奥様は高耶さん |
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先日私は婚約した。 なんというか、流れに身を任せていたらトントン拍子に結婚することになっていた。 悶え死にそうなぐらい嬉しい。 かといって悶えているところは高耶さんには見せられないので、結婚の話になった日に自宅マンションへ戻ってから一人で悶えていた。 仰木家ではなるべく冷静に話をしていたが、自宅に帰って誰も見ている人がいないのだと思うと床を転がり回って独り言を言ってちょっとした奇声を上げてしまう。 「高耶さん……!!」 あの可愛い高耶さんが私のものに!! 「ああ!幸せすぎる!!」 他人には、特に生徒には絶対に見せられないほどのたうち回って叫んでいた。
そんな春休みの日。 「結婚することにしました」 実家に帰って家族が揃ったところで発表した。 「結婚?!おまえがか?!」 兄たちは信じられないといった目で私を見た。あの放蕩息子が結婚なんて有り得ないと思われていたようだ。 「どこのお嬢さんなの?」 お嬢さんではない。息子さんだ。 「お付き合いを始めてからまだほんの数日なんですが、お互いにもう結婚しか考えられないと判断したのでプロポーズをしました。向こうの親御さんの許可はすでに得ています。でももしうちの家族が反対したら私は無理心中をするので反対はしないでください」 私の穏やかでない発言を聞いた兄たちや父は「反対はしない」と言った。ついでに義明なんかと結婚するとはお嫁さんも物好きだな、とまで言った。 「……なにか問題あるお嬢さんなんじゃないでしょうね?」 我が母ながらいい勘をしている。 「色々問題はあるんですが……まずその、高校生です」 居間の空気がいきなり冷たくなった。そして全員が冷や汗を。 「息子さんてことは……おまえの学校の男子生徒ってことだよな……?」 全員驚いた顔をして固まった。当たり前ではあるがそこまで驚かなくても。 「そんなわけなので春休みの間に結納しますからそのつもりでいてください」 今度は騒然となった。兄姉父は「あの義明の放蕩息子ぶりが改善されるなら相手が男の子だろうがパンダだろうがいいのではないか?」などと微妙に失礼なことを話している。 「ダメよ!!男の子と結婚なんてダメに決まってるでしょう!!義明には私がきちんとしたお相手を探します!!」 高耶さん以外は考えられないのに反対されて、簡単にはいそうですかなんて言えるわけがない。 「考え直しなさい!!」 母からしたら私はまだ子供なのかもしれないが、高耶さんと結婚できないのなら一生子供でいい。 「どうせ義明のことなんだからお母さんが反対しても無理ですって!」 そして父がいい提案をした。 「そうだな、じゃあここは多数決で行こうか。どうせ義明だしな。多数決でいいんじゃないか?」 物凄くバカにされているような気がするが……。 「義明の結婚に賛成の人〜」 私を抜かした4人が賛成、1人が反対。 「じゃあ結婚するで決定だな。お母さん、もういいじゃないですか。どうせ義明なんですよ?」 この場合、お礼を言うべきなのか?どうせ義明なんだからお礼は言わなくてもいいような気がするが。 「………………ありがとうございます。………………結婚させて頂きます…………」 なんだか私という人間を切り捨てられた気がしないでもないが、高耶さんと結婚できるなら切り捨てられようが火にくべられようが何でもいい。
そして翌日、私は高耶さんの家を訪問し、春休みのうちに結納を済ませようと相談した。 「結納ってどんなことすんの?」 ダイヤの婚約指輪を芸能人が婚約会見する時のようにキラキラさせてくれたらいいと思っていたのに! 「女じゃあるまいし。結婚指輪だけでいいよ」 高耶さんに問われた仰木家のご両親はどっちでもいいと答えた。このご両親も若くして結婚したそうなのでそういったものは持っていないらしい。 「そんな金があるんだったら貯金した方がいいじゃん」 勉強はちょっと不安だが経済観念は意外としっかりしている高耶さんだった。 それから新築一軒家をこのあたりで建てることや、その他色々と決めてから高耶さんを車に乗せて私の実家へ。 「直江の実家か……なんか怖いな」 今日は実家の寺にいる両親と次兄にしか会わせられないが、そのうち姉や長兄にも会わせて高耶さんを好きになってもらわねば。 「ただいま」 出迎えた母は高耶さんの姿を見ると鬼のような顔をした。私ですら怖い。そんな母に高耶さんは。 「はじめまして。仰木高耶です。よろしくお願いします」 特に怖がる様子もなく普通に挨拶をした。度胸がいいのか鈍感なのか。どっちもだな。 そして居間で結婚の挨拶をした。本当に男の子だったのか、と父に言われたが、高耶さんはまるで気にする様子はなく、持ち前の能天気さを表すように照れ笑いをした。そんな高耶さんに父も兄も拍子抜けで5分もすると談笑を始めた
。 ただ母がまだ……。 「で、馴れ初めはなんだったんだ?」 高耶さんに暴言を吐いた。 「義明が生徒の男の子を誘うわけないじゃないの」 母の暴言に父と兄と高耶さんはまだ凍りついたままで立ち直れないでいた。 「帰りましょう、高耶さん!こんな母と会わせた私が悪かったんです!また別の、母がいない時にきちんと家族に会わせますから!!」 まだ固まっていた高耶さんの腕を取って立たせて家を飛び出した。 「うわーん!!」 泣いている高耶さんを抱きしめて二度と悲しい思いをさせないからと宥めたが、高耶さんが泣きやむことはなく、何度も結婚しないと言い張った。 「今後一切母と会わなくてもいいですから!結婚やめるだなんて言わないでください!」 つい先日のたうち回って幸せを噛み締めていた時と同じ場所で、今度は人生の中で一番の不幸を噛み締めながらのたうち回るのは絶対に嫌だ! 「駆け落ちでもなんでもしますから私と結婚してください!」 思い切り抱きしめて頭を撫でて、何度も高耶さんとは離れないからと言って説得し、少し落ち着いてきたところでもう一度お願いした。 「結婚してくださいね?」 少し立ち直った高耶さんとキスをして結婚はやめないことを確認した。もし高耶さんが嫌だと思っているなら母を説得できるまで結婚は延期してもいい、と言ったら。 「延期してもし直江がオレを好きじゃなくなって別れたら立ち直れないもん……」 別れるなんて絶対にないのに!!そこまで私を愛してくれているのか!! 「じゃあやっぱり結婚しましょう!!」 母がなんと言おうがとっとと結納を済ませて結婚してしまおう。そうしよう。説得なんかせずに強行手段に出るぞ。 「直江、チューして」 結婚まであと数ヶ月あるが既成事実を作ってしまえば、と不埒な考えが頭をよぎったが、今の高耶さんの弱味につけこむようでそれは良くない。 「そろそろお腹減ってきたころでしょう?」 キスをやめてしまったのが不満らしく、上目遣いで責めてきた。 「そんな顔しないでください。家に帰したくなくなります」 最後に1回キスをして、高耶さんと歩いて一緒にファミレスへ。 「なんかエッチな顔してるぞ」 まずいまずい。何を考えてるかバレたらせっかくの結婚が。
そして結納の日。高耶さんの家に両親と兄姉とで行き、仲人もいないあの簡略化されすぎた結納を済ませた。 うちの家族は最初見た目でわかるぐらい戸惑っていたが、仰木家の歓迎がとても友好的だったのでこれなら結婚しても安心だと言っていた。 しかも長兄は高耶さんのお父さんと意気投合し、なぜかわからないが肩を組んで飲んでいた。 「ありがとうございます、お母さん」 無表情でそう言われたのがどこか不気味だった。嫁イビリだけはするなよと心でつぶやいてみた。 仰木家での結納も終わり、家族はそれぞれ帰宅した。 あの笑顔が私のものに! 「高耶さ〜ん!!」 生徒にも高耶さんにも誰にも見せられないぐらいのたうち回った。 「早く結婚式当日になってくれ!!」 こうして私は結婚式まで毎日毎日毎日毎日悶えていた。
END
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あとがき |
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