒に楽しめるでしょう?」
「さすが旦那さん!いいアイデアだ!」
「地図を持ってますから、どこに行くか決めましょうか」
「うん!」

んでその日はレンタカーでドライブして名所なんかを見た。
俊介のミルクも離乳食も準備してから出かけたから、浜辺の木陰にシートを敷いてお昼ごはんを食べたりもした。
なんだかんだで楽しい観光が出来たんだ。
俊介も直江に異常になついてずっと甘えてたし。

夕方にコンドミニアムに戻って俊介を寝かせて、今度はオレの番だ。

「なおえ〜」
「なんですか、そんなに甘えて」
「俊介ばっかり甘えてるからズルイな〜と思って」

直江からは甘ったるい匂いがした。俊介の匂いが移ったんだな。それすらも悔しい。
でも弟に、しかも赤ちゃんに嫉妬してもしょうがない。

「じゃあ高耶さんにも思う存分甘えてもらいますか。旦那さんとしては奥さんが一番大事ですからね」
「う〜」

しばらくくっついてイチャイチャしてたのに、俊介が起きてぐずりだしたから仕方なく離れた。
オムツかミルクかと思って直江が色々やってみたんだけど、全然俊介の機嫌は直らない。
この泣き方は甘えたがってるんだろうな。

「貸して。オレがあやすから」

抱っこして部屋の中をウロウロ歩き回って話しかけたら機嫌が良くなってきた。

「やっぱりお兄ちゃんが好きなんですね」
「そりゃそうだろ。毎日一緒にいるんだから」

けど何かを思い出したみたいにたまに泣きそうになる。うーん、これはオレじゃなくて母さんがいいってことか。
悔しいけど母親が一番だよな〜。

「携帯に電話してお義母さんに引き取ってもらった方が良くないですか?」
「うん、それがいいと思うけど……」

電話してみたんだけど、今は父さんと二人でクルーズ中の海の上だそうだ。
今すぐは戻れないからしばし待て、だそうだ。

「まったくもう!母親の自覚あるのか!」
「怒ってもしょうがないですよ。可哀想なのは俊介さんですから、私たちでたくさん甘えさせてあげましょう」
「うん……」

オモチャやミルクで気を引いて、どうにか俊介は立ち直った。
こんなに可愛くていい子なのに、なんで置いてぼりにするんだ!!

2時間後、満足そうな顔をした両親がオレたちの部屋に来た。
反してオレたち夫婦はゲッソリしてる。

「おかげさんで楽しいひと時を過ごさせてもらったぞ。すまんなあ」
「すまんじゃねえよ!俊介がいったいどんな気持ちでいたかわかんねーのか!」
「だからこうして引き取りに来たんだろうが。明日も明後日もおまえたちに預けるつもりでいたんだが、俊介がグズるってことは高耶の子守もたいしたことないみたいだし、今日限りでいいぞ」

おおおい!!なんだそのオレたちを見下した態度は!
子守してくれてありがとうって言うのが普通じゃないのか!!

「はー、高耶はダメだなあ」
「どのツラ下げてそんなこと言うんだ!」
「そうねえ、俊ちゃん、お兄ちゃんじゃダメねえ」
「バブー」
「俊介まで!!」

暴れそうになったオレを直江が取り押さえて、早く戻ってくださいっつって父さんたちを逃がした。
なんで暴れさせてくんないんだ!!

「暴れたって虚しいだけですよ。まあ油断はできませんが、これで子守はしなくて良くなったようですし、私たちは夕飯にでも出かけましょう」
「……うん」

今度はオレの機嫌が悪くなったから、直江がおいしい夕飯で釣ろうとした。
電話でホテルのレストランを予約して、タクシーを呼んで食べに出かけた。
レストランはちょっと高級なところで、沖縄名産の食材でウンタラカンタラってゆー豪華なメニュー。
一発で機嫌が直って優しい旦那さんと二人で夜の海を眺めながら食べた。
そうだよ、リゾートっつったらコレだよな!

「ちょっと待っててくださいね」
「ん?うん」

デザートのシャーベットを直江のぶんも貰って食ってたら、直江がレストランを出ていった。
10分ぐらいで戻ってきて、なんと部屋の鍵を渡された。

「……なにこれ……」
「このホテルの部屋を取りました。ちょうど空いてたので」
「マジで?!」
「ええ、3泊ぶん。スイートですよ」

本物のスイート!!

「無駄遣いって怒られるかと思いましたけど、明日も明後日もベビーシッターさせられるなら、逃げてしまった方がいいでしょう?お義父さんたちは明日からは俊介さんの面倒を見るなんて言ってましたけど、たぶん嘘ですから。子守は1日で充分ですよ。このまま最終日まで逃亡して二人で楽しみましょう」
「……直江、ナイス!!よくやった!さすがオレの旦那さんだ!!」

俊介の面倒を見ないなんて親として失格だからな!親子3人で楽しまないと俊介がかわいそうだ!
これも俊介のためだ!!

「じゃあ私はコンドミニアムに戻って荷物を持ってきます。高耶さんは部屋でゆっくりしててください」
「はーい」

1人で部屋に行くと本物のスイートで、寝室も2部屋あるし、お風呂も立派なのがあるし、リビングにはウェルカムフルーツがおいてあるし、冷蔵庫にはワインやビールがきっちり入ってる。
無駄遣いは無駄遣いだけど、こうゆう無駄遣いならたまにはいい。どうせ直江の貯金から出るんだもんな。

「ふは〜。ソファも最高だ〜」

フルーツを食いながらワインを出して、オレンジジュースで薄めて飲んだ。ワインは甘いジュースで薄めると美味しいってのを発見したな。オレって頭いい〜。
早く直江も来ないかな〜。

 

 

「高耶さん、荷物持ってきましたよ。運んで…………。どうしたんですか……?」
「にゃおえ〜」
「もしかして……お酒飲んだんですか?」
「うん」

テーブルの上にあるワインボトルを見て直江が溜息をついた。

「それで酔っ払って、ホンワカしてしまって、裸になってるんですか」
「うん」

お酒を飲んだらまた全身がホンワカしてきて(特に下半身が)つい裸に。
やっぱオレは直江以外の人間の前でお酒は飲めないな。

「しょうがないですねえ……」
「直江、一緒にお風呂入ろ〜」
「はいはい」
「抱っこも」
「はい、奥さん」
「イヒヒ」

そこから先はご想像通りだ。

 

 

『あんたたちどこにいるのよ〜!!!!』

母さんからお怒りの電話がかかってきたけど居場所は教えなかった。
直江の予想通り、翌日も俊介のベビーシッターをやらせるつもりでオレたちが泊まってるはずの部屋に行ったらもぬけの殻で、コンドミニアムの管理人さんから「橘さんだったら出ていきましたよ」と言われて怒り心頭になったらしい。

「俊介が可哀想だろ!オレたちにベビーシッターさせんな!オレたちはオレたちで楽しむから俊介といてやれ!」

どうだ、正論だろう!文句は言わせないぞ!

『親不孝モノ!』
「育児放棄ババア!」
『なんですって〜!帰ったら覚えてなさい!』
「へーんだ。忘れちゃうもんね〜」
『ムキー!』

怒り狂った母親を無視して電話を切って、ついでに電源も切った。
これでオレと直江は宮古島を満喫できるってもんだ。持ってきた水着も無駄にならないぞ。

「じゃあそろそろビーチでシュノーケリングでもしましょうか。プライベートビーチですからお義母さんたちも入ってこられないですし、見つかりませんよね」
「やったー!!直江、大好きー!!」

オレたち夫婦も満足、俊介も母さんといられて満足、これでいい旅行になるぞ〜。
夏休み旅行バンザーイ!!

 

END

 

 
   

あとがき

家族旅行という名の
ベビーシッター。
旦那さんの活躍が少ないのが
不満でしょうけど許してください。

   
   
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