ここ2日間ほど高耶さんがよそよそしい。
あ、今回は私がストーリーテラーです、みなさん。いつも高耶さんがテラーをやってると思ったら大間違い。
たまには私だってやりたいんです。
そんな話はさて置き、高耶さんがよそよそしいんです。
何か仕事をやっているらしいのですが、譲さんと二人で請け負ったらしく私には何も教えてくれません。
いったい何をやっていることやら。
理事長も教えてくれないどころか校内モニターも切られてしまって高耶さんの様子を探ることも出来ない。
仕事なのだから仕方がない、そう思う反面とても不愉快だ。疎外感というやつか。
「どんな仕事なのか教えてくれるだけでいいんですが。理事長」
「あ、いや、今回は高耶の……いや生徒のプライベートがかかっているのでな。慎重にいきたいんだ。だから高耶と譲に任せてやってくれ」
「……わかりました」
聞き逃すとでも思ったか。理事長。
高耶さんのプライベートだと?そんなもの私が知らないとでも思っているのが甘いのです。
高耶さんのことならプライベートどころか誰にも見せないところまで知っているこの私。
のんびり構えてなどいられるか。
いつものように私は高耶さんの部屋のドアフォンを押した。
「あ、直江」
「入っていいですか?」
手に提げたドーナツの袋を目の前に出して見せる。
「……いいよ」
私と高耶さんは所謂恋人同士というやつなのだが、この家に入る時はお土産持参が鉄則だ。
なぜならエッチなことをしに来たと思われると入れてくれないからだ。
高耶さんだってエッチなこと大好きなくせに、それだけじゃイヤだと言って私に対して警戒する。
「やった!ドーナツ!直江、お茶入れてくれ」
「はい」
台所で安物のほうじ茶を入れる。ちなみに高耶さんの家で私は客扱いされないので、こうしたお茶も有料だ。
有料がイヤなら買って来いと言われる。恋人同士でもだ。
「今度は紅茶を一緒に買ってきますね」
「おう、そしたらタダで飲んでいいぞ」
家賃や光熱費は理事長が出しているのでガス代は請求されない。
しかし食料は高耶さんが毎月貰っている生活費から出るため、何を食べるにしても飲むにしても有料。
いったいいくら貰っているのだろうと思ったら、毎月3万円だそうで私は妙に納得した。
「もうちょっと欲しいんだよな」
「食費だけでなくなりそうですね」
「そーなんだよな〜。家具だって服だって欲しいしさ」
「それぐらいだったら私が買いますよ。明日、一緒に買い物に行きませんか?」
マジで?!と嬉しそうな顔をしたのは一瞬のこと。
すぐに眉をひそめて「明日は仕事だからな〜」と残念そうにうなだれた。
「どんなことをやってるんですか?」
「え!いや、別にたいしたことないんだけど!」
怪しい……。これは絶対に聞き出さなくては。
「そうですか。じゃあ買い物は別の機会に」
「う、うん、そうしよう」
ドーナツをモクモク食べてお腹が満足したころ、機嫌の良さを見計らって短くキスをしてみた。
そして何もなかったかのように「じゃあ帰ります」と言うと、思ったとおり不機嫌になった。
「ん〜」
「なんですか?」
「もう帰るのか?」
「ええ」
「……もうちょっといろ」
高耶さんはちょっと甘やかすと箍が外れて子猫のように擦り寄ってくる。これを見越してそっけなくしてみたのだが大成功。
しかしもう一押しだ。
「でも明日は仕事なんでしょう?」
「……そーだけど……」
「たくさん寝ておいた方がいいですよ?」
「オレの……こと……」
そうです!この寂しそうな顔!これが出ればあと少し!!
「オレのこと、好きじゃなくなったとか言わないよな?」
「…………高耶さんこそ、本当は甘えられる相手が欲しかっただけでしょう?」
「そんなんじゃないよ!」
「私でなくとも別にいいんでしょう?だから最近よそよそしいんじゃないですか?」
「そんなこと言うな!バカか、おまえは!」
泣きそうなのを我慢して抱きついてきた。ふ、これで完璧だ。
なぜよそよそしかったのかを言わなければならない状況にしてしまえばいい。
「離してください。これ以上、あなたといるのは辛いんです」
「ダメ!離さない!」
「じゃあ、どうしてよそよそしかったのか教えてください」
「う……それはちょっと……」
「やっぱりそうですか。私はあなたに弄ばれただけですか」
「違う!!」
「無理しなくていいんですよ。帰りますから、あなたは開崎でも誰でも甘えさせてくれる人を呼びなさい」
とうとう泣き出してしまった。ちょっとやりすぎたか。
「バカ〜!」
「じゃあ教えてくれますね?」
「ヤダ!もっと甘えさせてくれなきゃ教えない!」
高耶さんを抱き上げて寝室へ。布団が出ていないが今日はまあいいだろう。
今度ベッドを買ってやっていつでも臨戦態勢に入れるようにしておかねば。
「たくさん甘えていいですよ」
「なおえ〜」
キスをして落ち着かせてから服の中に手を入れた。若いスベスベの肌を撫でていると小さい声で「もっと」と言った。
そろそろ本格的に合体してもいいころだと思うのだが無理はいけない。
服を脱がせて体じゅうにキスをした。
「なおえもぬげ」
「私も?」
「オレもなおえのからだにさわりたい」
そんなこんなで半裸になって触りあって高耶さんの愛らしいモノを握りこんだ。
「あっ」
「しごいてほしい?」
「ん……」
「じゃあ、教えてくれたらしてあげる」
我慢ができない思春期の若者は、腰を押し付けながら吐き出した。
内容は以下のものだった。
3日前、高耶さんひとりが理事長室に呼ばれた。
そこで理事長が高耶さんに見せたのは封筒に入った一枚のDVD。
宛先は学園理事長様で、差出人は誰かわからない。善意の第三者であろうと理事長は言った。
なんとそのDVDには。
「……『男子高校生のダ☆イ☆ジ☆なところ』?」
そんなバカっぽいタイトルが出て、映ったのはどこかの学校のトイレだったそうだ。
天井あたりからのカメラアングルで、立って用を足している男子高校生の股間がバッチリ映っていた。
「なんだこりゃ!」
「裏DVDというやつだ」
リモコンのボタンを押し、画面が切り替わってさっきのトイレとはまた違ったトイレになった。
そこに映ってる生徒の制服を見ると……。この学園のトイレだったのだ。
そして映っていたのは高耶さん。
パニック状態になって理事長からリモコンを奪い画面を止めたが映っている事実は変えられない。
「こういう感じで男子高校生のトイレ風景を編集したものがずっと収録されてる。盗撮の犯人はこの学園の関係者としか思えないだろう。そこで犯人を捜してもらうことにした」
「おう!オレがこの手でキッチリと落とし前をつけてやらあ!」
「そこで相談なんだが、直江たちに手伝ってもらうとするとこの映像を見せなければならん。おまえが一人で出来るなら見せなくても済むんだが。どうする?」
どうあっても私には見られたくなかったそうだ。
トイレシーンなど見られた日には嫌われてしまうかもしれない、と。
そんなわけで譲さんと二人でやることにしたそうな。
そこで根本的なことに気が付いて、高耶さんは理事長に質問をしたのだが。
「つーかなんで警察に通報しねえの?」
「警察は嫌いなんだよ」
だそうだ。
「そういうことですか……」
「なあ、教えたんだから……」
「はいはい。わかってますよ。こんなに美味しそうな高耶さんをそのままにはしておけません」
うるんだ目を向けておねだりをするようにまでなってくれた。
エッチなことは嫌いではないのだな。むしろ好きでなければ恋人同士になる前からさせてくれるとは思えない。
「んっ、なおえ……きもちいい……」
「こんなに大きくして……高耶さんはいやらしい子ですね……」
「んん……」
と、いうわけで今回のトラブルシューターは私も加わることになった。
一度やって味を占めると二度三度と繰り返すのが性的犯罪者の心理。
金を稼ぐだけなら女子トイレを盗撮する方が需要が多いわけだから利益が高いに決まっている。
そうなると今回は稼ぐだけではなく趣味もあるのだろう。
そして裏ビデオに売れるほど繋がりを持っている、ホモで少年が好きでトイレシーンが好きで……。
女子生徒は除外だ。確率はあるかもしれないが1%ぐらいの確率は今回は無視する。
男子生徒と教師を中心に動くことになった。
私は用務員として男子トイレの見回り。高耶さんと譲さんはホモの疑いがある人間の調査だ。
それぞれ情報を持ち寄ってモニター室で会議をした。
「男子トイレは特に何もありませんでしたね」
「あ、俺情報貰ったよ」
譲さんは持ち前の人気で女子グループから色々な噂を入手してきていた。
「えーとね、生徒でホモの疑いがあるのは3年の小太郎先輩と、2年の高坂。でもこの二人はやりそうにないんだよね。どっちも真面目で裏ビデオなんかの繋がりはなさそうだよ。それより教師が怪しいみたい」
「だろうな。たぶんオレが調査したのが本命だ」
「誰?」
高耶さんは言いにくそうに切り出した。
「……数学の松田」
「教師ですか?!」
「やっぱり!」
「あいつ、最近よくオレをチラチラ見てるな〜って思ってたんだ。んでちょっと注意して様子を探ったら股間ばっかし見てんだよ。こりゃ怪しいと思って接近してみたら……今度数学の個人指導したいなんて言い出しやがって」
なんだって?!高耶さんを個人指導?!
個人指導といったらあんなことやこんなことがし放題!!
「直江、松田をしばらく張っててくんねえ?」
「はい!当然です!それで個人指導はOKしたんですか?!」
「するわけねえだろ!テキトーこいて逃げたに決まってんじゃねえか!」
ああ、良かった……。
高耶さんのことだから年上教師に言い寄られたらキスのひとつやふたつ許してしまうかもしれない。
しかも松田先生はハンサムな上に優しいと定評のある教師だ。
気をつけねばいかんな。しっかりマークしなくては。
「俺たちも松田先生に関して調べたりしてみるよ」
「んじゃオレ、囮やろっか?」
「ダメです!!」
そんなことさせたらミイラ取りがミイラになってしまうじゃないか!
絶対ダメだ!!
「え、でも高耶が囮になれば楽だと思うんだけど」
「そーだろ?」
「襲われたらどうするんです!」
「大丈夫だよ。直江は知らないかもしれないけど、オレ、子供のころから理事長に格闘技習わされてたから。空手は2段、柔道初段、剣道3段、モンゴル相撲4段だ」
……モンゴル相撲?4段?そんなものあったか?
しかしそこまで強いのであれば囮になっても大丈夫かもしれないな。
あとは高耶さんの警戒心さえ強化すれば。
「じゃあ高耶さんは囮でいいです。私は影からマーク、譲さんは出来るだけ高耶さんを見張っていてください」
「よし、じゃあそれでいこう」
あまり気は進まなかったが、高耶さんが裏DVDの餌食になってしまったのだから必ず犯人を捕まえなければ。
これ以上、高耶さんが知らない男のオカズにならないように。
それから3日間、高耶さんは仕方なく(らしいが怪しい)個人指導を受けに数学準備室に通った。
その間、私は文字通り張り込みをした。
学園内では特に目立った行動はなかったが、やはり彼が見ているのは男子生徒のお尻や股間らしく、常に目線が下を向いていた。
そして学校帰りに彼が寄ったのは新宿二丁目。ホモの皆さんが集まる聖地だ。
そこの四つ角にある怪しい店に入り男性ヌード写真を買い、その数件先にある本屋で少年ぽい顔つきの男性がメインのホモ雑誌と写真集を買った。
これで松田教諭が確実なホモだとわかったわけだ。
しかし裏DVDとの接点は見出せない。
3日目、とうとう松田は行動に出た。
彼は知らないらしいが数学準備室にも理事長のカメラが設置してある。なぜ知らないかというと盗撮だからだ。
これに関する苦情は理事長に言ってくれ。
譲さんにモニター室を頼んでワイヤレス無線を耳に仕込み、数学準備室前の廊下で用務員の仕事『掲示板の修繕』をして待機していた。
無線には準備室の音もモニター室経由で入ってくる。それを聞きながら。
『仰木くん、もう少し考えてみればわかるんじゃないかな』
『うーん』
この口調だと普通の指導だ。特に怪しい行動は見られない。
『あ、出来たじゃないか。えらいぞ』
『おお!ホントだ!』
『きみはやれば出来る子なんだから、これからは授業をちゃんと聞いて、苦手意識をなくさなきゃね』
そこで譲さんが実況中継をしてきた。
『直江さん、高耶ったら頭撫でられていい気分みたいだよ。こんなんで仕事になってんのかな?』
なんだと?!もしやまた年上男にフラフラしてるんじゃないだろうな!
『あ、手握った。高耶、顔赤くして言いなりになってるんだけど……』
ちなみに私から譲さんへの通信は出来ないようになっている。一方通行の通信だ。
『あああ!ヤバい!チューされそう!高耶何やってんだ〜!』
許せ〜〜〜ん!!!
「松田先生!何をなさってるんですか!」
私は我慢できずに準備室に飛び込んだ。
そこにはなんと本当にうっとりした顔でキスされそうになっている高耶さんが!
「おおおお仰木くん!」
「な……っ!じゃなくて用務員のおっちゃん!」
「松田先生、これは生徒さんに対するイタズラってやつですか!なんてことを!」
この前『するわけねえ!』と言っていたくせに、ちょっと男前で優しい年上教師に迫られてうっとりだと?!
なんて浮気者だったんだ、高耶さんは!
「よ!用務員さん!違うんです、これは!」
「どこが違うんですか!仰木くん!どうなんです!」
「……ええと、えーと、チューされそうになった!用務員さん、助けて!」
何をいまさらわざとらしい!!うっとりだったくせに!!
いや、ここは我慢だ。まずは仕事だ。
「生徒さんに手を出すなんてとんでもないことです。こっちにいらっしゃい、仰木くん」
「うわ〜ん、用務員さ〜ん!」
その棒読みなセリフはなんなんだ!!
そこでちょうどよく譲さんがやってきた。こちらはセリフ棒読みなどではなく迫真の演技で。
「高耶!何があったんだ!」
「ゆ、ゆずる〜!オレ、先生に襲われそうになって〜!」
「なんだって?!大丈夫だったのか?!」
「大丈夫だけど〜!」
「仰木くんは成田くんと一緒に職員室へ行っててください。私は松田先生を連れて理事長室に行きますから」
譲さんはわざとらしく泣きまねをする高耶さんを連れて職員室に行くふりを。実際はどこかに隠れてやり過ごし、準備室に隠してあると思われるカメラを探す手はずだ。
私は松田先生を逃がさないようにガッチリ腕を掴んで理事長室に引きずって行き、偶然見てしまった用務員として証言をした。
その間、譲さんと高耶さんはちゃんと家捜しをしてカメラを回収、理事長室を退室した私をモニター室で待っていた。
「このカメラ、叔父さんに渡すんでしょ?」
「ええ、今からまた戻って渡してきます。これで松田先生はクビで一件落着です。その後のことは理事長が処理するそうですから」
「この学校、問題教師ばっかりだね」
「理事長が問題あっからな」
さっきのことなど忘れて偉そうにふんぞり返っている高耶さん。
これはお仕置きが必要だな。
その日の夜、高耶さんのマンションに大好物のケーキを持って行った。
「ケーキだ!なんだよ、ご褒美?気がきくじゃん!」
「お邪魔します」
ケーキを美味しそうに頬張る高耶さんを横目に、私は一本のビデオテープを中古のテレビデオに入れた。
「なんのビデオ?」
「面白いビデオです」
パッと画面が出るとそこは数学準備室。
「え?!」
「面白いですから見ていてらっしゃい」
数学教師に数学を習っている高耶さん。解答が出来たと嬉しそうに喜ぶ高耶さん。
頭を撫でられ数学教師のハンサムぶりにうっとりしている高耶さん。
手を握られてポッと顔を赤くする高耶さん。
キスされそうになって逃げるどころか目を閉じた高耶さん。
「ここここれ……」
「ええ、あなたの浮気現場です。あなたはやっぱり私でなくても良かったわけですね。ハンサムで優しい年上の男にだったらキスぐらいはさせるわけですか」
「ち、違うんだ!ええっと、これは、その、そう!仕事の一環で!」
ケーキなどもうどうでもいいのか必死で私に言い訳をしているが、それが嘘だとバレるほどの動揺ぶり。
ダメだな、高耶さんは浮気者で決定だ。
「私なんかはどうでもいいわけですね。弄んでいたんですね?」
「違うってば!オレが好きなのは直江だけだって!」
「……もう信用できません」
「信用してくれ!」
「じゃあ証明してみせて」
「しょうめい……?」
お仕置きと証明を兼ねて今までしなかったことを高耶さんにさせた。
イヤがるわりには色っぽい顔をしてやってくれたので、今回はこれで許した。
しかし本当にこれはマズい。まさかここまで年上の男に弱いとは思わなかった。
「なおえ……」
「よく出来ました。だからって他の男にこんなことしたらタダじゃおきませんからね」
「わかった……もう直江以外のやつにうっとりしない……」
これが本当になればいいのだが……。
ああ、心配だ!!
胃に穴が空く!!
END |