久しぶりに譲と会った。そしたら譲は現在教習所に通ってるらしく、着々と免許証への道を歩んでるそうだ。
免許があれば車でドンキもジャスコも回転寿司も行き放題なんだって。
それにひとりでフラッと旅に出ることなんかもできちゃうぜ、高耶……だって。カッコイイ。
「オレも免許取りたい」
「ダメです。高耶さんは運転なんかしなくても、私がどこへでも連れて行きます」
「だって1人でジャスコ行ってもたくさん買えるし、ドンキで羽毛布団セットも買えるし、それに俊介を連れていろんなとこに行ける」
「全部、私が、連れていきます」
こんなに合理的な説明してんのになんで直江はダメダメ言うんだ!
「ケチ!」
「ケチとかいう問題じゃないんです。まずあなたに運転させたくありません。危ないから」
「ちゃんと運転できるもん!」
「……そうは思えないんですが……」
むー!なんて言い草だ!旦那さんのくせに!
「それに免許を取るには筆記試験というものがありまして」
「頑張るもん!」
「暗記が苦手な生徒が私のクラスにいましたが?」
「……むむ〜」
そりゃ暗記は苦手だけど、免許と勉強じゃ違うだろうに。
オレだってやるときゃやるんだよ!
「免許取る!」
「ダメです」
「勝手に取るもん!」
「免許を取るにもお金がかかるって知ってますか?」
「ハッ!」
そうだった。免許を取るのに年齢プラス10万円てゆーもんな。つーことは30万か。
ヘソクリはこの前の旅行で使っちゃったし、生活費から搾り出すにしても全然足りないし、直江の貯金をアテにするしかないってことか……。
「いいもん!ぉ父さんに頼むもん!」
「あのお義父さんが出してくれると思いますか?」
「ふーんだ。見てろよ」
電話の受話器を取ってピポパした。
「もしもし?ぉ父さん?うん、高耶。あのさ、ええと……免許を取りたいって旦那さんに頼んだんだけど、ダメって言うんだ。危ないしどうせオレじゃ無理だってゆってお金出さないって。ひどくない?え?マジ?免許のお金、出してくれるの?!本当?!」
「え?!ダメですよ、高耶さん!替わってください!!」
替われってゆーから電話を替わった。ヒヒヒ。替わって驚け。直江め。
「もしもし、お義父さんですか?高耶さんに免許は取らせませんよ。お義父さんも危ないと思うでしょう?」
『……おまえは大事な嫁さんのために金も出さんのか!!!』
「お、お父さん!!」
そうなのだ!オレが電話をしたのは仰木家のお父さんではなく、橘家のお父さんなんだな!!
じゃんじゃん怒られてくれ!!はっはっはーだ!
『高耶くんが免許を取れば色々とやれることがあるだろうが!それを勝手に無理だの危ないだのと言って、金を出さずに高耶くんを経済的に虐待してるのか!男の風上にもおけん!!』
「ですが!」
『おまえが出さないのなら俺が出す!高耶くんはおまえの嫁さんでもあるが、俺の息子でもあるってことを忘れるな!!』
「は、はい……」
電話を切った直江をニヤニヤして見たらすっごい怒ってた。でもオレに文句を言おうもんならまたお義父さんに言いつけて怒ってもらうのがわかってるらしくて一言も言わない。
「免許〜♪」
「そこまで言うなら免許取りたいだけ取ってください。お金も私が出します」
「トーゼンじゃん♪」
「……心配で言ってるのに……」
「奥さんをなめんなよ」
「………………」
で、オレはさっそく免許を取るための書類を用意して教習所に。
テキストをもらって初日から学科の勉強だ。
結婚前からバイクに興味あったし、いつも直江に運転してもらってるから交通ルールも少し知ってたし出だしは好調だ。
適正検査もバッチリで動体視力もなかなか。
「教習所、楽しかった」
「そうですか。私はまだ反対ですけど、いい経験にはなると思いますから頑張って」
「うん」
旦那さんもようやく理解を示してきたようで良かった良かった。
専業主婦だし時間もたくさんあって教習はサクサク進んだ。学科も思ったより簡単だし心配してた暗記も余裕。
奥さんはソッコーで仮免許まで行ったとさ。
仮免許が取れたから今度は路上教習。何度か受けてるうちにコツだとか車の流れだとかがわかってきて、教官ブレーキも踏まれなくなってきた。
今日も免許を取りに教習所へ出発だ。せっかくの日曜だけど旦那さんには留守番しててもらおう。
「気をつけてくださいね」
「うん、大丈夫。オレ、これでも運転うまい方だよ?」
「高耶さんの身に何か起きたら生きた心地がしませんから」
「気をつけるってば」
「終わる頃に迎えに行きますから、帰りに一緒にお昼ご飯食べましょう」
「うん!いってきまーす!」
直江の心配もよそに、オレは路上教習へゴーした。
今日の教官は村上先生。50歳近いオッサン先生だ。これでこの教官は3度目だったかな?
「まずは国道に出てみようか」
「はーい」
クラッチ踏んでアクセル踏んで、教習所から国道へ続く坂道を登った。
んで国道に出るとそのまままっすぐ郊外の方へ。いつものルートだ。
「今日は道が空いてるから少し遠目に走っても大丈夫だな」
「はーい、がんばりまーす」
国道から左の道に入って、って言われたから、言われたまま左の道へ。ちょっと狭くなったけど、まだまだ余裕の4車線で、おかしな煽りも受けないし、運転も標識も間違えずに進めた。
毎度ちょっと怖い踏切を越えて、2車線の道路になった。
「じゃあ仰木くん、そこの脇道に入って。左側のね」
「はーい」
脇道に入るといきなり1車線道路になった。対向車が来たら脇に避けて譲り合えってゆー感じの。
対向車が苦手だから来るな来るなと思ってたら、とうとう来てしまった。ついてないな。
「左に寄せて」
「え〜、左に寄せても狭くて通れないかも」
「ああ、そうだね……じゃあ……そこの駐車場にいったん入ろう」
左側に建物があって、そこの屋内駐車場に入って対向車を先に行かせようとしたんだけど。
「あ、そのまま駐車場に車を入れてみよう。駐車はできるね?」
「できまーす」
「バックして。そうそう。うまいうまい。はい、オッケー。じゃあ降りて」
「え?降りるの?」
「そうだよ」
なんか疑問だったけど降りた。屋内駐車場の中でうまく駐車できたかチェックしてたら、車を入れたところの扉が閉まった。
「え?え?」
「立体駐車場ってやつだよ」
車はエレベーターみたいな扉の向こうに……乗れないじゃん……。
教習はどうなんの?
「じゃあ行こうか」
「どこに?」
「どこにって、ここまで来たらわかるだろう?行くよ」
強引に腕を引っ張られて、なんかよくわかんないけど駐車場からの通路で玄関みたいなところへ。
受付みたいなのがあって、たくさんの部屋の写真が貼ってある看板みたいなのがチラッと見えてて……。
「んーと、んーと……ここ、何?教習と関係あるの?」
「仰木くんが私と一緒に来れば、3回分の教習を受けたことになるよ」
「マジで?」
「ああ。ここで待ってなさい」
「はーい」
いまいち理解ができないけど、3回分の教習を受けたことになるんだったらいいか。
とりあえず待つ。
「高耶さん!!」
大きな声がした。直江の声?なんで?
振り向いたら直江がいた。顔がちょー怒ってる。いったい何が?
「どうしたんだ?!」
「帰りますよ!!」
「なんで?!」
「いいから!!」
腕を引っ張られて直江に連れ出されようとした。でもまだ教習中だし、今帰るわけには……。
「オレまだ教習中なんだよ!」
「こんな教習なら受けなくていいです!!」
グイグイ引っ張られながらも抵抗したんだけど、直江に腕力で敵うわけもなく、外に停めてあったうちの車に押し込んで乗せられた。
「旦那さんだからってこんな真似していいと思ってんのか!!」
「旦那さんだからしていいんです!!」
「横暴だ!」
「そう思うなら建物をご覧なさい!!」
言われて建物を見たら……『ラブホテルミラージュ』って書いてあった。
ラブホテル?この建物が?
「どうゆうこと?」
「あの教官が高耶さんをラブホテルに連れ込んで、エッチなことをしようとしてたんですよ!」
「ええ〜〜!!」
「許さん……!!」
奥さんの貞操は旦那さんに守られた……のか?
「どうして気が付かなかったんですか!ラブホテルって看板に書いてあったでしょう!それともハンコが欲しくて体を差し出すつもりだったんですか!」
「そんなわけないじゃん!直江以外のヤツとエッチなんかしないよ!」
車の中で振り返ってホテルを見たら、さっきの駐車場は裏口になっててラブホってわかる感じじゃなかった。
オレが気が付かなくても当然な感じ。
あの教官に襲われちゃうとこだったのか〜!
「……ふえ〜ん!」
「やっと自分の状況がわかったんですか?」
「なおえ〜」
「心配で後をつけてきていて良かった……今日に限って胸騒ぎがしたんですよ。教習所からずっと後ろを走ってたんです。私の勘もまんざらではないですね」
信号待ちでチューして頭を撫でてもらって、直江の運転で教習所に戻った。
「なんで教習所?もうこんなところ来たくないのに」
「やらなきゃいけないことがあるでしょう」
「???」
直江と一緒に教習所に入った。カウンターのお姉さんに直江が「所長をお願いします」と言いながら名刺を出すと、一回も見たことのないオジサンが出てきた。これが所長らしい。
「なんでしょうか?ええと、ああ、上杉高校の先生ですか」
「はい、橘と申します。ここでは少し憚られる話なので人目のない所でお願いできますか?」
「は、はあ……」
「仰木くんも一緒に」
仰木くん?高耶さんじゃなくて?何するんだ?
所長室に入ると直江はおもむろに携帯電話を出した。
「先ほど、ここの教官がこの仰木くんをラブホテルに連れ込みました。私はたまたま通りがかったのですが、元教え子が教習車でラブホテルに入るなんておかしいと思ってつけてみたら……。ほら、これが証拠です」
なんと携帯電話のカメラでオレと教官がラブホに入るところを撮ってた。
教習車がラブホに入ってくところ。
オレと教官が駐車場で駐車チェックをしてるところ。
オレが無理矢理腕を引っ張られてラブホの受付に連れて行かれるところ。
「仰木くんをうまく騙して連れ込んだんですよ!私が通りかからなかったらこの純情な仰木くんはどうなっていたか!性的関係を強要してハンコを3回分押すとまで言われたんですよ!私も聞いていました!」
「お、落ち着いてください、橘先生」
「これが落ち着いていられますか!私の可愛い教え子が襲われるところだったんですよ!」
直江は教師モード全開で所長に詰め寄り、村上教官を呼び出せと言った。
その前に所長は直江の主張が本当かどうかをオレに聞いたから、本当だと答え、さらには教習所の追尾システムでオレの乗ってた教習車のルートをトレースして事実だったことを知った。
で、村上教官が所長室に来たところをオレと直江と所長で問い詰めて白状させた。
なんでこんなにうまく行ったかってゆーと、うちの高校の生徒はほとんどがここの教習所で免許を取るからだ。
こんなエロ教官がいる教習所にウチの生徒は通わせられないって直江が言ったら一発で所長はオレたちに協力的になったんだ。
1人の教官と何百人ってゆう生徒とどっちが大事かって話。教官クビ決定。
「もう免許いらない」
「私がどこへでも連れて行ってあげますよ」
「うん」
「それにしても災難でしたね。運転の危険だけじゃなく、あんなエロ教官の危険もあっただなんて。それも高耶さんが可愛くて美人で魅力的なのがいけないんです」
リビングの床で直江と抱き合ってチューして、怖かったぶんたくさん甘えた。
オレがホモにモテるのはとりあえず考えないようにして、今は直江にギューしてもらって安心感を満喫しよう。
教官がクビになったけど、オレはもうあんな教習所は怖くて行けないから、免許は諦めてお金も返してもらった。
もしまた免許取りたくなったら別の遠くの教習所に行くことになるけど、たぶんもう行かない。
直江の助手席でいいんだもん。
「もし高耶さんが何もわからないうちに部屋に連れ込まれてしまっていたら……想像しただけで頭の血管が切れそうです」
「オレも怖い〜」
「ハア……高耶さんが無事で何よりです……」
「チューして、直江。もっとギューも」
「はい」
オレにとってはエロ教師1人でじゅうぶんだ。エロ教官なんかいらないっての。
でもホントに良かった。奥さんが旦那さん以外のヤツとどうにかならなくて。
もう二度と免許なんか取りにいかないぞ!!
END |