日曜日の朝、直江を起こした。
「直江〜、朝だぞ〜」
「もう少し寝かせてください……」
いつもだったら「起きろ!」ってゆうところだけど、昨日の直江は酔っ払って帰ってきたから仕方が無い。
学校の先生たちで忘年会があったんだって。
土曜日の夜に奥さんを置いて忘年会なんて!と、思ったんだけど、先生たちが集まれるのは翌日の授業に影響の無い土曜日だってゆーから仕方が無いんだ。
奥さんが旦那さんの付き合いを邪魔するわけにもいかないし。
山田と山本先生から直江を守れって千秋に命令しておいたから大丈夫だと思うけど。
守らなかったら家賃値上げだって言っておいたから絶対守ってくれるもんな。
で、とにかく直江は二日酔いだ。
「オレ、今日は俊介と遊ぶ約束してるから行ってくるよ?」
「はい……よろしく言っておいてください……」
ダイニングテーブルに直江のおかゆと胃薬と頭痛薬を置いて実家に帰った。
今日の俊介はいつもと同じく可愛い。オモチャで遊んでハイハイして、ミルク飲んで寝て、マジで可愛い。
「母さん、俊介寝ちゃったよ」
「たくさん遊んで疲れちゃったのよ。あんたも休みなさい」
「うん」
母さんと二人でオヤツを食べた。
今日のオヤツはオレの大好物の『すあま』だ!!
『すあま』を知らない人は今すぐ検索してくれ!!
「うわ〜、うまそうなすあま!」
「でしょ〜?頂き物なんだけどね〜、なんと!」
「何?!」
「聞いて驚きなさい!このすあまはかの有名な和菓子店『珍湖堂』のすあまなのよ!」
「マジで〜!!」
和菓子の老舗である珍湖堂のすあまは人気商品でなかなか手に入らない逸品だ。
朝早くから行列に並び、それでも買えるかどうかってほどの希少品。母さんの友達も大好物で、いつも並んで買ってきてお裾分けしてくれるんだ。
そのすあまがオレのものに!!
「今日はたくさん貰ったのよ〜。食べ放題なんだから」
「やったー!」
父さんと美弥はすあまの素晴らしさを知らないから全然食べないらしい。オレと母さんは超好きなのに。
美味しいすあまを食って、ついでに母さんと昼飯を食った。
「そろそろ帰るよ。直江が二日酔いで寝てるから」
「そう?じゃああんた、すあま持って帰りなさいよ。義明くんにあげるぐらいは残ってるわよ」
「うん、じゃあ持って帰る」
すあまは直江とオレと二人分残ってた。夕飯の後のデザートにしようっと。
「ただいま〜」
「お帰りなさい」
直江は起きてた。おかゆも薬もちゃんとなくなってた。二日酔い、治ったのかな?
「どう?治った?」
「ええ、おかげさまで。さっきシャワーも浴びたのでもうスッキリしました」
「そっか」
戸棚にすあまを入れてから直江の座るソファに座ってゴロゴロ喉を鳴らして甘えた。
直江は毎日かっこいいな〜。
「俊介さんは大きくなってました?」
「先週会っただろ。あのまんまだよ。でもハイハイがすごく早くなったかな。そろそろ立つんじゃないかな」
「立ったらムービー録画しましょうね」
「うん」
チューしてもっと甘えてたらピンポンが鳴った。誰だろ?
「はーい」
『俺〜。橘先生の忘れ物持ってきた』
「千秋か」
直江ってば何を忘れたんだろ?
「こんちは〜。橘先生、ダメじゃん。居酒屋に忘れていくところだったぞ」
千秋が出したのはオレが直江にプレゼントしたパスケース。わかりにくいところにオレの写真が入ってるってゆう、見つかったら結構ヤバイものだ。
「あ!すまんな、千秋」
「昨夜は俺も酔っ払ってたから持って帰っちゃたんだよな。さっき思い出した」
直江はパスケースを受け取ると、定期券より先にオレの写真がちゃんと入ってるかチェックした。
入ってたことにホッとして、いつもパスケースを置いてるリビングに棚に戻した。
オレ、直江に愛されてるなあ……。
「んじゃ俺は帰るから。あ、そうだ、高耶。俺が作ったグリーンカレーあるけどいるか?」
「いる!!」
「じゃあ取りに来いよ。タッパー持って来な」
キッチンからタッパーを持って千秋んちへ。グリーンカレーって食ったことないから味見したかったんだ〜。
さすが料理名人の千秋だ。
グリーンカレーを貰って作り方を教えてもらった。千秋所蔵のカレーの本があるからそれをメモしながら。
「このグリーンカレーはインドカレーだからほうれん草で出来てるんだぞ」
「へ〜、だから緑色なんだ〜」
「野菜の甘味が出るからマイルドなんだ。ナンの作り方も教えてやるから家で焼いてみたらどうだ?」
「そーする!」
ナンの作り方もメモしてから帰った。千秋は普段は意地悪だけど、料理に関しては自信があるのか親切だ。
まあ料理を好きになった動機が門脇先生だからなんだろうな。
「初めて料理作ったのっていつ?」
「7歳の母の日だっけな。綾子と二人で俺んちでうどん作って母親たちに食わせたんだ」
あの豪邸でうどんを?似合わないような気がするが。
「それから綾子が料理にハマって、俺もなんとなく一緒に作ってくうちにハマリ出してさあ」
「へ〜。子供の頃は千秋も優しかったんだな」
「今でも優しいだろうが!!」
メモを終わらせてカレーを持って家に帰った。
ついうっかり2時間も話し込んじゃったけど、直江はのんびり待っててくれた。
「オレがいなくて退屈だった?寂しかった?」
「ええ、とても寂しくて退屈してました。でもこうやって隣りに高耶さんがいてくれるだけで退屈が吹っ飛ぶんですよ。あなたはステキな奥さんですねえ」
「へへ〜」
ギューしてスリスリしてチューした。
でもチューが……あれ?なんか……甘いよな?
「甘いけど、なんか食った?」
「え?キスですか?ああ、戸棚にあったすあまを食べましたが。美味しかったのでつい全部食べてしまいました」
「はあぁぁぁ?!」
食った?!全部?!すあまを?!オレの大好物で夜のデザートに食べるつもりのすあまをか?!
「おまえ……」
「あれはどこのお菓子なんですか?今まで食べたすあまの中で一番美味しかったですよ」
「……あれはだな、珍湖堂っつって老舗和菓子屋で、チェーン店もなければ支店もなくて、デパートの週代わりお菓子コーナーにも出品しないってゆう、とんでもなく手に入りにくいすあまだ!!」
「珍湖堂ですか……今度買いに行きましょう」
バカだろ、こいつー!!
「今度買うっていつだよ。あれは朝6時から並んで買うシロモノなんだよ!!並んだとしても買えるとは限らないほど少ししか作らない上に!お店のこだわりで毎日は売られてないんだ!!幻のすあまなんだよ!!」
「そうでしたか。どうりで美味しいわけだ」
「そうでしたかって……オレが楽しみに取っておいた大好物のすあまを全部食いやがって〜!!」
そこまで言われてやっと「食ってはいけなかった」ことを悟ったようだった。
とたんに顔を真っ青にして謝ったけど許してやるもんか!
「家庭内別居だ!食べ物の恨みは怖いんだ!」
「そんな!」
「許さねえ!!」
買って来るから許してくれってさんざん謝ったけど許さない。
プレステとコーラとポテチを持ってオレの勉強部屋に引きこもった。ドアの外で直江が超謝ってるけど知らん!
そもそも買ってくるってゆったって朝の6時から並んで開店の9時まで待つことが直江に出来るわけがない。
そんなことしたら学校に遅刻する。
それに並んだからって買えるとは限らないんだから、毎日毎日並ばないといけないんだ。
超ラッキーじゃないと買えないシロモノだってさっき言ったの忘れたのか。
「高耶さ〜ん!」
とうとう泣き声になったけど許さない。オレが楽しみにしてたすあまを食いやがって。
うまかったからってどうして二人分食べちゃうんだ。奥さんのぶんを残しておくのが旦那さんだろうが。
直江のバカ!!
オレはすあまがなくなったことを怒ってるんじゃない。いや、やっぱり怒ってるけど。
すあまがなくなったことにも怒ってるけど、直江が奥さんのぶんを残すのを考えなかったのも怒ってるんだ。
「オレのすあまー!!」
家庭内別居だもんね!!
家庭内別居は続いた。
夕飯は自分のぶんしか作らないで食った。直江は千秋のグリーンカレーを自分であっためて食った。
夕飯が終わるとオレは部屋に引っ込む。いつものイチャイチャもなしだ。
寝るのもオレの部屋。直江は寂しく冷たいベッドで一人で寝る。
朝も起こしてやんないし、朝食も作らないし、弁当もなし。
一人で起きてコンビニでパン買って、先生や生徒に噂されながら寂しく学食で素うどんでも食ってろ。
実家に行って子守をしてたら母さんが聞いてきた。
「義明くんたらあのすあま気に入ったのね」
「なんで?」
「昨日の晩に義明くんから電話が来て、珍湖堂の場所やすあまのこと聞いてきたから」
なるほど。本気で買うつもりのようだな。
「でも義明くんは買いに行かれないでしょ?だから頼まれたんだけど」
「……どうせ断ったんだろ?母さんのこったからな」
「もちろん断ったわよ。なんであたしが寒い中、義明くんのために早朝から並ばなきゃいけないのよ」
「だと思った」
母さんに断られたってことは、もしかして直江のお母さんに頼んでるかも?
誰かに頼んで買って来てもらうような誠意のない旦那さんなんか最低だ。ちょっとお義母さんに電話してみっか。
「もしもし?高耶ですけど」
『あら、どうしたの?離婚する気になったの?』
このお義母さんは〜……。
「義明さんからすあまを買ってきてって頼まれましたか?」
『ええ、頼まれたわよ。断ったけどね』
「あ、断ったんですか……」
『だってあなたのために買いたいって言うから。どうしてわたくしが高耶くんのために早朝から並ばないといけないのかわからないでしょう?』
お義母さんもとうとう母さんに洗脳されたのか?いや、元からこうゆうお義母さんだったっけ。
じゃあ母さんと同類ってことか……。
「いえ、断ってくれたんだったらいいんです。これからも頼まれても断ってください」
『当然でしょ』
クソババア……。
これで直江の退路は塞いだぞ。さあどうやって許してもらうつもりか試してやろうじゃんか。
「高耶さん、これを……」
直江が差し出してきたのは商店街にある和菓子屋のすあまだった。
「……こんなもので許してもらうつもりでいるのか?」
「ですが……珍湖堂には行かれませんから……」
「家庭内別居続行!!」
最低な方法できやがったか。
それからも直江はオレの機嫌を取るためにケーキやら腕時計やらを買ってきたが、すぐにお小遣いがなくなってプレゼント攻撃はなくなった。
次の作戦は土下座だったけど、土下座して珍湖堂のすあまが返ってくるなら警察はいらないってことで失格。
土下座がダメなら今度は好きだの愛してるだの攻撃がきた。そんなものはすでに知ってるから失格。
ん?どうすれば許すのかって?
さあな、オレにもわからない。
珍湖堂のすあまが戻ってくるか、オレを満足させる何かがあれば許すけど。
「高耶さん……」
「なんだ?」
「もう弾切れです……私にはなす術がありません……そろそろ本当に許して欲しいのですが……」
どーしよっかなー。
「もう1週間も家庭内別居状態なんですよ?毎日インスタントの夕飯だろうが、先生たちにからかわれながらのお昼ごはんだろうが、そんなものはどうでもいいんです。ただあなたに笑いかけてもらえないとか、触れてはいけないとか、話すらできないとか、そういったことがつらくてつらくて……」
「それは自分が奥さんのぶんのすあまを食ったのが悪いんだろ」
「だから反省しています!どうしたら許してくれるんですか?!」
あ、キレやがった。
そりゃ切羽詰ってるのはわかるけど、キレられたらな〜。奥さんとしてはな〜。
「そうやってキレるってことは、反省してないっぽいとオレは思うわけ。なんで直江はわかんないんだ?」
「あ……」
「普段から奥さんをちゃんと見てないってことだな。自分の幸せが第一で、奥さんの幸せは二番目ってことだろ?そんな旦那さんを許す奥さんがこの世にいったい何人いるんだろうな〜?」
「たか……」
「失格」
そんでオレは自分のだけの夕飯を作りにキッチンへ。
今日はおいしいオムライスを作ろう。半熟トロトロ卵をチキンライスの上に乗っけて食べるんだ〜。
フライパン出してチキンライスの用意をしようとしたら、戸棚から大きな蛾が出てきた。冬なのに!!
「うぎゃー!!」
オレの苦手なもの!それは蛾だ!!
蛾ってどうして逃げる方へ逃げる方へと寄ってくるんだ!!
「うわーん!」
とうとう追いつかれて蛾の野郎はオレの服に。
「直江ー!!」
振り払ったら床にベッタリと寝そべりやがった。蛾のくせに!
「高耶さん!」
直江が走ってきて新聞紙を丸めて蛾を退治してくれた。
つ、強いな、おい……。
「大丈夫ですか?!」
「怖かったよ〜!!」
直江に抱きついてスリスリした。オレを守ってくれるのはいつも旦那さんだ。
「蛾が追い駆けてくるんだもん!怖かったよう!」
「蛾は夜行性で目が悪いから音のする方へと寄っていくらしいですよ。もう退治しましたら安心してください」
「うう〜」
「奥さんは私が守りますからね」
直江……優しいじゃんか……
直江はいつもいつもオレのこと考えてくれてて、泣いたら絶対ギューしてくれて、危険なものから全部守ってくれて、優しくて優しくて大好きな旦那さんだ。
「……もうすあまいらない」
「いいんですか?」
「うん、もういい」
その代わりって言っちゃなんだけど、しばらくギューしてもらう。
頼まなくてもギューしてくれるからいいんだけど。
「ん?」
ギューのついでなのか何なのか、お尻をナデナデしてきた。
いつも直江はお尻を撫でる。もうクセみたいになってて隣りに座ったりチューしたりするとナデナデ攻撃がくるから全然平気なんだけど。
それにしても今日はしつこいな。
「なに?」
「高耶さんに飢えていたので……」
「そっか。んー、じゃあ夕飯は後回しにしてイチャイチャしようか」
「はい!」
そんなわけで仲直りして、チューもギューもたくさんして、ちょっとだけエッチなことして、家庭内別居は解消になった。
やっぱ橘夫妻は仲良しじゃないと変だよな。
「直江、大好き」
「私もですよ。高耶さんが一番好きです」
「すあまより?」
「すあまよりです」
「むふ〜」
すあまより甘い橘夫妻は今日も明日も明後日も仲良しだ!!
END |