最近あったかくなってきて、でも寒かったりもして変な気候だ。
おかげで毎日どこかしらが冷えてお腹がゴロゴロ〜って鳴って痛くなる。
「直江〜、またお腹痛い〜」
「ビオフェルミンちゃんと飲んでますか?」
「飲んでるよ。でも痛くなるんだもん」
「季節の変わり目ですからねえ……寒いと少しでも感じたら服を重ね着するとか、そういう対策をきちんとやるようにしてくださいよ?」
「はーい」
夕飯が終わると直江は書斎に入って学校の仕事をした。
今度は3年生のクラスだから生活指導からは外れて、学年主任だけやるらしい。
受験生の担任が大変だってことはオレも体験して知ってるから直江の仕事の邪魔はできない。
ホントはソファで直江の膝に座ってお腹スリスリしてほしいんだけどな〜。
俊介がポンポン痛いって仕草をするとスリスリしてやるくせに、オレにはしてくれないなんて、旦那さんとしてどうかと思うけど。
まあ確かにオレみたいなでかいのをポンポンスリスリするのもちょっと変か。
「は〜、今日もお腹にカイロ貼って寝るか」
直江より先に風呂に入って寝る準備。
とりあえずお腹にいいってゆう乳酸菌の入った健康ドリンクを飲んで、ホットカルピスを飲んで寝る前の静かなひと時を旦那さんのいないリビングでテレビ見ながら過ごした。
「ふわ〜」
眠くなってきたから書斎にいる直江に先に寝るよって伝えようとドアをノックしてから開けてみた。
「直江、オレ寝るけど……」
そう言ってドアを開けたら直江が何かをサッと隠した。なんだ?!オレに隠し事か?!
「寝るんですか?じゃあお先にどうぞ」
「……チューしてくれたら寝る……」
「ええ、もちろん」
椅子から立ち上がってチューした。その隙に隠したものを見てやろうと思ったけど、どこに隠したのか見えずじまい。たぶん机の引き出しの中だ。
チッ。
そのうち真相を突き止めてやる。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
ベッドに入ってからも色々考えたけど、何を隠したか見当もつかない。
仕事の書類かな?でもテスト用紙以外は別に見せてもかまわないって言ってたけどな。
まーいい。今日はもう寝るぞ。
翌朝、直江は何度起こしても起きなくて、布団を剥がして背中を叩いてやっと起きた。
どうやら昨日の夜は深夜まで仕事してたみたいで、寝不足の顔をしてた。
「遅刻するよ〜。早く起きてメシ食って」
「はい……」
大きなあくびをしながらとりあえず洗面所に行った。
その間に奥さんは味噌汁とご飯をよそって旦那さん待ち。パジャマのままダイニングに来て食欲がなさそうに食べ始めた。
さすがに寝不足だと胃もたれしちゃったりするんだろうな。
「おかゆにすれば良かった?」
「いえ、大丈夫です」
高耶さんのご飯は美味しいから胃もたれなんか怖くないですよ、だって。愛されてるなあ、オレ。
ちょっと残したけどとりあえずしっかり食ってた。
そんで奥さんの愛妻弁当を持って直江は出勤。
行ってらっしゃいのチューもした。
「さてと」
昨日、直江が隠したものを見てやる!夫婦間で隠し事はなしだ!
ちょっとドキドキしながら書斎に行ってドアノブを回した。……鍵がかかってる……。
いつもは鍵なんかかけないくせに……。ますます怪しい。
「いつか暴いてやるからな〜」
浮気の証拠だったり、奥さんへの不満を書き綴った日記だったりしたら離婚してやるから!!
でも直江は毎日オレにチューするし、お尻も触るし、愛してますって言うし、浮気の証拠や日記が出てくるような気はしないんだよな〜。
いったい何を隠してるんだろ。
ちょっぴり心にわだかまりを残しながらも時間が過ぎて、オレはあることに気が付いた。
ホワイトデーのお返しを作るの忘れてた!!
直江にチョコを渡した愚か者どもを「奥さんの手作りクッキー」で全員意気消沈させる毎年の行事を忘れてた!!
「今年はなんだか増えて64個も貰ってたから64人分か……小遣いで足りるかな……」
「なんの話ですか?」
「バレンタインのお返しの『奥さんクッキー』の話に決まってんじゃんか!今からジャスコに行くぞ!!」
「え?今から?」
「クルマで行けば閉店に間に合うから!」
渋る旦那さんをチューとホッペスリスリと上目使いで陥落してクルマを出してもらった。
今年はサクサクなバター大量投入のクッキーにしよっと。
「小遣いじゃ足りないから直江も半分出すんだからな」
「ええ?」
「おまえがもらってきたチョコのお返しを奥さんが負担するってこと自体が間違ってるんだ。直江が全額出したっておかしくないんだ。優しい奥さんに感謝しろ」
「はい……」
そんで翌日からクッキー作りを始めた。
丸一日かかってクッキーを焼いて、次の日はラッピングで丸一日使った。
最近のオレとしてはすごい労働したって感じでマジで疲れたよ。
「よくこんなにたくさん作りましたねえ……」
「奥さんの座を守るためならクッキーの64人分だろうが100人分だろうが作るんだよ!」
「そんなことしなくても私の奥さんは高耶さんだけなのに」
「……本当にそう思ってる?」
「ええ、思ってますよ。だから市販のクッキーでもいいんです」
それはオレのプライドが許さない。
奥さんの手作りってことが重要なんだ。市販のものなんかでお返ししたら、橘先生に猛アタックをかける馬鹿者が出てくるかもしれないじゃんか!!
「ちゃんと『奥さんの手作りです』って言って渡すんだぞ。約束だからな。守らなかったらチューもお尻も1ヶ月禁止するから」
「……しっかり全員に言って渡しますとも!」
「よし!」
で、ホワイトデー当日、直江は全員にマジで「妻の手作りなんですが」と言いながら渡したらしい。
ほとんどの人が「ステキな奥さんですね〜」と言ってくれたらしいが、中には本気で泣きそうになった女もいたとか。
「誰?」
「山本先生と山田先生とあとは女子生徒3人です」
「抹殺リスト更新しとかなきゃな」
美弥にも渡したそうで、小さい声で「お兄ちゃんが毒入れてたりして」なんてニヤリと笑ったから直江はゾッとしたそうだ。
毒なんか入ってねえよ。二人で味見もしただろうが。ま、怨念は入ってるかもしれないけどな。
「それでですね、奥さん」
「ん?」
「奥さんへのお返しは特別に用意しました。少し時間がかかってしまいましたが、本当に特別なんですよ」
「へ〜、なんか嬉しい!」
「持ってきますから待っててください」
リビングでウキウキしながら待ってたら、直江が洒落たラッピングのブツを持ってきた。
「高耶さんの歴チョコに負けないぐらい頑張りました」
頑張りました……???
「あ、開けていい?」
ちょっと開けるの怖いんだけど。
「ええ、早く開けてみてください」
恐る恐るラッピングのリボンを解き、中に薄紙に包まれてるものを出し、丁寧に紙を外してみたら。
「………………これって」
「なかなかうまく作れたでしょう?といっても市販のものに縫い付けただけなんですが」
顔を赤くしながら自分の作品を誇らしげに見る直江。オレに隠してたものってコレだったのか。
毎日コツコツと慣れないお裁縫をしてたんだもんな。褒めて喜びたいが。しかし。
賛否両論あるだろうけど、オレとしては最悪なホワイトデープレゼントだと思う。
だって……だって……!!
水色の毛糸の腹巻に、でかく「愛」の文字と、その下に「TAKAYA」ってアップリケがしてあるんだ!!
「愛」の文字はあの大河ドラマの直江の兜とソックリだから、オレの歴チョコと同じく、って考えがあったとしても、でもだからって水色の腹巻に赤で「愛」の文字と、全部色の違う「TAKAYA」って文字が哀愁どころか笑いと悲しさと情けなさを感じるわけだよ!!
センスってもんが1ミリもねえんだよ!!
「最近ずっとお腹が痛いって言ってましたから、愛のこもった腹巻で温まってもらおうと思って」
ニコニコしやがって、くそ〜。これじゃ怒れないどころか笑って喜ばないといけないじゃんか!
「あああ、ありがとう、直江!!」
「どういたしまして」
ひーん!!こんな腹巻ヤダー!!
でもそれからというものの、お腹が痛くなって仕方なくその腹巻をすると、膝に乗っけてお腹をスリスリしてくれるようになった。
結果的は良かったんだろうけど、その腹巻をしなきゃいけないオレのダークな気分はどうなるんだろ。
来年はよ〜〜〜く考えてからバレンタインチョコをあげなきゃいけない。
これって学校のテストより難しいかも……。
「似合ってますよ、高耶さん」
「……うう」
うわーん!!
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