奥様は高耶さん |
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夏の暑い日にオレはひとりぼっちで家にいた。 またあのババアが来やがったのかと思ってインターフォンのモニターをオンにするとサラリーマン風の人が立ってた。 「どちらさんですか?」 超早口で何を言ってんのかさっぱりわからん。 「も、もんかしょうすいせんの?」 もんかしょうすいせんてのはお国に推薦されてるちゃんとした人なんだろう。 「お子さんはおいくつなんですか?」 あれ?3歳でいいんだよな?4歳じゃないよな。まあいいや。 「では情操教育の他にも同時に生活能力、知能、運動能力を総合的に伸ばすための大切な時期ですね。こちらの教材はお子さんが遊び感覚で文字や数字を覚えてその意味を理解するという画期的な英才教育のための教材になっております。ひらがな、カタカナ、漢字はもちろん、英語も自然と覚えられる教材は日本でも我が社だけです。さらに全国の親御さんからご指示を受けて改良をしたばかりの新製品な上に量産が出来るようになりお値段もいくらかお安くなりました。ぜひこちらのお子さんにもお使い願いたいと思いましてウンタラカンタラ」 早口でよくわかんないけど、パンフを見る限りではすごい英才教育の効果がある教材だってゆーのがわかった。 「夏休みキャンペーン中なのでセットで399,900円のところを389,900円とお安くなっております」 俊介の英才教育にさんじゅうきゅうまんえんか。100万円よりぜんぜん安い。 「うーん、どうしようかな〜」 奥様はオレだけど直江と検討してみよう。そうしよう。
夏休みだけど学校に行って働いて帰ってきた旦那さんにご飯を食べさせてお風呂に入らせて、冷たいビールを飲ませて機嫌を良くさせてからパンフを見せた。 「俊介のじょーそー教育と英才教育だってさ」 ええ!あんなに俊介を可愛がってる直江が買わないって?! 「なんで!俊介を英才教育しないのか?!」 直江は教師だから英才教育したいんだと思ってたけど違うのか。 「でも俊介には勉強できる子になって欲しいもん。英語だって話せるようになればいい会社も入れるし」 直江……オレのことそんなふうに思っててくれたのか……。 「なおえ〜!」 ギュって抱きついてチューをした。 「オレ、俊介を優しい子に育てるよ!!」 セールスの押切売夫さんには悪いけど教材はノーサンキューだ。
次の日も冷房27℃でゴロゴロと退屈してたらピンポンが鳴った。 「あれ?学校は?」 千秋をリビングに入れると白いビニール袋を渡された。中には花火がたくさん入ってる。 「わー、花火だ」 なんでいい大人3人で花火をしなきゃいけないんだ。 「ちげーよ。俊介を呼んで、だ。あと綾子も」 そんなわけで俊介と門脇先生を呼んで花火大会をすることになった。 「じゃあさっそく準備しようぜ!」 千秋と買い物に行って枝豆たくさんとから揚げの鶏肉たくさんとサラダ用野菜たくさんとピザ生地を買った。 「あとは直江が帰ってきたらピザ焼けばいいよな」 そんなことを話してるうちに直江が帰ってきた。 「おかえり!!」 俊介の靴を脱がせて家に入れるとリビングから出てきた門脇先生を見つけて目を輝かせた。こいつの女好きは相変わらずらしい。 「俊ちゃん、こんばんは。憶えてる?綾子先生だよ?」 馴れ馴れしく抱きついてチューしてやがる。 「じゃあ私も着替えてきます」 門脇先生が俊介を中に連れて行ったのを確認してから直江に抱きついてチューした。 チューに満足したからキッチンでピザをオーブンに入れて焼き始めた。ビールもすぐに届いてセッティングはほぼ完了だ。 「なぁ、橘先生。あの壁に飾ってあるの俊介の描いた絵?」 直江は自慢げに俊介の描いた黄土色の似顔絵を見てちょっとウルウルしてる。あれから毎日絵を見てはニヤニヤウルウルしてるんだ。 「俊ちゃんは絵が上手ね〜。綾子先生の絵も描いて欲しいな〜」 から揚げを手にしたままお絵かき帳のあるオモチャ箱に行こうとしたから服を掴んで引き止めた。 「ご飯食べてる時は遊んじゃダメだろ。お絵かきは後でだ」 そんな俊介を見て千秋が不思議そうな顔をして質問した。 「俺が来た時はけっこういい子にしてるのに今日はどうしたんだ?」 直江をにべもなく振った俊介は門脇先生の膝の上に乗った。門脇先生は可愛い可愛いって嬉しそうだけど、思いっきり断られた直江は超ショックを受けてその場で固まった。 「うわ〜、学校じゃ大人気の橘先生も形無しだな〜」 すでにビールをガブガブ飲んでる千秋がケッケッケと笑いながらオレの旦那さんを見てる。 「じゃあ綾子先生とご飯食べようね」 門脇先生にご飯を食べさせてもらう俊介は今まで誰が食べさせた時よりもいい子にして食ってた。お行儀もいいしこぼさないように頑張ってるし。 「あたしも子供欲しいな〜!」 も、もしかして聞いちゃいけないこと聞いちゃったのか……?なんか門脇先生の顔がみるみる悲しげになってきてるんだけど……。 「アレじゃね?しんたろうは恋愛と結婚は別だと思ってんじゃねーの?アッハッハ!」 逆に嬉しそうなシスコン千秋はさらに門脇先生を青ざめさせた。 「いやいや、大丈夫だよ、門脇先生!!きっと仕事が大変だったりしてるだけだよ!!だよな!!直江もそう思うよな!!」 直江に助けを求めてみたけどこっちは俊介に断られたショックから抜け出せないまま、まだ固まってる。 「門脇先生みたいないい女と結婚したくないわけないじゃん!しんたろうさんだってその気でいるって!」 きっと意味はわかってないだろうがグッジョブだ、俊介!! 「じゃあほら、みんなご飯食べちゃおうぜ!それから花火だ!」 まだ立ち直れない旦那さんを除いてみんなで楽しく食った。 「そんな落ち込むなよ」 まだビール一口しか飲んでないっちゅーのに旦那さんはみんなの前でオレをギューした。まあ別に千秋と門脇先生なら気にしなくていいけど。 「だから直江も夕飯食べようぜ」 騒がしいけど楽しい夕飯になった。俊介もちゃんと満腹になったようだし、千秋も門脇先生も楽しそうだ。
オレと俊介以外はいい感じにほろ酔いになって、テーブルの料理も半分ぐらい片付いた頃に俊介のしびれが切れて花火タイムになった。 「俊介は危ないから直パパと花火だ」 さすがに子供慣れしてない門脇先生に任せて花火なんて危ないものをさせるのはな〜。 「じゃあ千秋兄ちゃんとしようぜ」 あれ?俊介、返事しないな? 「俊介?」 む、無視してる……。いつも千秋はたくさん遊んでくれるから好きなはずなのに。 「敵認識されたんじゃねえの、千秋」 オレもそう思う。こいつ一回どこかで痛い目みないとムカつくガキに育ちそうだ。 「俊介さん、直パパと花火しましょう」 このガキャ〜〜〜!!!こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって〜〜〜!! 「俊介!!」 今度は嘘泣きか〜〜!! 「じゃ、じゃあ綾子先生と花火しようね?ね?だから泣かないのよ〜」 男3人、ただでさえ暑い夏の夜で汗かいてるのに、さらに汗が噴き出てる。 「わ〜、キレイねぇ」 そこだけ花火で明るい庭に、男3人は黙って突っ立っているだけ。 「あ、花火終わっちゃったね。俊ちゃん新しいのもらおうか」 オレは教育方針を変更しなきゃいけないような気がする。
そして数日後。 「こんにちは。先日お伺いいたしました全日本チャイルド教材研究所の押切売夫です。ご検討いただけましたでしょうか?」 ドアを閉めて旦那さんがいるリビングに戻った。 「誰でした……?」 千秋も落ち込んでるらしく直江の携帯に『教育ってなんなんだ?』というメールを寄越してきた。そんなのこっちが聞きたい。 「直江……」 どっちからともなくギューをした。 「直江!!」 子育てって難しい!!
END
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あとがき |
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