トラブルシューター


エピソード9

高耶、孤児院に帰る

 
         
 

1ヶ月に2回ぐらい、高耶さんはは孤児院に戻って妹の美弥さんと会う。
高耶さんの話によると美弥さんはそれはそれは可愛くて、欠点なんかどこにもないパーフェクトな妹さんだそうだ。
当然モテるわけで、それで悪い虫がつかないようにチェックしに帰るわけだ。

今の所美弥さんに悪い虫がついてる気配はない。高耶さんにはつきまくりだが。
私は悪い虫どころか彼氏なのだから別。開崎やら、生徒会長の小次郎くんやら、ヤンキー軍団の兵頭やら、もう退職したが数学教師だとか、まあ悪い虫がつき放題の状態だ。
それもこれも高耶さんが浮気性なばっかりに……。

本人はまったくそのつもりがないそうなのだが、完全にあれは浮気者だ。
気が気ではない。だから阻止しまくることになった。

本社での用事があって朝から出勤していた日、秘書室の端っこで同僚の開崎が何やら電話で手配している。
聞き耳を立ててみたら孤児院に寄付する古着のダンボールがどうとか言っていた。

「開崎」
「……なんだ?」

開崎とは高耶さんを巡って一戦交えた時からなんとなく気まずくなっている。どちらかと言うと開崎が避けていて、私は普通にしているつもりなんだが威嚇しているふうにも見える。

「寄付のダンボールはいつ持って行くんだ?」
「今週の日曜だが」

今週の日曜……確か昨日、こんな会話が私と高耶さんの間であった。

『じゃあ今度の日曜は妹さんに会いに?』
『そう。デートできなくてごめんな?』

日曜は高耶さんが孤児院に里帰りする。ということは開崎も孤児院に行くのだから高耶さんと会うわけか。
またあの浮気性の彼が年上男にポヤンとなる可能性は大きい。阻止だ、阻止。

「俺が代わりに行ってやろうか」
「え、ダメだよ。孤児院の子たちは直江を知らないんだから。みんな僕になついてくれてるし、行かないと心配させちゃうだろ」
「いいから代われ」
「ダメだって」
「……代わってくれるのなら今度の社内早食い大会で負けてやってもいいぞ」

こちらには色々な切り札があるのだ。早食い大会だって運動会だってテニス大会だってゴルフ大会だって夏休みのクワガタ取り大会だって、常に開崎より私の方が上位で1位を競り合っているのだ。
それに全部負けてやってもいい。

「今まで2位に甘んじてたおまえが1位だぞ。さあ、どうする?」
「……クワガタ取り大会でも負けてくれるのなら代わろう」
「よし、商談成立だ」

そんなわけで私も日曜には孤児院に行くことになった。

 

 

我が社のボーナスは査定によって変動する。
その査定内容には業務成績はもちろんのこと、社内での言葉遣いや周りからの人望にまで及ぶ。
その中でもひときわ異彩を放った査定内容は「古着の寄付」だ。
寄付と言っても海外の貧しい子供たちにではなく、国内の貧しい子供たちにだ。
そしてそれは一定の場所だけに限られる。要は上杉グループの経営している孤児院に限るということだ。

半年間に一度も古着の寄付をしなかった者はボーナス大幅カットになる。
私も一度し忘れて20万もカットされたことがある。寄付しなかっただけでだ。
どう考えても上杉会長が面白がってるとしか思えない査定なのだが、規則なのだし、確かにそんな人間にボーナスを全額渡すよりは、寄付している人間に渡すべきだと私も思う。

……上杉会長に毒されている気がしなくもないが。

そして集まった服を孤児院の院生に渡すのだが、たった20人しかいない孤児院に年間数千着以上もの古着が送られるのだから余りまくるに決まっている。
しかしやり手の院長がこれを孤児院の運営資金の一部にするため、古着屋に売ったりバザーに出したりフリーマーケットにまで出品したりする。

そうやって運営しているのだから秘書の開崎に任されているのは当然だ。なんと言っても秘書たちは会長の奴隷と言うか手下なのだから、大事な雑用をやって当然なわけだ。

それで私は今日、ライトバンに荷物を積んで孤児院にやってきた。
月に1度の寄付古着は数百着に及んでいるのだからウィンダムでは無理だった。

「こんにちは。上杉グループの直江です。古着をお持ちしました」
「は〜い」

出てきたのは40代の女性。よく本社会議で顔を合わせる上杉会長の奥さんだった。

「あらまあ、直江さん?開崎さんは?」
「開崎の代わりに今日は来ました。ところで奥様、どうしてここに」
「わたくしがここの院長なんですのよ」
「え?!」

よく奥様が会議に出席しているなあ、と思っていたのだが、まさか孤児院の経営者が奥様だったとは!

「院生たちには内緒にしててくださいね。じゃあ、古着を出してしまいましょうか」

よくよく話をしてみると、奥様は筆頭株主でもあり顧問でもあるそうだ。経営にはあまり口を挟まないが孤児院の経営と会社の業績が関係していることもあるので会議には出席しなくてはならない。

「そのための出席だったんですね」
「そうなの。中には孤児院を潰せっていう声もあるでしょう?それを説き伏せるためにね」
「なるほど」

某部長やら某副社長やらが、趣味で孤児院を経営している会長を批判するために孤児院の閉鎖を説くことがある。
私としては赤字しか出ない孤児院経営も、社会活動としてやっているのだから反対ではない。むしろ賛成だ。
それになんと言っても高耶さんの育った場所。彼のためにいつまでも残しておきたい。

「わたくしのことは上杉グループの社員ということになっているから。もし院生の子供たちに何か聞かれても黙っていてね?」
「わかりました」

確かに孤児院の院長が上杉会長の奥様だなんて知ったら院生を動揺させてしまうかもしれないな。
気をつけねば。
ダンボールを車から出して玄関ロビーに並べていたら、背後からお声がかかった。

「……直江!!」
「え?ああ、高耶さん」
「なんでおまえがいるんだ!!」
「仕事ですよ。服を持ってきたんです」
「……それ、開崎さんの仕事なんだけど……なんでおまえが今日に限って……」
「あくまでも仕事です」
「嘘くせえ……」

高耶さんの背後に何かいた。後ろに隠れるようにしている。
もしかして?

「妹さんですか?」
「おまえは見るな!けがれる!」
「けがれませんよ」

ようやく高耶さんの後ろから出てきた女の子はまだ中学生ながらも可愛らしくて美人だった。
高耶さんにそっくりだ。

「美弥です」
「直江と申します。上杉会長の秘書をしています」
「なんでお兄ちゃんと知り合いなんですか?」
「高耶さんの学校の用事をしているものですから」

それで妹さんは納得してくれたらしい。でも高耶さんの機嫌がすごぶる悪い。

「お兄ちゃんをよろしくお願いします」
「はい」

とても礼儀正しい妹さんだ。高耶さんとは顔は似ているが中身が少々……いや、だいぶ違うようだ。

「素晴らしい妹さんですね」
「当たり前だ」

それから美弥さんは服を物色し始めた。上杉グループの人間からの寄付だからそれなりにセンスのいい服がある。
上手に選んで似合う服を手に取った。

「お兄ちゃん、これどうかな?」
「似合うんじゃないか?」

傍から見た2人はとてもいい兄妹だった。仲の良さはもちろんのこと、美男美女とでも言うべきか。
高耶さんは他の院生たちにも慕われているようで、小さい子供から高校生ぐらいまでの院生と仲良く話している。
ああ、やっぱり高耶さんはどこに行っても人気者なんだなあ。

私も中に入って院生たちと話してみた。どの子も素直で変にひねくれていない。
さすが会長の奥様。子供たちをみごとに躾けている。

「あら、直江さんも溶け込んじゃって」

私が子供たちと話していたのを見た奥様……院長がにこやかに話しかけてきた。

「やっぱり直江さんは女の子たちに人気ねえ。会社でもモテるでしょう?」
「いえ、そんなことは……」
「上杉会長から聞いてますよ。秘書室の人気は開崎さんと直江さんで二分されてるって。OLさんたちからは毎日のようにお食事のお誘いがあるとかで」
「今は学園で働いてますから誘われることもなくなりました」

5歳から17歳までの女の子たちに服を選んであげて、一緒にオヤツを食べた。
高耶さんは男の子たちから野球をしようと言われてグラウンドへ。
簡単なゲームを美弥さんを含めた女の子たちと遊んでいるうちに午後5時に。

帰らなければいけないと言うと、みんな残念そうにしてくれた。なかなかこれも心地いい。女の子にモテるというのは私にとって栄養剤のようなものだ。しかし今はそれよりも何よりも、高耶さんが栄養剤になってくれている。

「高耶さん、そろそろ帰りますよ。良かったら車で送ります」
「おう」

男の子たちを引き連れて宿舎に戻った高耶さんを車に乗せた。
美弥さんとの別れを惜しんで、姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

高耶さんを送ってマンションの前まで。

「……ウチ、寄ってかないのか?」
「会社の車ですから、このまま返してきます」
「じゃあ……返したらまたウチに来い」

どうしたことか高耶さんがとても寂しそうな顔をしている。孤児院に戻って里心がついたのか。

「わかりました。またあとで」
「うん」

会社に自分の車が置いてあるから、ライトバンを返したらそのまま高耶さんの家に行こう。
途中でケーキかドーナツを買うか。

1時間ほどして高耶さんのマンションに戻った。

「入れ、早く」
「は、はい」

なんだか忙しなく部屋に上げられ、ドーナツを喜ぶ姿も見せずに茶の間に座らせられた。

「あの、これドーナツ……」
「そんなのどうでもいい」

なんとドーナツを「どうでもいい」と言って抱きついてきた。
あの食い意地の張った高耶さんが!

「直江はオレの彼氏だよな?」
「ええ、そうですけど」
「OL にモテモテって、今もそうなのか?」
「はい?」
「たまに会社で仕事してるんだろ?そーゆー時って誘われたりすんのか?」
「……はあ、だいたいは」
「一緒にメシ食ったりしてるってこと?」
「まあ、そういうこともありますが」

高耶さんの目が潤んで、じんわりと涙が浮かんだ。
もしやこれは……ヤキモチか?
さては院長の話していたことを聞いていたな。

「ずるい〜」
「ずるいって、別にランチぐらいはいいでしょう」
「オレも直江とランチしたいもん」

孤児院に行けば行ったで怒って、美弥さんに挨拶しただけで機嫌悪くしていたくせに、ちょっと私が女性と交流があると聞いただけでこんなにヤキモチを妬くなんて。
可愛い人だ。

「高耶さんとはランチじゃなくても何でもしてるでしょう?そんな顔しないで」
「なおえ〜」

珍しく高耶さんの方からキスをしてきた。そこまで妬いてくれたのか。

「もうモテたらダメ」
「自分ではどうしようもないんですが……」
「ダメったらダメ!」

押し倒されてシャツを脱がされた。襲われているのか?私が?高耶さんに?

「浮気すんなよ」
「しませんて」

スラックスの上から彼の手が股間を刺激する。これは相当嫉妬していると捉えていいのだろうか。

「こーゆーこと、オレ以外のヤツとしたらぶち殺すからな」
「だからしませんて」

私も高耶さんのジーンズの上から、少し力を入れて撫でた。彼のものはすぐに大きくなる。
そこがまた純朴で可愛らしい。こんなに可愛い彼がいるのに浮気なんてとんでもない。

「んん……っ、そこ……」
「もっと?」
「うん……」
「じゃあ、もっとしてあげるから、約束してください。高耶さんも浮気はナシですよ?」
「しないよ……だから、早く……ああん!」

イマイチ信憑性がないが、ゆっくりと言い聞かせてやろう。この状況を利用して。

「ちょっとでもポヤンとしようものなら、してあげませんよ?」
「意地悪〜!早くしてってば!直江ぇ!」
「こう?」
「ああっ、そ、そう……!んん、気持ちいい……!」

じっくりと理解してくださいね。
まだまだ前半の前半ですから。今晩一晩じっくりと。

 

 

それから高耶さんの浮気癖が直ったかというと、そんな気配はまったく見えず、会長の用事で学園に来た開崎に頭を撫でられポヤンとし、朝の校門で生徒会の小次郎くんに肩を叩かれてニッコリされたらポヤンとし、兵頭に「カバンを持ちますよ」と笑顔で言われたらうっかりカバンを渡していた。

「高耶さん!!」
「浮気するつもりなんかないってば〜!」
「あるのかないのか、この体に聞いてあげましょうか?!」
「直……ッ、ん、バカ……!あ、あ、あん!」

いったいいつになったら私は安心できるのか。
ぜひ私の神経が擦り切れる前に浮気癖を直してください!!

 

 

 

END

 

 
   

あとがき

孤児院の女子の人気も直江に
持って行かれた開崎さん。
次回から開崎が服を持って行くと
「直江さんは〜?」と不満がられます。
しかしそれはまた別のお話。

   
         
   
   
         
   
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