奥様は高耶さん



第44


条件反射とオレ

 
         
 

 

譲と旅行することになった。9月の中頃まで夏休みだから行かないかって。

「……成田くんの他には誰が行くんですか……?」
「2人で行くんだよ。夏休みでヒマだってゆーし、オレも久しぶりに譲と思いっきり遊びたいし」
「何泊で……?」
「2泊3日。譲が親に車買ってもらったから、海でも行くかってことになった」
「海…………」

今年の夏休みは受験の対策だの補習授業とかで、直江はいつもと変わりなく学校に行ってて、旅行できなかったからせめて譲とは行きたいわけだ。

「どこの海ですか……?」
「まだ決めてない。なんか譲が言うには、けっこういいホテルや旅館が当日の朝に電話して予約するとメチャクチャ安い値段で泊まれるんだって。譲が全部やってくれるからオレは詳しく知らないけど、1万の部屋に300円で泊まれたりするらしいよ」
「じゃあ当日にならないと行き先がわからない、と……」
「そう」

なんか直江の顔が怒ってるように見えるんだけど違うかな?でも声が静かだから怒ってないのかな?

「その2泊の間、旦那さんは一人で留守番して家事して、学校にも行かないといけないわけですか」
「まーそうなる」
「奥さんの行き先も知らないまま……?」
「着いたらメールするし」

なんだろう?このやけに粘っこい質疑応答みたいなのは。たぶん旅行に反対してるんだろうな。
オレが怖くてハッキリ言えないだけで。

「奥さんが友達と旅行するの反対なの?」
「いえ……そんなに心は狭くないです。でも」
「でも?なんだ?」
「置いてけぼりにされるわけですよね?」
「別に置いてけぼりにするわけじゃないよ。夕飯は電子レンジでチンすればいいように2泊分作るし、朝のパンも買っておくし。オレがいなくても困ることないだろ?」

オレが家事やってるとはいえ、直江だって掃除も洗濯もできるし、下手だけど料理も出来る。
たった2泊なんだからどうにかなるだろうに。

「なんなら実家帰ってお義母さんにベタベタされておけばいいじゃん」
「そんな、マザコンじゃあるまいし」
「……おまえはけっこうマザコンだ」

末っ子で可愛がられて育ったから直江はお義母さんに対しては弱い。一番弱いのは奥さんだけど、奥さんの次にお義母さんに弱くて、オレの見てないところでヘコヘコしてんのは知ってるんだ。
情報源はお義兄さんだから間違いない。

「違います」

本人が違うって言ってるなら違うってことにしてやろう。直江は追い詰めると狂犬になるからな。

「旦那さんが反対じゃないなら行ってもいいよな?」
「……ええ」
「よかった。たまには一人でのんびりビール飲みながら歴史番組でも見るといいよ」
「はい……」

譲と旅行か〜。楽しみだな〜。

 

 

旅行の日が明日にせまった。なのに外は雨。さらに肌寒い。超不安なオレ。
どうしてかっていうと大嫌いな台風が日本に接近してるからだ。

「これじゃあ海どころじゃないですね」
「うう……」
「明日出発なのにねえ」

直江はなんだか嬉しそうだ。一人で留守番したくないのと、オレがいなくて寂しいのと、自分は旅行について行けないから悔しいのと、それが全部なくなるって考えて嬉しくなってるみたいだ。

「そんなに奥さんが旅行中止のピンチで嬉しいのか?」
「嬉しいなんて一言も言ってませんよ」

顔がそう言ってるんだ!!顔が!!

「高耶さんは台風苦手で旦那さんがいない時は毛布にくるまってるぐらいなんですから、気の毒とは思ってても嬉しいなんて全然思ってません」

嘘だ!!旅行が中止になりそうで嬉しいくせに!!

直江を睨んでたら電話が鳴った。家の電話だ。
今はまだ台風じゃなくてただの雨だから怖くないオレが電話に出た。

「はい、橘です」
『あ、高耶?明日って台風直撃だから中止にしない?』
「ええ?!」
『だから明日はやめて、別の日にしよう』
「え〜、別の日っていつだよ〜」

カレンダーを見た。宿代が安くなる旅館は平日が狙い目だってことだから来週かな?なんて考えてたら受話器を直江に取られた。

「あっ!」
「もしもし、成田くんですか?明日は中止なんですね?じゃあ旅費は私が出しますから、成田くんの車で土日で3人で行くっていうのはどうですか?」
「はぁぁ?」

勝手に決めてる!!奥さんに相談もなしで勝手に!!
本音はやっぱりついて行きたかったのか!!

「え?どうしてですか?なんで嫌なんですか?」

おお!譲が反対したらしい!!頼むぞ、譲!!旦那さんと3人で行くなんて有り得ないよな!!

「そんなことありませんよ。きっと楽しいです。部屋は3人部屋にすればいいわけですし。……どうしてそれが嫌なんです?男同士3人で気兼ねなく楽しく……なんでつまらなくなるなんて言うんですか」

譲は可愛い顔してキツイこと平気で言うからな〜。直江にも遠慮なく「嫌だ」「つまらないから」とか言ってんのか。
3年間直江の生徒やってたわけだから、ちょっとぐらい押しを強くしても大丈夫なことをよく知ってる。

「……じゃあどんな条件なら私も行っていいんですか」

え〜、そこまで食い下がるの?直江って心超狭いんだな。

『とにかく俺は橘先生とは旅行したくないって言ってんの!!』

オレにまで聞こえる大きな声で譲が叫んだ。これ以上ないぐらいのキッパリした断り方だ。
さすがだ、譲!!橘学級のエースと呼ばれただけのことはある!!

「そうですか……高耶さんと二人で行きたいんですか……私とは絶対に行きたくないんですか」

泣きそうな声でそう言ってからオレに受話器を返してヨロヨロとソファに戻っていった。
すごいダメージだったんだな。

『橘先生ってバカなの?』
「たぶん」
『じゃあ来週の平日にしようか。月曜から2泊で』
「うん、いいよ」

電話を切って直江のとこに行った。まだダメージ受けてる。

「直江とは土日で旅行すればいいじゃん」
「……そうですけど……高耶さんが家にいないなんて……」

オレだって直江の出張だとか学校の修学旅行とかでいないのを我慢してるってゆーのに。
よく聞く話だけど、出かけるお嫁さんに向かって「俺のメシはどうするんだよ!」って文句を言う旦那みたいだ。
そんなの知るかよって話だよな。ひとりで牛丼屋にも入れないのかっての。
まあ直江の場合は奥さんがいなくて不便とかじゃなくて、寂しいって言ってるわけだから可愛いもんだ。

「行ったきりで帰ってこないなんてことないですよね?!」
「ないない。ここがオレんちだ。実家の部屋はもう俊介のための物置みたいになってるしな」

直江は安心したらしくオレにチューしてから大きな溜息をついた。オレも直江がいないと寂しくて悲しくなるから気持ちはわからないでもないけど、いい歳した大人がなんで奥さんの旅行程度であんなにブーブー文句言えるのかって話だよ。
愛されてる証拠なんだろうけど、喜んでいいのかムカついていいのかわかんないな。

で、その夜。深夜になってから徐々に台風がやってきた。
いつもだったら眠ってやり過ごすんだけど、雨戸がガタガタいったから目が覚めて、それから怖くて眠れなくなった。
直江を起こすしかない。

「起きろよ。なあ、直江」
「なんですか……」
「台風来たからギューしろ」
「はい……」

超眠そうにしながらギューしてくれたんだけど、直江はすぐに寝ちゃって腕の力が抜けてオレを離す。
旦那さんなのになんで奥さんを台風から守ろうとしないんだ!!

「う〜」

抱きついてみたけど起きる気配はない。ムカつく。
よくそれで奥さんが旅行でいないのが寂しいとか言えたもんだ!オレは直江の暇つぶしの相手じゃねえんだぞ!!
こうなったら今すぐ家出してやる!
……出来るわけない。オレの台風恐怖症は筋金入りだ。

「直江〜!起きてくれよ〜!起きろよ〜!起きないと離婚だぞ〜!」
「え?!離婚なんですか?!」
「そうだ!」

やっと起きた!と、思ったら、寝言だった。
どうやら夢の中でオレに離婚されそうになってて、泣いて引き止めてるシーンらしく「行かないで〜」とか言いながら腕を上げてオレを捕まえる仕草をした。

大事な奥さんが台風怖くて起こしてるってのになんでまだ夢の中なんだ!!

「起きろー!!」
「はっ」

よくマンガで「ガバッ」と起きるシーンがあるじゃないか。あれとまったく同じふうに起き上がった。
そんでオレの腕を両手でグワシと掴んで揺すぶった。

「高耶さん!!どうして出ていくんですか!!なんで離婚なんですか?!」
「は?」
「離婚なんか絶対にイヤです!」
「……それ夢だよ?」
「え?」

自分の周りをキョロキョロ見回して、夢の中のシーンと同じじゃないことに気がついたようだ。

「は〜、良かった、夢で……」
「離婚するとは言ったけど」
「じゃあ夢じゃないじゃないですか!」
「台風怖いって言ってんのに旦那さんが起きないからだ」

もう一回周りを見回して、それから雨戸が入った窓を見て納得したらしい。

「すみません……」
「いいからギューしろ」
「はい」

台風が怖くないようにおまじないをしましょう、とか言ってチューとギューされた。
直江とチューしてると怖くないな。なんでだろう?毎年の台風でもそうだ。

「チューしてると怖くない」
「じゃあずっとしてましょうか?」

うう、旦那さん、超優しい。オレのためにずっとしててくれるなんて、こんな旦那さんはどこを探してもいないな。
ちょっと心が狭いのと、変態なのと、嫉妬深いのと、奥さんに過干渉なところ以外はいい旦那さんだ。
直江と結婚してよかった!

「う〜」

嬉しくて抱きついたらお尻を触られた。いつものことだけど……今はなんだか指先がエロい動きだ。

「…………仰木くん、先生とエッチしませんか?」
「やっぱり……」
「キスで台風怖くなくなるんですから、エッチなら全然気にならないようになるはずです」

もう直江はその気で、チューしながら右手はお尻、左手はパジャマの中だ。
エッチしなかったら直江は怒ってオレを寝室から追い出すかもしれない。台風が超怖いのにそんなことになったらオレの精神は破壊されるかも……!!

「する」
「いい子です、仰木くん」

そんなわけでエッチしたんだけど、いや〜、まったく人間てのはある意味すごいね。
エッチしてる間はマジで台風のことなんか考えられなかった。全神経エッチに注がれるもんなんだな。
これからは台風が来るたびにエッチしてもらおうっと。

 

 

それから数日後に譲と旅行した。
熱海の温泉ホテルが2泊で5000円で泊まれるってやつが予約できたから、午前中に直江の2日分の夕飯を作って冷蔵庫に入れて、それから迎えに来てくれた譲と一緒に車で熱海へ。
心配性な旦那さんにはなるべくメールを多くして、夜は電話した。

海は女の子に逆ナンされて一緒に遊んだけど、これは直江には内緒だ。ビーチボールで一緒に遊んで、昼飯をみんなで食っただけだから、たいしたことじゃないけど大騒ぎしそうな直江には言えない。

温泉には入れるし、海で日焼けも出来たし、ご飯はうまいし、また譲と一緒に行きたいな〜。
直江と海に行ってもビーチボールで遊んでくれないし、日焼けしようとすると「高耶さんは出来るだけ色白がいい」とか言って日焼け止め塗られちゃうし、しまいには「高耶さんの裸を他人に見せるなんて!」とか苦悩してウザいし、やっぱり海や山は友達と行くのが一番楽しい。

3日目は温泉ホテルを出てちょっと観光した。熱海城って知ってるか?エロい博物館みたいなやつ。
そこに行ったんだ。なんつーか、下品なところなんだけど楽しいんだよな〜。
譲と大笑いしてそこから出て、車で湘南まで出てから昼飯食って帰った。

今日は直江にご飯作ってやんなきゃな!せっかく旅行させてくれたんだし!

「ただいま!高耶さん!いるんですか?!」
「おー、おかえりー!」

玄関でお出迎えしたらソッコーでギューされた。寂しくって子犬のようになってました、だって。
しばらく玄関でチューしてから一緒に夕飯を食べた。
土産話をしながら食って、熱海城の話をしたら唖然としてた。そんないかがわしいお城は他のお城に失礼だ、とか。
歴史マニアの直江らしい感想だけど。

「でも次は私と行ってください。熱海城に」
「…………いいよ」

直江の中では城よりエロが勝つらしい。
夕飯が終わっていつものイチャイチャタイムでテレビを見てたら天気予報が。

「また今週台風だそうですよ」
「え〜!」
「もし私の出張と台風が重なったらどうします?」
「出張なのか?!」
「いえ、どうしますって話です」

どうしよう……台風なのに一人ぼっち……。
実家に帰ってもオレの部屋は俊介部屋で寝るところはない。寝るとしたらリビングだ。
夜中にトイレ行きたくなったら父さんか母さんを起こすしかない。
……超怖い!!

「直江と出張行く!!ついてく!!」

直江は嬉しそうにニンマリして、もしそうなったら一緒に行きましょう、って言った。
そうしてくれないと怖くて気絶するかもしれない!

「台風か……フフフ」
「なに笑ってんだ……?」
「いえ何も」

さてはなんか変なこと考えてるな……?怪しいぞ、直江。

 

 

そして天気予報で言ってた台風がまた来た。1個終わったらすぐまた1個だ。
台風なんて世の中からなくなればいいのに!!どっか行け!!

「ひーん」

リビングで毛布に包まって直江の帰りを待った。今日はずーっと台風が居座って、朝から晩まで暴風雨だそうだ。
庭の木はザワザワビュンビュンしてるし、サンルームの窓もガタガタしてる。雨戸が閉められるところは全部閉めたけど、それでも台風の音は聞こえるわけで。

「高耶さん、ただいま。大丈夫ですか?」
「直江〜!!」

学校も授業は昼までで終わったそうだ。先生たちも帰ることが決まって直江も早い時間に帰ってきた。

「これじゃあ台風の日は高耶さんを一人ぼっちにさせられないですね」
「怖いよー!!」

じゃあおまじないを、と行って直江がチューをした。そうだ。こうしてもらうと怖くない。

「もっと怖くないようにしてあげましょうか?」
「もっと?」

……ああそうか。この前の台風んときにエッチしたら怖くなかったんだっけ。
じゃあエッチしようかな……。

「する」
「では今すぐに」

旦那さんの股間ももう暴風雨らしい。
テキパキと準備をしてから毛布にくるまってる奥さんを床に寝かせた。
今日は直江がたくさんサービスしてくれるんだって。奥さんはその技に夢中になればいいだけらしい。
あ〜、また台風が気にならなくなってきた……オレもそうとうなケダモノだよ。

 

 

それから。
ちょっとヤバいことになってる。
何がヤバいかってゆーと、天気予報で台風の話題が出てくると夫婦そろってパブロフの犬なみに股間がモヤモヤしてくるってゆう……。
話だけならモヤモヤするだけで済んでるんだけど、マジな台風が来て暴風雨になって危険な感じになるとオレも直江もモヤモヤからドキドキになって、どっちからともなくエッチなことが始まる。

台風は相変わらず怖いけど、直江がいない間にエッチな気分になったらどうしよう。
これなら台風で怖がってただけの時の方がマシだった気がする……。
きっと直江も今頃学校でオレのこと考えてモヤモヤしてるに違いない。

「直江ー!早く帰ってこいー!!奥さんは我慢できないからなー!」


END

 

 
   

あとがき

奥さんは相変わらず
台風が嫌いで
旦那さんは相変わらず
変態でアホです。

   
   
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