奥様は高耶さん



第28


奥さんとオレ

 
         
 

 

譲が遊びに来た。
用事があって電話したら暇だってゆーから、じゃあ遊ぼうかって話になった。でもオレは奥さんだから旦那さんのご飯も作らないといけないし、他にも家事があるし、俊介の子守もやってるし……みたいに悩んだら「全部手伝うから高耶んちに泊まる」ってことになって、橘不動産のバイトがない日で、俊介の子守が終わった午後から来てもらった。
直江は新学期が始まって学校に行くようになったし、ゆっくり遊べるぞ〜。

庭で収穫したピーマンとトマトを使って二人でナポリタンを作って食った。
譲も最近は料理を少しやるらしく、慣れない手つきで野菜を切ったりしてくれた。

「譲はなんでもチャレンジするよな?」
「大学生になったら平日に休みだったりするんだ。そーすると両親は歯医者やってるし、昼飯を一人で作って食べるしかなくて、仕方なくって感じかな」
「でも偉いよ」
「高耶は主婦やってバイトやって子守してるんだからもっと偉いよ」

それから家の中でダラダラした。
沖縄家族旅行の写真を見せたり、教習所での例の話をしたり、譲の大学のサークルの話を聞いたり。
大学のサークルはテニスをやってるそうで、そこの男女の下世話なアレコレを聞いた。面白かった。
ゴシップが面白いと思うようになったってことは、オレもとうとうオバサン化してきたってことか?

「でもやっぱ勉強が一番大変だな」
「どうゆうことすんの?」
「教授や先生によって違うんだけど、俺はレポート提出が多い先生の講義ばっかり取っててさ〜。それに歯医者の大学じゃん?こんな感じで7年間だよ?もう憂鬱」

よ、良かった……ただでさえ大変そうなレポートの他にも勉強があって、しかもそれが何年間も続くなんてオレには無理だ。
それを歯医者の大学だからって7年も?そこまでして歯医者になりたいのか?

「だって家の仕事だもん。両親とも歯医者なんだから」

やっぱ譲は偉いよ。スゴイよ。オレの友達の中で一番優秀だよ。進学しないで良かったとマジで思うね。

「高耶だってよく考えたらこれから先何十年と橘先生のご飯作って、掃除して、洗濯して、家のことやってくんだよ?そっちの方がよっぽど大変じゃん」
「でも奥さんだし」
「……あのさ、前から気になってたんだけど、ちょっと聞いていいかな?」
「うん、何?」

聞きにくそうに、あーとか、えーとか言いながら話し始めた。

「なんで高耶が奥さんで、橘先生が旦那さんなわけ?」
「へ?なにが?当たり前じゃん」
「だってさ、どっちも男なわけじゃん。高耶が旦那さんで、橘先生が奥さんでもいいわけだろ?」

………………ん?

「えーと、働いてるのが直江だから……?」
「高耶も働けば?」
「いや、でも……オレが年下だから、かな?」
「奥さんが年上の夫婦もたくさんいるよ?」
「ああ、そっか……じゃあオレが旦那さんになっても……あー、けどなあ……エッチとかはオレが奥さんだしなあ」
「…………そこまで聞いてない」

う、しまった。ついうっかりエッチのことも言っちゃった。
聞かなかったことにするって譲が低い声で言ったからエッチの話はなかったってことで。

「まあなんとなく高耶が奥さんだって方が違和感がないけど」
「いや、でも……うーん」

確かにオレが奥さんの方が当たり前な気がしなくもないが、でも旦那さんの方が偉そうなイメージあるよな。
けどウチでえばってるのはオレの方だし、お小遣いもオレの方が自由に使ってるし、オレが旦那さんぽい気もするんだよな。
どうなんだろ、こうゆうのって。

 

 

「ただいま。高耶さん、お客さんですか?」
「うん、今日は譲が来てる。お泊りするからちゃんとおもてなしをするんだぞ?」
「はい」

着替える前にリビングに顔を出して譲に挨拶をした直江。それから寝室で着替えて戻ってきた。

「成田くんが泊まるのは初めてですよね?」
「うん。高耶んちって言ってもやっぱり先生んちでもあるから泊まるのは抵抗あったんだ」
「まだ抵抗ありますか?」
「もうないよ。卒業して1年半も経ってると先生ってゆーより高耶の……」

言いよどんだ譲。旦那さんと言いたかったんだろうけど、さっきの話を思い出してやめたっぽい。

「……なんでしょう?」
「あ〜、その、なんで橘先生が旦那さんで、高耶が奥さんなのかと疑問になって。高耶が旦那さんじゃ先生は困るの?」
「え、困りませんよ?高耶さんが旦那さんで、私が奥さんということでしょう?別に私はそれでもいいんですが、いつだったか高耶さんが『奥さんになる』って言ったものだから、それで私が旦那さんと呼ばれているだけですし」

あれ?そんなこと言ったっけ?あ、言ったかもなあ。何度目かのデートでそんなこと言ったような……?
う!譲が睨んでる。高耶の言い分と違うじゃないかって。

「じゃあ今日から高耶が旦那さんでもいいってこと?」
「ええ。全然支障はありません」

直江って意外と細かいところにこだわらない性格してんだな。いい旦那さん……じゃなくって奥さんだ。

「んじゃさ!今日は直江にご飯作ってもらおうよ!奥さんだし!」
「そうだね!先生、夕飯よろしくお願いします!」
「高耶さんほどうまくはないですけど、料理ぐらいは出来ますからやりましょう」
「よろしくな、奥さん!!」
「はい、旦那さん」

……あれれ?違和感ありまくりなんだけど?

その夜は直江が夕飯も作ったし、お風呂も沸かしたし、譲が泊まる部屋に布団も敷いてくれたし、夜に飲むココアも作ってくれたし、奥さんらしいことをしてくれた。
でもなんか変だ。違和感に違和感を感じるってゆーか。

その違和感は翌日まで続いて、譲が帰った後でもモヤモヤしてた。

「高耶さん、今日はお休みですから、一緒にショッピングでも行きませんか?」
「うん、いいけど、どこ行くの?」
「雑誌で見た時計が欲しくて、デパートに行きたいんです」
「……お小遣いの範囲で買えるやつか?」
「ええ、見た目はすごく高級そうですが、値段は2万円以内と安いんですよ」

その時計屋はジャスコよりもっと遠いところにあるデパートの中にあるらしい。
時計屋オリジナル商品だそうだ。

「高耶さんにも買ってあげたいんですけど、私のお小遣いじゃちょっと無理ですねえ」
「自分で買うもん」

車でデパートに向かって時計屋に入った。いろんなメーカーの時計が売ってる一画にオリジナル商品のコーナーがあった。
黒いクロノグラフのかっこいいやつが直江が欲しい時計らしい。

「高耶さんは青いのが似合いそうですね」
「おそろいにしようかな〜」
「いいですね。夫婦でペアルックですか。奥さんとしても旦那さんとお揃いの方が毎日学校で励みになります」

……直江が奥さん……なんだよな。
でもちょっと、やっぱり変だ。

「なあ、それ買ったら帰ろう?」
「え、ええ。他に用事がないならいいですよ」

直江が時計を色違いで買ってからすぐに帰った。なんでソッコーで帰ると言い出したかってゆーと、オレの疑問を解決するためだ。
家に着いてから直江と正面を向き合って正座で話し合いをした。

「昨日、直江が家事やってくれたのに奥さんて感じがしなかったのはなんでだと思う?」
「は?そんなの簡単じゃないですか。夕飯以外はいつも私がやっているからですよ」

そうか!!違和感に違和感を感じてたのはそのせいか!!
そーいやそーだなー。ご飯はオレが作ってるけど、他の事は直江がやってくれてたりするんだっけ。
んじゃ家事やらせたって奥さんぽくなるわけないよな〜。

「じゃあ奥さんらしいって何?」
「まあ色々な夫婦の姿はありますが、ご近所の奥さんたちをお手本にすると、炊事洗濯掃除をして家を守っているのが奥さんらしい感じなんじゃないでしょうか」
「それならご近所さんをお手本にすると、旦那さんは会社に行って働いて、お給料を貰ってくるってこと?」
「そんな感じですね」

とゆーことは、今のオレは典型的な奥さんだ。家事をやって家を守ってる。直江は典型的な旦那さんだ。

「私はどっちが旦那さんでも奥さんでもいいですよ。呼び名が変わっても愛し合っているのに変わりはないでしょう?」
「うん……」
「それとも奥さんでいることに不満があるんですか?」

奥さんが不満かって?いや、ないな。奥さんて呼ばれるのも別に不満ない。
つーか、それが当然な気がする。

「……ない」
「じゃあ元通りに私が旦那さんで、高耶さんが奥さんでいいでしょうか?」
「うん、そーだな。その方がいいな」

やっぱオレが奥さんだ。呼ばれ方なんか関係ないけど、「直江の奥さん」てゆー立場の方がたくさん甘えていいような気がするからな!

「奥さん、一緒に商店街に行きませんか?ケーキご馳走しますよ?」
「行く!!旦那さんとケーキ食べる!」
「はい」

手は繋げないけど並んで歩いて商店街へ。商店街の端っこまで行くと住宅街と入り混じってる地域があって、そこに美味しいケーキ屋さんがある。
そこを目指して歩いてたら、懐かしい人に会った。

「橘先生!!あれ、仰木くんも一緒?!」

橘学級のマドンナ、新発田だ。
新発田も休みみたいで普段着で買い物中みたいだった。相変わらず美人で清楚だ。

「ええ、さっき仰木くんに会いまして、久しぶりだから一緒にケーキでも食べましょうかって話してたところです」

直江はとっさの嘘がうまい。奥さんとしては嘘をつくのがうまいのは複雑な気分だけど。

「そうなんだ?じゃ私も一緒に行っていいかな?」
「ええ、どうぞ」
「うん、いいよ」

ホントは直江と二人で行きたかったけどな〜。でも新発田はいいヤツだから断りにくい。
直江もそう思ってんだろうし、一緒にケーキ食うか。
ケーキ屋についてテーブルに座った。直江の隣りはオレが占拠するに決定してんだから新発田にも譲らない。

「そーいえば先生、聞いた?同じクラスだった荒木さんね、結婚するんだよ」
「荒木さんが?本当ですか?」
「うん、短大の先生とだって。卒業したらすぐに結婚するみたい」
「へ〜」

学校の先生とか〜。オレと直江みたいだな〜。荒木もなかなかやるな!

「それがね、すっごい頼りになる人みたいで、旦那さんにするには最高だって言ってた」
「そうですか。おめでたい話ですねえ」

直江の方が頼りになるもん!直江の方が旦那さんにするには最高だもん!

「それで、どう頼りになるか聞いてみたら、仰木くんみたいなタイプだって言ってたよ?」
「へ?!オレ?!」
「うん、黙って重いもの持ってくれたりとか、自然に庇ってくれたりとか、男らしくてかっこいいみたい」
「オレは別にそうゆうタイプじゃないけど……」
「それは仰木くんが気が付かないだけで、周りはみんなそう思ってたんだよ〜」

そうなのか?知らなかったな。なんか照れるぞ。

「仰木くんもいい旦那さんになりそうだよね!!」

その新発田の言葉に空気が一瞬ビシッと割れた。ような気がした。直江を恐る恐る見たら割った張本人みたいだった。

新発田はそれからもなんとなく不用意な(直江に対してのみだけど)言葉を投げかけてビシビシ空気を割ってた。
例えば「学校新聞で男らしい生徒ナンバーワンになったよね」とか「仰木くんが旦那さんになったら奥さんはなんでも頼っちゃいそうだよね」とか「お父さんになった仰木くんは躾けに厳しそう」だとか。

反して直江には「橘先生の奥さんはモテモテの旦那さんで苦労してそう」とか「奥さんを甘やかしてなんでも橘先生がやってるんじゃないの?」とか「橘先生は末っ子だから奥さんとお姑さんで対立してるとかないの?」とか。

オレは「ははは」と無機質に笑い、直江は脂汗をかきながら相当ダメージを受けてた。
ケーキを食い終わって店を出て、新発田は住宅街に消えて、オレと直江は商店街に入った。

「……なんだか……私が旦那さんでいるより、高耶さんが旦那さんになった方がいいような気がしてきました……」
「そ、そんなことないって」
「とりあえずダメージがひどいので帰ります……奥さ……高耶さんは買い物をして帰りますか?」
「う、うん。夕飯の買い物して帰る」
「じゃあ、またあとで……」

いつもだったら買い物に付き合ってくれて、重い荷物も持ってれる旦那さんなんだけど、今日はダメみたいだ。
トボトボと帰って行った。
あいつ、さっきまで自分が奥さんでもいいって言ってたのに、こうやって誰かに指摘されるとやっぱ旦那さんてゆー立場の方がいいんだって思ってたことに気付くんだな。
オレ?オレはもうどっちでもいいやって思うようになったけど。

 

 

「ただいま〜。うわ!!」

買い物をして帰ったら、玄関に直江がいた。
いただけなら別に驚いたりしないんだけど、服装にビビッた。
だってあのでかい体にフリフリエプロンしてんだもん。

「どうしたんだ?」
「今日から私が奥さんになりますから!!やっぱり高耶さんの方が男らしくて私は不甲斐ないということがわかりましたから!!」
「ええ〜?!」

さっきのダメージが悪い方向に!!直江が旦那さんじゃなくなるのはオレがイヤだ!!

「奥さん修行しますからよろしくご指導お願いします!」
「ダメだってば!直江は旦那さんでいいの!堂々と旦那さんでいればいいんだって!!」
「こんな情けない旦那さんなんかいませんよ!」
「情けなくないよ!オレにとってはすっごい頼りがいのある旦那さんだし!優しくて男らしくてかっこいい旦那さんなんだから奥さんになっちゃダメ!!」
「でも!!」
「ダメったらダメ!!」

抱きついてチューしてスリスリ甘えた。直江が奥さんになったらオレこうやって甘えられなくなるかもしれない!
そんなのヤダ!!

「直江が旦那さんの方がいいよ〜!ひーん!」
「高耶さん……」
「もっとたくさん甘えるんだもん!」
「……本当に私が旦那さんでいいんですか?」
「旦那さんじゃなきゃヤダ!」

ギューしてもらってたくさん甘えた。夫婦ってのには色んな形があるんだろうけど、オレと直江に限ってはこうじゃないとつまらない。旦那さんが直江で、オレが奥さんで。

「直江の方が男らしいもん」
「……ありがとうございます。奥さん」
「なおえ〜♪」

そんなわけで一件落着。旦那さんは相変わらず奥さんにメロメロのステキで男らしい旦那さんだ。
だってさ、もし直江が奥さんになっちゃったら夜の生活だって入れ替わるかもしれないじゃん?
オレに突っ込まれてヒーヒー言ってる直江なんか見たくないだろ?
だから直江が旦那さん。オレは奥さん。平和な橘夫妻が安泰でいられる一番いいポジションだ。

大事にしてやるからずっとオレの旦那さんでいてくれ、直江!!

 

 

END

 

 
   

あとがき

どっちだっていいじゃん。
と、思ったんですが、
なぜ直江が旦那さんに
なったのか疑問だったんで。

   
   
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