ラブ☆コメ





 
         
 

昼飯を食い終わって映画に行くために自分の部屋で着替えた。
とりあえず出かけるってことだけは直江に言っておかないとな。
リビングで新聞を読んでる直江に声をかけた。

「あのさぁ、オレ今から出かけるから」
「え?高耶さん、どこか行くんですか?」
「うん。映画見てくる。夕飯までには帰ってくるから」
「あ、じゃあ私も一緒に行きます」
「ああ?なんで?男と映画見たってつまんねーんじゃねえの?」
「いえ、そんなことないですよ」
「だけど会社の人に見つかったら」
「それはまずないでしょう。すぐ着替えて来ますから待っててくださいね」

ちょっと待ってくれ!オレは一緒に行ってもいいなんて言ってねえ!
て、言う間もなく直江は二階に行ってしまった。なんでオレが課長と映画なんか見なきゃけないんだ〜!

「お待たせしました」
「……マジで行くの?」
「ええ。不都合でもありますか?」

不都合ってことはないけど……。

「映画、オレの見たいやつだけどいいの?」
「退屈してましたから何でもいいんです」

直江はアイボリーの薄手のセーターに、キャメルのジャケット、色の濃いインディゴのジーンズという出で立ちだった。
さっきまでのパジャマ姿から五百メートルぐらいかけ離れててかっこいい。ずるい。

「なんですか?」
「いや、別に」

オレはといえばオレンジ系チェックのネルシャツにビンテージのジーンズ、その上に赤いゴアテックスのアノラックだ。
直江と歩くの、見劣りするじゃん。

「どこの映画館なんです?」
「銀座」
「じゃあ映画が終わったら少しお店を回ったりして、それから夕飯てコースでいいですか?」

映画だけじゃなくて買い物と外食?

「冗談だろ?」
「冗談なんかじゃありませんよ。ダメなんですか?」
「だってどうして課長とそんなマネしなきゃいけないわけ?」
「……おかしいですかね?兄弟なのに」

う、それ言われると弱い。さっき直江の話を聞いたばっかりでちょっと情が移っちまったとこなだけに。

「普通の兄弟ってそういうことしないんですか?」
「ええと……」

美弥とはいつもそうやって会ってるけど、男兄弟の場合はどうなんだ?
そんでなんなんだ、そのすがる子犬のような目は!

「わかったよ、それでいい」
「決まりですね」

くそー。嬉しそうな顔しやがって〜。

「さ、行きましょう」

なんだか立場が逆じゃねえか?弟連れて出かける兄貴の気分だ。
相手はお兄さんで課長だぞ?おかしくねえか?

駅まで歩く間、近所の人に数人会って挨拶をした。
すでに直江の存在は知られてて、挨拶するたんびに新しいお兄さんか、って聞かれる。
そうだって答えると全員が全員、直江の愛想の良さに頬を緩め、女という女は子供から年寄りまで釘付けになってる。
男前はこういうとき、得すんだな。

「あ、急がないと上映に遅れちゃいますね」

自分が丁寧に挨拶なんかしてるから遅れるんだろうが。まったく暢気なお兄さんだよ。

「ほら、高耶さん、早く」
「はいはい」

だけど直江が家族を楽しんでるのを見てるとオレも楽しくなってくる。
お母さんに引き続き、お兄さんてのもいいもんだ。これで課長じゃなかったら最高なんだけど。





映画はオレの好きなアクション映画で、ポップコーンを半分こしながら食って見てた。
オレが持ったポップコーンの箱に直江の手が入ってきて持って行く。
時々同時に手を入れることがあって触れ合うと、引っ込めるのは直江の方だ。遠慮してるんだろうな。
そういうところと、家を出る時に強引に付いてきたところに矛盾が出るけど、それって直江が頑張って家族に溶けこもうとしてる現れなんだろう。

遠慮しなくてもいいぞ、って意味で箱を渡したら受け取った。そこから今度はオレが取る。
手が触れ合ってもオレは絶対に引っ込めないようにして。

映画が終わってロビーに出ると、直江がタバコを一本吸わせてくれって言って喫煙所へ行った。
そういえば直江が家の中でタバコを吸ってるのを見たことないな。

「タバコ、吸うんだな」
「ええ。一日一箱くらいは。タバコがうまいって思える時は生きてる実感がしますね」
「会社でも吸ってる?」
「なるべく少なめにはしてますけど、午前に一回、午後に一回、吸いに喫煙室に行きます。あとは昼休みに何本か」
「家では?」
「部屋のベランダで」

そうだったのか。知らなかった。

「お父さんも高耶さんも吸わないから、申し訳ないなって思って」
「……吸ってもいいよ」
「ですが」
「家族なんだから遠慮することねーんだよ。あんまりパカパカ吸われるのは困るけど、親父と晩酌してる時ぐらいは吸えばいいよ。ヤニが壁についたら直江が掃除すりゃいいんだし」
「はあ……」
「それにベランダに出なくてもいい。部屋で好きなだけ吸え。あそこは直江の部屋なんだから」

それでも躊躇ってる直江。やっぱ本当の家族みたいにはいかないのかな。

「気にしないでいいってば。オレだって中学高校ん時にちょっと吸ってたし」
「そうなんですか?」
「やっぱ親が離婚すりゃ多少はグレるもんなんだよ。いきなり母親と妹がいなくなっちまったんだから」
「……寂しかったんですね」

寂しかったって言われるのは初めてだ。
親父もそう思ってたかもしれないけど、一回も言われたことはない。
友達は励ますとか、同意してくれる程度で慰めるって感じでもないし、同情なんかまっぴらだって思ってたオレの気持ちをわかってて誰も同情しなかった。

今になってこんなこと言うヤツが出てきたなんて。

「そうだな。寂しかったんだろうな」

たくさんの人がいる映画館の前で、直江はオレの頭を撫でた。
突然だったから恥ずかしいとか、何すんだとか思う暇もなかった。

「もう寂しくなんかさせませんよ。母も私も、あなたを寂しがらせたりしません」
「……直江……」
「仲良くしましょうね」

有難くて嬉しくて涙が出そうになった。
オレが昔の直江の寂しさを感じたように、直江もオレの寂しさが見えたんだ。

「少しお店を回ってみましょう。引越しでたくさん服を捨ててしまったので、少し買い足したいんです。付き合ってくださいね」
「うん」

暢気に見えてけっこう頼りがいのある兄貴の後ろについて、映画館のエスカレーターを降りた。




銀座をブラブラ歩くことを銀ブラって言うんです、なんて大昔の話をされながら店を回って、オレが入ったこともない大人っぽい洋服屋にいくつも入って買い物をした。
直江が選ぶ服は落ち着いた色のものばっかりだったから、オレが行くような店にも連れて行って派手な色の服を合わせてやってみたりもした。

「赤……は、ダメだな」
「若い人の服なんて無理ですよ」
「直江は色素が薄いからハッキリした色ってダメかもな。少し暗めの赤や緑とかかな。あ、でも薄いピンクも案外似合いそう」
「高耶さんてば」

面白がってどんどん服を合わせようとするオレの腕を掴んで、ピンクのシャツを棚から出してる手を阻止した。

「なんで〜?似合いそうだから言ってるのに」
「ピンクはちょっと」
「いいから合わせてみろって」

無理に直江に合わせた時、男の店員がそばに来て「似合いますよ」って言った。

「ご兄弟ですか?」

ハタとオレたちの動きが止まった。顔なんか全然似てないのに、なんで兄弟だって思ったんだろう?

「ええ、そうです」

先に直江が立ち直って店員にそう言った。

「兄弟なんです」

ニッコリ嬉しそうに言いやがるから、オレも直江に合わせてやらなきゃいけなくなる。

「弟さんの言うとおり、お兄さんは薄いピンクもお似合いになりますよ。今、着てらっしゃるキャメルのジャケットの下に着て、アクセントで内側に濃い色のスカーフタイをすれば全体がボヤけなくて引き締まります」
「ああ、そうですね」

さっきまでピンクは着られないって言ってたのに、急に態度が一変した。
オレを無視してピンクのシャツと他のアイテムの合わせ方で店員と盛り上がってる。

「じゃあ、これを」

そんでカードで買いやがった。ほぼ即決だ。

「……いいのか?」
「似合うって言ったのは高耶さんですよ?」
「そうだけどさ」
「欲しくなったんですから、いいんです」

兄弟って言われたのがそんなに嬉しかったのか。だから買っちまったのか。だけど似合うよ、マジで。

「ありがとうございました」
「こちらこそ。お世話になりました」

買い物客だってのに店員以上に丁寧に挨拶をして直江は店を出た。
そして買ったシャツが入った紙袋を腕に抱えて、見て、満面の笑みをもらす。

「気に入ったのが見つかって良かったな」
「ええ」

オレのお兄さんはどこか妙に子供っぽかったり、やけに遠慮しいだったり、ちょっと寂しがりやだったり、それにすごく優しかったりする。
良かった。直江がお兄さんで。直江が家族になってくれて良かった。




その後、東京駅近くのレストランで夕飯を食べてゴチしてもらった。
あんまり気取らない店で頼む、って言ったら要望に応えてくれて、それでもやっぱり少し洒落たアジアンダイニングだった。
料理がメチャクチャうまい!こんなの初めて!

「ここって会社のそばだよな?」
「ええ。先週お昼ご飯に来た時に気に入ったんですよ」

オレなんか毎日コンビニ弁当か安い蕎麦屋なんだけどな〜。
良くて地下街の定食だ。課長ともなると給料いいんだろうな。

「来週、一緒にお昼ご飯食べに行きませんか?このへんの地理がまだわからなくて、良かったら教えてもらいたいんですが」
「いいけど……でも周りに変に思われないかな?」
「どうしてです?」
「課長と新入社員なんておかしいじゃん。会社じゃほとんど喋ってないのに」
「そうですかねぇ?」

それでも直江は諦めない。大丈夫大丈夫って言って月曜の昼休みの約束をオレと取り付けた。




翌日日曜はオレとお母さんと直江で近所を散歩した。
どこにどんな店があるとか、そんな感じで案内をしたって言ってもいいかな。
レンタルビデオ屋に寄って、薬局にも寄って、昼飯を外で食ってから家に戻って、お母さんはいつものように午後のテレビ番組を楽しんでた。
オレは部屋で借りて来たDVDの鑑賞だ。今日のDVDは人気の海外ドラマ。 千秋が絶対に面白いから見ろって言うもんで。
ポテトチップスとコーラを準備。
部屋にはDVDプレイヤーがないからプレステ2にセットしてさあ見ましょう!って時にノックがした。

「どうぞ〜」

ドアが開くと直江が立ってた。

「なに?」
「その……慣れないせいか、何をしていいやらわからなくて」
「ふーん。じゃあ一緒に見る?」

DVDのパッケージをかざして見せると、ニッコリ笑って「はい!」って言った。

「私も飲み物持って来ますからまだ見ないでくださいよ」
「わかった」

しばらくすると直江がポットと急須と湯呑みを持ってきた。あとはチョコレート。

「甘いもの好きなのか?」
「いえ、高耶さんにって母が」

オレが甘いもの大好きってゆーの、お母さんもわかってていつもチョコレートや団子を用意しててくれる。
でもオレ知ってるんだ。チョコも団子もお母さんが親父に頼んで店のを買ってきてるって。
お母さんが来る前は店のものをオレに買ってくるなんてことなかった親父が、な。
だからオレから見ても仲のいい夫婦だと思う。

「なあ直江」
「はい?」
「周りが幸せそうだと、自分も幸せだって思ったりしない?」
「……ええ、もちろん。思います」
「そう言うと思った」

のどかな日曜、オレと新しいお兄さんは同時に笑った。
こうやって部屋で一緒にDVD見たり、その感想を言い合ったりすると最近になって家族になった感じがしない。
ずっと前から知ってる友達みたいだ。

ベッドに寝そべってテレビ画面を見るオレと、ベッドに寄りかかって首だけこっちに向けて話す直江。
だいぶ年上だから友達とは少し感覚が違うのはあるけど、これが男兄弟ってもんなのかな?
美弥とは違った家族の感覚かな。

DVDが終わってコーラも終わって直江がオレの分のお茶を淹れてくれた。
床に座り直してそれを飲んでると、直江から質問がきた。

「高耶さんには彼女っていないんですか?」
「うん。今はいない」

つーか、内緒だけど今までずっといない。でも見栄張っておくことにする。

「直江は?大阪に置いてきたりしてんじゃねーの?」
「置いてくるぐらいなら連れて来てますよ」
「じゃあいないんじゃん。好きな人とかもいねーの?」
「いませんねぇ」
「だったらオレの方がちょっと上かも」
「好きな人、いるんですか?」

驚かれた。そんなにおかしいかな、オレに好きな相手がいるってのが。

「いるけど、どうだかな。付き合いたいって本気で思ってるわけじゃないから。可愛いな〜、ぐらいで」
「会社の人?」

浅岡さんだって言ったら怒られるかもしれない。会社に何をしに来てるんだって。直江はオレの課長さんなわけだから。

「教えてくださいよ」
「内緒。高校ん時の子かもしれないし、大学ん時の子かもしれないし、会社かもしれないし」
「いいじゃないですか、兄弟なんですよ?」
「それはそれ。これはこれ」

はいはい、わかりました。そう言ってオレの頭をグシャグシャ撫でる。
やっぱお兄さん風吹かしたいんだな。こんなこと、大人になってからの兄弟はしないはずだもん。




4へ

 

 
 

狙われてるかもしれないぞ!


 
   
ブラウザでお戻りください