奥様は高耶さん



第54


子育てとオレ

 
         
 

 

夏の暑い日にオレはひとりぼっちで家にいた。
直江に冷え過ぎるからダメって言われてるクーラー27℃設定で、プラズマテレビで新作ゲームをして快適に過ごしてたら玄関のピンポンが鳴った。

またあのババアが来やがったのかと思ってインターフォンのモニターをオンにするとサラリーマン風の人が立ってた。
誰だ?

「どちらさんですか?」
『わたくし文科省推薦の全日本チャイルド教材研究所というところから参りました押切売夫と申します』

超早口で何を言ってんのかさっぱりわからん。

「も、もんかしょうすいせんの?」
『はい。お庭に三輪車が見えたものですからお子さんがいらっしゃると思い伺いました』
「えーと、ちょっと待っててください」

もんかしょうすいせんてのはお国に推薦されてるちゃんとした人なんだろう。
まあ話を聞いてみるか。
ドアを開けて玄関に入ってもらうとすぐにパンフレットを出してきた。なんか可愛いオモチャがたくさん写ってて面白そうだ。

「お子さんはおいくつなんですか?」
「そろそろ3歳です」

あれ?3歳でいいんだよな?4歳じゃないよな。まあいいや。
今後『おくたかシリーズ』はサザ○さん形式で歳をとらないことにしようぜって管理人に言っておこう。
そうしよう。受け入れられるかわからないけど。

「では情操教育の他にも同時に生活能力、知能、運動能力を総合的に伸ばすための大切な時期ですね。こちらの教材はお子さんが遊び感覚で文字や数字を覚えてその意味を理解するという画期的な英才教育のための教材になっております。ひらがな、カタカナ、漢字はもちろん、英語も自然と覚えられる教材は日本でも我が社だけです。さらに全国の親御さんからご指示を受けて改良をしたばかりの新製品な上に量産が出来るようになりお値段もいくらかお安くなりました。ぜひこちらのお子さんにもお使い願いたいと思いましてウンタラカンタラ」

早口でよくわかんないけど、パンフを見る限りではすごい英才教育の効果がある教材だってゆーのがわかった。

「夏休みキャンペーン中なのでセットで399,900円のところを389,900円とお安くなっております」
「え!さんじゅうきゅうまん?!」
「現在お子さんの教材ともなると100万円が当たり前なのですが我が社では出来る限りお値段を下げて利益度外視で販売しております。この機会を逃すと二度と手に入らない貴重なお話でございますウンタラカンタラ」

俊介の英才教育にさんじゅうきゅうまんえんか。100万円よりぜんぜん安い。
オレみたいな大人にならないようにするにはこういう教材も必要なんだろうな〜。貯金を下ろして買ってやりたいような気持ちになってきた。

「うーん、どうしようかな〜」
「それではパンフレットを置いて行きますので奥様とご検討の上よろしくお願いいたします」

奥様はオレだけど直江と検討してみよう。そうしよう。

 

 

夏休みだけど学校に行って働いて帰ってきた旦那さんにご飯を食べさせてお風呂に入らせて、冷たいビールを飲ませて機嫌を良くさせてからパンフを見せた。

「俊介のじょーそー教育と英才教育だってさ」
「……これでさんじゅうきゅうまんえんですか……」
「超安いらしいぜ。今は100万円が当たり前な時代らしい。それにもんかしょうすいせんだって」
「買いませんよ」

ええ!あんなに俊介を可愛がってる直江が買わないって?!

「なんで!俊介を英才教育しないのか?!」
「高耶さんはしたいんですか?」
「オレみたいなバカになって欲しくないじゃん」
「私は高耶さんを世界で一番ステキな奥さんだと思ってますよ。のびのび育ったとってもいい子だと思います。美弥さんもちょっとアレですがステキなお嬢さんだと思ってますし、今の俊介さんも人見知りもしない大らかでとっても可愛らしい子です。わざわざ英才教育をしなくてもいいんじゃないですか?」

直江は教師だから英才教育したいんだと思ってたけど違うのか。

「でも俊介には勉強できる子になって欲しいもん。英語だって話せるようになればいい会社も入れるし」
「教育者として言っていいことかどうかはわかりませんが、英才教育というものは諸刃の剣です。成功すれば大人になってから大成するかもしれません。でも失敗すると子供の精神をズタズタにしてしまいます。上手に教育できる大人が揃っていれば心配ないと思われても、実際にその子に合うやりかたをしていないのであればそれは虐待になってしまうかもしれません。何事も100%完璧にいくとは限らないんです。教材はいつだって買えます。俊介さんがやりたいと思った時に買ってあげればいいんです。それよりも愛情たっぷりに育ててあげることが先決なんですよ。私は勉強が出来る子よりも、優しい子になって欲しいんです。高耶さんのような優しい子に」

直江……オレのことそんなふうに思っててくれたのか……。

「なおえ〜!」

ギュって抱きついてチューをした。
直江こそあのお義母さんに育てられた割りには優しくて大好きだ!!

「オレ、俊介を優しい子に育てるよ!!」
「私も頑張ります。たくさん愛してあげましょう」
「うん!!」

セールスの押切売夫さんには悪いけど教材はノーサンキューだ。

 

次の日も冷房27℃でゴロゴロと退屈してたらピンポンが鳴った。
今日こそはババアかと思って出たら千秋だった。

「あれ?学校は?」
「俺は休み。橘先生は出勤日か?」
「うん。まあ入ってよ。麦茶ぐらいなら出してやる」

千秋をリビングに入れると白いビニール袋を渡された。中には花火がたくさん入ってる。

「わー、花火だ」
「貰ったんだけどさ、俺一人じゃどうしようもねーから一緒にやんねえ?」
「……オレと直江と千秋で?」

なんでいい大人3人で花火をしなきゃいけないんだ。

「ちげーよ。俊介を呼んで、だ。あと綾子も」
「そっか」
「おまえんちの庭なら広いからな」

そんなわけで俊介と門脇先生を呼んで花火大会をすることになった。
直江にメールで知らせたら学校帰りに俊介を迎えに行くついでに酒屋に寄って、冷たいビールを届けてもらうようにするって返事が来た。

「じゃあさっそく準備しようぜ!」
「おう!」

千秋と買い物に行って枝豆たくさんとから揚げの鶏肉たくさんとサラダ用野菜たくさんとピザ生地を買った。
俊介には好物のおにぎりも作ってやろう。
料理得意なオレと千秋にかかればおいしいおかずが出来上がるってもんだ。
夕方になると門脇先生も食材を持って来て料理を手伝ってくれて、超うまそうな夕飯の準備が出来た。さすが家庭科の先生だ。

「あとは直江が帰ってきたらピザ焼けばいいよな」
「だな」

そんなことを話してるうちに直江が帰ってきた。

「おかえり!!」
「ただいま」
「にーに!」

俊介の靴を脱がせて家に入れるとリビングから出てきた門脇先生を見つけて目を輝かせた。こいつの女好きは相変わらずらしい。

「俊ちゃん、こんばんは。憶えてる?綾子先生だよ?」
「あーこちぇんちぇい!」

馴れ馴れしく抱きついてチューしてやがる。

「じゃあ私も着替えてきます」
「うん。あ、奥さんにチューするの忘れてるぞ」
「そうでした」

門脇先生が俊介を中に連れて行ったのを確認してから直江に抱きついてチューした。
うーん、よく考えたらオレも俊介と同じことしてるな〜。似た者兄弟だな〜。

チューに満足したからキッチンでピザをオーブンに入れて焼き始めた。ビールもすぐに届いてセッティングはほぼ完了だ。
俊介は普段は会わない千秋と門脇先生に遊んでもらって大興奮してる。いつもは兄ちゃんにベタベタだからちょっと寂しいけど。
直江も着替えて戻ってきてリビングのテーブルで乾杯した。オレはジュースで。

「なぁ、橘先生。あの壁に飾ってあるの俊介の描いた絵?」
「ああ。父の日にプレゼントしてくれたんだ。私の似顔絵だそうだ」
「へ〜。本当にパパって感じだな」

直江は自慢げに俊介の描いた黄土色の似顔絵を見てちょっとウルウルしてる。あれから毎日絵を見てはニヤニヤウルウルしてるんだ。
そんな直江を千秋たちはクスクス笑ってるけど気が付いてないっぽい。

「俊ちゃんは絵が上手ね〜。綾子先生の絵も描いて欲しいな〜」
「うん!」

から揚げを手にしたままお絵かき帳のあるオモチャ箱に行こうとしたから服を掴んで引き止めた。
まったく食べてる最中だってのにこいつは……女の人がいると興奮しやがって……。

「ご飯食べてる時は遊んじゃダメだろ。お絵かきは後でだ」
「カキカキする〜」
「いい子にしてないと花火させないからな」
「う〜」

そんな俊介を見て千秋が不思議そうな顔をして質問した。

「俺が来た時はけっこういい子にしてるのに今日はどうしたんだ?」
「俊介は女好きなんだよ。今日はきれいなお姉さんがいるから興奮してんだ」
「……なんつーガキだ……」
「俊介さん、直パパとご飯食べましょう」
「イヤ!」

直江をにべもなく振った俊介は門脇先生の膝の上に乗った。門脇先生は可愛い可愛いって嬉しそうだけど、思いっきり断られた直江は超ショックを受けてその場で固まった。
きっと今日は直パパとして門脇先生たちにいいとこ見せたかったんだろう。かわいそうに……。

「うわ〜、学校じゃ大人気の橘先生も形無しだな〜」

すでにビールをガブガブ飲んでる千秋がケッケッケと笑いながらオレの旦那さんを見てる。
ひどいやつだ。

「じゃあ綾子先生とご飯食べようね」
「うん!」

門脇先生にご飯を食べさせてもらう俊介は今まで誰が食べさせた時よりもいい子にして食ってた。お行儀もいいしこぼさないように頑張ってるし。
褒めてやりたいけどなんかムカつく……。

「あたしも子供欲しいな〜!」
「その前に結婚しなきゃダメじゃん。なんでしんたろうさんと結婚しないの?」
「……なんでかしら……?」

も、もしかして聞いちゃいけないこと聞いちゃったのか……?なんか門脇先生の顔がみるみる悲しげになってきてるんだけど……。

「アレじゃね?しんたろうは恋愛と結婚は別だと思ってんじゃねーの?アッハッハ!」

逆に嬉しそうなシスコン千秋はさらに門脇先生を青ざめさせた。

「いやいや、大丈夫だよ、門脇先生!!きっと仕事が大変だったりしてるだけだよ!!だよな!!直江もそう思うよな!!」

直江に助けを求めてみたけどこっちは俊介に断られたショックから抜け出せないまま、まだ固まってる。
使えねー旦那さんだな!!

「門脇先生みたいないい女と結婚したくないわけないじゃん!しんたろうさんだってその気でいるって!」
「そう思う……?」
「思う思う!!俊介もそう思うだろ?!」
「うん!」
「ありがとう、俊ちゃん!!」

きっと意味はわかってないだろうがグッジョブだ、俊介!!

「じゃあほら、みんなご飯食べちゃおうぜ!それから花火だ!」
「そうね!」
「はなび〜!」

まだ立ち直れない旦那さんを除いてみんなで楽しく食った。
今度は旦那さんのフォローしなきゃ。オレってもしかしたら苦労性なのかもしれないな。

「そんな落ち込むなよ」
「ですが……あんなに可愛がっているのに全力でイヤって言われると……」
「あいつの女好きはわかってたことだろ。いいじゃん、オレは直江のこと大好きだよ?」
「高耶さん!」

まだビール一口しか飲んでないっちゅーのに旦那さんはみんなの前でオレをギューした。まあ別に千秋と門脇先生なら気にしなくていいけど。

「だから直江も夕飯食べようぜ」
「はい」

騒がしいけど楽しい夕飯になった。俊介もちゃんと満腹になったようだし、千秋も門脇先生も楽しそうだ。

 

 

オレと俊介以外はいい感じにほろ酔いになって、テーブルの料理も半分ぐらい片付いた頃に俊介のしびれが切れて花火タイムになった。
庭にバケツを用意してみんなで花火。

「俊介は危ないから直パパと花火だ」
「あーこちぇんちぇいとするの」

さすがに子供慣れしてない門脇先生に任せて花火なんて危ないものをさせるのはな〜。
どっちも心配だからな〜。

「じゃあ千秋兄ちゃんとしようぜ」
「…………」

あれ?俊介、返事しないな?

「俊介?」
「…………」

む、無視してる……。いつも千秋はたくさん遊んでくれるから好きなはずなのに。
もしかして……。

「敵認識されたんじゃねえの、千秋」
「生意気な……」

オレもそう思う。こいつ一回どこかで痛い目みないとムカつくガキに育ちそうだ。

「俊介さん、直パパと花火しましょう」
「…………」
「俊介、兄ちゃんとするか?」
「…………」

このガキャ〜〜〜!!!こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって〜〜〜!!

「俊介!!」
「ビャー!!あーこちぇんちぇい!!」

今度は嘘泣きか〜〜!!

「じゃ、じゃあ綾子先生と花火しようね?ね?だから泣かないのよ〜」
「うん」
「お兄ちゃんに花火もらおうか。ほら、ちょうだいって言わなきゃ」
「にーに、はなびちょーらい」
「……ぐうぅぅ」

男3人、ただでさえ暑い夏の夜で汗かいてるのに、さらに汗が噴き出てる。

「わ〜、キレイねぇ」
「キレイー」

そこだけ花火で明るい庭に、男3人は黙って突っ立っているだけ。

「あ、花火終わっちゃったね。俊ちゃん新しいのもらおうか」
「にーに、はなび」
「……ほらよ」
「はなびちゅき〜」
「良かったな……」

オレは教育方針を変更しなきゃいけないような気がする。

 

 

そして数日後。
家のピンポンが鳴った。

「こんにちは。先日お伺いいたしました全日本チャイルド教材研究所の押切売夫です。ご検討いただけましたでしょうか?」
「英才教育の教材じゃなくて家族を無視しない子供にするための教材が欲しいんですがないんですか」
「は?」
「性別で判断しない普通の子供になるための教材が欲しいんですがないんですか」
「ええと、そのようなものはちょっと……」
「じゃあいりません」

ドアを閉めて旦那さんがいるリビングに戻った。
あの日以来、オレと直江は今までにないぐらい落ち込んでる。ついでにショックが大きすぎて遅めの夏バテにもなった。
しーんとしたリビングではエアコン27℃の音だけが響いてる。

「誰でした……?」
「英才教育の押し売りさんだった……」
「愛情深く育てるのは難しいんですね……」
「うん」

千秋も落ち込んでるらしく直江の携帯に『教育ってなんなんだ?』というメールを寄越してきた。そんなのこっちが聞きたい。

「直江……」
「高耶さん……」

どっちからともなくギューをした。

「直江!!」
「高耶さん!!」
「オレは直江を愛してるからな!」
「私もです!」
「頑張ろう!!あいつをオレたちがいい子にしてあげなきゃいけないよな!!」
「はい!!」

子育てって難しい!!

 

END

 

 
   

あとがき

どんどん俊ちゃんが
変な子供になりつつ
あります。

   
   
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