オレの会社では年一回、秋口に社員旅行がある。
とはいえ、大きな会社だから全員揃って、というわけにはいかなくて、部署ごとに土日で行くことになってる。
今回の旅行先は伊豆の小島にある高級リゾート。
温泉とマリンスポーツの他に、ゴルフ場とエステとハイキングコースがあるそうだ。
オレは二回目の社員旅行で、部署のみんなと仲がいいから楽しみにしてるんだけど、今回は去年と違って橘課長がいる。
橘課長はオレの義理のお兄さんで、その上、恋人。もちろん誰にも内緒だ。
だから楽しみではあるんだけど、オレが少しでも誰かと仲良くしてると嫉妬するからたまらない。
つってもオレだって橘課長が誰かと仲良くしてるのも気に入らないけどね。
とにかくモテるんだ。同じ部署の女だって派遣社員だって、他の部署の女どもだって狙ってるエリートハンサム。
合コンのお誘いは週に3回、デートのお誘いは週に2人、告白は月に1回、こんな感じ。
この前なんかオレと昼飯食いに行った先で逆ナンされてた。
当然だけど全部お断りだ。
オレという恋人がいるんだからフラフラなんかさせない。
なんたって一緒に住んでるんだから浮気しようもんなら家族の縁を切ってやる。
だけど会社じゃ絶対にバレたらいけないわけだから、よそよそしいぐらいがいいんだけど……。
橘課長はなんだかんだ言ってオレを引っ張りまわしたりしてるから、みんなからは気が合うと思われてる今日このごろ。
これじゃ社員旅行も心配だっつーの。
今日も直江、じゃなくて橘課長に命じられて別の部署で予算と企画の折り合いの話をしに行かされた。
仕事面だとちょっと厳しい部分はあるけど、オレに期待してる証拠だから多少難しくてもしっかりやってる。
2時間ほど打ち合わせをして部署に戻ると、みんながワイワイと話していた。
「何やってんの?」
手近にいた千秋にどうしたのか聞いてみたら。
「社員旅行の部屋割りだよ。今日中に決めないといけないんだってさ」
「オレは千秋と一緒だろ?」
「あ、悪い。今回は高坂なんだよ。おまえがいない間に決めたから、高坂と同じ部屋にしちまったんだ」
「ええ?!じゃあオレ一人?」
「いや、おまえは残り者同士で……」
残り者同士!!嫌な予感がして部屋割りの紙をひったくって見てみたら。
「仰木くんは私と同じ部屋ですよ」
「た……橘……課長……」
なんと直江と同じ部屋。なんで若いオレが課長なんかと同じ部屋?!
この野郎、わざとオレを使いに出して、いない間に部屋割り決めを言い出して、うまく自分と同室にしたってことじゃねえだろうな……?
「私もあぶれてしまったんですよ。仕方ないのであぶれた者同士で仰木くんとです」
部長は副部長と同室。同じ50代同士ってことで仲がいいからな。仕方ない。
課長補佐は同期の主任と同室。40代同士で同期だからか?
他に直江と同年代の人もいるのに?
こりゃわざと直江がやったに決定だな。疑う余地もないな。
「あまり気を使わずにお願いしますね」
「……はい……」
直江と同じ部屋だなんて、絶対にエッチなことされるに決まってるんだ。
そりゃオレだって嫌いじゃないよ、そーゆーことは。
でも社員旅行でそんなのヤバいよな?だって部署のみんなと一緒なんだぜ?
「今度の土日が楽しみですね」
「……はあ……」
絶対に直江が企んだんだ!!
家に帰るとお母さんが夕飯の支度をしてた。オレの杞憂なんか知らずに楽しそうに。
「あ、高耶くん。今週の土日で社員旅行だったわよね?日曜の夕飯はいるの?」
「家で食べると思う……」
「じゃあ作っておくから食べてね。私とお父さんは夕方からデートなのよ」
「ん、わかった」
「どうしたの?元気ないけど」
お母さんにチクるべきか、それとも黙っておくべきか。
チクろう。
「……お兄さんが……社員旅行の同部屋になったんだ……」
「え?義明が?」
「会社の人に……兄弟だってバレないか怖い……」
「それは心配ねえ。でも大丈夫じゃない?部屋の中は二人きりなんでしょ?外で黙ってれば大丈夫よ」
部屋の中で二人きりだからマズいんじゃん。絶対エッチなことされるもん。
声が漏れたらどうすんだよ。
「どうやら……お兄さんが同部屋になるように仕組んだっぽくて……」
「あらまあ。あの子もお兄さんぶりたいんでしょうね。我慢してやって?」
お母さんにこう言われちゃったら我慢するしかない。だってオレ、お母さん大好きだし。
オレのせいでせっかく再婚してくれたお母さんと親父がケンカするの嫌だし。
「我慢するよ。大丈夫、だよな」
「義明には私から叱っておくから」
「うん、頼むよ」
部屋に行って着替えて、夕飯が出来るまでしばらく休憩。
録画しておいた番組を見たり、マンガを読んだり、社会人らしくない子供っぽいことをして過ごすのが日々のストレス解消法だ。
そうやって過ごしてたらドアがノックされた。
「高耶さん、いますか?」
直江が帰ってきたらしい。会社全体で残業しないように勧告されてるから、課長と言えども帰りはあんまり遅くならない。
「いるよ。入って来れば?」
「お邪魔します」
まだスーツ姿だった。これはいつものことだけど。
だって直江はいっつもオレの顔を見てないと気がすまないって言うんだから、帰ってきていったん着替えてからなんて時間がもったいないってことだ。
「おまえ、部屋割り……仕組んだな?」
「仕組みましたが何か?」
あっけらかんと言いやがった。
直江は会社じゃやり手課長、家の中じゃ暢気なお兄さん、オレの前じゃワガママで悪魔な子供だ。
「どう考えたっておかしいじゃねえか。なんで課長と入社2年目の若造が同部屋なんだってみんな疑うだろ」
「疑ってませんでしたよ?」
「……おまえがうまくオレをあぶれさせたからだろうが」
「もしかして怒ってます?」
「別に怒ってやしないけど。ただそーゆー勝手なとこが困るつってんの。部屋でキスしてるとこなんか見られたら大変なんだからな」
「しなきゃいいんでしょう?」
「するくせに」
「しますけど」
やっぱするんじゃねえか!!
「高耶さんは?キスしなくていい?」
オレが座ってる隣に座り込んで、手を握って話し始める。このへんの口説きは一流だな。
「う……」
「したくない?」
そりゃしたいけど。
だって今も一日何回かキスしてるわけだしさ。してくれないと安心しないっつーかさ。
「今は?キスしますか?」
「う……ん」
やっぱり直江とキスするのは好きだ。
うっとりしながらキスしてたら、階下からお母さんの声がした。夕飯が出来たって。
「同部屋でいいですよね?」
「……いいよ、仕方ないもん」
「じゃあ、またあとで」
夕飯のダイニングで会うまでしばしのお別れ。
このお別れの間に頭を恋人モードから兄弟モードに替えておかなきゃ。
そしてとうとう社員旅行の日になった。集合場所は東京駅。
そこから観光バスに乗って伊豆まで行って、連絡船で小島まで。
バスの中では千秋と高坂と、武藤ってゆー同期のヤツと4人で後ろの席を陣取ってトランプしたりウノしたり、くだらない話で盛り上がったりして楽しくやってた。
途中のサービスエリアで直江に捕まって、一緒にトイレに行こうだの、飲み物買いに行こうだの、タバコを吸うのを付き合ってくれだの、まったくどうしようもないことでオレを引っ張りまわした。
「直江の同期だっているんだから、そっちといればいいじゃねえかっ」
「寂しいんですよ」
「何が寂しいんだよっ。部署の女の子たち、みーんな直江のそばでかいがいしく世話焼いてくれてんじゃん」
「高耶さんに焼いて欲しいんですけど」
「出来るわけねーだろ、バカッ」
直江に買ってもらった缶コーヒーを持ってバスに戻って、元の自分の席に。
「おまえは橘課長に妙に付きまとわれてんな?」
「将来有望ってことなのかね?育てゲーみたいな?」
「ゲーム感覚で育てられちゃたまんねーよ、もう、うんざりだ」
千秋と武藤に同情されて、高坂にはクスクス笑われて、気分は最悪だ。
前方の直江の席の周りには女がウジャウジャいる。作ってきたとかいうクッキーを渡したり、トランプやろうって誘ったり、直江は相変わらずモテまくってる。
ヤキモチも少しはあるけど、今日だけはバレたらたまらないからこれでいいや。
「目的地まであと半分てとこか。着いたらホテルの庭でバーベキューなんだろ?」
「そしたら橘課長、さらに女どもから世話焼かれて大変だろうな〜」
「彼女いないって噂、どうなんだろうな。俺はいると思うんだけど」
いるけど彼女じゃなくて弟だ。オレだ。
これだけは絶対に、何が何でも会社にバレたらいけない。兄弟だってのもバレたらいけない。
直江、うまくやってくれよな〜。頼むよ、マジで。
直江を無視して千秋たちと行動して、やっと目的地のリゾートに着いた。
もう季節は涼しいからそのまま海には入れないけど、ウェットスーツでスキューバやったり、水上バイクやったり、そういうのは出来るらしい。
やりたい人はフロントで申し込んでおけば午後に遊べるんだそうだ。
荷物をホテルの人たちに預けてから、ロビーに集まって午後は何をしようか相談した。
「仰木はどうする?俺、水上バイク行こうと思うんだけど」
千秋は水上バイク、高坂はスキューバ、武藤は写真を撮るからハイキングコース。全員別行動だ。
「オレは釣りしようかと思ったんだけど……誰も釣りやらないなら水上バイクにチャレンジしてみ……」
「仰木くんも釣りですか?」
げげ、直江!
「私も釣りしたかったんです。偶然ですね」
「え、ええ、はい……」
偶然じゃねえじゃんかよ!!
たった今聞いて決めたんじゃねえのかよ!
家でホテルのパンフ見ながら「ゴルフクラブの貸し出しもしてるのか」とか言ってたじゃんかよ!!
「釣具も貸し出ししてますよ。釣ったら夕飯に出してくれるそうですよ」
「おお、すげえ!仰木、おまえ鯛釣って夕飯に刺身にしてもらえ!俺にも食わせろ!」
「じゃあ申し込みしましょうか」
オレたちにくっついて直江もフロントへ。武藤以外それぞれ申し込んでから昼飯のバーベキューへ。
千秋たちに聞こえないように直江にヒソヒソ言った。
「ゴルフはいいのかよ……」
「別に何でも良かったんですよ」
「……いい加減にしろよな……」
それからは本格的に無視した。
ただでさえヤバいってのに、どうして社員旅行なんて一番ヤバい日にこんなにくっついてくるんだ。
金魚のフンじゃあるまいし。
オレが怒ってるのもわかってないみたいで、バーベキューでも話しかけられたけど、適当に相槌打っておしまい。
それでようやく気が付いたようだった。
いったん部屋に戻って荷物を置いて、釣りに行く準備。
直江は同室だから当然だけど一緒に部屋に入った。
「高耶さん、何か怒ってます?」
「怒ってますもなにも、怒ってるとしか見えないと思うんですけど、課長」
「……どうして?」
「どうして?自分で考えたら?」
アウトドア用のウエストバッグに財布だとかの貴重品を移して、直江を置いて廊下に出た。
突き放されたのがわかって慌てて追いかけてきたけど、廊下で武藤に会ったからいつもの課長の顔に戻って一緒にエレベーターに乗った。
「なあ、武藤。あとで温泉行こうぜ。何時ぐらいに戻る予定?」
「ハイキングコースは1時間もあれば回れるらしいけど、写真撮りながらだから2、3時間はかかるかもな」
「そんじゃ5時に武藤の部屋に行くよ」
「わかった」
それを聞いてた直江の顔が一瞬曇ったけど、そんなの知ったこっちゃない。
オレはオレで仲間と楽しく過ごしたいんだ。
「んじゃあとでな」
「おう」
ロビーで武藤と別れて、オレは釣具を貸し出ししてるショップに入った。直江も後からついてくる。
「よう、橘も釣りか?」
「え、ああ。はい、一応」
主任も釣りらしく、釣具を借りてるとこだった。
「橘って釣り出来たっけ?」
「いえ、一回もやったことは……」
「じゃあ俺が指導してやるよ」
思わぬところでオレと引き離されそうになってオロオロしてる。
まさかこんな展開になるとは思ってなかったみたいだ。ざまあみろ。主任グッジョブ!
「仰木くんは……」
「ああ、オレ、釣りは中級ぐらいなんで、一人で大丈夫です。主任は課長とどうぞ」
「そうするか、橘。たまには二人で釣りも悪くないだろ」
直江はとうとう主任に捕まった。
オレはそれを尻目に釣具とバケツを借りて、餌のゴカイを買って、地図で見た釣り場に一人で行った。
釣り場は広くていくつかポイントがあるから、直江と会うことはほとんどないだろう。
「は〜、ようやく一安心だ」
天気はいいし、海はきれいだし、魚もウヨウヨ泳いでるから大漁になるかもな。
直江は主任に任せておけばバレる心配もなさそうだ。
久しぶりの釣りでなかなか感覚が戻らなかったけど、しばらくして慣れるとガンガン釣れた。
真鯛はさすがに釣れなかったけど、浅瀬にいる小さい黒鯛は釣れたし、カサゴも釣れた。
刺身と唐揚げが食えるかも。
2時間ぐらいで3箇所のポイントを移動して、けっこうな量を釣ってホテルに戻った。
ショップに釣具を返して、釣った魚をバケツごと渡すと、それを夕飯に出してもらえるようにしてくれるそうだ。
武藤との約束までにまだ時間はあったから、部屋に戻って昼寝しようと決めた。
1時間ぐらいは寝られるな。
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