直江がしょんぼりして帰ってきた。珍しい。
「どうした?学校でなんかあったか?」
「私は先生に向いてないんじゃないかと思って……」
「へ?なんで?いい先生だと思うよ?生徒のオレが言ってるんだから間違いないって」
オレの顔を悲しそうに見て、溜息をついた。
こりゃちょっと深刻かもしんねーな。
「まあとにかく話してみろよ。オレ、奥さんだからちゃんと話聞くし」
「ええ……とりあえず着替えてきます」
トボトボと階段を上って着替えに行ってしまった。なんだろう?何があったんだろう?
橘先生は超〜〜〜いい先生なのに。
ご飯を食べながら直江になにがあったか聞いてみた。
「今は受験のためにみんな頑張ってる時期でしょう?だから勉強がはかどらなくて悩んでるって生徒に相談されて、それで何が原因なのか聞いたんですが、自分でもわからないそうなんです」
「うん、それで?」
「それで……つい……言い方が悪かったんですが、深く考えずにいればすぐにはかどりますよ、って言ってしまい……その生徒は『先生なのにわかってくれない』と言って泣き出して、泣き出したのを他の生徒に見られて橘先生が悪い!って言われてしまったんです」
「はー?」
イヤイヤイヤ、勉強がはかどらない理由が本人にもわからないんじゃバカなオレだって深く考えるなって言うよ。
先生は悪くないじゃん。なに、その飛躍した考え。
「それ普段はどんな生徒?」
「クラスでは成績は中の中ぐらいで、普段は活発で明るい女子なんですが……」
「女子……」
もしかして橘先生に気にかけて欲しいからそーゆーことをしてるんじゃないだろうな?!
橘先生ラブで奥さんがいるけど奪っちゃおうとか考えて、泣いた振りして周りの同情を買って先生に個人指導とか望んでるんじゃないだろうな!!
「わかった!オレがどうにかしてやる!美弥の出動だ!!」
「ええ?なんで美弥さんが?!」
「だって同じ学年だろ。それに美弥だったら頭の回転速いし、オレとも直江とも連絡が取れるし!」
「……協力してくれますかねえ?」
「させる!!」
さっそく美弥に電話してその女生徒のことを探れるか聞いてみた。
『探れるよ〜、そんなに仲良くはないけど、前に同じクラスでたまに喋ってたし。で、美弥は何を探ればいいの?』
「そいつがオレの直江を奪おうとしてるかどうかだ!!」
『は?義明さんを?なんで?勉強がはかどらない理由を探ってみるんじゃないの?』
「そんなものどうでもいいんだ。重大なのは直江がそのオンナに狙われてるんじゃないかってことだ!!」
「高耶さん」
電話を取り上げられてしまった。
なんで?美弥に調査頼むのに!もしかして直江もそのオンナのことを……!!
「私を奪うとか、そういう話はしていないでしょう?なんでそんな飛躍した考えをするんですか」
さっきオレが女生徒に思ったことを直江に言われた。オレもしかしてそいつと同じレベル?
「もしもし、美弥さん?さっきの話は忘れてください。高耶さんの思い込みですから。それで美弥さんに探ってもらいたいのは、どうして勉強がはかどらなくなったのか、です。無意識に何かを悩んでいるかもしれないし、受験のプレッシャーで精神状態が揺らいでいるかもしれないし。ちょっとだけ手がかりが見つかればいいんです」
『ふーん、そうか〜。つまんないなあ。さっきのお兄ちゃんの依頼の方が面白かったんだけどな』
「美弥さん……」
『まあいいや。探ってあげるよ。その代わり調査費は貰うからね』
「調査費?」
『金額はお兄ちゃんに聞いてもらえばわかるよ。じゃあね』
どうやら直江と美弥の取引が成立したらしい。
「調査費ってなんですか?」
「調査費は調査費だよ。美弥はオレにとっては情報屋とか探偵みたいなもんなんだ」
「いつも何か調べてもらってるんですか?」
「おう、直江に近づく女どもがたくさんいるからな!!」
頭を抱えてソファに倒れこんだ直江。なんか変なこと言ったかな?
「簡単な情報なら1000円ぐらいで済むよ。でも難しいと3000円ぐらい取られる」
「高耶さんはお金を払って私の動向を探ってたんですね……」
「うーん、まあ結果的にはそうだけど、ほとんど美弥が売り込みにくるから仕方なく金払って聞いてるんだ」
「……まあいいです。それぐらい奥さんが私を愛しているってことですから……」
あったりまえじゃん!!直江をいつまでもオレの旦那さんにしておくためには努力と金は惜しまないぜ!!
直江だってオレと同じ立場になったら同じことするに決まってる!!
もしかしたらオレよりお金も努力も使うかもしんない!!
「とりあえず美弥に任せておけって。今回は1000円ぐらいで済むかもよ?」
「……はい……」
んでその日は直江とお風呂に入って背中をゴシゴシしてやって、まだちょっと落ち込んでる直江にお酒を飲ませてチューしてやって、一緒にベッドに入った。
ベッドの中でも手を繋いでやったんだ。これも奥さんの仕事だからな!!旦那さんを気分よくさせるのも!!
次の日の放課後、美弥がウチに来た。
「探れたのか?」
「探れたよ〜。美弥の情報網を甘く見てもらっちゃ困るよ」
「じゃあ今日はうちでメシ食ってけよ。そんで直江が帰ってきたら結果報告だ」
「…………お兄ちゃん、それでいいの?」
「は?」
美弥がいつになく真剣な顔をして聞いてきた。なんか嫌な予感が……。
「義明さんに聞いてもらう前にお兄ちゃんが知ってた方がいいと思うよ?」
さらに詰め寄ってきた。自分の妹ながら怖いな。
「じゃ、じゃあ聞かせてくれ……」
「1000円」
「う……」
いつものように手を差し出されたから、財布から1000円出して乗せた。
これでたいした情報じゃないなら絶対に返してもらうけど。
「まいどあり。あのねえ、橘先生に相談した子はC子ってゆうんだけど、お兄ちゃんの推測どおりにわざと橘先生の前で泣いたんだって。これはC子の友達から聞いたの」
美弥の言うことにゃ、C子の友達に「昨日C子ちゃんが橘先生に泣かされたって聞いたけど本当?」って聞いたら、C子は橘先生ラブな女で、今までにも何度かさりげないアピールをしてたんだと。でも当の橘先生はまったく気がつかず、今回はC子が泣くことと、周りが騒ぐことで橘先生を追い詰めて、あわよくば奥さんから奪おうとしてるんだって、ときたもんだ!!
「でね、C子にもちょっと聞いてみたんだ。勉強がはかどらないなんて嘘でしょ?って」
「で?!」
「そしたらね、『当たり前じゃ〜ん、普段明るいアタシが悩んで泣いたりしたら、橘先生も気になるっしょ?んで周りが煽ってくれたら橘先生立場無し?みたいな!あ、これ駄洒落じゃないからね!あっはっは!』だってさ」
ものすごい駄洒落だと思うんだけど、今はそんなもので笑ってられないぞ!!
「それで橘先生に個人授業してもらって、誘惑して既成事実を作って離婚させて、自分は結婚狙ってるんだって」
「殺してやる〜〜〜〜!!!」
「ええ〜!お兄ちゃん!!」
オレが本気で殺しに行くと思ったのか(本気だけど)美弥がしがみついて止めた。
「離せ、美弥!!オレを本気で怒らせたその女を殺してやる〜〜〜!!」
「落ち着いて!義明さんとお兄ちゃんは離婚なんかしないでしょ!だから美弥が情報提供したんでしょ!」
そこで問題の男が帰ってきた。直江、いや、オレの旦那さんだ。
「なんですか、騒々しい」
「義明さん!お兄ちゃんが暴走した!!早く止めて!!」
「うがー!!」
うがうがしてるオレに何か危ないものを感じたのか、旦那さんは美弥に替わってオレをギューした。
「どうしたんですか、高耶さん」
「うわーん!直江が騙されて既成事実で橘先生が立場なしで離婚なんだって〜!!」
「何を言ってるのかわかりませんけど、なんなんですか、その駄洒落は」
「うあ〜ん!」
泣き叫ぶオレをギューとチューで少し大人しくさせてから、美弥が直江に説明した。調査費は直江からは取らないらしい。
「そんなバカバカしい……C子さんの冗談じゃないんですか?」
「ざんね〜ん。本気らしいんだな、これが」
「……それで高耶さんがこんなに泣いてるわけですね」
「そう。美弥はもう調査費もらったし、義明さんとお兄ちゃんのチュー写メも撮ったから帰るね」
「え、ちょっと美弥さん!チュー写メは!」
「義明さんのケータイに送るから大丈夫!」
「いえ、そうじゃなくて困るんで……あ、まあ送って貰えるならそれでいいです」
そうして美弥は帰り、オレは相変わらず直江の腕の中でベソベソ泣いてるわけで。
もし直江が個人授業でかくかくしかじかで離婚になったら生きていけない!!
「大丈夫ですよ、高耶さん。私は奥さん以外の人なんて考えられませんから。いつだって高耶さんの旦那さんですよ」
「……う〜」
「今回はちょっと予想だにしませんでしたけど、絶対に大丈夫ですから」
「……ホントに?」
「もちろんです」
今度はオレから旦那さんに抱きついてたくさんチューした。
旦那さんもお返しですってゆってたくさんチューしてくれた。
「明日からどうすんの?直江が狙われてるの、奥さんじゃどうしようもないよ?」
「美弥さんからの情報で気をつけないといけない事はわかりましたから、絶対にC子さんの企みには乗りません」
「個人授業は?」
「今まで高耶さん以外にしたことないですから、これからもしませんよ」
うう、いい旦那さんだ。
先生としてはたまにどうかと思うこともあるけど、オレにとっては最高の旦那さんだ。
「……今から旦那さんの愛を確かめますか?」
「確かめる!!」
ここからはご想像にお任せする。
それから2日後、美弥がうちにやってきて、冷蔵庫の中のケーキを調査費としてあれからの動向を報告してくれた。
「直江は貞操を守れてんのか?」
「うん。だって義明さん、すごい確信犯的なことしたんだもん」
「なに?」
直江はあの日の翌日、C子さんと受験のための面談をしたんだそうだ。
それで、勉強がはかどらない理由をもう一度聞いて、「自分でもわからない」と泣き出したC子にここで少し待ってなさい、と言って外に出て、なんと山本先生を連れてきたんだそうだ。
「もしかしたら女性特有の悩みかもしれないから、同じ女性である山本先生に聞いてもらった方がいいと思いまして」
こう言って進路指導室に残してきたC子の元へ山本先生到着〜。
もちろんC子に悩みなんかないから直江は職員室で一休みしたそうだ。
C子の目の前に現れたのが橘先生大好きで有名な山本先生だったから、C子はむくれて敵対心バリバリ。
山本先生はというと、橘先生からのお願いだからむくれるC子に悩みを聞きだしてやろうと躍起になった。
それはそれは長〜〜〜い面談になったそうだ。
「んでどうなった?」
「どうもこうもないよ。C子は橘先生は絶対に落ちないって思て諦めモードだし、山本先生はC子の悩みが何かわからないまま面談終了で落ち込むし、義明さんは自分に好意を寄せる2人を同時に退治したみたいな顔で知らんぷりだよ」
じゃあうまくいったってわけだ。良かった〜ぁ!!
美弥がケーキを食ってから帰って、夕飯が出来たころに直江が帰ってきた。
「なあなあ、C子の件はもう大丈夫なんだって?」
「あ、美弥さんから聞いたんですか?」
「うん。でも奥さんのためだからってひどいことすんなよな」
「それは反省しますよ。でも高耶さん、美弥さんからの情報だけじゃ信用性が薄いと思いませんか?」
そーいえばそーかも。
美弥の報告だって人から又聞きしてるわけだから詳しいことはわかんないよな。
「何かまたあったのか?」
「またあったというよりは、私がしたんですけど」
「何を?!」
もしかして直江が誘惑で既成事実で……!!
「う……」
「高耶さんが泣くようなことじゃないですよ、大丈夫」
「……うん」
直江が何をしたか。
またもや相談したいと言って来たC子に奥さん自慢をしたらしい。
料理が上手だとか、いつも可愛いとか、いろんなことを自分のためにやってくれて有難いとか、そんなことを。
いつも直江がオレに言ってるようなことを自慢したんだって。
「そしたらどうなった?」
「奥さん自慢なんて気持ち悪いからやめなよって言われました」
「……じゃあ直江はC子にキモイと思われてるってことか?」
「…………まあ、そうかもしれませんが」
オレは旦那さんをキモイなんて言われないように、毎日清潔でかっこいい旦那さんとして学校に送り出してたのに!
直江がキモイってことは奥さんは悪趣味だと思われるわけで!!
「でもいいや。それだけ旦那さんが奥さんを大事にしてくれてるってことだもんな」
「はい」
「オレはいつまでも直江をキモいなんて思わないから安心しろ」
「わかってますよ」
ギューされてチューもされて、楽しいイチャイチャタイムだ。
オレと直江は仲良し夫婦で、誰も邪魔なんかできないんだからザマアミロってんだ!!
「直江、ちょー好き!!」
「私も奥さんがちょー好きですよ」
どうだ、うらやましいか!!
END |