トラブルシューター


エピソード15

家庭教師の美学

 
         
 

ヤクザのアジトでコートを翻してキックやパンチを入れ、オレはその場を粛清した。
助手の直江も皮の手袋についたホコリをパンパンと手を叩いて払い、アジトから出て行こうとした。
その時だ。

「あ、あの、助けて下さってありがとうございました」

拉致されていたOL風の女がオレを呼び止めた。

「気にしなくていい。これも仕事だ」
「せめて、お名前だけでも教えてもらえませんか?」
「……そんなことを知ったって意味がないだろう?あんたはもうこんなことに関わらないで幸せになるんだ」
「そんな……」

そこで遮るように直江がオレの肩を叩いた。

「行きましょう。報告が先です」
「ああ」

これがオレの男の美学だ。
名前なんか知らない方がいい。オレなんかと関わらない方が彼女のためなんだ。

 

 

「高耶さん、起きてください。学校に遅刻しますよ」
「ほえ?」

あれ〜、なんだ〜。
今のは夢か〜。せっかくかっこいいハードボイルドなオレだったのに〜。

「今日は始業式でしょう?トーストとコーヒーを用意してありますから早く」

昨夜は始業式だから寝坊しちゃいけません、ってゆった直江を泊めて、合体させられて……
男の美学には程遠いな〜。

直江とトーストを食べて学校へ。もちろん一緒になんか行かない。
直江のクルマに乗って通学だなんて、オレの正体がバレちゃうことのないようにな。

「えーと、クラス替えの掲示板は、と」

3年生になった今日、クラス替えで自分のクラスを確認すると、そこには前も同じクラスだった田中くんと宮本くん、それに譲がいた。さらに宮本くんの親友である佐々木くんも一緒だ。

兵頭や長宗我部や草間は別のクラスだった。
長宗我部と草間はいいんだけど、兵頭が一緒だったりしたら直江がモニター室でイライラするのが目に見えるから良かった。

「高耶ー!同じクラスだね!良かった!」

譲と同じクラスなのは理事長の画策だろう。

「でもさ……」

ヒソヒソヒソ。

「田中と宮本と佐々木も一緒なんて、高耶、大丈夫なの?」
「田中はヘタレだから大丈夫だろうけど、宮本くんたちが根性入りまくってっから難儀しそうだ」
「学園総大将ってことは相変わらず内緒なんだろ?」
「当たり前だろ」

本物優等生の譲と、バカで地味なニセ優等生のオレが二人でいるのを見た宮本くんが寄ってきた。

「仰木チャン、じゃなくて仰木さん、今年もよろしくお願いします!」
「頼むから仰木チャンて呼んでくんない?頼むから!佐々木くんにもそう言っておいて!」

逃げるようにして校舎に入って、自分たちの席に座った。
オレは地味〜に名前順の廊下側の端っこの一番後ろだ。ラッキー。

「よっす!」

しかし隣りの席は佐々木くんだった。まあ佐々木くんは宮本くんと違って冷静なヤツだから普通に接してくれる。

「仰木チャンと隣りか。席替えがあるまではよろしくな」
「うん」

二人で喋ってたら教室内がザワザワした。
校内イチのイケメン男子で、ストリート系不良の巨頭でもある佐々木くんがなんであんな地味な仰木と、なんて声が聞こえた。

「気にしたらダメだよ。総大将ってバレないようにしなきゃいけねーんだからさ。単に隣りだから喋ってるって感じにしないとヤバいっしょ」
「そうだね……」
「俺も気ィつけっからさ」

うー、佐々木くんてかっこいいなあ。男って感じだなあ。
オレもこんなふうに自然とかっこいい男になれたらよかったのにな〜。

「総大将っ」

背後から小さくそんな声が聞こえた。総長から総大将になったのはストリート系もオレの傘下になったからだ。
でも不用意にそんな呼び方するのは許せん。
振り向いてみたら兵頭がしゃがんで呼んでた。

「んだよ」

睨みつけたらちょっとビビッたらしく、慎重に小声で言った。

「今日って総召集はないんすか?」

ヤンキー系とストリート系の両方をオレが締めてるわけだけど、このふたつのグループは仲が悪い。
そんなんで総召集なんかかけられるわけねーだろ、バカが。

「おまえが代理でやっとけ」
「はい」

兵頭は帰りに体育館裏で召集をかけるそうだ。

「じゃあ俺たちは俺と宮本でやっとこうか?」
「あ、うん、頼む」

気が利く佐々木くんがいて良かった。もしこれが宮本くんだったら……想像するだで怖い。

「一応、学年末に総大将が仰木チャンだってゆーのはみんなに話してあるから。けど仰木チャンは都合があって影で仕切ることになってるから正体は誰にも言うなって口止めしてある。バラしたらとことん追い詰めて俺と宮本でシメるって言ってあるから大丈夫だと思うけど」
「サンキュ……」

総大将なんか超やりたくないけど、理事長からの命令で警察沙汰になるような不良どもの監視をしろって言われてるから辞めるに辞められない。
学園の不良のみんな、キミたちの本当の総大将は理事長なんだよ……。

 

 

始業式の日は授業がないからとっとと帰ろうとしたら理事長からの呼び出しメールが。

『来到理事長室』

たぶん中国語だ。読めないけど理事長室に来いってゆー意味しかねえ。
譲も同じメールが届いたらしく、二人で慎重に慎重に、誰にも見つからないように理事長室へ。

「学年度はじめっから何やらせる気だよ」
「今年は高耶も譲も受験だからな。勉強のほうもどうかと思って読んでみたんだ」

シューターの仕事じゃないらしい。よかった〜。

「譲は東京大学志望でいいんだな?」
「うん。今の所は判定Aだから油断しないでおけばほぼ平気」
「高耶は?」
「行けるトコならどこでもいいんだけど」

ニヤリと理事長が笑った。もしかして何かまた画策してんのか?

「おまえの大学は上杉グループが経営している上杉国際大学に決定されてるんだな、これが」
「え〜〜〜!!」

上杉国際大学といえば規模の小さい大学とはいえ、東京6大学に匹敵するほどの偏差値が高い大学だ。
そんなの無理に決まってんじゃねーか!!

「オレが今からすっげー勉強しても入学は難しいと思うぞ?!」
「家庭教師をつけてやろう」
「はあ?カテキョ?どうせカテキョ代も出世払いさせる気だろ!」
「無料の家庭教師だ」

……とてつもなく嫌な予感が……。

「……もしかしてそれって……直江?」
「正解!直江は東大卒だから、上杉国際大学のレベルぐらいは軽〜く教えられるぞ」
「……で、いつからカテキョを……?」
「今日からだ。ついでに直江をおまえのマンションに住まわせようかと思うんだが。男二人ぐらいならあのマンションでもそう狭くないだろう?」

それはヤダ!!!合体の日々が続く!!そんでオレは指定された大学を落ちて、美弥へのバックアップも失ってキャバクラだのイメクラだのに就職させちまうかもしんない!!

「直江が住むのは反対!!絶対イヤだ!!週に3日とかならカテキョでも何でもいいけど、住むのはイヤだ!!」
「そうだよ、叔父さん。いくらなんでも他人といきなり同居なんて精神的に参っちゃうよ」
「わかってくれるか、譲〜!!」
「俺だって高耶と二人で暮らせって言われたらイヤだもん」

……おまえはオレの心配じゃなくて直江の心配をしてたのか……。

「じゃあ同居は無理にしてもシューターやりながら直江が家庭教師を出来る範囲でやることにしよう。直江もたまには本社にいないといけない日があるから、そういう日だけは休みってことで。これならどうだ?」

直江がカテキョってのがすでにイヤだけど、美弥のためだ、仕方がない。

「それでいいよ。こうなったら学力ガンガン上げてやろうじゃねえか!!」

待ってろ、美弥!!お兄ちゃんはおまえを立派な大人にしてやるからな〜!!

 

 

 

「話は聞きました」

その日の夜、直江がマンションにやってきてそう言った。

「カテキョ、マジで頼むぞ」
「はい。じゃあ今日からやりましょう」
「……今日は……直江がカテキョじゃない最後の夜だし……ちょっと甘えたりしたかったんだけど……」

このオレのキュートな発言に直江はそれはそれは嬉しそ〜〜〜に笑った。
お土産に持ってきてくれたドーナツを半分こしたり、アーンしたり、砂糖がついたホッペを舐めたり。
抱きついてスリスリして、感触でわかった直江の乳首をシャツの上から唇で噛んだり。

「したいの?」
「甘えてたらしたくなってきちゃった……」
「じゃあ……」

一緒に風呂入ってエッチなことをちょっとして、寝室に布団を敷いて本番の合体。

「あっ、あっ、そこ……いいっ……もっとしてっ」
「高耶さんはエッチなことなら覚えるのが早いですね……」
「だって……ああん、直江が上手だから……それに、思春期だしぃっ……!」
「……そうですか……じゃあ、いかせてあげますよ」

いつもと同じお花畑が広がった。

 

 

 

真面目に勉強しなきゃいけないなんてな〜と思いながら鬱々と授業を受けてたら、となりの席の佐々木くんがなんだか心配そうにオレを見てた。

「なに?」
「元気ねーなーと思って」

佐々木くんは宮本くんと違って勉強もできる。なぜ勉強ができるのかというと、そういうふうに生まれついたからだ。
佐々木くんの親は両親とも国家公務員で、遺伝子としては優秀なわけだ。
だからストリート系の不良になったところでその遺伝子がいきなり劣化するわけもなく、要領がいいためもあっていつも学年10位ぐらいの成績を取る。

オレみたいなバカに生まれついた子はいつまでもバカなんだろうな〜。

「実はカテキョがついたんだ……」
「へー、総大将にもカテキョなんかつくんだ?」
「ちょっと事情があってな……」

佐々木くんはすこーし考えてからオレに言った。

「でも仰木チャンの格闘家としてのセンスはすげーものがあると思うんだ。あれってバカじゃ絶対できないだろ。だからやれば出来る子なんじゃねえの?」
「そうかな〜?」
「カテキョが優秀ならそれを引き出してくれると思うんだけど」

直江は確かに優秀だけど、カテキョとしてはどうなのか。不安だ。

 

 

そして今日からカテキョの開始。
直江の指導は普通な気がした。でもあの声が耳元で数式を言ったりすると集中できなくなる。

「……もっと覚えやすいやり方ない?」
「覚えやすい、ですか……前にテレビ番組でやってたやり方はどうでしょう?勉強して合格点だったらご飯が食べられる、みたいな。それなら必死でやるでしょう?」
「うーん、じゃあ数学はそれで行こうか。食い物かかると必死になるからな」

というわけで数学をみっちり教えてもらった。学校の先生よりはわかりやすい指導だったからオレ対応の指導だ。
そしてテスト。

直江に教わったとおりに問題集をやってみたら68点取れた。

「一回だけなのに68点だって!すげーよ、直江!」
「では間違えた箇所の添削をしましょう」

添削の結果、問題の意味を全然わかってない問題が1問。途中の計算でミスったところが2問。方程式を覚えてないから間違った答えに行き着いたのが2問。

「……この結果ですと、まず高耶さんは問題の意味を理解することと、方程式を覚えるところが苦手なんでしょう。計算ミスはやっていくうちになおりますからいいとして……。今回の評価は10段階で6ってところですね」

6ポイントで出てくる夕飯はなんだろう?

「ではこれです」

白いご飯、お味噌汁、キュウリ3センチの漬物。アポロチョコ1個。

「これだけ?!」
「6ポイントですからねえ……」
「ひーん」

オレはその夕飯を味わってゆっくり食べた。でも腹5分目にもならない。

「頑張ればステーキが出るようになりますから」
「それはいつだ!」
「12月ぐらいには……」

がーん…………!!12月っつったら今が4月だから8ヵ月後?!それまでキュウリだけでご飯を食えと?!

「まあ頑張り次第ではすぐに煮物ぐらいは追加できますよ。他の教科もこの方法でいきましょう」
「これじゃ栄養不足になっちゃう!」
「そうならないようにサプリを揃えてありますから大丈夫」

するしかないか、勉強……。は〜あ。

 

 

それでオレの本格的な受験勉強が始まった。
直江は週に4日ぐらいカテキョをするつもりらしいが、カテキョが終わると少し一緒に過ごしてから自分の家に帰っちゃう。
チューぐらいはしてるけど、合体は全然ないんだ。たぶん直江もオレの勉強に付き合って疲れるからかも。

「なあ」
「なんですか?」

今日の成果は7ポイント。白いご飯に味噌汁に、漬物とメザシが付いた。デザートはやっぱりアポロチョコ1個。
それを食いながら直江に聞いてみることにした。

「最近全然合体しないけど、なんかあったのか?」
「なんと言っていいかわからないんですけど、とにかく高耶さんの勉強を優先したいって思ってるんです。だから合体してしまうと勉強したものがこう……高耶さんの頭の中から消えてしまいそうで……」
「……合体したからって方程式を忘れたりはしねーぞ」
「わかってるんですけどねえ……気持ち的に」

なんだそりゃ!!オレのことバカにしてんだな!!
んじゃいいよ!

「もう直江の家庭教師はいらねえ!!自分で勉強してみせる!!理事長にもそう言っとけ!!てゆうか直江はもう帰れ!!そんで受験が終わるまで来るな!!」
「ええ?!」
「オレはやれば出来る子なんだよ!!同じクラスの佐々木くんに教えてもらうから直江はもういい!!」
「佐々木くんて、ストリート系の巨頭の、あの佐々木くんですか?!大人っぽくてハンサムの!!」
「そうだ!佐々木くんならオレをバカにしたような発言はしねえからな!」
「ダメです!!」

なんでダメなのか聞いたら佐々木くんは大人っぽい上にハンサムで、オレがポヤンてするからだって。
佐々木くんは同学年だぞ。オレの許容範囲は年上のみだ。

「受験が終わるまでこの部屋に来るなってことは、私とは個人的に会いたくないってことですよね?!」
「そうは言ってねえだろ!」
「私とはもう別れたいんですか?!」
「言ってねえ!!どうせチューしかしないんだったら、ここに来ることねーじゃんかって話だ!!」
「でも!!佐々木くんがもし……!!」

オレも結構嫉妬深いけど、直江もすっげー嫉妬深いからな。佐々木くんとオレがどうにかなるって考えても仕方ないけどさ。

「だって直江は勉強だけしてるオレで満足するんだろ!!チューも合体もしたくないんだろ!!」
「そんなわけないでしょう!!私だって合体したいですよ!!でも上杉国際大学に入学できなくなったらあなたが
困るんです!!だから我慢してウチの高耶さん部屋にあるDVDで毎日自分で……!!」
「それ以上言うな!!」

そうだったのか。直江は毎日オレをオカズにして自分で処理してたのか。
可哀想なムカつくような、複雑な気分だ。

「……わかった。じゃあ佐々木くんに教えてもらうのは学校内だけにする。その代わり直江は普通にオレに家庭教師して、ご飯も普通のを食って、たまに合体しろ。それならいいだろ」
「じゃあ毎日受験勉強をするってことですか?」
「そうだ」

直江とイチャイチャできないのはオレにとっては寂しいだけなんだ。
だから直江のカテキョの日にはたまに合体したいわけだ。

「それなら大学も受かるかもしれないし、直江はモニターでオレと佐々木くんを監視できるし、直江のカテキョもあるし、合体もあるだろ。どうだ?」
「佐々木くんに絶対にポヤンとならないならOKですけど」
「ならない」

そういうわけでオレは直江との合体もできるし、佐々木くんに勉強も教えてもらえるし、ご飯も普通に戻る。
言うことナシだと思うわけ。

「…………と、いうことは、高耶さんは私と週に1回ぐらいは合体したいってことですか?」
「う!!ち、違う!!」
「じゃあどうしてそんな提案するんです?」

直江とイチャイチャしたり合体したりはしたいけど、毎日直江がチューしかないで帰っちゃうのが不満なんだ。
オレが寂しいってわかってくれないのがイヤなんだ。

「直江はさ……なんかさ……いつもオレより仕事優先だからさ……」
「だから?」
「………………寂しくて…………」
「え?もう少し大き声で言ってもらわないと聞こえません」

だって恥ずかしくて悔しくて声が出ないんだもん。
だからノートに言いたいことを書いて見せた。恥ずかしいから字も小さいけど。

「……そうだったんですか……寂しくさせてすみませんでした……」
「チューだけじゃヤダ」
「そうですよね。私たちは仕事仲間ですが、その前に恋人同士でしたね」

優しく抱かれて頭をナデナデされて、みなしごのさびしんぼうなオレは直江にしがみついた。

「キスさせて?」
「うん」

チューしてもっと甘えて、直江の膝の上に乗って合体もしたいって腰を動かした。

「一緒にお風呂入りましょうか」
「うん……」
「お風呂の後は高耶さんの布団で合体ですよ?いい?」
「いい……」

直江はやっぱりオレのこと大好きで、優しくて、エロくて、布団の中でオレは半分泣きそうになった。
直江が好きすぎてたまんなくて。

「ん、そこっ……もうちょっと……強く……」
「英語の文法しながらっていうのはどう?」
「や、直江のが入ってんのに……他のこと考えるの、無理……」
「そう。じゃあ高耶さんの感じるところ、強くしてあげますから、もっと私に甘えてください。他の男なんか目に入らないぐらい、私を好きになってくださいね」
「なる……てゆうか……もう、なってるからっ……早く、もっと、欲しいぃ……」

こんなこと言ったら直江がもう大興奮で、腰をハンパなくぶつけてきた。
おかげでオレは満足するまで発射できたし、直江もオレを独占できて嬉しかったみたいだ。
一件落着だな。

 

 

 

「え〜、俺、教えるのは苦手なんだけど〜。いいじゃん、仰木ちゃんはカテキョいるんだから」

佐々木くんに勉強教えて?って直江にやったら一発で股間が熱くなる萌え顔で頼んだけど一蹴された。
そんな……!じゃあやっぱオレは合体ナシの生活に戻るわけか?!

「いいじゃんか!オレは一応総大将だぞ!」
「それとこれは違うっしょ」

そんなわけで直江のカテキョはほぼ毎日になった。でも今度からは少し違う。
チューもイチャイチャも合体もちゃんとしてくれるから。
でもこんなんで受験合格するんだろうか……。ほぼ毎日直江に食べられちゃうかもしんないよ……。

 

 

END

 

 
   

あとがき

高耶さんに男の美学が
できるのはいつになるのでしょうか。
受験頑張って欲しいもんです。

   
         
   
   
         
   
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