奥様は高耶さん



第49


ぱんつとオレ

 
         
 

 

俊介が泊まりに来た。
明日は母さんが午前中に出かけなきゃいけないから預かって欲しいらしい。
いつものことだから全然平気だ。直江も喜ぶし。
夕飯が終わってから直江が俊介を風呂に入れてくれた。
直江が一番甘やかしてくれて、長々と遊んでくれるのを憶えた俊介は最近はお兄ちゃんより直パパにくっつくようになった。
ちょっと悔しいけど直江が嬉しそうだから許す。

「にーに!」
「おう、もう出たか」

お風呂が終わって直江に体を拭いてもらうと裸のまま走ってリビングに来る。
そんでオレがオムツをしてパジャマを着せるのが定番だ。

「たくさん遊んでもらったか?」
「うん」

パジャマを着せてる間に直江も戻ってくる。直江は裸じゃないぞ。ちゃんとパジャマ着てる。
交替でオレも風呂へ。けどオレはいつもと同じく風呂から出たらTシャツとぱんつ姿だ。

「にーにもオムツ?」

好奇心旺盛な年頃の俊介がオレの白ブリーフを指さしてこう言った。

「いや、兄ちゃんのはぱんつだ」
「直パパはオムツ?」
「直パパもぱんつ」

なんだかしばらく考えてからまた言った。

「にーにはオムツ!」
「ぱんつだって!」

それでもしつこくオムツと言い張る。よく聞いてみれば白ブリーフはオムツに見えるらしい。

「これはぱんつだ」
「オムツ〜」

ダメだな。もうちょっと大きくなったら違いをしっかり教えよう。
俊介を寝かせてから直江とリビングでイチャイチャした。チューしてお尻を触られた時にオムツの話を思い出した。

「直江が白ブリーフじゃなきゃダメって言うから俊介にオムツって誤解されるんだよ。そろそろカッコイイぱんつにレベルアップしたい」
「高耶さんは白ブリーフが似合うんですからいいじゃないですか」
「似合うと思ってんのは直江だけだ」
「……他の誰かにぱんつ姿を見せたんですか……?」

あー、またおかしな妄想してるー。

「違う。そうじゃなくて、オレは自分ではカッコイイオシャレぱんつの方が似合うって思ってんだよ」
「ああ、そういうことですか。でも旦那さんのために白ブリーフのままでいて欲しいです」

そりゃあ直江の中で白ブリーフの需要が高いことは知ってるよ。でもなあ……。

「オシャレぱんつにしたら萌え度が下がって週3回から週1回になるかもしれないですよ?」
「週1か〜。それは少ないな〜」
「だから白ブリーフのままでお願いします」
「うーん、仕方ないか……」

そういうわけでオレのオシャレぱんつ進化論は破棄されてしまった。

 

 

 

次の日の朝、俊介は学校に出勤する直江を追いかけて玄関まで走った。
足に纏わりついて直江を引き止めてる。

「おでかけ?」
「ええ、お仕事です」
「ちゅんちゃんもいく」
「うーん、それはダメですねえ」
「なんで?」

最近は「なんで?」攻撃をするようになった。何をどう説明しても「なんで?」と言う。
若い人は知らないだろうけど『どちてぼうや』のようだ。

「お仕事だからです」
「おしごと、ちゅんちゃんもする」
「いえ、だから……」

直江が助けを求めてきたから俊介を足から剥がして拘束して、チューして直江を送り出した。

「いってらっしゃーい」
「イヤー!ちゅんちゃんもいくの!」
「ダメなの」

直江について行かれないのが不満で10分ぐらい泣いてたけど、テレビの子供番組が始まったら機嫌が直った。
それが終わるとまたブーたれたから忘れさせて機嫌を良くするために出かけることにした。

「お花見の時に兄ちゃんとお菓子食べるって約束したよな?」
「したー」
「じゃあ公園で遊んでお菓子食うか」

お菓子と公園で機嫌が直るならお安いもんだ。これが旦那さんだったら面倒くさい。
最終的にはお菓子の代わりにオレが食べられちゃうようなことになるんだ。

それはいいとして、公園で一緒に走って遊べるように動きやすいウエスト脇がゴムのハーフパンツに着替えた。
スポーツクラブに行ったりする時に穿くやつだ。

ベビーカーに乗せて花見に行った公園へ。こども広場っていう遊び場があって、そこで俊介を放流……じゃなくて、放牧……でもなくて、まあとにかく放した。

広い芝生が嬉しかったのか、いきなり走り出して転んでビックリしたけど、柔らかい芝生なら転んでもあんまり痛くないみたいですぐに立ち上がってまた走り出した。
元気だなあ、子供って。
30分ぐらい二人で遊んでからオヤツの時間。持ってきたお茶とビスケットをベンチで食った。

「は〜、公園でお菓子食べるとおいしいな〜」
「な〜」
「もうちょっと遊んで行くか?」
「うん!」

兄ちゃんはもう疲れたから俊介を放流した。子供ってのは不思議なもんで、知らない子でもすぐに仲良くなる。
広場で遊んでる子たちの輪に入って、オレには理解不能なルールの鬼ごっこ的なことを始めた。
何が楽しいのかみんなでキャッキャ言いながら走り回ってる。

「あの〜」
「はい」

話しかけてきたのはママさん代表1だった。どうやらオレは不審者に思われてたらしい。
こうして俊介といるとみんながオレたちを見る。最初は誘拐犯みたいな目で見られるけど、俊介とオレを交互にじっくり見るとソックリだから、兄弟だってわかるんだそうだ。

今回も公園のママさんたちと挨拶して兄弟だって話したら「あ〜あ〜」って納得してた。
職質されたこともあるぐらいだからよっぽど怪しい関係に見えるのかな。

そういえば、最近ちょっとした発見があった。俊介は同年代の女の子には興味がないらしい。
午後に公園に連れて来たりすると小さい子たちの他にも小学生の子たちもいる。俊介はそっちに混ざりに行って、「可愛いね〜」と言われるのが好きなようだ。
観察してみたら10歳以上年上の女の子が好きらしい。
誰に似たんだろうと考えたらオレに似てることがわかった。
だってオレ、10歳以上年上の直江にしか興味ないもん。

ママさんたちと楽しく子育て奮闘記を話してたら母さんから電話があった。用が済んだから俊介を帰せって。

「おーい、俊介!母さんが帰って来いってさ!」
「イヤ!」

まただよ。「なんで?」と「イヤ!」ばっかりだよ、この頃は。
生意気になってきたな〜。

「帰るぞ!」
「イーヤー!」

ママさんたちに別れを告げて、無理矢理ベビーカーに乗せて実家に帰った。
イヤ!って言った割りには遊んで疲れたようで、泣きながら乗ってたくせにすぐに眠りだした。
こういうところもなんか誰かに似てるな。……オレか。

実家に着いて抱っこしたら目が覚めて、今度はオレと離れるのがイヤだと言ってぐずった。

「兄ちゃん、今日はバイトの日だからもう帰るよ」
「イヤー!」

足に縋り付いて離れない。今朝、直江にやったみたいに。
でもオレと違って母さんは剥がしてくれないから、ズルズル引きずりながら歩いて廊下に出ようとしたら、俊介に引っ張られてズルッと一気にズボンが足首まで落ちた。
母さんと俊介の前でぱんつ丸出しだ。

「俊介〜!!」
「にーにもオムツ!」

それを見てた母さんが指摘した。

「あんた、まだそのぱんつなの?」
「ええ?何が?」
「いい年してまだ白ブリーフなのかって言ってんのよ」
「えっ、これはその!!」
「義明くんね……」

直江の趣味で白ブリーフを穿かされてることがバレた!!最悪!!

「にーにオムツ」
「そうね〜、お兄ちゃんもオムツね〜。プププッ」
「オムツ〜!」
「違うよ!」

俊介のオムツ疑惑はどうでもいい!!でも直江にブリーフ穿かされてるのがバレた!!
いくら家族だとしても!!いや、この家族だからバレちゃいけなかったのに!!

「あとで美弥とお父さんにも言わなきゃね♪」
「言うな!」
「義明くんて変態なのね〜♪」
「……うわーん!!」

直江のせいだ!!

 

 

 

 

泣きながら走って帰って顔を洗ってから橘不動産のアルバイトに。
サボりたかったけどオレは真面目だからな。やることはやらないと。

掃除道具をチャリに乗っけてコープたちばなへ。
コープたちばなが終わってからはメゾネットたちばな、たちばなアパート、それで最後がオレんちの前で、千秋が住んでるガーデンたちばなだ。
そのバイトをしている間にオレは考えたのだ!
なんでオレだけが恥を晒さなきゃいけないのかと!!

オムツは間違いだからもういい!でも白ブリーフなのを広められるのだけはイヤだ!!
広めるって言っても仰木家と橘家どまりだけど、そういう夫婦間のことを広められたら……!
直江が変態なだけでオレは普通なのに、オレまで同類と思われちゃうじゃん!
きっともう一部には広まってるに違いない!!

こうなったらオレの仇をとるぞ。オシャレぱんつに進化させようとしない旦那さんに同じ恥を与えてやる!

バイトが終わってからオレは自分の財布と生活費の入った財布の両方を持って、チャリに乗ってジャスコとダイエーとサティを回って山のように買って来た。
何をって直江の恥ずかしいぱんつをだ!!

 

 

夜になって直江が帰宅。
いつものようにおかえりのチューもして、おいしいご飯を仲良く食べた『ふり』をした。
はらわたが煮えくりかえってるけど、直江にダメージを与えるために笑顔でいた。

そして風呂の時間。

「着替え用意しておくから風呂入ってこいよ」
「じゃあよろしくお願いします」

オレと違って直江のぱんつはオシャレぱんつだ。ブランド物に限らず、ジャスコの安売りで買ったものでもセンスがいいからオシャレなのばっかり揃ってる。
そのオシャレぱんつは直江が帰ってくる前に段ボール箱に詰めて納戸に封印した。
クローゼットには今日買って来たぱんつを全部入れ替えた。

いつものように直江のパジャマとぱんつを出して脱衣所に置いてみた。
そしたら風呂上りの直江が珍しくバスタオルを腰に巻いた姿で出てきた。

「……高耶さん、新しいぱんつ買ったんですか?」
「うん」
「私の好みと全然違うんですが」
「そうか?いいじゃん。奥さんの好みだから」

直江のぱんつを全部アニマル柄にしてやったぜ!今日のぱんつは水色のヒョウ柄だ!
明日はウシ柄で、あさっては赤と黒のゼブラ柄、他にもピンクのヒョウ柄とかキリン柄とかマントヒヒ柄とかそんなのばっかり揃えてやった!

「高耶さんの好みなんですか?」
「うん。動物好きだし」

最初は直江も白ブリーフにしてやろうと思ったんだけど、想像したら白ブリーフも似合ってかっこいいような気がしたから派手で微妙に悪趣味な色のアニマル柄にしたんだ。

「他のは……」
「全部アニマル柄にしておいたぞ」
「ええと、無地とか、今まで穿いてたぱんつは……」
「もうない」

納戸にあるけど内緒だ!

「なんだ?奥さんの買って来たぱんつは穿けないってのか?」
「いえ、そうではありませんが……」
「じゃあいいじゃん」
「はあ」

仕方なさそうに脱衣所に戻って、パジャマ姿で戻ってきた。ちゃんと水色ヒョウ柄ぱんつを穿いたのかチェックしなきゃ。
隣りに座ってパジャマの裾をめくって、ズボンの腰ゴムを引っ張って覗いてみた。
よし、穿いてる。

「あの〜」
「似合う、似合う。旦那さんのセクシー度5割り増しだ」
「…………」

明日は俊介をウチに泊まらせよう。

 

 

 

セクシー度5割り増しになったけど、その夜はエッチしなかった。だって本当はセクシー度5割減だから。
納得いかない顔で旦那さんは今日も出勤して、夕飯前に帰ってきた。帰って来てからも複雑そうな顔をしてたから、たぶん今日の橘先生は不審だったに違いない。

「今日も俊介さんお泊りですか?」
「うん。直パパとお風呂に入るって待ってるよ」

フフフ。今夜の着替えのぱんつはウシ柄だ。
これで俊介に「直パパはモーモーさんだ!」と言われてしまえ。
そしてあの姑にアニマルなのをバラされてしまえ。

脱衣所に用意した着替えはぱんつだけだ。俊介の前でぱんついっちょで出てこい。
ワクワクしながら待ってたらまず俊介が出てきた。手早く服を着せて廊下に出てモーモー直江を待った。

「高耶さん」

脱衣所のドアをちょっとだけ開けて直江が顔を出した。

「ぱんつしか置いてないんですけど」
「あれ?そう?いいじゃん。ぱんついっちょでも」

ちょっとだけしか顔を見せない直パパが面白かったらしく、俊介がドアに寄って開けて直江を見上げた。
いいぞいいぞ、モーモーさんと言われてしまえ。

「直パパ、ぞうさん!」
「え?!」

モーモーじゃなくて?!象のぱんつなんか買って……!ああ!そうか!!
まだノーパンだったのか!!

「ぞうさ〜ん!」

俊介をドアから離してそっとドアを閉めた直江。次にドアが開いたらウシぱんつを穿いてた。

「直パパ、ぞうさんは?」
「象さんは逃げました」

オレの直パパモーモー計画は失敗に終わり、その代わり直パパ象さん事件になってしまった。
アニマル柄で直江を笑いものにしたかったのに、象さんじゃリアルすぎて笑えない。
俊介には「象さんの話は誰にも言うな」と言い聞かせたけど、2歳児にそんな約束は無理な話で……。

次の日の朝に俊介を送って実家に行ったら、母さんの顔を見るなり「直パパのぞうさんいた!」と笑顔でバラし……。
当然その話は実家全員で大笑いになったそうで……。しかも父さんが「お鼻はどれぐらいだった?」と聞き、俊介は「これぐらい」と両手を広げてデタラメをこいたらしい。

オレが嫌がらせにアニマル柄を買ったばかりにこんなことに。
いや、そもそも直江が白ブリーフしか許さないからだ!くそ〜!

つーか、見上げると象さんに見えるのか。
兄ちゃんは亀さんなときばっかり見てるから、見上げると象さんだなんて思ってなかったよ。

で、直江に計画が全バレしてしまったオレはネチネチと怒られた。
ついでに「アニマル柄だとセクシー度5割り増しなんですよね」って怖い顔で迫られて、「うん」と返事するしかなく、オシャレぱんつレベルアップどころか白ブリーフ続行&旦那さんが毎日アニマル柄でエッチの回数も5割り増し。
いや、8割り増しだ。

「普通のぱんつ返す!」
「いえ、一生アニマル柄でいいです」
「……ひーん!」

やっぱり全部直江のせいだ!


END

 

 
   

あとがき

アニマル柄は好き嫌いが
人それぞれですね。
直江には似合うと思う。

   
   
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