奥様は高耶さん |
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新学期になってから図書室が規模を大きくしたらしい。 「へ〜、生徒数減ってんだな」 直江の頭のいいところ、背の高いところ、運動神経のいいところ、ハンサムなところ、優しいところ。こんな長所を持った子供だったらきっと手もかからないんだろうな〜。 「高耶さんに似たら、純情で優しくて美人な子供になりますね」 でもウチには子供が生まれない。だから俊介をみんなで可愛がることにしたんだ。 「図書室が大きくなることは先生にとってはプラスなんですよ。いらない教室を潰して図書室カフェのようなものにすると、生徒もいくらかは本を読んでくれるでしょうしね」 そしたら直江と歴史の本を読んで色々と説明してもらいながらテーブルの下で足だけイチャイチャ、みたいな! 「それで明日なんですが、図書室の改装を手伝うので夜は少し遅くなります」 直江は歴史関係の本を整理して並べたりする係らしい。 「あんなにたくさんの歴史書に埋もれていられるのかと思うと幸せですね……」 直江にとっては大問題だったらしくしばらく固まってた。奥さんと母、だもんな。 「夢中にならないようにしっかり帰ります」 踏み絵はやらないってことだよな。だったらいいや。 「毎日奥さんが寂しがって待ってるってことを忘れるな」 チューしてもらって約束した。高耶さんが歴史より好きです、って。
そんな直江が図書室の整理整頓を手伝って帰ってきた。 「なんの本?歴史?」 直江の手にあったのは「ベルサイユのばら」文庫全5巻。大昔の少女マンガだ。 「面白いのか?」 出た、歴史男。 「1週間借りられますから、ぜひ高耶さんも!」 その日から夕飯後のイチャイチャタイムは直江がベルばらを読み、オレはその直江のハマり具合を観察しつつベタベタしてみた。 「どう?面白い?」 直江がお風呂に行ってる間、オレはベルばら1巻を読んでみた。 「高耶さん、お風呂出ましたよ。交代しましょう」 オレの手にはベルばら3巻。夢中で読んだらすっげーハマって、マリーアントワネットの先々が気になってしょうがない。 「さすが宝塚で上演されるだけあるよな〜」 直江がニコニコしながらオレの隣りに座って2巻を読み出した。趣味を共有できるのが嬉しいらしい。 「どうする?そろそろ寝る?」 ベルばらを持ち込んでベッドの上で読んだ。
次の日、美弥からメールが来た。図書館カフェは大盛況だそうで、席が埋まってしまって座れないほどだそうだ。 「ああああ!アントワネット!!それは危険だ!!」 とか 「うわー!アンドレが!アンドレがああああ!」 とか 「何やってるんだ、フェルゼン!もっと頑張れよ!!」 とか 「オ、オスカル、アンドレ……うう、良かったなあ……」 とか 「アンドレ!アンドレー!!」 とか、とにかく自分もこのマンガの中にいるような状態で笑ったり泣いたり叫んだり。 「ただいま、高耶さん」 玄関まで迎えに行ってそのまま抱きついて泣いた。 「どうしたんです?」 強めに怒られてオレのガラスのハートがビシッとひび割れた。 「直江なんかアンドレにもフェルゼンにも負けてるくせに!!いいよ!!ベルばら持って書斎で読め!!夕飯は作らないからな!書斎でカップラーメンでも食ってろ!!」 あんまりにも旦那さんの言い方がきつかったから奥さんはもう御冠だ。 「高耶さん!!」 んでオレはそんな直江をほっぽって駅前で牛丼食って帰った。旦那さんから何度も電話やメールが来たけど無視だ。 「直江〜」 ひくーい声がドアの向こうからした。怒るところが間違ってるんじゃないか? 「全部読み終わったのか?」 うわ。こええ。マジで超怒ってる。 「アンドレ」 と、言ってみた。 「……アンドレですか……ああそうですか……」 反省したかな?まあ出てきたらチューでもしてやろうかな。 「じゃあ高耶さんはアンドレとお幸せに」 おっかない顔のまま直江は玄関に行った。なんで玄関? 「明日以降に離婚届けを送りますから。アンドレが一番好きなんでしょう?」 えーと、一応これは直江が怒ってるってことだよな? 「……どこ行くの?」 超怒ってるんだけど、なんか違わないか? 「他の男ってアンドレのこと?」 直江は歴史と現実がゴチャゴチャになってて、しかも頭に血がのぼっちゃってるからまともな考えができないようだ。 「んーと、本当は直江が一番好きだよ」 ザ☆泣き真似だ!!これで直江も落ちるだろう!! 「た……高耶さん……そんな泣かなくても……」 ほら、すぐに落とせるだろ?この技はオレしか有効じゃないけどな。 「いつも直江が一番だから……直江に怒られると悲しくなって……」 ようやく現実に帰ってきた直江がギューしてくれた。なんかこいつに歴史を与えると危なっかしいんだな。 「ベルばらはもう図書室に返してくれる?」 チューして一緒にリビングに行った。そんでイチャイチャしながらラブでメロウな時間を過ごし。 「アンドレのことは忘れてくれますね?」 オレに何かの称号が与えられるとしたら『直江マスター』だな。直江のことは全部知ってるオレしかいない。
そして翌日ベルばらは直江の手で図書室に返された。橘先生がベルばら?って笑われたらしいが知るか。 「……橘先生」 呆れるよりも怒りが買った。なんでこいつは理解しないんだ。歴史なんかなくなってしまえ! 「直江より諸葛孔明が好きだ」 オレが三国志で知ってる人物は諸葛孔明だけだけど、たぶんこいつは直江よりはマシな思考回路に違いない。 「たぶん直江より諸葛孔明の方が好きだ」 こんな感じのアホらしいことがいつになったら終わるんだろうか。歴史マニアは手に負えないぞ。 END
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あとがき |
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