奥様は高耶さん



第34


隠し子とオレ

 
         
 

 

こう毎日寒いと洗濯や掃除が面倒になってくる。
やりたくなーい、ってリビングでゴロゴロしてたらインターフォンが鳴った。
誰だ、こんな午前中に。

「は〜い」

受話器を取って出てみたら何やら声が聞こえるが、ハッキリ聞こえない。モニターにも誰も映ってない。
故障かな?
とりあえず玄関に出てみるか。

「はいはい、どちらさま〜」
「たちばなよしひさです!」

玄関にいたのは小さい男の子だった。4歳か5歳ぐらいか?

「はい、なんですか?」
「パパに会いにきました!」
「は?」
「パパのおなまえはたちばなよしあきです!ここのお家にいるから会ってきなさいってママがいいました!」

……橘義明。それは直江の本名で、確かにうちの直江だ。
で、この子が橘よしひさ。
隠し子?!

「え、え、え……あのさ、ホントにパパの名前は橘義明?」
「そうです!」

そんなー!直江に隠し子がいたなんて!これが晴天の辟易ってやつか?晴天の霹靂だっけ?!

「……ママの名前は?」
「……わかんない……」

オレの悪い頭で考えた。
この子は直江の隠し子で、父親の名前だけ知ってて、母親の名前はまだ覚えてなくて…………

「ママはどうしたの?」
「ちょっと遠くにお出かけするからパパのとこで暮らしなさいって言ってました」

要は捨てられたってことかよ……直江に隠し子がいたのもショックだが、子供を捨てる母親がいることがムカついた。
頭の良さそうな行儀のいい子なのに!

「えっと、今はパパがいないから……外は寒いから家に入ってパパの帰りを待とうか」
「はい!」

礼儀正しいところは直江に似てる。でも顔つきや髪の毛の色は似てない。
本当に直江の隠し子か?それとも母親に似たのか?
オレもどっちかってゆったら母さんに似てるもんな。

とりあえずよしひさを家に入れて、ホットカルピスを飲ませた。
その間に直江にメール。

『直江の隠し子らしき子供が家に来た。どうゆうこった』

今のオレは怒り80%、よしひさに同情20%で構成されている。
高耶さんだけしかいません!なんて言っておいて、昔は相当遊んでたからそのツケが回ってきやがったか!?

そしたらしばらくして直江からのメールが。

『隠し子なんかいません!どこかの誰かと間違えたんじゃないですか?とりあえず今日は早退します!』

早退までするなんてよっぽど焦ってるんだな。まー、焦らない男がいたら見てみたいが。

「ただいま!!」
「おかえり」
「パパー!!」

直江を見てパパと言いながら一目散に走って抱きついた。こりゃマジで隠し子かも。

「な、名前はなんていうんですか?」
「たちばなよしひさです!」
「ママの名前と自分の誕生日は言えますか?」
「わかんない」
「よしひさくん、ちょっとここでテレビでも見ててください。私はこのお兄ちゃんと少しお話してきますから」

直江に腕を引っ張られて2階の寝室に。

「隠し子なんか本当にいませんよ!!」
「おまえが捨てた女が妊娠してたかもしれねーじゃんよ!!」
「99%の確率でありません!私は絶対にコンドームしてました!!」
「じゃあなんでよしひさがいるんだよ!!」
「誰かの陰謀です!!」

直江のことは信じたいし、信じてるけど、でも可能性は100%じゃないわけで!!
しかも直江は昔は超スケコマシだったわけで!!

「とにかく私は今から昔の彼女たちに連絡を取ってみます。そしてもし本当に私の子供だったら責任を取ります」
「責任て……オレと離婚して……ってこと……?」

ああ、涙が一気に溢れてきた!!

「うあ〜」
「違います!養育費やら慰謝料やらです!私が高耶さんと離婚するわけないでしょう!あなたを不幸にするぐらいなら私は地獄に落ちたって悪魔に魂を売ったっていいんですから!」

ギューされてチューされて背中ポンポンされてやっと落ち着いた。
オレは直江とは絶対離しないもん!!!

そんで直江はよしひさが4歳か5歳だからそのあたりの頃の彼女を重点的に連絡を取り始めた。
オレはリビングでよしひさと話をした。

よしひさが言うにはママは会社のOLさんで、よしひさは保育園に行ってるそうだ。
でも今日、ママは「遠くにお出かけ」をしなきゃいけなくなって、保育園よりパパの家の方がいいからってよしひさをウチの玄関に置いて出かけてしまった。
パパの写真は家に飾ってあるから直江を見てすぐにパパだとわかった。そんな感じだった。

「そっか〜。でもパパはもうお兄ちゃんと結婚しちゃってるんだよ?」
「うん。パパんちにも赤ちゃんがいるってママが言ってたから知ってるよ」

赤ちゃん、てのはもしかして俊介のことかな?たまたま見て間違えたんだろうか?

「お兄ちゃん、僕お腹がすいたよ」
「そうだな。そろそろお昼ご飯の時間だな。食べたいものあるか?」
「オムライスがいいな」

親子3人分のオムライスを作った。よしひさのオムライスにはケチャップでクマさんを描いてやった。
もし隠し子だとしても子供に罪はないもんな。
罪があるとしたら直江にだ。

「おいしそう!」
「じゃあオレはパパを呼んでくるね」

2階の書斎に入って直江を呼んだ。

「パパ、お昼ご飯ができたよ」
「……パパはやめてください……」

ほとんどの元カノに電話したらしいけど全員直江との子供なんかいないってことだ。
あと残るは二人らしいが、電話番号が替わったりしてて連絡が取れないらしい。

「あとで鮎川に頼んで調べてもらいますよ」
「うん」

3人でオムライスを食べて、よしひさから手がかりを聞き出そうとしてみた。
どうやらよしひさはここから電車に乗って少しのところにあるマンションに住んでて、そのマンションは広いらしい。
とても普通のOLじゃ住めないようなイメージだ。たぶんキャリアウーマンだろう。

「お部屋は何階にあるんですか?」
「25階」

こりゃそうとうの年収がないと無理なマンションだぞ。

「ママのお仕事って?」
「しょーけんがいしゃってゆってた」
「証券会社ですか……」

満腹になったよしひさはお昼寝をしてしまった。寝てる子供は天使だよな。

「うーん、もしホントに直江の子だったらオレ、育ててもいいよ?」
「情が湧きましたか?」
「うん。なんか可哀想だし、いい子だし、仲良く親子になれそうな気がする」
「……あなたは本当にいい奥さんですね……」

今度は直江が泣いた。たぶん自分の子供じゃないだろうけど、そんなふうに考えてくれる奥さんが自分の奥さんだなんて、優しさにも慈悲深さにも感動しましたって。

「でも先にママを探してやんないとな」
「そうですね」

よしひさが昼寝をしてる間に鮎川さんに電話をして、直江と付き合ってた女で今は証券会社に勤めてる女の人をしらないか聞いてみた。
そしたらさすが鮎川さん。直江のご乱行をよーーーーく覚えてて、一人の女性に行き当たった。

『春日じゃないか?』
「春日?誰だ、それは」
『おまえに再三アタックして振られ続けたプライドだけ高い美人だよ。確か6年前に結婚したんだが、子供が生まれたとたんに離婚したんだ』
「でも子供はたちばなよしひさと名乗ってるが……」
『離婚した旦那の苗字が立花なんだよ。証券会社で営業やってるからそのまま立花姓にして置いたんだろう』

納得。すげー納得。鮎川さんの情報網と推理力は半端ねえ!!
ソンケーしちゃう!!

『俺、春日の携帯知ってるからあとでかけてみるわ。連絡ついたら直江に電話するから、それまでよしひさくんを預かっておいてくれ。ただ春日じゃなかったらまた別の人を探すしかないがな』

不安は残るけど、まあ今は親子ごっこしておくかー!

 

んで夕方、鮎川さんから電話があった。

「はい、橘です」
『ああ、高耶くんか。もしかして今って修羅場?』
「ううん、ケンカはしてないよ。でも空気がちょっと微妙」
『あんまり直江を叱らないでくれよ?』
「はーい。直江、鮎川さんから電話だよ」

鮎川のヤツめ、余計なこと言ったな、とブツブツ文句を言いながら直江が出た。

「そうか、春日さんとは連絡取れず仕舞いか……」
『ああ、でも春日の友達からはしっかり聞けたぞ。どうやら離婚した後に子供には『パパとは離れて暮らしてる』って言って、おまえの写真を見せてたらしいんだ。橘と立花で子供には漢字がわからないからいいんだってケラケラ笑ってたそうだ』
「迷惑な……」
『とにかく今日は春日に何回でも電話してみるから、おまえたちはよしひさくんを預かっててくれ』
「そうするしかあるまい」
『ちょっと常識のない女だったからなあ……』

と、ゆーわけで、直江の隠し子じゃないことがわかって一応安心はしたんだが、春日さんの勝手な行動にオレと直江は超憤慨。
でも可哀想なよしひさには優しくしてやんなきゃな!

「よしひさ、今日はここにお泊りだぞ」
「やったー!」

純粋にパパと会えて嬉しいと思ってる子供に、直江はパパじゃないんだと教えなきゃいけないこの辛さ!
オレはどうしたらいいんだ!!

そんで夜になってよしひさが一人じゃ眠れないってことで、和室に布団を敷いて直江と3人で川の字になって寝た。
緊張が解けたのかぐっすり寝てる。

「そのうち俊介さんともこうやって寝ましょうね」
「うん。でも春日さんが見つからなかったらどうしよっか……」
「離婚した旦那さんを探して引き取ってもらうか、児童相談所か……」
「なんで子供をこんな簡単に捨てるんだろ……オレが子供産めたら絶対こんなマネしないのに」

直江はよしひさを起こさないようにそっとオレにチューした。
やっぱりオレの旦那さんはいい旦那さんだ。昔のことは置いといて、今は誠実な旦那さんだ。

 

 

次の日の朝5時、何度もよしひさの寝相の悪さに蹴られたりして起こされて、睡眠不足の橘夫妻の家のインターフォンが鳴った。
よしひさはまだ寝てる。
直江とパジャマのまま玄関に出ると立ってたのは美人の大人の女の人だった。

「ええと……どなたですか?」
「春日です」

おいおいおい!直江に何度もアタックしたのに覚えられてないなんて気の毒な人だな!!
オレは美人なキャリアウーマン風の格好してたから特徴だけですぐわかったのに!!

「……私があなたを妊娠させてよしひさくんを産ませたそうですが、どういうことですか?」

げげ。直江、怒りMAXだ!!こんな直江はそう見られないぞ!!

「と、とにかく玄関先じゃなんだから、中に入ってもらおうよ!」
「こんな女を家に入れる筋合いはありません!」
「ご近所迷惑になるから!」

どうどうと直江の怒りを鎮めながらリビングへ。オレがパジャマでお茶を入れてる間に直江は出勤用のワイシャツとスラックスに着替えてきた。

「あなたは一体どんな教育をしてるんですか。聞けば証券会社のキャリアウーマンだそうじゃないですか。それが子供を騙して、さらには他人の家の前に置き去りにするなんて、そんな人間は信用できませんよ?!」

ごめんなさい……と、言うところなんだろうがこの人は違った。

「たった1日冗談で預けただけで何言ってるのよ。それでも教師?!」
「冗談なんかじゃ済まされないでしょう!私たちがどれほど心配したかわかってるんですか!」
「あんたが他の女に手を出してもアタシには出さなかった恨みを晴らしたかったのよ!相当奥さんと揉めたんでしょ?!奥さんなんかどこにもいないじゃないの!家出されたんじゃない!?ザマアミロだわ!!」

なるほど。直江が手を出さなかったのがよーくわかる。
直江はこれでも素直で可愛いのがタイプであって、こういう人として間違ってるのはタイプ外だったんだな。

「ママ!!」

怒鳴りあいに気が付いてよしひさがリビングに入ってきた。
泣きながらママに縋りついてまったく可哀想ったらありゃしねえ。

「パパとケンカしないで!」
「よしひさくん、私はあなたのパパではないんですよ。ママがよしひさくんに嘘をついてたんです」
「……パパじゃないの?」
「ええ。パパは別の人です」

うわーん!と泣き出したところをオレが和室に戻らせて、パパは別の人で調べればすぐにわかるんだよって教えてあげた。きっとよしひさの本当のパパは、直江よりずっと優しくていい人だから大丈夫って。

「でもな、よしひさ。これからはよしひさがママをしっかり守ってあげないとダメだ。いつまでも甘えてたらママはまた嘘をついてよしひさをこうして知らない人のお家に預けちゃうから。強くなってママを守れ」
「……わかった!」

おお、男らしいじゃねえか!!これなら安心かもしれないな!!
約束の指切りをして、何かあったらここに電話をしろ、とオレのケータイ番号を渡した。小さい友達ができた。

その間に直江が鉄壁の理論をかましてたらしく、二度とこのようなまねはしませんと念書を書かせていた。
超怒りMAXで超不機嫌な直江を一発で黙らせることができるのは奥さんだけだもんね!

「ではさようなら。二度と来るな」
「アンタってホントに昔っからサイテーよね!」

どっちがだー!!!

ようやく二人きりになったリビングで直江は大きな溜息をついた。昔の自分を反省してるんだそうだ。

「でも今の直江は奥さん一筋のいい旦那さんだよ。よしひさにも優しかったし、いいパパになりそうだった」
「私こそ、高耶さんの慈悲深さがあったから助かったんです。よしひさくんが帰るとき、小さく親指を立てたでしょう?あれ、高耶さんが何かしたんじゃないですか?」
「男同士の約束なんだ。ママを守れ!って」
「…………愛してます、高耶さん。あなたの何もかもを」
「へへへ」

機嫌が直った直江はオレの朝食で怒りも少し収まって、いつもみたくかっこいい旦那さんとして学校に出かけた。
なんかオレたちの周りにはお騒がせな人が多いけど、これはきっと橘夫妻に人望があるからに違いない。
決してオレたち夫婦がお騒がせキャラなわけじゃないぞ。

お茶を入れなおして一息ついてたらまたインターフォンが。

「は〜い」
『高耶〜、俊介預かって〜。お母さん、お友達と買い物に行くから〜』

うちは託児所じゃねえ!と言い掛けたが、今回は可愛い可愛い弟だ。
喜んで預かったらなんと4日間も預けっぱなしにしやがった。
直江も最初は大喜びだったけど、4日目にはハイハイで家中を荒らす俊介にぐったりして、すこーしだけイラッとしたらしい。

「物を投げちゃいけません!」
「…………ふぎゃーーーー!!!!!」

普段は甘やかしてくれる直パパに叱られたもんだから大泣きしちゃった。
それを宥めるのはもちろんお兄ちゃんなわけで。うー、大変だった。

「直江、パパ失格。もっと勉強しろ」
「はい……」

 

 

END

 

 
   

あとがき

隠し子ってのを
やってみたかっただけで
まとまりませんでしたが
お許しください。

   
   
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