奥様は高耶さん



番外

婚約と私

 
         
 

 

先日私は婚約した。
1年間片思いをしていた高耶さんと。

なんというか、流れに身を任せていたらトントン拍子に結婚することになっていた。
片思いから両思いになって、高耶さんと結婚できたら素敵だな〜と思っていた時に、本当に婚約になるとは。
高校生でまだ16歳で男の子で教え子で、そんな彼と結婚だなんてつい最近までは無理だと思っていたのに。

悶え死にそうなぐらい嬉しい。

かといって悶えているところは高耶さんには見せられないので、結婚の話になった日に自宅マンションへ戻ってから一人で悶えていた。
悶死という表現はまさにこのことだろう。

仰木家ではなるべく冷静に話をしていたが、自宅に帰って誰も見ている人がいないのだと思うと床を転がり回って独り言を言ってちょっとした奇声を上げてしまう。

「高耶さん……!!」

あの可愛い高耶さんが私のものに!!
人生を共にする伴侶が高耶さんだなんて!!
この1年間高耶さんをおかずにあんなことやこんなことをしていた私の奥さんになるなんて!!

「ああ!幸せすぎる!!」

他人には、特に生徒には絶対に見せられないほどのたうち回って叫んでいた。

 

 

 

そんな春休みの日。

「結婚することにしました」

実家に帰って家族が揃ったところで発表した。

「結婚?!おまえがか?!」

兄たちは信じられないといった目で私を見た。あの放蕩息子が結婚なんて有り得ないと思われていたようだ。
そして父は嬉しそうな顔を、母はなんとなく怒ったような顔を。

「どこのお嬢さんなの?」
「……仰木さんという家の……」

お嬢さんではない。息子さんだ。
言い出しにくいからまずは牽制しておくか。

「お付き合いを始めてからまだほんの数日なんですが、お互いにもう結婚しか考えられないと判断したのでプロポーズをしました。向こうの親御さんの許可はすでに得ています。でももしうちの家族が反対したら私は無理心中をするので反対はしないでください」

私の穏やかでない発言を聞いた兄たちや父は「反対はしない」と言った。ついでに義明なんかと結婚するとはお嫁さんも物好きだな、とまで言った。
しかし母だけは。

「……なにか問題あるお嬢さんなんじゃないでしょうね?」

我が母ながらいい勘をしている。
今が言うチャンスだと思う。

「色々問題はあるんですが……まずその、高校生です」
「高校生ですって?!もしかして学校の?!」
「はい、教え子です……でも結婚までは清らかな交際を続ける約束をしているので今の所は犯罪ではありません」
「よ、義明!!あなたそんなお嬢さんをお嫁さんにするなんて!!」
「あの、その、お嬢さんではなく……息子さんなんです」

居間の空気がいきなり冷たくなった。そして全員が冷や汗を。

「息子さんてことは……おまえの学校の男子生徒ってことだよな……?」
「はい」
「男同士で結婚するのか?!」
「日本の法律が変わるまで婚姻届は出せませんが、事実婚での結婚です」

全員驚いた顔をして固まった。当たり前ではあるがそこまで驚かなくても。

「そんなわけなので春休みの間に結納しますからそのつもりでいてください」

今度は騒然となった。兄姉父は「あの義明の放蕩息子ぶりが改善されるなら相手が男の子だろうがパンダだろうがいいのではないか?」などと微妙に失礼なことを話している。
そして母は。

「ダメよ!!男の子と結婚なんてダメに決まってるでしょう!!義明には私がきちんとしたお相手を探します!!」
「嫌です!!こればっかりはお母さんと言えども従えません!!無理に引き裂くつもりなら今すぐ心中します!!」

高耶さん以外は考えられないのに反対されて、簡単にはいそうですかなんて言えるわけがない。

「考え直しなさい!!」
「何度考えても結婚するとしか思えません!!」

母からしたら私はまだ子供なのかもしれないが、高耶さんと結婚できないのなら一生子供でいい。
何がなんでも結婚してやる。
母との怒鳴り合いをやめさせようと兄たちが仲裁に入った。

「どうせ義明のことなんだからお母さんが反対しても無理ですって!」

そして父がいい提案をした。

「そうだな、じゃあここは多数決で行こうか。どうせ義明だしな。多数決でいいんじゃないか?」
「そうですよ、どうせ義明なんですから」

物凄くバカにされているような気がするが……。
とにかく多数決だ。

「義明の結婚に賛成の人〜」
「「「「は〜い」」」」
「反対です!」

私を抜かした4人が賛成、1人が反対。

「じゃあ結婚するで決定だな。お母さん、もういいじゃないですか。どうせ義明なんですよ?」
「あなたたちに私の気持ちなんかわからないのよ!!」
「わかりませんけどもう決定したので。義明、明日お相手さんと相談してとっとと結納の日を決めろ」
「…………えーと…………」

この場合、お礼を言うべきなのか?どうせ義明なんだからお礼は言わなくてもいいような気がするが。

「………………ありがとうございます。………………結婚させて頂きます…………」

なんだか私という人間を切り捨てられた気がしないでもないが、高耶さんと結婚できるなら切り捨てられようが火にくべられようが何でもいい。

 

 

そして翌日、私は高耶さんの家を訪問し、春休みのうちに結納を済ませようと相談した。
今度の日曜がちょうど橘家でも仰木家でも都合がよく、あまり時間もないことだからと簡略化された式を仰木家で行うことになった。
仰木家はお父さんが会社を興して順調になった時に家を建てた。広さは充分にあるし、結納をする場所としてはとてもいいと思う。こちらからお願いして高耶さんをもらうわけだし。
もてなし食事会でのお料理は高耶さんのお母さんが得意だそうですべてお任せした。

「結納ってどんなことすんの?」
「内緒で結婚するわけですからたいしたことはしませんよ。熨斗袋に入ったお金を交換して、高耶さんに婚約指輪を渡して、高耶さんからは指輪に値するような、例えばネクタイピンを渡す、と。このぐらいの簡略化でいいでしょう」
「へ〜。でも婚約指輪なんか別にいらないんだけど」
「えっ!」

ダイヤの婚約指輪を芸能人が婚約会見する時のようにキラキラさせてくれたらいいと思っていたのに!
奮発して月給6か月分のダイヤでもいいと思っていたのに!

「女じゃあるまいし。結婚指輪だけでいいよ」
「でも、なんというか、形になる記念品がある方が……」
「そういうもんなの?」

高耶さんに問われた仰木家のご両親はどっちでもいいと答えた。このご両親も若くして結婚したそうなのでそういったものは持っていないらしい。

「そんな金があるんだったら貯金した方がいいじゃん」
「はあ……」

勉強はちょっと不安だが経済観念は意外としっかりしている高耶さんだった。
そんなわけで結納はさらに簡略化されることになった。

それから新築一軒家をこのあたりで建てることや、その他色々と決めてから高耶さんを車に乗せて私の実家へ。
高耶さんを家族に紹介するためだ。
母がうるさそうなので不安があったが、高耶さんを守ると決めたのだから絶対に文句は言わせない。

「直江の実家か……なんか怖いな」
「母以外は歓迎してくれますよ。もし母が何か言っても私が守ります」
「頼む」

今日は実家の寺にいる両親と次兄にしか会わせられないが、そのうち姉や長兄にも会わせて高耶さんを好きになってもらわねば。

「ただいま」
「よしあ……きー!!」

出迎えた母は高耶さんの姿を見ると鬼のような顔をした。私ですら怖い。そんな母に高耶さんは。

「はじめまして。仰木高耶です。よろしくお願いします」

特に怖がる様子もなく普通に挨拶をした。度胸がいいのか鈍感なのか。どっちもだな。
そんな高耶さんに毒気を抜かれた母が小さい声で「どうぞ」と言った。すごいです、高耶さん!

そして居間で結婚の挨拶をした。本当に男の子だったのか、と父に言われたが、高耶さんはまるで気にする様子はなく、持ち前の能天気さを表すように照れ笑いをした。そんな高耶さんに父も兄も拍子抜けで5分もすると談笑を始めた 。
高耶さん最強です。

ただ母がまだ……。

「で、馴れ初めはなんだったんだ?」
「オレが学校で捻挫した時に橘先生が車で送ってくれて、その時に歴史探訪に誘われたんです」
「どうせあなたが誑かしたんでしょ」

高耶さんに暴言を吐いた。
一同凍りついた。

「義明が生徒の男の子を誘うわけないじゃないの」
「いえ、私から誘ったんです!高耶さんはそんな人じゃありません!」
「でも誑かしたのは事実でしょ。だからここにあなたがいるんじゃないの」
「違います!!」

母の暴言に父と兄と高耶さんはまだ凍りついたままで立ち直れないでいた。
父と兄はどうでもいいが、高耶さんだけは守らなくては!!

「帰りましょう、高耶さん!こんな母と会わせた私が悪かったんです!また別の、母がいない時にきちんと家族に会わせますから!!」

まだ固まっていた高耶さんの腕を取って立たせて家を飛び出した。
今はとりあえず私のマンションに連れて行って宥めなくては。
車に乗せてもまだ固まっていたが、マンションの部屋に入ると泣き出してしまった。

「うわーん!!」
「すみませんでした!!私が甘かったんです!!母をもっと説得しておくべきでした!!」
「もう結婚やめる!!あんなこと言われてまで結婚したくない!!」
「それだけは!!」

泣いている高耶さんを抱きしめて二度と悲しい思いをさせないからと宥めたが、高耶さんが泣きやむことはなく、何度も結婚しないと言い張った。
これはまずい。本気のようだ。

「今後一切母と会わなくてもいいですから!結婚やめるだなんて言わないでください!」
「やめる〜!!」

つい先日のたうち回って幸せを噛み締めていた時と同じ場所で、今度は人生の中で一番の不幸を噛み締めながらのたうち回るのは絶対に嫌だ!

「駆け落ちでもなんでもしますから私と結婚してください!」
「でも〜!」
「愛してます!高耶さん!」

思い切り抱きしめて頭を撫でて、何度も高耶さんとは離れないからと言って説得し、少し落ち着いてきたところでもう一度お願いした。

「結婚してくださいね?」
「……うう〜」
「反対しているのはわからずやの母だけで、他の全員が賛成してくれているんですから大丈夫ですよ」
「ホントに?」
「ええ。たぶん母はどんな相手であっても同じように反対してますよ。私は末っ子でまだ子供だと思っているんでしょうね」

少し立ち直った高耶さんとキスをして結婚はやめないことを確認した。もし高耶さんが嫌だと思っているなら母を説得できるまで結婚は延期してもいい、と言ったら。

「延期してもし直江がオレを好きじゃなくなって別れたら立ち直れないもん……」

別れるなんて絶対にないのに!!そこまで私を愛してくれているのか!!
健気で可愛いです、高耶さん!!

「じゃあやっぱり結婚しましょう!!」
「うん」

母がなんと言おうがとっとと結納を済ませて結婚してしまおう。そうしよう。説得なんかせずに強行手段に出るぞ。

「直江、チューして」
「はい」

結婚まであと数ヶ月あるが既成事実を作ってしまえば、と不埒な考えが頭をよぎったが、今の高耶さんの弱味につけこむようでそれは良くない。
約束なのだし結婚まで清い交際をしなければ。
でも密室でキスをしているとどうしたって本能が目覚めるわけで。見た目は真面目な高校教諭だが中身は肉食な猛獣なのだ。
これで高耶さんに嫌われたり恐れられたりしたら結婚が危うくなる。

「そろそろお腹減ってきたころでしょう?」
「う〜」

キスをやめてしまったのが不満らしく、上目遣いで責めてきた。
そんなところもたまらなく可愛い。どうして高耶さんはこんなに魅力的なのだろう。
本能がもう喉まで出てきている。

「そんな顔しないでください。家に帰したくなくなります」
「……早く結婚したい」
「もう少しですから」

最後に1回キスをして、高耶さんと歩いて一緒にファミレスへ。
もう付き合っていることが判明したからと高耶さんのご両親が門限を午後10時まで延長してくれたので、夕飯を食べた後でも一緒にいられる。
結婚したら門限どころか同じ家なのだからしたい放題できる。
……したい放題……。

「なんかエッチな顔してるぞ」
「え?そうですか?普通ですよ」

まずいまずい。何を考えてるかバレたらせっかくの結婚が。
なんとか誤魔化して目的のファミレスへ。結婚してもこうやって外食したりしてずっと新婚気分を味わうことにしよう。

 

 

そして結納の日。高耶さんの家に両親と兄姉とで行き、仲人もいないあの簡略化されすぎた結納を済ませた。
どうやって母を大人しくさせたのかというと、父が「結婚に反対して義明が死んだらおまえのせいだぞ」と言ったかららしい。
それを言われたらさすがの母ももう反対できなくなったそうだ。

うちの家族は最初見た目でわかるぐらい戸惑っていたが、仰木家の歓迎がとても友好的だったのでこれなら結婚しても安心だと言っていた。
当たり前だ、高耶さんとの結婚は幸せに決まっている。

しかも長兄は高耶さんのお父さんと意気投合し、なぜかわからないが肩を組んで飲んでいた。
最後には次兄と父とも酒を酌み交わし、とてもおめでたい雰囲気になっている。
とりあえず母も嫌々ながらも賛成してくれたのだからこれで無事婚約だ。

「ありがとうございます、お母さん」
「……いいえ、いいのよ」

無表情でそう言われたのがどこか不気味だった。嫁イビリだけはするなよと心でつぶやいてみた。

仰木家での結納も終わり、家族はそれぞれ帰宅した。
私も車でマンションに帰り、今日の最高に可愛い高耶さんの姿を何度も思い浮かべてまた床で悶えた。

あの笑顔が私のものに!
温かい愛が私だけのものに!
あの華奢な体が私のものに!
あんなこともこんなことも出来るなんて!右手が活躍しなくなる日が待ち遠しい!!
幸せだ!!幸せすぎて悶死しそうだ!!

「高耶さ〜ん!!」

生徒にも高耶さんにも誰にも見せられないぐらいのたうち回った。
結婚したらこんなふうに悶えられないのが寂しいが、その代わりに高耶さんと色々なことができる。

「早く結婚式当日になってくれ!!」

こうして私は結婚式まで毎日毎日毎日毎日悶えていた。
変態っぽいがいいのだ。それが私なのだから。

「私が絶対に幸せにしますから〜!」

 

END

 

 
   

あとがき

もっと別のことを
書きたかったのに
旦那さんの一人称だと
なんか面白くないな・・・

   
   
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