奥様は高耶さん



第53


嫁同盟とオレ

 
         
 

 

お客さんが来た。
直江のお兄さんたちのお嫁さんたち、つまりオレのお義姉さんたちが。

普段あんまり会わないからたまには嫁同士でお昼ご飯でも食べようってことになって、3人で駅前のレストランランチをしてから我が家に呼んだ。
結婚当初からお義姉さんたちはオレと直江のカップルに大賛成で、影で励ましてくれたりして仲良くなった。

「いつ見てもステキな家よね〜」
「本当。どこもかしこも新しいしサンルームもあるし。いいわ〜」

照弘さんのお嫁さんの嫁子(仮名)さんと、義弘さんのお嫁さんの嫁美(仮名)さんはリビングの中を色々見て回ってステキステキと繰り返した。

「でもウチが一番狭いじゃん。お義姉さんたちの家は家も庭も広いし、もっと豪華な感じなのに」

嫁子さんがオレの方を見て言った。

「うちは広いけど建ててから20年近いからちょっと時代遅れな感じなのよね」

それから嫁美さんが。

「うちはお寺の敷地内だから私の憧れの洋風な家は無理なのよ」

ふーん、そんなもんなのか。
それからお義姉さんたちにお願いされて結婚式や新婚旅行や家族旅行のアルバムを見せた。
直江のマメなアルバム整理のおかげでお義姉さんたちは楽しそうに見てくれた。

「義明くんていい旦那さんね〜」
「うん、オレもそう思う」
「やだ、のろけちゃって、この子ったら!」

それから俊介の写真やオレの実家の写真を見て、最後に直江の実家で撮った写真を見た。
そこでお義姉さんたちは不思議に思ったらしい。

「そういえば高耶くんはお義母さんとの写真がないのね」
「……お義母さんの?」

あのババアとの写真なんかあるわけねーじゃん!!

「お義姉さんたちはあんの?」
「当たり前でしょ。家族なんだから。子供たちの入学写真とか一緒に撮ったわよ?」
「…………」

そうか。普通はそんなもんか。

「もしかして高耶くんとお義母さんて仲が悪いの?」
「知らなかったの?!」

オレと直江母が全面戦争をしてるのをお義姉さんたちは知らなかったらしい。
まー、そんな話をする機会もなかったから仕方ないのか。

それからオレは今までされた嫁イビリをすべてお義姉さんたちに訴えた。
いつもの挨拶の「あら、いたの?」に始まって、料理にケチつけられたことや、直江実家の台所を手伝った時にされた意地悪だとか、直江とのクリスマスを阻止されたことや。

「お義姉さんたちもされただろ?」
「ううん、全然。1回もないわよね?」
「うん、ないない。優しいお姑さんで幸せだなあって思ってる。ねえ?」

てことはオレだけ……?

「なんでオレだけ嫁イビリされてんの?!男だから?!」
「あー、たぶん義明くんのお嫁さんだからじゃないかしら?」
「そうそう、男かどうかはたぶん関係ないと思う。もしこれで高耶くんが女でも嫁イビリされてる気がするわ」
「義明くんはお義母さんの宝物だったからねえ……」

お義母さんがどれだけ直江ラブだったかを教えてくれた。
嫁子さんが嫁に来た時、直江はまだ中学生だか高校生だかだったそうだ。

朝はお義母さんが起こし、お義母さんが寝癖を直し、着替えを全部用意し、毎朝玄関の外まで見送りをし、直江が財布をテーブルに置くとお義母さんが黙ってお小遣いを入れ、直江がお義父さんに怒られると逆ギレしてまで庇い、女の子から電話がかかって来ると直江に替わらずに根掘り葉掘り質問をする。

「当たり前のようにやってもらってたわよ。マザコンかと思ってた」

嫁美さんが嫁に来た時は大学生だったらしい。

「大学生だから必要でしょって言って、お義母さんの貯金で車買ってもらってたし、携帯電話の料金も払ってもらってたし、家庭教師と塾講師のバイトで帰りが遅くなるとうちの旦那に車出させて迎えに行ったり、あと極めつけはアレよね、アレ」
「あ〜!アレね!」
「アレって何だ?!」
「教師になってから一人暮らしを始めるって言い出した義明くんに『じゃあお母さんと2人で住みましょう』って言ったことよね」

げげー!!超キモチワルイんですけど!!

「まあ義明くんはそんなお義母さんから離れたくて一人暮らしを始めたようなものだから、それは断固拒否してたけど。ずっとマザコンだと思ってたから一人暮らしを始めた時はわたしも嫁美さんも安心したわよね?」
「そうそう」

そんな母親に育てられてたのか……直江は……。

「だから高耶くんが嫁イビリされるのは当然かもしれないねえ」
「そんなのヤダ〜!」
「お義母さんと仲良くなりたいの?」
「うーん、まあ少しは……オレだけ嫌われてると直江にも迷惑かけるし……俊介が色々わかる年頃になった時に困るし……」

ちょっと落ち込んだオレに嫁子さんが提案をした。

「もうすぐ結婚記念日と誕生日でしょ?わたしたちがお膳立てしてあげるからこの家にお義母さんを招待して一緒にお祝いしたらどう?」
「あ、それいいかも。毎年義明くんと二人っきりでお祝いしてたところに招待されたら少しは心を許してくれるんじゃない?」
「……そうかな……?そんな気は全然しないんだけど……」
「とりあえずチャレンジしてみたら?」
「……わかった」

というわけでオレと直江の結婚記念日&オレ誕生日はプチパーティーすることになった。

 

 

 

学校から帰って来た直江と夕飯を食べながら今日のお義姉さんたちの提案を話してみた。

「オレだって少しはお義母さんと仲良くなりたいし」
「高耶さんがそう思ってくれるのならやってみましょうか」
「大丈夫かな?」
「大丈夫です。私がついてます」

でもなんだか今日は直江を信用できない。

「絶対大丈夫?」
「ええ」
「……毎朝起こしてくれて、寝癖を直してもらって、着替えを出してもらって、お小遣いを自動的に財布に入れてもらってたおまえが100%奥さんの味方になれるのか?」
「ゲホゲホゲホ!!」

過去の出来事を奥さんから言われた旦那さんはご飯を喉に詰まらせてむせた。
どうやらお義母さんに甘やかされた自覚はあるらしい。

「……お義姉さんたちですね……高耶さんに余計なことを……」
「なあ、味方できるのか?」
「できますとも」
「味方をしつつオレとお義母さんが仲良くなれるようにしなきゃいけないんだぞ?」
「やります」
「……携帯電話の支払いや車買ってもらった恩をお義母さんが言い出しても奥さんと仲良くさせられるのか?」
「ゲホゲホゲホゲホ!!」

なんか頼りないなあ……。

「鋭意努力します……」
「うーん」
「信用してくださいよ」
「してみるか」

オレを大事にしてくれるいい旦那さんだからな。信用してみよう。

「じゃあ結婚記念パーティーのお膳立てはお義姉さんたちに任せよう。オレも話し合って色々準備するから」
「よろしくお願いします」
「うん」

ちょっと不安だ……。

 

 

 

で、とうとう7月23日だ。
お義姉さんたちはオレたち夫婦に『逆プレゼント』を買っておけとアドバイスをくれたから、お義母さんにはちょっと高価な帯止めを、お義父さんにはかっこいい草履を買っておいた。

直江が昼のうちに誕生日ケーキとシャンパンを買いに行って、オレは家でお義姉さんたちと料理の準備。

「今日の主役は高耶くんだけど、その主役がお義母さんのためにお料理を作ったりプレゼントをあげて、普段から感謝してますってことを表現すればイチコロよ!」

だそうだ。
なるほど。

全部の準備が終わるころに直江両親が来た。
お義姉さんたちと直江とオレで玄関まで迎えに行った。

「こんばんは、高耶くん!招待ありがとう」

第一声はお義父さんだ。

「来てくれてありがとうございます!えーと、夕飯出来てるからどうぞ!」
「お邪魔するよ」

今日もお義父さんはいい人だ。

「お、お義母さんもどうぞ」
「…………お邪魔します」

今日もお義母さんは無愛想だ。
そんなお義母さんに直江もお義姉さんたちも苦笑い。
みんなでリビングに入ると嫁子さんが「高耶くんも座って!」と言って、キッチンに行ってしまった。
そこで台本どおり、オレと直江は直江両親に改めて挨拶をした。

「今日は来ていただいてありがとうございます!」
「私たちがこうして結婚記念日を迎えられたのはお父さんとお母さんのおかげです。お義姉さんたちと高耶さんで張り切って作った夕飯ですからたくさん食べてください」

お義父さんはにこやかに「楽しみだなあ!」って言ったけど、お義母さんは無言。
いつもは嫌味のひとつでも言ってるところだけど、今日はお義姉さんたちがいるからかまだ嫌味はない。

「じゃあオレ、料理持ってきます」

キッチンに行ってお義姉さんたちと作った超うまそうな料理をお盆に載せた。

「お義母さん、やっぱりよそよそしいわね?」
「だろ?いつもは第一声から嫌味だけどな。嫁子さんたちがいるから我慢してんのかも」
「心の扉を開くのよ!頑張りましょうね!」
「うん!」

テーブルの準備が出来て、ケーキが出てきて、まずはみんなでオレの誕生日祝い。
歌はないけどケーキのろうそくの火を消すやつは直江の仕切りでやった。
それから嫁子さんの仕切りで結婚記念日のお祝いの乾杯をした。

「義明たちは結婚してもう何年になるんだ?」
「5年目に入ります。早いもんですねえ」
「そうか、5年か……」
「どうしてだかまだ新婚気分が抜けませんけど」

直江がニヤけて言ったこの一言にお義母さんが超反応した。

「それはまだ嫁に落ち着きがないからじゃないかしら?」

ほら、やっぱり。お義姉さんたちにドン引きされるよりも、嫁イビリを優先させやがった。

「……そんなことはありません」
「そ、そうよ、お義母さん!高耶くんだってもう立派な専業主婦として義明くんを支えてるじゃないですか!」
「どこらへんがそうなのか知りたいわ」
「う……」

く〜!くそ〜!でも今日はめげないぞ!!

「いやあ、お義母さんの言うとおりだよ!オレまだ全然半人前で!!」

今日こそ仲良く!一歩だけでも仲良く!!

「ま、そうでしょうね」

クソババア……!!
いや、笑顔をキープしなきゃ!!

それから直江やお義父さんや嫁子さんたちの必死のフォローとオレの我慢な笑顔でどうにか雰囲気良く保ち、最後にサプライズとして直江両親に逆プレゼントを。

「高耶さんが結婚記念日を感謝したいと言ってくれたので」

本当はお義姉さんたちが考えた逆プレゼントだけど、オレが考えたってことにして渡した。

「開けてみてください!気に入ってくれるかわかんないけど……」

お義父さんは草履を見るとちょっと涙ぐみながら「ありがとうな!」と言ってくれた。実の息子からのプレゼントよりも嬉しいそうだ。
ババ……じゃなくて、お義母さんは。

「あら、ステキな帯止めね。ありがとう、義明」

オレに言えよ!!ババア!!

それで誕生日&結婚記念日パーティーは終了。敷地内同居の嫁美さんが直江両親と嫁子さんを車に乗せて帰ることになった。
玄関の外まで見送りに行って、今日も結局仲良くはなれなかったな〜と思ってたらババア……じゃなくてお義母さんがオレに近寄ってきた。

またオレだけに聞こえるように嫌味を言うんだろうな、と思ったら。

「ありがとう」

小さい声でオレだけに聞こえるように言った。

「え……」

びっくりして固まってるうちに車は発車。闇夜に消えていった。

「じゃあ一緒に片付けましょうか、高耶さん」
「……」
「高耶さん?」
「直江ー!!」

玄関外だってのに直江に抱きついた。

「どうしたんですか?!」
「ババ……お義母さんがオレに『ありがとう』ってゆった!!」
「え?今ですか?」
「うん!!」

直江も嬉しそうな顔をしてオレを抱きかかえながら玄関の中へ。ドアを閉めてチューした。

「いい誕生日祝いになりましたか?」
「うん!」
「よかったですね」

それからしばらくリビングでチュー。片付けは後でいいや。

「じゃあ今からは旦那さんとラブでメロウな記念日を祝いましょう」
「おう!!」

もっとチューしてから片付けて、その後は仲良く寝室にゴーした。
二人っきりの記念日は送れなかったけど、直江とお義姉さんたちのおかげでいい記念日になった。
オレ、超幸せ。

 

 

次の日、報告を兼ねたお礼をお義姉さんたちにメールした。
二人とも自分のことのように喜んでくれたんだけど……。

直江と昼ご飯食べてたらお義母さんが来た。

「あ、昨日はありがとうございました!」
「あら、いたの?」
「…………」
「それで?あなたはお姑さんにお昼ご飯をすすめないつもり?」
「……どうぞお昼ご飯を食べて行ってください……」
「あたりまえでしょ」

どうやらオレと姑の戦争は終わってないらしい。

このクソババア!!


END

 

 
   

あとがき

もう意地の張り合い
でしかないようです。
高耶さんが勝てる日は
来ないかもしんない。

   
   
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