奥様は高耶さん



第37


スカウトとオレ

 
         
 

 

美弥がどうしても欲しいものがあるとかで、一緒に新宿に行った。
どうやら美弥の小遣いだけじゃ足りないから「お兄ちゃん買って〜」ってな感じだ。
たまには妹に付き合ってやろうと思って日曜日に待ち合わせして新宿に出たんだ。

デパートに連れて行かれて女の子の服のフロアに行った。美弥が欲しいのは最近の流行らしき半袖のパーカーだった。
値段を見てみるとパーカーなのに1万5千円。しかも半袖で布だって少ないのに!

「高けえ……」
「美弥が1万円出すからお兄ちゃん残りのお金だして〜?」
「わかったよ……」

仕方なく5千円を出して服を買った。美弥もバイトぐらいしろってんだ。

「やったー!お兄ちゃんやっさしー!」
「感謝しろよー」

それから外に出て歩いてると家電製品の大きな店があったから、そういえば直江の電気シェーバーの網が弱ってきてたな、と気が付いてそれを買いに店に入ろうとした。

「え〜?ここ入るの〜?」
「なんだよ」
「混んでるからヤダ」
「じゃあすぐ戻るからここで待ってろ」

網を買う程度なら10分ぐらいありゃ大丈夫だろ、と思って買いに行った。
で、戻ってきたら美弥がなんかチャラチャラした男と話してるところに出くわした。

「おい、美弥」
「お兄ちゃ〜ん!遅いよ〜!もうこの人しつこくて大変なの!」
「お兄さん?マジ?」

オレをバカにしてるかのようなチャラ男の喋り方がものすごいイライラした。
聞いてみるとどうやら美弥を高校生って知っててキャバクラに勧誘してるっぽい。それ犯罪じゃんか。

「ナンバーワンになれるから働いてみない?」
「しつこいなあ、もう!お兄ちゃんどうにかして!」

妹のためだ、仕方がない。追い払わないとな。

「いい加減にしろ!こっちが大人しくしてりゃいい気になりやがって!」

とりあえず怒鳴ってみた。そしたらチャラ男は一目散に逃げ出してしまった。

「ちょっと怒鳴っただけなのに」
「……今のお兄ちゃん、すごい怖かったんだけど……」
「え?そうか?」
「義明さんにもそうやって怒鳴るの?」
「まあ、たまに」

へー、とか言いながら尊敬の眼差しをされた。しかもお兄ちゃんを見直したとか言ってる。
オレはちょっと怒鳴っただけなのに。そんなに怖かったのかな?

「もういいだろ、帰ろうぜ〜」
「うん」

電車に乗って美弥は家に、オレは自分の家に帰った。

「ただいま〜」
「おかえりなさい。何を買わされたんですか?」
「服なんだけど、オレには価値がわかんなかった。あ、直江のシェーバーの網買ってきたから後で付け替えろよ?」
「はい」

それで美弥をキャバクラにスカウトした男の話をした。そしたら直江は高校生と知ってもスカウトするなんて冗談じゃないって憤慨してた。
やっぱ直江は高校教諭だから生徒の心配とかしてるんだろう。
でもオレを高校生って知ってて奥さんにしたのは冗談で済まされないし、キャバクラの勧誘より悪質なんじゃないだろうか。
ま、今は卒業しちゃったし、相変わらず熱々カップルだからいいか。

「しかし高耶さんに怒鳴られるなんて……ちょっと同情しますね」
「どこが?」
「わからないならいいですよ」

何を言いたかったんだろ。美弥もなんとくおかしかったしなあ……。まあいいか。

「直江?」
「はい、なんですか?」
「今度は直江と一緒に買い物行きたいな〜」
「何が欲しいんですか?買ってあげますよ」
「今日デパートで見たドレッシング作る瓶とか、デパ地下の高級明太子とかかな」

直江はクスクス笑いながらギューして「買ってあげますよ」だって。
来週の日曜日にまた直江と新宿行こうっと!

 

 

そして来週の日曜日、要は今日、直江と新宿に来た。

「新宿はいつ来ても混雑してますね」
「すぐ疲れちゃうよ〜」
「じゃあ買い物が終わったらパーラーでケーキでも食べましょう」
「さんせーい!」

デパートでドレッシングを作る容器と、明太子と、あとオレのおねだりで直江とお揃いにしたいスニーカーを買った。
ちょっと高かったけど、直江とお揃いなんだから超嬉しい!

「じゃあパーラーに行きましょうか」
「うん」

新宿には有名なパーラーがある。ちょっと高級な果物を使ったケーキやパフェが美味しいらしい。
で、そこに向かってる最中にスーツを着たおじさんに声をかけられた。

「すいません、少しだけいいですか?」
「は?」

なんかオレを見て感心したような表情だ。なんだよ、ジロジロ見るな。減るだろーが。

「キミさ、タレントになってみたくない?」
「タレント?」
「バラエティやドラマに出るような仕事だよ。どっちかって言うとドラマをやって欲しいんだけどね。キミみたいな眼に力がある男の子は少ないんだよ。どう?芸能界に入らない?」

もらった名刺を見てみると、テレビ番組にたいして詳しくもないオレが知ってるほどの大きな会社だった。
もちろんおじさんは身分証明書として免許証も出してきた。

「キミならデビューして2ヶ月ぐらいでドラマのレギュラー取れると思うよ!」
「でも〜」

オレは直江の奥さんだし。芸能界なんか興味ないし。

「別にやりたくないから結構です」
「え?!もったいないよ!」
「でもやりたくないし。テレビ出たくないもん」
「絶対にスターになれるよ?!」

ここまで食い下がってきてくれるのはいいんだけど、なんてゆうか……隣りにいる男の空気がメチャクチャ重くなってきてるんだよな。そろそろ本気で怒り出すかもしんない。

「いい加減にしてください。嫌だと言っているのが聞こえないんですか?」

やっぱ限界だったか。直江が怒ると怖いんだよな〜。

「あまりしつこいと警察を呼びますよ。すぐそこに交番もあることですし」
「え、あ、そんなつもりはないんですが……じゃあ残念だけど諦めます」

直江にビビりながらおじさんは人混みに消えていった。

「私の奥さんにそんな仕事をさせるだなんて100年早いですよね」
「な〜。オレは直江の奥さんでいるのが一番いいんだもん」

そーいや高校生の時に高坂クッキング教室で料理タレントになれってスカウトされたのを思い出した。
あの時も直江は超怒ってたっけ。

「直江の奥さんだけでいて欲しい?」
「もちろんですよ。芸能界に高耶さんが入ったら仕事たくさん取れるでしょうから私が捨てられてしまいます」
「捨てるわけないじゃん!直江が一番大事なんだから!」

直江はちょっと涙目でオレを見て「うう」とか言ってた。ここでギューできないのが悔しいんだろうな。
オレもちょっと悔しいかな?

「早くパーラー行こう」
「ですね」

パーラーが入ったビルのエレベーターで1回だけチューされた。直江の我慢は家に帰るまで続くんだろうな〜。
パーラーは思ったより空いてて、待たされることもなく座れた。
でもケーキ食ったり果物食ったりしてたら直江の視線がバチバチ飛んでくる。
特に果物を食べる唇に。

「……なんかエッチなこと考えてる?」
「ええ、まあ」

涼しい顔でエッチなこと考えてるなんて誰も気が付かないだろうな。学校でもたまにオレを思い出してエッチな気分になるって言ってたぐらいだ。

「帰るまで顔に出すなよ?」
「わかってますよ」

けどこの視線を浴びながらケーキ食うのってちょっと拷問だよな。

 

 

次の週も直江と出かけた。また新宿だ。直江がやってる家庭菜園の道具が欲しいそうで。
毎週毎週オレも新宿に出かけてるんだからちょっと飽きてきたな。

「たぶんこのデパートにあるはずなんですが」

周りを見渡したらハンズってゆー看板があった。

「あれだよ、行こう」
「ええ」

ちょっと通路が狭くて先を歩く直江についていくのが大変だった。奥さんなのに並んで歩けない通路が憎い。
どうにかしろ、ハンズ。

「ガーデニングはここのコーナーですね」
「うん。でも何を買うんだ?」
「ちょっと前に植えた瓜が蔦を巻けるようにしておくんですよ」
「ふーん」

とうとう瓜にも手を出しやがったか。トマトとナスとピーマンじゃ飽き足りないのか〜。
家庭菜園に目覚めるとは思ってもみなかったけど、庭いじりしてる直江もかっこいいから許す。
品物を買ってそれからお昼ご飯を食べるためにちょっとだけ歩いた。直江オススメの豚カツ茶漬けを食うためだ。
豚カツを茶漬けってどうなんだろう?と思ったけどビックリするほど美味かった。今度家でも作ろうっと。

「は〜満腹」
「美味しかったでしょう?」
「うん。意外に合うんだな、豚カツとお茶漬けって」
「タマゴと牛丼みたいなものでしょうね」
「そっかー」

食べ終わって満腹になったから1駅歩いて帰ることにした。腹ごなしの散歩って感じ。
歌舞伎町に入って物珍しさにキョロキョロしてたら、目の前に30歳ぐらいのサラリーマン風だけどそうでもなさそうな男の人が立ち塞がった。
驚いてその人にぶつからないように歩こうとしたら、直江がそいつに捕まった。

「待って!待ってください!」
「……なんでしょうか?」

男の人は金色の名刺を出して直江に押し付けた。そーいえばこの人……テレビで見たことあるかも。

「僕はホストクラブ『ミラージュ』の開崎といいます!あなた!ホストやってみませんか?!」
「いえ、興味ないんで結構です」
「そう言わないで!!あなたならすぐにナンバーワンホストになれますよ!僕の眼は確かですよ!」
「妻帯していますから」

思い出した!深夜のテレビでたまに出るホストクラブのオーナーとかいう人だ!
顔は普通だけど眼鏡と軽快なトークで老舗ホストクラブでナンバーワンになって、それから自分でお店を作った面白い人だ!
でも直江をスカウトって!

「妻帯してたっていいじゃないですか!なんなら黙っていればいいだけです!高級車に高級時計にお小遣いを女性たちから貰えますよ!しかも広い家だって買えます!」
「ですから、興味はありません」
「一回だけでもやってみたら違いますから!今日からどうですか?!」

……高級車?高級時計?お小遣い?広い家?
オレの旦那さんになんてゆー誘惑をかましやがるんだ、こいつは!!

「高級車も、高級時計も、お小遣いも、広い家も、すでに持っていますからいりません」
「さらにグレードアップできるんですよ!?」

オレの堪忍袋の緒が切れた。

「いい加減にしろ!!オレの旦那さんにホストなんかやらせるもんか!!」

直江の腕を取って渡さないぞとばかりに睨んでやった。

「え?旦那さんて?キミが、この人の……奥さん?」
「そうだ!!」
「あ〜……そりゃダメだ。ゲイの子はうちの店でも1人いるけど……売り上げは良くないんだよね……」

そりゃそうだ!!男が好きなのに女の人たちをチヤホヤできるもんか!!

「済まなかったね。諦めるよ。旦那さんを大事にしなね?」
「ったりめーだ!!」

鼻息も荒くして追い払った。ふん!!

「高耶さん……もうこの場を離れませんか?周囲の視線が……」

腕をオレという男に掴まれて、さらに「オレの旦那さん」発言を大声で言って、自分が奥さんだってことを歌舞伎町の大勢の人混みの中で認めちゃったんだ。

「うう……」
「そんな奥さんも大好きですよ?」

顔を真っ赤にしながら直江より先に歌舞伎町を歩いた。道がわかんないけど歩いてればどうにかなるだろ!

 

 

 

 

そんで帰ってきてやっと顔の赤みが消えた。家の中なら直江と二人きりだし恥ずかしくない。
でもまだちょっと恥ずかしいのは、直江に「そんな奥さんも大好き」って言われたからだ。
しかも直江の膝に座らせられてチューしてるからもうちょっと恥ずかしい、かも。

「新宿から帰ると必ず高耶さんとエッチしたくなるのはなんででしょうね?」
「知るか」
「もしかしたら誘惑の多い場所に中てられたからでしょうか」
「そうかもしれないけど……」

直江ってたぶんどんな場所でも、どんな事があっても、オレと結び合わせてエッチなこと考えてるからだと思うな。
今だってもうお尻さわってるし。

「……そうゆう直江も大好き……」
「高耶さん……」
「もっとチューしろ」
「はい」

エッチな直江も怖い直江も好きだ。でも優しい直江が一番好きかも。

 

END

 

 
   

あとがき

16歳の女の子を
キャバ嬢にスカウトしてる
バカを新宿でみかけたので。

   
   
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