泣いてくれ小説 |
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僕の死 |
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あまり長く話したくはない。 最近、咳が止まらなくなることがあって近所の病院へ行った。そこで気管支炎の診断をされて薬を貰って帰ってきたのだが、何度か通院してもいっこうに良くならない。 「大変残念なんですが……食道ガンですね」 あまり残念そうに見えない医師から出た言葉は僕の脳に浸透するまでに少しの時間がかかった。 「手術が必要になりますから、入院してください」 医者が説明したところによると、ガンに侵されている食道の部分を切り取り、胃を伸ばして喉と直結させるという人体改造のような方法だった。 言われるままに家族と会社に連絡を取ると、どちらも狼狽していた。僕よりもしていたんじゃないだろうか。 そしてもう一件、僕には連絡をしなくてはいけない人がいる。 「啓一だけど。話があるんだ。今夜、空いてたら電話をしてくれ」 週明けからの入院に備え、僕はアパートに戻って生活用品の荷造りをした。 両親に通帳を預け、毎月の病院の支払をここから出してくれと頼んだ。 両親と今後のことを話し合い、入院までは東京にいてもらうことにした。 「今夜、付き合ってる女性に会うんだ。父さんたちはホテルに泊まってくれないか?」 そう言って送り出し、部屋の中を片付けた。 午後6時を回ってすぐ、彼女から電話があった。 「今から来られるか?え?うん、家にいるから」 1時間後ぐらいに彼女は到着するだろう。 彼女が家に来た。いつものようにスーパーの袋をぶら下げて。 「どうしたの、急に。話があるなんて」 狭い1DKのアパートの部屋、彼女は僕と向かい合って座った。 「別れて欲しいんだけど」 予想通り、彼女は驚いた。そして泣いた。 「どうして?」 たいして魅力もない僕と付き合ってくれた彼女。放っておけないからと言っていた。 「わけを聞かせてもらわないと納得できないじゃない」 彼女はずっと泣いていた。だけど僕は怖くて言えなかった。 そして週明け、僕は入院した。 検査ばかりの数日間を過ごしている間、見舞いに来たのは会社の同僚と、友達と、両親だった。 手術をした翌日、病室で両親と一緒に医者からの説明を受けた。 「残念なんですが……転移が激しく……」 それだけでわかった。 そして実家の近くのホスピスへ転院の手続きを取ってもらっている時だ。 「……どうしてここがわかったんだ?」 彼女がまだ僕を好きでいてくれたのが嬉しかった。それだけで良かった。 「母さんに色々聞いた?」 しばらく無言で彼女は僕を見ていた。数日間の間でやせ細った腕を、こけた頬を。 「将来のない俺に君を縛り付けたくなかったんだ」 彼女は僕が死んでいくのをもう理解しているのだろうか。彼女にとって死とは身近なものには成り得たのだろうか。 「だけどね、私はやっぱり啓一が好きだから、迷惑だなんて思わなかったよ?」 彼女はガマンしていた涙を目から溢れさせ、泣き笑いでこう言った。 「悲しい思いをさせてください」 なんのことだか、わからなかった。 「私にも悲しい思いをさせて。私はあなたを好きなんだから、悲しい思いをしたいの。何も知らないままあなたを忘れるなんて嫌だから、あなたに悲しい思いをさせられたんだって思って、一生、忘れないでいたいの」 僕は、彼女を愛している。 「あなたをずっと忘れたくないから、私を悲しませて」 死とは、そう悪いもんじゃない。 「ありがとう。悲しい思いをしてください」 平凡でつまらない僕の人生。ありがちで中途半端な死。
END |
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セリフを急に思いついて |
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