夏休みの間は直江も週に3日は家にいるから楽しい。帰ってくるのも早い。ほとんど毎日甘えたりして過ごせる。
俊介の子守も一緒に行くし、オレのアルバイトも付き合ってくれるし、買い物も家事も全部一緒。
「ずっと夏休みならいいのにな〜」
「そうですね。高耶さんと二人でずーっと過ごせたら最高ですね」
「なおえ〜」
ソファに座ってベタベタしてチューもして、スキスキって言って、夏の太陽より熱い夫婦だ。
長いチューをしてたら電話がかかってきた。
「もー」
「少し待ってて。あとでたくさんしてあげますから」
そういって直江が電話に出た。
「はい、橘です。ああ、おまえか!」
おまえ?直江におまえって呼ばれるのは千秋ぐらいしか知らないなあ。誰だろ?
「久しぶり。え?ああ、家を買ったんだ。それで実家にはいなくて……。遊びに?うーん、それは構わないんだが、一人暮らしじゃないからなあ……」
どうやら友達らしい。直江って友達いたんだな。あんまり遊びに行かないから知らなかった。
いや、いるのは知ってたけど、直江は何よりもオレを優先するから気が付かなかったって言った方がいいか。
「ちょっと待ってくれ」
電話を保留にしてオレの方を向いた。
「学生の時の友達が遊びに来たいそうなんですが、いいでしょうか?」
「いいよ。いつもみたいにイトコってことにすりゃいいんだろ?」
「いえ、そうじゃなくて……親友なんです。ちゃんと奥さんだって紹介したいんです」
「…………」
奥さんとして紹介?それって直江と親友の間にヒビとか入ったりしないのかな?大丈夫かな?
もしかして偏見ありまくりな男で、直江の奥さんが男だってわかった瞬間に直江を汚いもの扱いしたりしないか?
それとか直江のことをホモだって周りに言いふらしたりさ。
「顔に不安が書いてありますよ。大丈夫でしょう。とりあえず今は黙っておきますから、来る日までに決めましょう」
「それならいいけど」
で、直江は今度の日曜に友達を呼んだ。駅前まで迎えに行くからお昼ご飯を一緒に食べようって。
そしたらオレもちゃんとしたご飯を用意しないといけないな。
「私の親友ですから、奥さんが男の子だからって変な態度は取らないと思いますよ?」
「元々偏見とか差別とかない人なのか?」
「ええ、まったく聞いたことありません。すごくいいやつですから、高耶さんもリラックスして話せるんじゃないですかね」
「ふーん」
とゆーわけで、オレは直江の奥さんとして紹介してもらうことになった。
そのためにもちゃんとおもてなしをしなきゃいけない。
お昼ご飯は庭の家庭菜園で育てた野菜を使って作ろう。サンルームは暑いからリビングでご飯だな。
それと玄関も部屋もピカピカに掃除して、庭も手入れして、車も洗車して、アレしてコレして……!
やることいっぱいだ!!
「そんなに気負わなくていいですよ」
「でもダメな奥さんだって思われたらさ!」
「高耶さんのどこがダメなんです?すっごくいい奥さんじゃないですか。もし友人がダメだなんて言ったら何時間かけても高耶さんの素晴らしさを理解させますから安心してください」
それはちょっと怖いぞ……友達なくすぞ……
「とにかく大丈夫ですから、いつもの高耶さんでいてください」
「うん……」
そうは言っても安心できないからな。オレは出来る限りいい奥さんとして直江の友達に会うんだ!!
直江が友達を迎えに駅前に行った。鮎川さんとゆー人だそうで、直江とは高校と大学が一緒だったって。
あの直江と親友だってからにはよっぽど変わった人なんだろうな。直江がアホだってことも知ってるのかな?
直江が言うには性格はいいが、口が悪いんだって。だから嫌なこと言われても悪意はないから大丈夫って。
「高耶さん、ただいま」
「はーい」
きた!!とうとうきた!!
奥さんの評価はまずお出迎えから!!しくじるんじゃねーぞ、オレ!!
「いらっしゃいませ!!」
「……居酒屋じゃないんですから……普通でいいんですよ」
「いいの!鮎川さん、はじめまして!!」
「ああ、うん、はじめまして。ええと、高耶くんか」
「はい!よろしくお願いします!」
あれ?なんで鮎川さんも直江って呼んでるんだ?
あ、そうか。直江って大学生の時に改姓してるんだっけ。おじいさんの跡継ぎがウンタラでカンタラで……だよな?
だから高校生の時からの親友の鮎川さんは直江のことを橘って呼ばないのか。
「元気だね。若いっていいな〜、はっはっは」
ん?なんだか……この鮎川さんて……父さんや直江のお兄さんと同じ匂いがするぞ……。
この「はっはっは」って笑いがそれを物語ってる。
「こっちへどうぞ!お昼ごはん作ってあります!」
「ありがとう、じゃあ遠慮なく」
リビングに用意した大量のお昼ご飯を見た鮎川さんはビックリして言葉を失った。
「おい、直江。俺をデブにする気なのか?」
「高耶さんが作りすぎただけだ。気にするな」
そんなぁ!オレ一所懸命作ったんだぞ?!たくさん食べてもらおうと思って!
まあ確かに全部の皿が5人前ぐらいの量じゃビックリもするか……
「まあ座れ。飲み物は何がいい?」
「麦茶でいいよ」
「わかった」
キッチンに行った直江に聞いてみた。
「オレが奥さんだって話した?」
「ええ、話しましたよ。駅からの道のりで経緯を話してあります」
「なんて?」
「本気にしてないみたいです。私が冗談を言っているんだと思って聞き流してる様子でした」
「……そっか。直江はどーするつもり?」
「写真や指輪を見てもらって食べながら話しましょう」
そんで麦茶と小皿を持ってリビングに戻った。
「さっきの話なんだが、本当に俺と高耶さんは結婚してるんだ。なんなら写真も見せるが」
「はいはい、わかってるって。どうせおまえが女とうまく別れられなくて芝居してるんだろ?面白いからって俺をも騙そうなんざ、直江のやりそうなことだ。そんなの俺に相談してくれりゃどうにでもしたのにさあ」
本気にしてくれてない……。そりゃ信じられないのはわかるけど、直江が熱弁したんだってんなら信じてくれたっていいのに。
「じゃあ結婚式と新婚旅行の写真を持ってくるから待ってろ」
「別にいいよ」
「俺の気が済まん」
そう言って直江はリビングの棚にあるアルバムを持ち出した。でも鮎川さんは見ようともしない。
「高耶さん、あなたからも何か言ってくださいよ」
「うん。鮎川さん」
「なんだ?」
「本当に結婚してるんだよ?」
「高耶くん、若いうちから嘘ばっかりついてたらダメだよ。いくら直江に命令されたからって」
「命令じゃないよ!つーか直江はオレに命令なんかできる立場じゃないし!奥さんの尻に敷かれてる旦那さんなんだぞ!」
「直江が嫁の尻に敷かれるような男か〜?」
ニヤニヤ笑って直江を見た。直江はどうやったら信じてもらえるか必死で考えてるところだ。
「高耶くん、聞いたことないの?直江ってさ、初めて彼女が出来たのが中学生なんだって。とにかくモテるから高校に入ってから浮気して別れて、その後は女の子とっかえひっかえで、大学じゃ4股かけても直江は悪者にならなかったってゆーとんでもない経歴があるんだ。それが結婚なんかするはずないだろ〜?」
……浮気して?別れて?とっかえひっかえで?4股?
聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしましたが?オレの耳は正常なはずなんだが?
「鮎川!!」
「でさ〜、学校の教師なんかになったから女子高生食いまくるのかと思ったら、あんなションベン臭いガキは相手に出来ないとか言って。高校生なんか眼中ねーみたいなこと言ってんだよ。そんで同僚の先生と付き合ったはいいが、結婚してくれってしつこく言い寄られて別れて、それからは後腐れのない女と……えーと、13人だっけ?キープしてたよな?いや〜、武勇伝だよ。俺にはマネできないもんな〜」
「鮎川〜〜〜!!!」
「なに怒ってんだよ。いいじゃねえか、武勇伝」
「高耶さんが……!!」
もうオレ切れそう。最高の旦那さんが最低な旦那さんに見えてきた。
もしかしたらオレのことも面白がって遊んでるだけなんてことは……!!直江の野郎〜〜!!
「ションベン臭いガキで悪かったな!!どうせオレは眼中ねえ高校生だったよ!結婚したいって詰め寄ったかもしんねーよ!!おまえ、そんなオレを見て腹抱えて笑いたかったんじゃねえのか?!ああん?!」
「違います!鮎川の言ってることはすべて冗談で……!!」
「俺の話はホントのことだけど?なんだよ、別に嫁さんの前でバラされたわけじゃないんだからいいだろ」
「おまえの目の前にいる高耶さんが俺の奥さんだ!!!」
うっそだ〜って言ってまだ本気にしない鮎川さん。
もう鮎川さんが信じようが信じまいがどうだっていい!問題は直江がオレをバカにしてるんじゃないかってことだ!!
「鮎川さん、他にこいつは何をしたのか教えてくれ!」
「言うな!!」
「直江のしたこと?あとはアレだ、大学時代の合コンな。参加した女の子全員のアドレス聞いて、全部食べちゃったんだよな?そんで直江の取り合いで女の子が大喧嘩して、警察沙汰になったんだっけな。まあ、直江は喧嘩の現場にいなかったから警察に呼ばれたりもしなかったけど、あんときは大変だったよな〜」
合コン参加の女の子を全員……?!ありえない!なんだその鬼畜の所業は!!
「なーおーえー……」
「た、高耶さん……これはその……昔の話で……今は改心してあなただけを愛していますし!他の女なんか興味ありませんし!あなただけを大事にしているわけで!」
「信じられないな」
「本当に高耶さんだけです!結婚してから……いや、あなたと出会ってからはあなたしか見えませんでしたよ!本当の本当です!信じてください!」
「信じない!!」
テーブルをひっくり返したかったけど鮎川さんがいたからかろうじて我慢した。その代わりに結婚指輪を投げつけて立ち上がって、実家に帰ろうと家出の準備をしに部屋に。
「鮎川〜ぁぁぁぁ!!」
「な、直江、待て!本当に高耶くんがおまえの奥さんだなんて思ってなかったんだ!悪気はないんだ!」
「悪気がないで世の中通用するなら警察はいらん!!」
「すまん!!」
篭城した部屋の外で直江と鮎川さんのケンカが聞こえたけど、もうオレの頭は怒りでいっぱい。
家出準備も整って玄関に走った。
「行かないで、高耶さん!!」
「高耶くん、待って!!」
二人がかりで止められて、カバンも靴も取り上げられて、玄関に直江が立ち塞がって。
こんなのひどいや!!
「うわ〜ん!!」
「高耶さん……」
「泣かないでくれ!」
そしたら玄関にいる直江より先に、鮎川さんがオレに近寄ってきてギューしてくれた。
「悪かった!高耶くんが奥さんだって信じてなかった俺が一番悪い!だから泣かないでくれ!」
「直江の浮気者〜!!」
「いや、今は浮気者じゃないから大丈夫だって!直江は本気で高耶くんのことしか愛してないから大丈夫!」
「実家に帰る〜!!」
「いい子だからそんなこと言わないでくれ!」
しばらく鮎川さんに縋って泣かせてもらって、鮎川さんの誠心誠意な謝罪を聞いてちょっと落ち着いた。
今は浮気してないし、高耶くんを愛してるからこんなに必死になるんだよって言われた。
「う〜」
「もう大丈夫?もう泣かない?」
「泣くもん」
「そっか〜。泣くか〜。じゃあもうしばらくこうしてるけどいいの?」
「……もう大丈夫……」
そんで鮎川さんから離れて袖で涙を拭いた。
鮎川さんがそこまで言うなら直江を信じてやってもいいかな。
「なお……」
玄関のドアを見たら、口をあんぐり開けて悲壮な顔で固まってる直江がいた。
目がなんか……いってるかんじ。
「直江?」
「おい、直江。どうしたんだ?」
そのまま直江は気を失って倒れた。
重たい直江をオレと鮎川さんでリビングに運んでフローリングの上に寝かせた。
顔をペシペシ叩いたり、肩を揺さぶってみたりしたけど起きなくて、仕方がないから氷水をジャバーっとかけてみた。
「つめたっ!!」
「あ、やっと起きた」
「こ……ここは……鮎川と高耶さんの新居……ですか?」
「は?」
なんか寝ぼけてる?
「直江の家じゃないか」
「でも高耶さんは家出をして鮎川と結婚したんじゃ……」
「いや、俺は高耶くんと結婚なんかしないし」
「鮎川の余計な話で高耶さんが家出をして、俺は離婚されて捨てられて……」
気絶ってのは脳までおかしくなるようなもんなんだろうか?
「だって高耶さんは鮎川に抱かれてわんわん泣いてて……高耶さんを鮎川に取られて……」
「それは夢だ」
「夢?じゃあここは俺と高耶さんの家か?」
「そうだ」
雑巾で氷水をフキフキしてるオレを発見した直江は泣きながらオレをギューした。
「離せ!」
「イヤです!」
「服が濡れてて冷たいんだよ!」
「それでもイヤです!!」
仕方が無いから背中をポンポンしてやって泣かせておいた。いつもと逆だな。
けど直江が本気でオレのこと好きで、大事にしてるのがわかってよかった。
鮎川さんにギューされたのを見て気絶しちゃうなんて、本気じゃなかったらそこまでならないもんな。
「捨てないでくださいね?」
「うん。直江とずっと一緒にいる」
鮎川さんが呆れて直江の頭をバシバシ叩いた。俺がいるのに何をやってるんだって言いながら。
呆れてたけど笑ってたからオレたち夫婦を認めてくれたってことだろう。
「いや〜、まさか直江がこんなに真面目になるとは思わなかった。高耶くん以外の人間じゃこうはいかなかっただろうな。本当に高耶くんがいてくれて良かったよ」
「そ、そお?」
「そうだよ。これからも仲良くな?」
「うん!!」
「直江の取り乱したところなんか初めてみたから面白かったし、また遊びに来てもいいか?」
「いいよ!たくさん来て!」
直江も鮎川さんに取り乱したのを謝って、また遊びに来てくれ、いつでも歓迎するって言った。
親友ってのはこうだと思う。オレと譲みたいな感じで理解し合っていい関係だ。
「そしたらまた直江の昔の話を教えてあげるから、それをネタにいじめたり、欲しいものねだったりすればいいよ」
「そーする!」
「もう高耶さんに余計なことを言うな!!」
父さんと直江のお兄さんと同じニオイのする鮎川さん。直江の周りにはこういう人が集まりやすいんだろうな。
本当は直江の女関係の昔話はあんまり聞きたくないから、鮎川さんにはあとでもう言わないでって頼んでおこう。
んで、失敗ネタとかを教えてもらって弱みを握っておけばいいや。
ドタバタした日になっちゃったけど、鮎川さんは満足して帰ってった。
最後に「直江をよろしくな」って言って。
言われなくてもよろしくするから大丈夫だ!
「高耶さんが鮎川に抱かれて泣いてたのを見たら生きてる心地がしませんでしたよ」
「それで気絶しちゃったんだ?目の前真っ暗になった?」
「なりました。もうあんな光景は二度と見たくありません。あなただけを愛していますから、もう他の男の腕の中で泣かないでくださいよ?」
「それは直江次第だろ?」
「高耶さ〜〜〜ん!!」
直江の親友にも理解してもらって、オレたち夫婦は幸せ者だ。これからも仲良し夫婦だもんね。
夫婦円満サイコー!!
でも今日聞いた女遊びの話はいつまでだって引きずってやるからな!覚えておけ!!
奥さんは怖いのだ!!
END |