奥様は高耶さん



第38


ベルばらとオレ

 
         
 

 

新学期になってから図書室が規模を大きくしたらしい。
少子化が進んで生徒が減っている中、教室をひとつ潰して大きめの図書室を作り、さらにカフェ的要素を加えて図書館内にジュースの販売機を備え付け、本を読みながらジュースが飲めるという開かれた図書室作りだそうだ。

「へ〜、生徒数減ってんだな」
「少子化ですからね……不況になって子供を作れるほどお金のある人は少ないみたいですよ」
「オレが子供産めたら5人ぐらいは欲しいなぁ」
「5人とはまた大きく出ましたね」
「オレと直江で働けば5人ぐらい大丈夫だよ」

直江の頭のいいところ、背の高いところ、運動神経のいいところ、ハンサムなところ、優しいところ。こんな長所を持った子供だったらきっと手もかからないんだろうな〜。

「高耶さんに似たら、純情で優しくて美人な子供になりますね」
「オレたちの長所だけ遺伝したらいいのにな」

でもウチには子供が生まれない。だから俊介をみんなで可愛がることにしたんだ。

「図書室が大きくなることは先生にとってはプラスなんですよ。いらない教室を潰して図書室カフェのようなものにすると、生徒もいくらかは本を読んでくれるでしょうしね」
「オレが生徒だった時に図書館カフェにしてくれれば良かったのにー」

そしたら直江と歴史の本を読んで色々と説明してもらいながらテーブルの下で足だけイチャイチャ、みたいな!
そんなことが出来たのに!!

「それで明日なんですが、図書室の改装を手伝うので夜は少し遅くなります」
「何時ぐらい?」
「10時には帰ってこれると思います」

直江は歴史関係の本を整理して並べたりする係らしい。

「あんなにたくさんの歴史書に埋もれていられるのかと思うと幸せですね……」
「だからって埋もれて夢中になって家に帰ってこない時はお仕置きだからな」
「……どんなお仕置きなんでしょうか……?」
「踏み絵だ。オレとお義母さんの写真を並べてどっちかを踏んでもらう」

直江にとっては大問題だったらしくしばらく固まってた。奥さんと母、だもんな。

「夢中にならないようにしっかり帰ります」

踏み絵はやらないってことだよな。だったらいいや。

「毎日奥さんが寂しがって待ってるってことを忘れるな」
「はい」

チューしてもらって約束した。高耶さんが歴史より好きです、って。

 

 

 

そんな直江が図書室の整理整頓を手伝って帰ってきた。
明日から図書室カフェになるんだそうだ。で、生徒に先を越されてたまるかって言って何冊か文庫本を借りて帰ってきた。

「なんの本?歴史?」
「これです!歴史ですがマンガ!高耶さんも読めると思いまして!」

直江の手にあったのは「ベルサイユのばら」文庫全5巻。大昔の少女マンガだ。

「面白いのか?」
「ええ!フランス革命のお話ですからね!ベルばらはフィクションですが、ある意味とても史実を伝えるマンガなんですよ!」

出た、歴史男。
それをオレも読めってゆーのかよ。大昔の少女マンガなんか俺には面白くないっつーの。

「1週間借りられますから、ぜひ高耶さんも!」
「んー、気が向いたら読む」

その日から夕飯後のイチャイチャタイムは直江がベルばらを読み、オレはその直江のハマり具合を観察しつつベタベタしてみた。
1巻を1時間で読み終えた直江は「ふー」と溜息をついて眼が少女マンガ風にキラキラしてた。
直江は歴史となると夢中になって、読んだ本や見たテレビの影響を受けちゃうから面白い。

「どう?面白い?」
「ええ、これぞまさにベルサイユです」
「……ふーん」
「じゃあ私はお風呂に入ってきます」
「うん」

直江がお風呂に行ってる間、オレはベルばら1巻を読んでみた。
へー、そうなんだ。ふーん、すげーな〜。これがベルばらか。

「高耶さん、お風呂出ましたよ。交代しましょう」
「ん〜。まだいい。今コレ読んでるから」

オレの手にはベルばら3巻。夢中で読んだらすっげーハマって、マリーアントワネットの先々が気になってしょうがない。
オスカルもいつの間にかフェルゼンにラブになってるし。

「さすが宝塚で上演されるだけあるよな〜」
「もう3巻ですか?早いですね」
「マンガは読むのはやいんだよ」

直江がニコニコしながらオレの隣りに座って2巻を読み出した。趣味を共有できるのが嬉しいらしい。
3巻を読み終えてオレは風呂に。出たら直江はまだ2巻の途中だ。

「どうする?そろそろ寝る?」
「ええ、そうですね。もう11時になってしまってるんですね」
「オレ、4巻読みながら寝る」
「じゃあ私は3巻まで」

ベルばらを持ち込んでベッドの上で読んだ。
でも直江もオレもしばらくして寝ちゃって、続きは明日以降に持ち越しだ。

 

 

次の日、美弥からメールが来た。図書館カフェは大盛況だそうで、席が埋まってしまって座れないほどだそうだ。
図書委員も顧問の先生も忙しいだろうな。
でもオレは手元にあるベルばらがあればいい。
今日は俊介の子守にも、橘不動産のバイトにも行かずに読み続けた。

「ああああ!アントワネット!!それは危険だ!!」

とか

「うわー!アンドレが!アンドレがああああ!」

とか

「何やってるんだ、フェルゼン!もっと頑張れよ!!」

とか

「オ、オスカル、アンドレ……うう、良かったなあ……」

とか

「アンドレ!アンドレー!!」

とか、とにかく自分もこのマンガの中にいるような状態で笑ったり泣いたり叫んだり。
こんなマンガを作った先生はスゴイよ!!尊敬するよ!!
オレ、アンドレみたいな旦那さんが欲しい〜!!

「ただいま、高耶さん」
「なおえ〜」

玄関まで迎えに行ってそのまま抱きついて泣いた。

「どうしたんです?」
「オスカルが、オスカルが〜」
「……最後まで読んだってことですか?」
「読んだ……」
「私はまだなんですから内容を言わないでくださいよ」
「…………言いたい…………」
「聞きません!」

強めに怒られてオレのガラスのハートがビシッとひび割れた。

「直江なんかアンドレにもフェルゼンにも負けてるくせに!!いいよ!!ベルばら持って書斎で読め!!夕飯は作らないからな!書斎でカップラーメンでも食ってろ!!」

あんまりにも旦那さんの言い方がきつかったから奥さんはもう御冠だ。
ベルばらとカップラーメンとポットを持たせて書斎に閉じ込めた。外開きのドアには突っ張り棒をして中から開けられないようにしてやった。
ザマアミロ、奥さんのハートをひび割れさせる旦那さんなんか閉じ込められてしまえ!!

「高耶さん!!」
「黙って読んでろ!!」

んでオレはそんな直江をほっぽって駅前で牛丼食って帰った。旦那さんから何度も電話やメールが来たけど無視だ。
そして家に帰って風呂に入って。
そろそろ許してやろうかと書斎のドアをノックしてみた。

「直江〜」
「…………私はアンドレにもフェルゼンにも負けてるんですか」

ひくーい声がドアの向こうからした。怒るところが間違ってるんじゃないか?
でもオレの旦那さんは奥さんに超ラブだから怒っても仕方がないのかな?

「全部読み終わったのか?」
「ええ。それで私とアンドレとフェルゼンだったら誰を旦那さんにしたいんですか……」

うわ。こええ。マジで超怒ってる。
ここは速やかに「もちろん直江だよ」と言いたいところだが、オレはまだガラスのハートが負傷中だから、

「アンドレ」

と、言ってみた。

「……アンドレですか……ああそうですか……」
「怒った直江は嫌いだもん」
「わかりました……もう怒りませんから出してください……」

反省したかな?まあ出てきたらチューでもしてやろうかな。
突っ張り棒を外してドアを開けたら、そこに仁王のような顔をした旦那さんが立っていた。

「じゃあ高耶さんはアンドレとお幸せに」

おっかない顔のまま直江は玄関に行った。なんで玄関?

「明日以降に離婚届けを送りますから。アンドレが一番好きなんでしょう?」
「は?」
「もう高耶さんの旦那さんなんてやってられません。他に好きな男がいる奥さんで私が我慢できるわけないでしょう」

えーと、一応これは直江が怒ってるってことだよな?
でも離婚届をもらっても書類で結婚してるわけじゃないし、アンドレはマンガの中の人なんだけど。

「……どこ行くの?」
「実家に帰らせてもらいます」
「なんで?」
「高耶さんが他の男を好きになったからでしょう!!」

超怒ってるんだけど、なんか違わないか?

「他の男ってアンドレのこと?」
「そうですよ」
「オレにアンドレと結婚しろってゆうこと?」
「ええ」

直江は歴史と現実がゴチャゴチャになってて、しかも頭に血がのぼっちゃってるからまともな考えができないようだ。
うーん、ここはオレが冷静になるしかないのか。

「んーと、本当は直江が一番好きだよ」
「……じゃあなぜさっきはアンドレだなんて言ったんですか」
「だって直江が怒るから……本当は直江が一番なのに、ああやって怒るから悔しくて……ぐすん」

ザ☆泣き真似だ!!これで直江も落ちるだろう!!

「た……高耶さん……そんな泣かなくても……」

ほら、すぐに落とせるだろ?この技はオレしか有効じゃないけどな。

「いつも直江が一番だから……直江に怒られると悲しくなって……」
「ああ、ごめんなさい!私が悪かったんですね!そんなに悲しい顔をしないでください。謝りますから泣き止んでください」
「うう〜」
「高耶さん……」

ようやく現実に帰ってきた直江がギューしてくれた。なんかこいつに歴史を与えると危なっかしいんだな。
明日から家の中だけは歴史を持ち込まないでもらおうかな。

「ベルばらはもう図書室に返してくれる?」
「ええ。どうせ読み終わりましたし、アンドレがこの家にいること自体がもう気に入りませんから」
「チューしろ」
「はい」

チューして一緒にリビングに行った。そんでイチャイチャしながらラブでメロウな時間を過ごし。

「アンドレのことは忘れてくれますね?」
「うん。直江も忘れてくれよ?」
「もちろんです。私の可愛い奥さんはあなただけですから。アントワネットより可憐でオスカルよりも凛々しいあなたが一番ですよ」
「直江〜」

オレに何かの称号が与えられるとしたら『直江マスター』だな。直江のことは全部知ってるオレしかいない。

 

 

そして翌日ベルばらは直江の手で図書室に返された。橘先生がベルばら?って笑われたらしいが知るか。
夫婦間に歴史を持ち込まない約束はしてくれたけど、夫婦間じゃなくて自分ひとりの中でなら持ち込むらしい。
オレの目の前にある本のタイトルは『三国志』だ。マンガだけど歴史の本だ。

「……橘先生」
「え、なんですか?いきなり本気モードですか?」
「また三国志ですか、橘先生」
「え、ええ」

呆れるよりも怒りが買った。なんでこいつは理解しないんだ。歴史なんかなくなってしまえ!

「直江より諸葛孔明が好きだ」
「えええ!!そんな!!!」

オレが三国志で知ってる人物は諸葛孔明だけだけど、たぶんこいつは直江よりはマシな思考回路に違いない。

「たぶん直江より諸葛孔明の方が好きだ」
「私の奥さんが他の男を好きになるなんて!!」
「それを返してきたら直江が一番好きになるかもしんない」
「返してきます!!」

こんな感じのアホらしいことがいつになったら終わるんだろうか。歴史マニアは手に負えないぞ。



END

 

 
   

あとがき

ベルばら読んだので。
つい・・・
私はフェルゼンが一番
好きです。

   
   
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