受験生の担任てのは忙しいやら大変やらで直江もちょっと疲れ気味。
だから奥さんとしては毎日おいしくて栄養のある料理を作ったり、お弁当を華やかにして楽しませたり、お風呂で背中を洗ってあげたり、肩や腰をマッサージしてあげたり、マイナスイオンが出る石を書斎の机に置いてあげたり、疲れて眠った直江の脇でハンドパワーを送ったり、朝のテレビ番組の占いが良かったりしたら教えてあげたり、とにかく色々して旦那さんをサポートしてる。
そんなさなかに直江が出張になった。
教育委員会の研修なんだって。
「受験生の担任なのに?」
「ええ、受験生の担任だからこそでしょうか。今はまだ生徒たちに負担や迷惑をかけなくて済みますから」
「ふーん」
疲れてるのに出張なんかして大丈夫かな?すごい不安なんだけど。
「他に出張に行くのは誰先生?」
「千秋も行くそうですよ。来年は受験生の担任に初めてなるからって」
「千秋か〜」
「1泊で研修ですからたいしたことは教わらないんですけどね。ちょっと気分が変わりますし、いい気晴らしになると思います」
「ならいいけど……」
1泊の研修だから懇親会とかもなくて、学校でいろんなことしてるより楽かもしれないって。
「奥さんには留守番を頼んでしまいますがよろしくお願いします」
「うん、しっかり留守番しておく」
「悪い人には気をつけるんですよ?」
「子供じゃねーって」
んで今日も背中や肩のマッサージをして、ハチミツミルクを飲ませてから寝かせた。
疲れてると胃も荒れるってゆーしな。
オレってもしかして良妻賢母タイプかも。俊介の子育てもうまくいってるからな。
疲れてる旦那さんに体力を使わせちゃいけないって思って、出張の前日はエッチもしなかった。
直江はなんか不服そうだったけど、奥さんが旦那さんを疲れさせて仕事に差し障りが出るなんて奥さん失格だ。
ちょっとオレも寂しかったけど仕方ないよな。
「じゃあ行ってきます、高耶さん」
「もし辛かったらスタミナドリンクでも飲んでおけよ?」
「はい」
チューして直江は出張へ。夜になったら電話してくれるって。
「いってらっしゃーい」
「いってきます」
玄関でお見送りをして朝食の片付けをして、洗濯物干して、掃除して……。
う、なんか急に寂しくなってきた。オレひとりで夜寝るのか……。直江いないのか……。
想像しちゃったらあんまりにも寂しいから俊介に会って紛らわせようかと思って実家に電話した。
直江が出張でいなくて退屈だから俊介と遊ぼうと思って、って言ったら最悪な答えが返ってきた。
『今から俊ちゃんと橘さんの家に行くんだけど、高耶も来る?』
橘さんの家ってお義母さんとこだよな。
俊介が生まれてから仰木母と橘母は信じられないぐらい仲良くなって、お互いの家を行き来してる。もちろん俊介が目的だけど。可愛いからしょうがない。
そんな俊介と一緒に行ったら絶対に嫁イビリされるよな……。母さんも一緒になってイビるかもしれない。
嫌な予感が……。やめておこう。
「いい。行かない」
『そう?じゃあね』
うーん、俊介も先約があったか。千秋も出張でいないし、だからって門脇先生を呼ぶわけにはいかないし、譲も学校だし、仕方ないか。諦めて退屈しのぎにゲームでもやってようっと。
んでその日の夜は夕飯を出前のラーメンと餃子で済ませた。直江がいないんじゃ作っても張り合いないもんな。
それにしても直江から電話が来ないな。メールぐらいはしてくると思ったのにそれもない。
思ってたより忙しいのかも。
直江も俊介もいない日ってこんなにつまらないものだったのか。今までは何かと用事があって直江がいないのを紛らわせることができたのに。ゲームも直江とやるから楽しかったのか〜。
「うー、つまんないー!」
床に寝転がってバタバタしてたら家の電話が鳴った。もしかして!!
『もしもし?』
直江の声だー!!やっとかかってきたー!!
「なんでこんな遅い時間まで待たせたんだよ〜。もう寂しくてしょうがなかったんだから。そんなに研修忙しいのか?メールぐらいくれても良かっただろ〜」
『え?ああ……』
「直江が家にいないの超寂しいんだからな。チューもイチャイチャも出来ないし、つまんないったらないよ!明日帰ってきたらチューたくさんしないと許さないからな!エッチもする!玄関で制服の上だけ着てお尻出して待ってるからな!」
直江が「はいはい」ってゆってくれるのを待ってたんだけど、なぜか返事は返ってこない。
息遣いはするから聞いてないわけじゃないと思うけど……。
「直江?聞いてんのか?」
『ええと…………聞いてはい……ますが……。また掛けなお……します』
「へっ?」
切れちゃった。なんで?なんかおかしなこと言った?
今の声は直江以外ありえないから、もしかしたら周りに聞かれそうになったのかも。
例えば美人独身教師に囲まれたりとか。
…………ムカムカ。直江に近寄る女なんかみんな消えてしまえ!!
でも旦那さんが仕事で頑張ってるのにオレが電話して邪魔したら悪いとは思うからしばらく我慢してた。
でももう我慢できない!!
直江のケータイにかけてみたら留守番電話になってた。
なんで?!さっきまで喋ってたのに?!もー!!
「直江のバカ!!」
それだけ言って切った。
奥さんを不安にさせるような電話してきた直江が悪い!!オレは悪くない!!ムカつく!!
それから1時間ぐらいして何度も電話があったけど無視してやった。帰ってきてからとことんお説教だ!!
一人寂しくベッドで寝たオレは、朝はどうせ直江がいないからって思いっきり寝坊した。
朝ご飯と昼ご飯を一緒にしたぐらいに。たまには奥さん業を休んでもいいってもんだ。
それから俊介のいる実家に遊びに行って疲れて寝るまで遊んでやった。電話はなかったけど直江も仕事中だから気にしなかった。どうせ帰ってきてからお説教だからな。
「そういえば義明くんが出張してるって橘さんは知らなかったみたいよ」
「わざわざ実家に出張だなんて言って行くもんじゃないだろ」
「まあそうだけど、橘さんは異常に義明くんのこと大事にしてるから。もしかしてマザコンなんじゃないの?」
直江マザコン説か……オレも少しはそう思ってたけど、最近はお義母さんの魔の手から守ってくれるし、絶対にオレの味方してるからマザコンてわけじゃないと思う。
お義母さんが子離れしてないだけだ。
「マザコンじゃないよ。いつもオレのためにお義母さんとケンカになるんだから」
「あんたと義明くんが頑張っても勝てないようなお姑さんだけどね」
「それは言える……オレをイビるのが生き甲斐みたいだな……」
「長生きしそうで楽しいわね〜」
実の母にそんなこと言われるなんて……母さんもとうとうお義母さんの味方になったか……。
人をからかって楽しむあたりが共通してるから仕方ないか……。
これ以上いたら母さんにまでイビられそうだったから帰ることにした。お昼寝中の俊介の頭を撫でてから。
俊介、お兄ちゃんのようにはなるなよ。オレがしっかりと守ってやるからな。
夕飯を作ろうかどうしようか迷って、結局作らないことにした。
昨日冷たく電話を切ったから罰として今日はガストに連れて行かせるぞ。たくさん食ってやる!
お説教をするためのメモを作って、一人二役でシミュレーションをしてたら玄関のドアが開く音がした。
帰ってきやがった!!
走って玄関まで行って冷たい旦那さんを出迎えた。
「ただいま、高耶さん」
チューしようとしてきたけど拒否。ギューも拒否。
「どうしたんですか?」
「そのままでいいから来い」
スーツ姿のままリビングに連れてきて床に正座させた。直江はまったくわかってないようで不思議そうな顔して座った。なんで正座なんですか、とか言いながら。
「なんで昨日は電話を切ったんだ?」
「……高耶さんこそどうして出てくれないですか。何度もかけたのに。バカって力がこもった留守番電話だけで」
「おまえが冷たーく電話を切ったからだ!」
「はい?」
自分がどんなに奥さんを悲しませたかも理解できないのか、こいつは!
オレは電話とはいえ超甘えたかったのに!!寂しくてたまらなかったのに!!もうちょっと冷たくされたら死んじゃうとこだったんだぞ!!
「あの、昨日は高耶さんと電話で話していませんが……」
「話しただろ!!玄関で制服着てお尻出して待ってるって言っただろ!!」
「……いえ、そんな嬉しい話でしたら夢だったとしても覚えてますから……」
「確かに直江の声だった!寝ぼけて電話してきたのか?!」
「何時ぐらいでしょうか?」
「10時ぐらい!!」
直江は少し考えてから、夜10時は千秋と二人でホテルで飲んでたって言った。千秋が証人だって。
さっそく千秋に電話して聞いてみたら、9時から11時まではホテルの部屋で仕事の話をしながら飲んでたって。
『俺の部屋で飲んでたからおまえに電話してるんだったら俺が気付くよ。マジで橘先生は電話してないぞ」
「……本当か?」
『ああ。そんなに気になるなら橘先生のケータイの通話履歴で調べてみろ』
「わかった」
とりあえず旦那さんを正座させたままでいるのもなんだと思ってソファに座らせた。
直江からケータイを借りて見せてもらったけど、通話履歴には11時過ぎにオレのケータイや家電話にかけてるのしかなかった。じゃあ10時の直江は誰なんだ。
「ドッペルゲンガーかな……?」
「SFマンガの読みすぎですよ。そんなことあるわけないでしょう」
「うーん」
その話はいくら考えてもわからないから、まずは夕飯を食べに行きましょうって直江が言った。
車でガストまで行って、研修中の話なんかをしながら疑いを晴らしつつ夕飯になった。でもオレとしては寂しい夜に直江に冷たくされたのがショックで忘れられなくて、いつもよりたくさん食べた。どうやらオレは寂しいと食欲が倍増するらしい。
「でも本当にかけてないんですよ。こんなこと嘘ついてもしょうがないでしょう?」
「うーん、でも直江の声だったんだよな」
最後のデザートを食いながらむくれてたら直江のケータイに着信が来た。
「ちょっと待っててくださいね」
席を立って外に出て、直江が誰かと電話をした。5分ぐらいしたら脂汗をかきながら戻ってきた。
なんだろう?何か事件が学校で起きたとか?
「どうしたの?」
「いえ、なんでも……やっぱり昨日の電話は私がかけたようです。千秋がトイレに行った時にホテルの電話でかけたみたいで。た、たぶん酔っ払ってしまって覚えてないんだと思います……」
「やっぱそうか!オレが直江の声を間違えるわけがないんだ」
「ええ……」
疑問が解決してすっきりしたからデザートを気分よく全部食べてから帰った。
酔っ払ってたんなら仕方がない。
今日はたくさん甘えてチューもエッチもするんだ!!
それからしばらくして橘不動産のお給料日になった。いつもと同じくお義兄さんがウチにやってきた。
「最近どうだ?義明と仲良くしてるか?」
「うん、このまえちょっとケンカみたくなったけど、すぐに誤解が解けて仲直りしたよ」
「そうかあ……」
なんでかオレの顔をまじまじと見つめてお義兄さんは顔を赤くした。
どうしたんだろう?
「じゃあ、もう会社に戻るよ。またな」
「はーい」
玄関で見送ろうとしたらまた顔が赤くなった。いつものお義兄さんじゃない。変だ。
それを仕事から帰ってきた旦那さんに話した。そしたら直江も赤くなって黙り込んだ。おかしな兄弟だな。
「なんで直江までお義兄さんみたいなんだよ」
「いえ、別に……私はいつもどおりですよ」
「なんか怪しい……」
夕飯の後に床に正座させて本当のことを吐かせることにした。
「いいから吐いちまえば楽になるぞ!」
電気スタンドの灯りをを直江の顔にあてて刑事ドラマの事情聴取風に。
直江は何も言おうとしなかったけど、お尻触るの1週間禁止ってゆったら仕方がなさそうに吐いた。
「あの日、高耶さんと話したのは兄です……」
え?!兄って?!照弘さんか?!
「仕事を終えて帰ったら母から私が出張していると言われたらしく、寂しくしていたら可哀想だと思って高耶さんに電話したそうです……」
そういえば母さんがお義母さんに直江が出張だって話してたよな……。
「かけたら高耶さんが私と間違えて喋りだしたので、何度か否定しようとしたそうですが、聞いてはいけないことを聞いてしまって、名乗ることが出来なくなり……」
「…………う」
「私のふりをして電話を切って聞かなかったことにしたそうです……でも私たちがケンカになっているんではないかと心配して……ガストにいる時にかかってきたのが兄からの電話です」
オ、オレ直江にしか言っちゃいけないこと連発した気がするんだけど!!
玄関で制服でお尻出してなんて、絶対人に聞かれちゃいけないことな気がするんだけど!!
間違えてお義兄さんに甘えてたのか!!
「だって声がそっくりだったから!!」
「昔から声はそっくり似ているとは言われてました……」
「じゃあ……じゃあお義兄さんにエッチなことを……」
「聞かれてしまいました……高耶さんが私と兄を間違えたなんて知ったら、もう橘不動産のバイトもしてくれなくなるし、高耶さんが兄を避けるんじゃないかと心配になって、高耶さんには絶対言うなと……私も兄とはしばらく会いたくないです……」
だから今日オレや玄関を見て赤くなってたのか!!
オレの方が合わす顔ないよ!!絶対に変態だと思われたじゃん!!
オレが変態じゃなくて直江が変態なのに!!
「私との会話では高耶さんが制服で玄関でって話は出なくて、単に高耶さんに間違えられたから話を合わせてくれと言われただけで……。だから私は玄関で制服でって話は兄とはしていませんけど……高耶さんから電話の内容を聞いているだけに……」
てことは?!
オレはあの電話を直江からかかってきたものだとお義兄さんには思われてて?
直江は電話の内容がエッチなことだと知らないふりをお義兄さんにしてて?
お義兄さんはオレにも直江にも真相がわかってないはずだと思ってて?
「うう……」
「兄は他言するような人ではないですから母や高耶さんのお母さんにはバレないと思います」
「でもお義兄さんはオレと直江がどんなエッチしてるか知ってるってことだろ?!」
「まあ……そうなります……」
「どーしよー!!」
「今まで通り、高耶さんも私も何も知らないってことにしておきましょう……」
「ひーん」
もうお義兄さんに会えないよ!!
夫婦揃ってしばらくは立ち直れなかった。
直江が毎朝玄関で奥さんにチューして仕事に行ってたのに、そのチューですら出来なくなった。
しようとすると思い出しちゃって二人とも固まる。
おでかけのチューができないこの寂しさ!!どうにか克服しなきゃ!!
それもこれも直江の声がお義兄さんに似てるのが悪いんだ!!バカー!!
END |