奥様は高耶さん



第51


レキケンとオレ

 
         
 

 

直江がショックなことを言った。

「来週の土日なんですけど。歴史研究会で1泊の歴史探訪の旅に行くことになりました」

土日に旦那さんが家にいないってこともちょいショックだったんだけど、その程度なら可愛く文句を言って甘えさせろって迫ってイチャイチャすれば機嫌も直る。
そんな軽いことじゃなくてだな。

橘先生が顧問をしてるレキケンは2ヶ月に1回か2回、学校が休みの日曜に日帰りで史跡めぐりをする。
結婚前は直江も毎回参加してたけど、最近じゃ全然行ってない。なんでって歴史よりも奥さんの方が大事だから。
でも今回はレキケンの生徒がどうしても行ってみたい!しかし1泊旅行で自腹は辛い!ということで、レキケンに支払われるささやかな部費を使って橘先生と行くならOKって校長先生が言ったらしく、信長ツアー1泊旅行に決まったそうだ。

「信長ツアー?」
「ええ、レキケンのみんなでアンケートをとったら信長ツアーが一番だったんですよ」
「へ〜、さすが歴史オタク……」
「今回は女子も男子も全員参加ですから先生がいないとダメってことになったんです」

……ん?あれ?えーと?女子?

「レキケンて男しかいなかったじゃん」
「去年から女の子も入ってたんですよ。歴女ブームとかで。今年はさらに女子が増えてレキケンは10人を超えました。そろそろ同好会扱いから部扱いになれそうです」

男ばっかりで安心安心と思ってたのに!すでに直江に悪の手が伸びてたのか!
く〜、知ってたらレキケンなんか潰してやれたのに〜!
これちょっとショックでかいよ!

「男と女の割合はなん対なんだ?」
「男子6名、女子4名です」
「……下衆なことを聞いてもいいか?」
「下衆な?」
「女子4名のうち、橘先生目当ての女は何人いるんだ」

直江がオレをじーっと見た。なんかおかしなこと言ったかな?

「うちの歴女は全くと言っていいほど現代の男には興味がありません」
「じゃあ橘先生目当てな女はいないって言い切れるか?」
「……言い切っていいと思います」

そうか?そうなのか?
そりゃ歴女だから確かに武将に夢中だと思う。でも隣りには現代のかっこいい男代表の直江がいる。
直江目当てで入ってきた女もいるに違いない。
武将を隠れ蓑にしてオレの直江を!!

「オレも行く!」
「えっ?」
「1回だけどレキケンの日帰り活動行ったことあるし!オレはOBだし!ボランティアなら文句はないよな!」
「ええ、まあそれなら……でも高耶さん、歴史についての知識があんまりというかほとんどないじゃないですか」
「いいんだよ!誰もオレにそんなもの求めないに決まってるから!」

そういうことでオレも参加になった『ザ☆信長ツアー』。
直江を歴女から守るんだ!!

 

 

次の日、レキケンでコースを考えたそうで、それを書いた紙を直江がオレに渡してきた。
生徒も校長先生も、橘先生の教え子だから一緒に行ってもいいって言ってくれて参加決定。

「じゃあ高耶さんは宿の手配をお願いします。このコースでどこが一番便利かとか、部費以内で収まるかとか、全部高耶さんにお任せです」
「……橘先生とボランティアのオレは一緒の部屋?」
「そこは高耶さんの采配ですからね。好きにやっていいですよ」

じゃあ好きにやる!!

インターネットでお得な宿を探すのを譲に教えてもらったからさっそく検索してみた。
土曜日は学校が終わったら新幹線で京都。本能寺を見てから値段の安いホテルにチェックイン。
翌日は朝メシ食ったら安土城址、彦根城、昼メシを食ってから岐阜城、清洲城、で、名古屋から新幹線に乗って帰る。

こんなに城ばっかり行って楽しいんだから歴史マニアってのは変わった生き物だな。

宿泊は京都の安いホテルを発見。昭和丸出しな感じの古いホテルだけど、広いし一人6000円だ。
部屋割りは生徒数が偶数だから2人ずつ。
当然ながらオレと直江で1部屋だ。

「ホテルはこんな感じで取れそうなんだけど、夕飯や朝飯はどうすんの?」
「夕飯は自由行動です。翌日の朝食は私がみんなにコンビニのおにぎりを買っておきます。昼はどこかに予約しないといけませんね」
「部費で足りる?」
「部費は電車賃と宿代で精一杯ですから朝食以外の食事代は生徒の自腹です」
「……レキケンて可哀想だな……」

それから直江の指示で新幹線の切符取ったり、ホテルに予約を入れたり、2日目の昼飯用に店を探したり。
直江を女子に取られたくないってだけでここまで頑張る奥さんなんて偉いよな!

「高耶さんも少し歴史の下調べしたらどうですか?」
「すぐ忘れちゃうからいい」
「OBとして来るんですよね?」
「直江がフォローすればいいじゃん」
「……わかりました」

オレが興味あるのはかっこいい旦那さんだけだ。信長なんかどうでもいいんだ。だってもういない人なんだし〜。

 

 

そんで1泊歴史旅行当日。
旅行は学校が終わってからそのまま出発だそうで、今日の直江はスーツじゃなくてビジネスカジュアルみたいな服装だ。
生徒は自由時間以外は制服なんだそうだ。
学校に出勤する直江に待ち合わせ場所の確認をしてお見送り。

「遅れないでくださいね」
「うん。大丈夫」

いつものように玄関でチューしてお見送りしようとしたら、「今日は夜までキスできませんから」つって濃いめのチューをされた。
今日は、っていつも仕事だから夜までチューできないじゃん。
けどせっかく旦那さんが優しい笑顔でオレをズキュンとさせたからノリノリでチューしたら、そのせいで直江は遅刻ギリギリになった。
せっかくのレキケン1泊旅行の日に遅刻なんかしたら橘先生の評判落ちちゃうぞって言ったら猛ダッシュでバス停に走って行った。

オレは午前中で終わる家事だけやってから待ち合わせのターミナル駅に。
ちょっと待ったけど直江と生徒10名は時間通りにやってきた。

「紹介します。うちの奥……OBの仰木高耶さんです。引率ボランティアしてもらいます」
「よろしくな」
「よろしくお願いしまーす」

男子も女子も普通だ。見た目じゃ歴史オタクには見えないけど、中身はどっぷり浸かったオタクに違いない。
こいつら全員直江と同類なのか……。

「あの〜、今年卒業した仰木美弥さんのお兄さんですか?」

男子の一人が質問してきた。
なんで美弥なんかを知ってるんだろう。

「うん、そう。美弥の兄貴」

そう答えたらなぜか男子も女子も興奮気味に。

「どうしたんだ?」
「美弥先輩といえば新聞部恒例の『お嫁さんにしたい女子ナンバーワン』の3年連続1位だったんですよ」
「……あれが?」

オレの時は新発田がそうだったけど、美弥がな〜。みんなあいつの本性を知らないからな〜。
マセガキで図々しくて猫かぶっててボーイズラブが大好きで趣味はお兄ちゃんイビリなのに。

「仰木先輩ってやっぱり美弥先輩に似てますよね。超かっこいい♪」
「おしゃべりはそのへんにして出発しますよ。新幹線乗り場まで距離あるんですから」
「は〜い」

直江に中断されて美弥の話は終了した。
新幹線乗り場のホームに上がってお茶やお弁当を買ったりしてるうちにオレたちが乗る車両がやってきた。
もちろんオレは直江の隣りの席だ。女子から直江を守らねば!

ところが。
女子は4人で武将の話で大盛り上がりで、男子はお菓子食ったり寝たりゲームしたりと好きなことをして楽しんでて。
直江の顔を見たら小さい声で「だから高耶さんが心配することなんかありませんて言ったでしょう」と。
レキケンの連中は恋より歴史の方が大事らしい。

そして新幹線は京都駅に。バスに乗り換えて本能寺に行く間も、女子は確認や質問ぐらいでしか直江に話しかけなかった。男子の方が直江と歴史の話で盛り上がってた。
直江を男子に取られてオレ一人だけ話に入れなくてなんだか寂しいと思ってたら、女の子たちがオレんとこに来た。

「仰木先輩は歴史詳しいんですか?」
「いや、オレはさっぱりわからないな。テストで出て間違えたところしか憶えてないや」
「間違えたところ?」
「うん。答案が返ってきてクラスで答え合わせするだろ?その時に痛恨のミスをしてたりすると逆に忘れられなくなるんだよな」
「あー、わかる〜!」

歴史の話題は持ってないけど学校でのエピソードならいっぱい持ってるからたくさん喋った。
女の子に囲まれるのなんて料理部以来だな。懐かしいな〜。
女の子たちと話してるうちにすぐに本能寺に到着。
直江が解説しながら寺の中を歩いて、写真をバシバシ撮って、生徒が感じた本能寺の変の考察なんかを輪になって話し出して……。
それが終わったら時間がちょっとあるからって、明治維新で有名な坂本竜馬のゆかりの地に行って……。

なんだ、このツアー。マジで歴史しかねえじゃんか。
普通の人なオレとしてはあんまり面白くない。直江がいなかったら絶対来たくないぐらい歴史話ばっかり。

「じゃあ今日は終わりにしましょう。ホテルにチェックインして着替えたら自由行動です」
「はーい」

なんで歴史マニアってこんな寺だの史跡だの歩き回ってニコニコしてやがるんだ……。
中には「時間があれば比叡山も行きたかった」なんてバカなことを言うやつもいた。山だぞ、山。
なんでわざわざ寺に行くために山登りしなきゃなんねーんだ。

旅館に着いて色々と確認してから自由時間だ。

「仰木せんぱ〜い、荷物置いたらみんなでどこか行こうよ〜」
「いや、オレはいい。疲れて動きたくない」
「残念だな〜」

女生徒の誘いを断ってオレと直江は部屋で休むことにした。
直江も少し疲れたらしい。
生徒たちには夜8時までにはホテルに戻ってきて点呼すると指示を出して部屋に行った。

「高耶さん、女生徒に人気ですね……」
「ん?」
「楽しそうに会話して、私とは全然話してくれないのに……」
「だって直江は男子と歴史話しててオレ一人ぼっちだったんだもん。女の子たちは気を使ってくれたんだろ」
「……高耶さんを取られた気がして……。こんなことなら私一人で来ればよかった」
「も〜」

オレと同じのヤキモチを妬いてる旦那さんはちょっと可愛かったから、座ってるベッドに行ってチューした。

「橘先生、大好き」
「……本気モードですか?」
「え?ああ、違うけど……まあ少しぐらいなら」
「高耶さん!!」

夕飯前にオレと橘先生は部屋でちょっとエッチなことをした。

 

 

橘先生と仰木くんのエロい課外授業が終わってシャワーを浴びたらもう夜7時。

「夕飯食べないとな」
「高耶さんを食べて満腹ですよ」
「んなわけねーだろ、バカ」

バカと言いつつチューをした。だって直江がアホっぽくて可愛いかったから。

「じゃあ食べに出ますか」
「うん。そのへんの定食屋でいいよ」

ホテルのフロントで近場の店を聞いて食べに行った。
オレはミックスフライ定食で、直江は焼き魚定食。

「そういえば修学旅行も京都なのにみんないいのかな?」
「なんでですか?」
「……だって2回も同じ観光スポット行くわけだろ?飽きないか?」
「飽きませんよ。そこに見るべき史跡があるなら何度でも行きたいに決まってるじゃないですか」

…………オレが変なのか?それとも直江が変なのか?

「直江は京都に来るの何度目?」
「修学旅行も入れると30回以上来てますよ」

30回……。

「二条城は欠かさず行きます」
「欠かさず……」
「今回は行けませんから残念ですが」

30回も見てるのに何が残念なのかオレにはまったくわからない。

「加藤清正が秀頼を徳川家康に合わせた時の部屋を見ると、清正の気持ちに同調してしまって泣けてきます。もう何度も」

なんだろう、自分の旦那さんなのに宇宙人を見ているようなこの気分は。
大好きなんだけどモヤモヤする。

「高耶さんも修学旅行で見たでしょう?どうでした?」
「どうでしたって言われてもな……かっこいい部屋がたくさんあったなとは思ったけど……」
「そういう所から歴史を好きになるものですよ」

え〜?そーかぁ?

「明日も楽しみですね!」
「……うん」

オレ、直江のこういうところ嫌いかも。

ホテルに戻って生徒の点呼をとって、明日の朝ごはん用のおにぎりを渡した。

「修学旅行ではありませんから夜更かししてもいいですけど、外出だけはしないように」
「はーい」
「明日は移動が多いですからね。睡眠不足だとつらいですよ」
「大丈夫だよ、先生!俺たちは明日にすべてを賭けてるんだから!」

すべてを賭けてるのか、こいつら。なんでそんなに歴史で熱くなれるのかわからない。すべてって何をだよ。

「私もすべてを明日に賭けます!」
「頑張ろうぜ、先生!おー!」

……やっぱ来なきゃ良かった……。

 

 

そんで次の日。朝メシ食ってから午前8時にロビーに集合。
直江も含めてみんな期待で顔がテカテカしてた。

「気合入れて行きましょう!」
「はい!!」

みんな笑顔すぎて怖い。自分たちでは気付かないみたいだけど超怖い。

京都駅からまず電車で安土。
……なにこれ、山じゃん。

「登りますよ!」
「はい!」

山登り後に天主閣のレプリカがある建物に入ってみんなで写真をバシバシ。
それから彦根城。また山だ。

「国宝ですからね!内部もじっくり見るように!」
「はい!」

うどん屋さんで昼飯食ってから岐阜城へ。
ものすごい高い山の頂上に城らしきものが……。

「また山?!」
「ロープウェイで行きますよ」
「良かった〜!」

んで最後の清洲城。山じゃなかったけど駅からは遠かった。

「楽しかったですね!みなさん!」
「はい!!充実しました!」
「じゃあ後は帰るだけです。離れがたいですが仕方がありません」
「帰りたくな〜い」

帰ろうよ!!もう帰ろう!!

ようやく名古屋駅に到着して新幹線を待つホームへ。
男子よりも女子の方が体力残っててまだキャッキャとはしゃいで興奮中だ。

「仰木先輩、楽しかったね!」
「え、うん、楽しかったな」
「またボランティアで引率してね!」

しねえよ!!二度としねえ!!

「橘先生が誘ってくれたらまた来るよ」
「じゃあ橘先生にしつこく言っておくよ!」
「う、うん」

メアド交換してと迫られて困ってたら新幹線が来た。いいタイミングだ。
指定席通りに直江の隣りに座ろうとしたら女子に囲まれて、あれよあれよと言う間に直江と引き離された。
さっきまで充実してテカテカした顔してたのに、今はどんよりしてこっちを見てる橘先生。
メアド交換は適当に誤魔化してしなくて済んだけど、帰ったらまた不機嫌になるに違いない。

数時間後、家に着いた橘夫妻の旦那さんは玄関に入ったとたんにオレにチューしてきた。
新幹線の中にいる間じゅうずっと妬いてたらしい。

「もう二度と高耶さんを連れて行きません!」
「うん、それでいいよ」

オレも行きたくないし。いくら直江がいても宇宙人に見えちゃうんだから行きたくない。

「今度は二人きりでお城巡りしましょうね」
「城巡りはヤダ」
「そうですか……」
「普通に温泉とかリゾートとかイチャイチャできるとこなら行く」
「そうしましょう!」

やっと直江がいつもの笑顔を見せた。歴史が絡まなきゃいい旦那さんで大好きだ。
ギューギュー抱きついて何度もチューしてから玄関上がって、それからゆっくりリビングでまたチューだ。

 

 

その後、レキケンで城巡りレポートをみんなで作ったそうなんだが。

「女子4人とも高耶さんを好きになったらしく……武将そっちのけで高耶さんの話ばっかりしてます」

橘先生を狙う女子がいなかったことは良かったけど、直江は学校でオレについて色々質問攻めにあってるそうだ。
さらには次回の史跡めぐりに絶対連れてきて!と毎日言われて大変らしい。

「高耶さんがステキすぎるからこんなことになるんですよ!!」
「オレに怒っても意味ないだろーが」
「しかし!」
「オレは直江しか好きじゃないよ」
「……高耶さん!!」

もしも宇宙人だとしても旦那さんは直江しかいない。
ギューギューされるだけで超嬉しいもんな。

「歴史よりもお城よりも高耶さんを愛しています!」
「うん♪」


END

 

 
   

あとがき

歴史マニアとは本当に
テカテカしながら城に
行くものですよ!

   
   
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