奥様は高耶さん



第45


好きとオレ

 
         
 

 

ショックなことがあった。

「ただいま」
「直江〜!!」

玄関に走って行って帰ってきた直江に抱きついてみた。

「どうしたんですか?!」
「うう〜」
「話を聞きますからとりあえず中に入りましょう」

オレは今日のショックな出来事を半泣きで説明した。

 

それは今日の昼間だ。
直江を送り出してから母さんが来て、何か用があるとかで今日は預かってくれって俊介を連れてきた。
だから昼飯は最近の俊介のマイブームになってるおにぎりを作ることにしたんだ。

「にーに!」

キッチンにいるオレの足にしがみついて早く食わせろと言ってる。歳が離れた弟ってのはなんて可愛いんだ。これが歳の離れた妹だったらオレは妹を嫁に出さないと思うな。

「もうちょっとだから待てって」
「うー!」

大きいおにぎりだと持った時にボロボロこぼすから、子供用に小さく作るんだけどなかなか難しい。
そろそろ完成って時に玄関のチャイムが鳴った。

「なんだよ、まだ終わってないのに〜。誰だ〜」

手を洗って足に纏わりついてた俊介を抱っこして、インターフォンのスイッチを入れてモニターを見てみたら直江のお母さんだった。
なんでいきなり訪ねてくるんだ……毎回毎回昼飯時に……クソババア……。

「ばーば!」

モニターを見た俊介が指を差して「ばーば」と嬉しそうに言った。
確かに俊介のことを可愛がってくれてるからな〜。オレにとってはクソババアだけど今日は許そう。

「はいはい」
『あら、いたのね。開けてちょうだい』

いたのね、じゃねえよ!!いつもいるだろうがよ!!
オレがいなかったら来たって意味ねーだろうに!

こめかみに血管を浮かばせながら玄関まで行って、ドアを開けるといつもの不機嫌な顔を一瞬したけど、俊介を見たらいきなり豹変した。

「あら、俊ちゃん来てたの〜?」
「ばーば!」

どこかの優しそうなおばあちゃんみたいな顔だ。なんでオレだけ目の仇なんだろうって思うぐらいに。
可愛い末っ子を奪ったからか。残念ながらその末っ子はオレを一番大事にしてるけどな。

「どうぞ入ってください……」
「そうね〜、俊ちゃんがいるなら少しお邪魔しようかしら〜」

そう言って上がってきて、オレから俊介を奪うようにして抱っこした。
何が少しお邪魔だ!俊介がいなかったら超お邪魔するくせに!
でも俊介は超嬉しそうだ。なんかムカつく。

「高耶くん、お昼はまだなの?」
「……ちょうど今作ってたところです……」
「じゃあわたくしも頂こうかしら?」

それを狙って来たくせに!!

キッチンに戻ってお義母さんのぶんのおにぎりも作って、朝飯の時に多めに作っておいた味噌汁をあっためて完成だ。

「まあ、なに?おにぎり?粗食なのか手抜きなのかわからないわねぇ」
「俊介の好物なもんで」
「そうなの?俊ちゃん、おにぎり好きなの?」
「ちゅき」

簡単な単語ならけっこう言えるようになってきた俊介の最近覚えた言葉が「好き」だ。
オレも含めた家族全員をメロメロにしやがる。直江に至ってはオレから好きって言われるよりも嬉しそうだ。
それはちょっと悔しいけど意味が違う好きだからよしとしよう。

「じゃあいただきますしましょうね〜。はい、いただきます」
「ます!」

小さいおにぎりを俊介に渡して、お義母さんと3人で食った。あー、憂鬱。

「ばーば」

皿から小さいおにぎりを取って俊介がお義母さんに渡した。「あげる」らしい。
この「あげる」は危険なものだ。なんでかってゆーと「あげる」と渡したものなのに、それを食った場合もれなく泣くからだ。
あげたものでも食われると悲しいらしい。

「あら、ありがとう」

それを食って泣かれてしまえ……ヒッヒッヒ。

「じゃあばーばが食べるわね〜」

そうとも知らずに俊介用の小さいおにぎりを食べた。多めに作ってあるから1個ぐらいはなくなっても大丈夫。
俊介に泣かれて困るばーばを見てやろうとしたんだけど、俊介は全然泣かない。それどころか嬉しそうに食ってるお義母さんを見て笑ってる。

なんでだ……。
オレの時は泣いたのに……。

それから俊介は小さいおにぎりをちゃんと全部食べて、お義母さんに味噌汁を飲ませてもらって上機嫌だ。
オレがご飯食べさせる時よりいい子だし、機嫌いいし、なんなんだ。

そんなオレに気がついたのか、お義母さんはニヤリと笑ってからこう言った。

「俊ちゃん、ばーばのこと好きよねえ?」
「ちゅき!」
「にーにとばーばとどっちが好き?」
「ばーば!」

ガーン。

どうして毎日のように世話してるオレよりお義母さんなんだ……。

 

 

「なるほど。それで落ち込んでたわけですか」
「うん」

オレからの話を聞いた直江は可哀想に、とオレを抱きしめた。

「私は高耶さんが一番ですから、それでいいでしょう?」
「ヤダ」
「でも俊介さんが考えてることですから仕方ないんじゃないですか?」

オレの旦那さんのくせにわかってない。

「いいか?俊介がオレよりお義母さんの方が好きってことは、直江は俊介の好きランキングで最下位ってことかもしれないんだぞ」
「あっ!」

ようやく事の重大さがわかってきたようだ。
直江なんか月に2回か3回ぐらいしか俊介に会ってないんだから、仰木家と橘家の家族と比べたら存在は薄いんだ。

「……それは許せませんね……どうにかして私たちのランクを上げなければ……」
「でも毎日のように世話してるオレより、たまに俊介と遊んでるお義母さんが好きっていうことだからランクを上げるのはかなり難しいぞ」
「今度の土日で預かりましょう」
「おう!」

俊介にもっと好きになってもらうキャンペーン実施中だ!

 

 

で、土曜の昼過ぎに俊介が来た。直江はまだ学校で仕事中。

「なあ、俊介。おまえ兄ちゃんよりばーばの方が好きなのか?」
「ちゅき」

やっぱり。ちょっとこれは詳しくリサーチした方が良さそうだ。

「なんでばーばの方が好きなんだ?」
「?」

ダメか。まだこういう質問には答えられないか。
どうしようかな〜。

「じゃあ母さんと父さんと美弥と兄ちゃんだったら誰が一番好き?」
「かーたん」

これは仕方ないよな。なんたって俊介を産んで育ててるわけだから。じゃあ父さんと美弥とオレは?って聞いたらねーねと来た。美弥か。
父さんと兄ちゃんは?って質問には「にーに」って言ったから父さんよりは好かれてるんだな。てゆうか、父さんは実の父なのに直江母に負けてるってことか。俊介の基準がわからない。

「姉ちゃんとばーばだったら?」
「ねーね」

1位が母さん、2位が美弥、3位が直江母。

「うーん、おまえどんな基準でそういうランキングになるんだよ〜」
「にーにちゅき」
「……慰めてくれてんのか……俊介!オレはおまえに嫌われようが、一生大事に見守ってやるからな!」

ギューしてたら直江が帰ってきた。

「直パパ帰ってきたぞ」
「なーぱ!」

オレから離れて直江を玄関に迎えに行った。直江もとりあえず好かれてるんだよな。とりあえず。

「いらっしゃい、俊介さん」

オレにカバンを渡してチューして、俊介を抱っこして階段を上って寝室まで。直江が着替えるのを俊介がお手伝いしたいらしい。
手伝えることといえば直江が脱いだシャツを受け取って、オレに渡す。のみ。

「お手伝いえらいですね」

イイコイイコって頭を撫でると俊介がニヘーって笑う。本当にいい子なんだけど、なんでオレよりばーばが好きなのかはわからない。

「さっき俊介にリサーチしてみたらな、1位と2位は母さんと美弥で、3位がお義母さんらしいんだ」
「お父さんを抜かしてですか?」
「うん。4位と5位がオレと父さん」
「……そのリサーチによると……6位はうちの父で、7位の最下位が私ということに……」
「あ、まだそこまでは聞いてないから、直江が聞いてみたら?」
「そうします」

着替え終わった直江が俊介を抱っこして階段を下りてリビングに。
ソファに座って膝に俊介を乗せて直パパリサーチが始まった。

「俊介さんは直パパとじーじとお父さんでは誰が一番好きですか?」
「とーたん」

うお、直江が最下位になる可能性50%になった。
これ以上聞かない方がいいんじゃないかと思うんだけど……

「直パパとじーじは……?」
「じーじちゅき」
「そっ、んな……やっぱり私は最下位ってことなんですか!こんなに俊介さんが好きなのに!!」

一気に落ち込んだ直江を慰めると俊介が意味もわからず直江の頭を撫でた。こういうところにまた可愛さを感じるんだが、今の直江には逆効果みたいだった。

「うう……」
「落ち込む気持ちはわかるから!だから好きになってもらうキャンペーン実施してんだろ?!な?!」
「そうですよね……」
「えっと、とりあえず今から夕飯の買い物しなきゃいけないから!ジャスコに行って買い物ついでに俊介にオモチャのひとつでも買えば最下位から抜け出せるかもしんないぞ!」

物で気を引くのはちょっとどうかと思うけど、直江がオレと同じぐらい俊介を好きで可愛がってるのはわかるから、たまにはコレもありだろう。
車でジャスコに行って、先に俊介のオモチャを探した。今はなんでも欲しく見えるらしく、ブロックや積み木みたいな昔ながらののオモチャも欲しがれば、ヒーローもののグッズも欲しがる。

直江が抱っこしながら回って、最終的には電車のオモチャが気に入ったみたいだった。
プラスティックの青い電車を買って、それから生鮮食品売り場に。
そしたら門脇先生がいた。またしんたろうさんにご飯作るんだろう。

「キャー!可愛い!仰木くんの弟ってこの子?!」
「うん。俊介ってゆーんだ。俊介、こんにちはってしな」

言葉にはならないけどこんにちはって言った。「んーにわー」って感じ。

「抱っこさせて?」
「いいよ」

直江が門脇先生に俊介を渡した。俊介は人見知りしないから泣くこともなく門脇先生におとなしく抱っこされた。

「は〜、可愛い〜。仰木くんの弟には見えないぐらい可愛い」
「失礼だな」
「橘先生が机に写真飾る気持ちがわかるわ〜」

門脇先生に抱っこされてる俊介はなんか嬉しそうだった。超ニコニコだ。
それを直江と微笑ましく見てたら俊介は門脇先生のほっぺにチューをした。

「わー、チューされた〜」
「よっぽど好かれたんだな」

腕が疲れた門脇先生は直江に俊介を返した。そしたら。

「ぶー」

直江の腕の中でぶーたれた。門脇先生がいいみたいで手を差し出して抱っこ抱っこって言ってる。
確かに門脇先生は優しいから好かれるのはわかるが。

「抱っこ疲れちゃったんだって。いいだろ、もう」
「お姉さん、小さい子を抱っこするの慣れてないからごめんね〜」
「うー」

機嫌悪いし……こいつワガママだな。オレより。
門脇先生はしんたろうさんが待ってるのを思い出して「じゃあまたね」ってレジに向かった。それを目でずっと追ってる俊介。
なんだろうな……?なんでそんなに?

 

 

家に帰ってから夕飯の準備をした。その間に直江は買ったばかりの電車のオモチャを出して俊介と遊んでた。
これで直江の順位もちょっとは上がるだろう。
夕飯を3人で食べてから、一緒にお風呂に入りながら遊んで、それからまたリビングで電車のオモチャで遊んでたらオレはあることに気付いた。

「俊介」
「うー」
「おまえさっきの門脇先生覚えてるか?ジャスコで会ったお姉さん」

コクンと頷いて、オレを見てキョトーンとしてる。
もしかしたら、だが、オレの勘違いかもしれないが、だ。

「さっきのお姉さんと兄ちゃんとどっちが好きだ?」
「おねーた」

………………勘違いじゃなかった……。

「え?高耶さん、なんですか?なんで門脇先生なんですか?」
「わかった。オレよりお義母さんが好きなわけが」
「は?」
「……こいつは女好きなんだ」

女であれば誰だって、男より好きってことだ。まだバブバブ言ってるくせに女と男はキッチリ分けるのか!
誰に似たんだ、誰に!!

「生まれつきのスケコマシで決定だな……」
「うー?」
「俊介さん……」

オレも直江も立ち直れずにその夜はしんみりとベッドに入った。
あの両親の子供なだけある……。

 

 

後日、子守をしに行った実家で母さんに話したら意外な答えが帰ってきた。

「あんたも子供の頃は女好きで大変だったのよ」
「嘘だ!」
「赤ちゃんの頃はお母さんに始まって、それから近所の子や、幼稚園の先生や園児にまで、女だったら誰にでも好き好き言ってもう大変だったんだから」
「そんなことしてねーぞ!」

じゃあ証拠を見せるっつって母さんは一枚の絵を出してきた。
そこにはカラフルな服を着た女の子たち数人の中に、青い服を着た男の子、つまりオレが囲まれてる絵だった。
幼稚園のころにオレが描いた絵だそうだ。
読めるか読めないかのヘタクソな平仮名で『ぼくのおよめさんたち』と書いてあり……

「だからあんたが義明くんと結婚したいって言った時に驚いたのよね〜」
「だって母さん、オレのこと奥手だって言ってたじゃん!恋愛経験がないって!」
「それはね、あんたが何股もかけてた女の子たち全員にふられたからなのよ。あれ以来奥手になったからそう言ったまでの話よ」

どうやらオレは幼稚園で女の子たくさんに結婚しようとか言ってコマしてたらしい。
覚えてないけど。

「だから俊介のことはあんたには言えないのよ。ね〜、俊ちゃん?」
「ね〜」
「俊ちゃんは高耶みたいにならないように、お母さんがしっかり教えてあげるからね」
「う〜」

ガーン。

 

 

「というわけで、俊介が女好きなのは遺伝らしい。父さんも母さんも幼稚園のころまでコマしまくってたんだって。そーいや美弥が今でもそんなタイプだよな」
「…………」
「直江?」

なんかいきなり真剣な顔になった。

「あなたは何人に結婚しようって言ったんですか……?」
「さあ?10人以上って聞いたけど、正確な人数はわかんない」
「……私以外の人間に結婚しようって言ったんですよね?」

ヤバイ!!俊介の話だったのがいつの間にかオレがコマしてた話になってた!!
幼稚園の時の話だからって直江は微笑ましく聞いてくれるようなヤツじゃない!!

「もしかしたら今後、あなたと結婚の約束をしたって女性が出てくるかもしれないのに」
「ないよ!そんな幼稚園の時の……」
「もし私がその女の子たちだったら本気にします。高耶さんが他の人と結婚してたりしたら……!考えるだけで恐ろしい光景が見えます!」

超おっかない顔で迫られて、いくら言い訳しても聞く耳持ってくれなかった。
こうなった直江は頭の中が沸騰してて本当に狂犬みたいだ。

「もし出てきたとしても直江以外とは結婚しないから!!」
「当たり前です!」
「直江しか愛してないから!」
「当然です!」

それを証明しなさいって言われて結局エッチになった。
終わった直江は満足そうにニヤニヤしてたけど、よく考えたらこいつも昔は……。

「なあ、俊介の女好きをどうこう言える立場にないのは、直江もだよなあ?」
「え……」
「オレは幼稚園までで終わったけど、直江は何歳までコマしだったんだ?」
「さ、さあ……?」

今度は怯えた犬みたいになった旦那さん。
これからみっちり仕返ししてやる……。


END

 

 
   

あとがき

俊ちゃん・・・
仰木家に生まれたからには
そういう運命を辿るしか
ないのか・・・

   
   
ブラウザでお戻りください