奥様は高耶さん



第52


父の日とオレ

 
         
 

 

夕方のニュースで特集がやってた。
なんの特集かってゆうと父の日だ。

母の日は直江が家事やってくれたり欲しかった携帯ストラップ買ってくれたりした。

……でもオレ、直江に何か買ってやる小遣いがもうない。

6月は連休もないし、誰かの誕生日もないし、友達と宴会やるイベントもなかったし……なんて思ってたから漫画を大人買いして、夏に向けての服も買っちゃった。
あさっては父の日なのにオレの財布は800円しか残ってない。

「う〜、どうしよう……」

家事はいつもオレがやってるから家事交替なんか意味ないし、直江の代わりに何かやれることがあるとすれば洗車ぐらいしかない。
そーするとやっぱり何か買うべきなんだけど、残り800円で何が出来るかが問題だ。
安売りの靴下とかぱんつとかハンカチとか?それじゃ直江はちょっとショックがるかも。

直江が喜ぶもの……最近貰って喜んでたのは何だろう……。

全然思いつかないまま翌日の土曜になった。
いつものごとく実家に子育てをしに行って、俊介にお絵かきさせて遊んでた時だ。

「何描いてんだ?」
「にーに」

青いクレヨンでグシャグシャに描かれてるのがオレだそうだ。
子供ってのはアバンギャルドだよな。

「そうだ!俊介、おまえ直パパ描けよ!」
「なんで?」
「直パパが喜ぶからだ。俊介さんは絵が上手ですねって褒めてくれるぞ」
「うん!」

新しい画用紙を渡すと黄土色のクレヨンでグチャグチャ描き出した。
なんで黄土色なんだろう。謎だ。

俊介の絵で直江をいい気分にさせて、そこですかさずオレが100円ショップで買った靴下詰め合わせ300円ぶんをラッピングしたやつを渡す!
これならきっと直江もショックがらずに貰ってくれそうだ!

「俊介はいい子だな〜」
「エヘ〜」

そうと決まったら帰りは100円ショップに寄って行くか!!

 

 

100円ショップにて計400円で靴下とラッピングセットを買ってプレゼントっぽくした。
俊介の絵は丸めてお菓子の包装にかかってたリボンを巻いた。
これでいい。あとはオレの部屋に隠すのみ。

見られないようにベッドの下に入れて階段を下りたら直江がちょうど帰ってきた。

「おかえり〜」
「ただいま」

チューしてからくっついていつものように直江の匂いをクンクンした。
ラブな旦那さんの働いた後の体臭とチョークの匂い。これが好きだ。
でも半分は直江が女にくっつかれて香水だのなんだのの匂いが染み付いてないかの確認でもある。
今日はOK。

「今から夕飯作りですか?」
「うん。先に風呂入れば?」
「そうします」

さっき降りてきた階段をまた上がって、旦那さんの着替えを持って脱衣所に置いた。
直江が風呂に入ってる間に脱いだスーツを寝室に持って行ってブラシをかけつつ女の髪の毛がついてないかのチェック。
よし、大丈夫だ。

夕飯が出来上がらないうちに直江が風呂から出てきた。

「まだ出来てないからもうちょっと待ってて。ビールでも飲めば?」
「いいですね」

自分で冷蔵庫を開けてビールを用意して、それから録画しておいた歴史番組をテレビで見始めた。
うちのハードディスクレコーダーはキーワードを入力させておくと、その単語が使われる番組を勝手に録画してくれる。
当然ながら直江は「歴史」とか「幕末」とか「戦国時代」とか「お城」とか「合戦場」とか「徳川」とか「江戸」とか「竜馬」とか「将軍」とか「古墳」とか「縄文式土器」とか……そういう単語をたくさん入れてる。
歴史がブームになってからというもの、直江は見なきゃいけない番組がたくさんあって忙しいそうだ。

まあ大人しくテレビを見てくれればこっちも助かる。
テレビ番組が退屈な日はオレの後姿をじっと見て、それからキッチンに来てお尻を触ったりして驚かせるから邪魔なんだよな。

「直江、ご飯出来たよ」
「今いいところなんです。竜馬の謎を解き明かしていて……」

こういう直江は宇宙人に見えてくる。

「……じゃあリビングで食うか?」
「はい」

ダイニングテーブルに乗った完成品をリビングのローテーブルまで運んで夕飯になった。
オレもなんだかんだ文句言いながら一緒に歴史番組を見ちゃって、ごくたまに面白いな〜なんて思うこともある。
そう言うと直江の食いつきが良くなって「夫婦で歴史観光をしましょう!」なんて言われる。
それはヤダ。

「いつも歴史探訪はイヤだって言いますけど、付き合う前には毎月行ってくれたのはなんだったんですか?」
「先生とデートできるからだ」
「ということは、釣った魚にはエサをやらないということでは……」
「直江だって付き合う前は今みたいなマニアックなことは言わなかったじゃんか」
「……そうですけど……」
「だろ?お互い様なんだよ」

食べてる間に歴史番組が終わって、食後のお茶を飲みながらソファでイチャイチャした。
やっぱり夫婦間には歴史を持ち込まない方がいいと思う。
そうじゃないとイチャイチャしながら年号を覚えさせられそうだ。

「オレもそろそろ風呂入ってくる」
「では寝室で待ってますから」

今は夜の8時半。
寝室に入るにはまだ早い時間だ。と、いうことは。
今日は土曜だからエッチたくさんしましょうねってことか。

「エロ教師」
「そんなエロ教師が大好きでしょう?仰木くん」
「……う〜」
「戸締りや片付けは私がやっておきますから、お風呂でキレイにしてきてください」
「ん」

チューしてからオレはお風呂。
旦那さんの言う通りに全部をキレイにするか。

 

 

次の日は日曜だから朝10時に起きた。
昨日エッチが始まったのは夜9時半。終わったのが深夜2時。
5時間ぶっ続けでやってたわけじじゃないぞ。休憩しながら3回に分けて、だ。

だから直江もオレも今朝は体がだるいけど気分は晴れ晴れしてて、ベッドの中でしばらくイチャイチャしながらいろんな話をしてた。
主にオレと直江がどのぐらい愛し合ってるかの話だけど。

「学校は高耶さんが卒業してからはやっぱり何か物足りないんですよね」
「オレも橘先生の直江を見られなくて毎日物足りないよ〜」
「高耶さんがずっと高校生だったらいいのに……」
「留年はしたくないけど高校生でいたかったな」

こんな話ばっかりで30分ぐらい。それでもオレたちは幸せでしょうがない。

「そういえば俊介さんは元気なんですか?」
「元気かって、先週会っただろ」
「ええ、でも我が子のように思っている俊介さんに1週間も会えないのは寂しいんです」
「……あ、そうだ」
「はい?」
「そろそろ起きるぞ」

何がなんだかわからない直江を置いて一人で着替えてキッチンに。
今日もハムエッグとトーストを作って、しょうゆをちょっと垂らして食べた。
直江も半分食べてから残りの半分をしょうゆで食べるようになったからそこらへんも愛を感じる。

「ごちそうさまでした。高耶さんのハムエッグは本当にいつもおいしいですね」
「愛情たっぷりだからな」
「はい」

よしよし、直江の機嫌は超いいぞ。今がチャンスだ。

「今日は直江が作ったミルクティーが飲みたいな〜」
「いいですよ。作ります」
「やった!」

直江が作ってる間に自分の部屋から靴下と俊介の絵を出してリビングに戻った。
ちょうどミルクティーが出来上がったとこでリビングのテーブルにカップを置いてた。

「なあ、今日なんの日か知ってるか?」
「ええと、あ、父の日ですね」
「そう!これ直江に。俊介から」

先に絵を渡して超浮かれるところに靴下を出す。いい作戦だ。

「なんですか?」
「いいから見てみろ」

お菓子屋さんのリボンを解いて直江が絵を広げた。あの黄土色の。

「なんの絵だと思う?」
「……もしかして私の絵ですか?」
「おお!正解!なんでわかったんだ?」
「愛ゆえに、です」
「へー」

直江って本当に俊介のこと息子のように思ってるんだな〜。嬉しそうだ〜。

「そうですか、直パパの絵なんですか……私に父の日が来るなんて思ってなかっただけに嬉しいですね」

絵を見ながら目をウルウルさせて感激してる。
直江のこんな顔、初めて見たな〜。

「俊介さんは今日は家にいるんですか?」
「ううん。父さんと2人でミニSLが乗れる公園に行くって言ってた」
「じゃあ帰ってきたらお礼を言いに行きましょう」
「うん。そんでこれがオレからなんだけど」
「高耶さんからも?」

ラッピングを解いて靴下3足を見た。
オレの思惑どおり、直江は100円ショップの靴下でも感激している様子。よしよし。

「ありがとうございます」

嬉しそうな顔でチューをしてくれた。
ちょっと申し訳なくなったから、来年の父の日はもっといい物を準備しようと決めた。

俊介の絵はいつでも目に入るリビングの壁に貼った。きっと直江はこれを見るたんびにウルウルするのかも。
もしそうだったらちょっと面白いから千秋や門脇先生にも見せてやろう。

 

 

父さんと俊介が帰ってきたって連絡が母さんから来て、直江と2人で実家に行った。

「俊介さん、直パパの絵を描いてくれてありがとう。上手に描けてて直パパは嬉しかったです」
「エヘ〜」
「俊介さんは本当にいい子ですね」

ギュッと抱いて頭を撫でる。
こんな感じで際限なく甘やかすのが直江だけだから俊介も直パパが好きらしい。

「ついでだから夕飯も食べて行けば?」
「うん、そーする」
「ごちそうになります」

日曜なのに珍しく美弥もいた。彼氏は今日は大学野球の練習試合で他県に行ったから会えないとかで。

「美弥もお父さんにプレゼントしたんだよ」
「何貰ったの?」
「珍しくてなかなか買えない焼酎を買ってくれたんだ」

そう言って父さんは焼酎のビンをテーブルの上に自慢げに出した。

「探すのに苦労したんだからね。ちゃんと飲んでよね」
「じゃあさっそく義明くんと飲もうかな」

父さんと直江が飲みだした。直江も飲んでみたかった焼酎らしく嬉しそうだ。
それを見て母さんが茶色っぽいものが乗った皿を出した。

「お母さんからもちゃんとお父さんにプレゼントあるわよ」
「母さん、これはカラスミじゃないか!」

たま〜にデパートに行くと直江が買おうか買いまいかいつも悩んでるやつだ。
値段が高くて直江の小遣いじゃちょっと無理めのやつ。

「美弥が焼酎をあげるって言うから、じゃあおつまみにカラスミをと思って〜」
「愛してるぞ、母さん!!」

みんな見てるのに父さんと母さんはチューをした。珍しい光景じゃないけど直江は見慣れないからビックリしてる。

「高耶からはないのか?」
「……忘れてた」
「おまえはそーゆーヤツだな」

父さんはオレにだけカラスミをくれなかった。高級な食べ物だから食ってみたかったのに〜!ケチ!!

 

 

 

「おいしかったですねぇ、焼酎もカラスミも」

帰り道を歩いてたら、ちょっと酔った直江が笑いながら言った。
オレはどっちも食ってないし飲んでない。

「高耶さんのお父さんは家族みんなの人気者なんですね」
「そうみたいだな〜」
「私も高耶さんのお父さんのようになりたいです」
「……なんで?どこが?」

オレの父さんのようになるってことは、超オープンで超フリーダムなアホな男になるってことだぞ?
そんなのがいいのか?

「奥さんからも娘からもあんなに慕われて……お父さんが欲しかったものをちゃんと憶えてもらえてて、しかもそれをプレゼントされるなんて、幸せですよねぇ……」
「まーな」
「……焼酎とカラスミか……愛ですねぇ……」

なんとなく不穏な空気が流れてるように感じるのはオレの気のせいだろうか?

家に着いて直江は壁に飾った俊介の絵を見て、それからリビングに置いてあったオレからの靴下を見た。
嬉しそうではあるが……。

「高耶さん」
「ん?」
「靴下も嬉しいです。でもお父さんのように欲しかったものを私も貰いたいです。高耶さんから」

もう小遣い400円しか残ってないからなんも買えないぞ。
一応は聞いてみるけど。

「何が欲しいんだよ」
「肩もみ券……」
「は?そんなもんでいいの?」
「いえ、違います。肩もみ券、のような何枚か自由に使えるエッチ券が欲しいです」
「えええ〜!」

エッチ券?!なんだそりゃ!!

「そんなの貰わなくてもちゃんとエッチしてるだろ!」
「だから、いつでも自由に使えるエッチ券です。高耶さんが今はダメって言う時にも使えるような」
「なんの意味があんの?!そんなもの!!」
「意味ですか?あるじゃないですか。奥さんからの愛がいつでも貰えるっていう意味が。例えば夕飯を作っている時などに」
「ヤダ!!」

全力で断ったら床に座って拗ね始めた。
酔っ払ってるからこんな無茶を言うんだろうけど……。

「高耶さんの愛は100円ショップの靴下3足程度のものなんですね……」

げ!100円ショップってバレてる!なんでわかったんだろう!

「愛は金額ではありませんけど、なんだか悲しいですよ。……エッチ券ならお金もかからないし、愛情満載でステキなプレゼントだと思ったんですが……そうですか、ダメですか……」
「うう〜」
「はあ……うちの奥さんが一番愛してくれてると思ってたのに……」
「一番愛してるよ!」
「じゃあください」

くそ〜!なんかうまく丸め込まれてるような気がするけど反論が出来ない!!
だって100円ショップの靴下3足しかあげてないもん!!

「わかった!エッチ券だな!待ってろ!すぐ作ってやる!」

家電話のそばにあったメモ帳が残り20枚ぐらいだったからそれに全部『エッチ券』とペンで書いて直江に渡した。

「ありがとうございます」

ニヤリと笑った顔を見て気が付いた。
最初からエッチ券をもらうつもりでいたってことに。

「愛してますよ、高耶さん」
「エロ教師!!」
「はい♪」

それでも直江しか旦那さんになる人はいないけど!
オレも愛してるけど!
いつあのエッチ券を行使してくるのかが怖い!

「来年からは父の日やんない!」
「フフフ、どうでしょうねぇ……」

やんない!!



END

 

 
   

あとがき

きっと掃除機をかけてる時とか
歯を磨いてる時とか
誰かが泊まりに来た時とか
だと思います。

   
   
ブラウザでお戻りください