ラブ☆コメ





 
         
 

翌週から直江は時々オレと昼飯を食いに行くようになった。
どうしてオレが橘課長と一緒に昼飯に行くのかって千秋に聞かれた。オレは用意していた言い訳を冷静に答えた。

「たぶんオレが新入社員だからだと思うけど」
「それって理由になってるか?」
「新人課長としては新入社員のオレだったら自分と同じく不慣れだって思ってるんじゃん?オレとしては仕方ないから付き合ってやってるって感じかな」

これで千秋を誤魔化せたとは思えないけど、オレ自身もよくわからないっていう素振りを見せておけば余計な詮索はされないだろう。

「今度、俺も一緒に行こうかな〜」
「いいのか?仕事の話ばっかりされんぞ?」
「い、いやそれは勘弁して欲しい」

どうしてオレが千秋の参加を快諾できなかったのか、自分でもわからなかった。 なんでだか邪魔されたくなかったんだ。
一番大きな理由は一緒にメシを食ってる間、つい『直江』って呼びそうになるからなんだけど。

何度か直江と二人で昼飯を食って、仕事の話もしたし、個人的な相談なんかもしあった。
その中で出たのは親父とお母さんに新婚旅行をプレゼントしないかってこと。
オレも直江もいい歳なんだからそのぐらいはプレゼントできるだろうってことで。

「温泉に二泊ぐらいはどうですかね?」
「そうだな〜。あ!そーいえば来月の第一土曜と日曜は親父の仕事が休みだったかも!その日で温泉宿予約してさ、サプライズプレゼントなんていいんじゃねえの?」
「それはいいですね。じゃあ今日の帰りに東京駅で温泉のパンフを貰ってその場で決めてしまいましょう。帰って夕飯の時にプレゼントするって運びでどうですか?」
「うん!ナイスアイデア!」
「東京駅の中にカフェがあったでしょう?そこで待ち合わせでいいですか?面倒な仕事があるから七時ぐらいにならないと会社を出られないと思いますけど」
「ああ、オレがパンフ集めしておくからそれでもいいよ」

だよな。結婚したのに新婚旅行にすら行ってないなんてお母さんが可哀想だ。
しかも恒例のデートだって毎回日帰りなんだしさ。たまには夫婦水入らずってのも必要だ。



仕事が終わってからオレはすぐに東京駅に向かって、駅構内の旅行パンフが置いてある店を隈なく回って集めた。
いつの間にか午後七時になってて、急いで待ち合わせのカフェに行った。
店に入ると直江がこっちですって手を振っていた。

「早かったな」
「仕事を明日に回してきましたよ」
「なんつー課長だ」

持ってきたパンフを直江がいるテーブルに広げてから、オレはカウンターに行ってカフェラテを頼んだ。
コーヒーを少なめにしてもらったカフェラテにハチミツと砂糖を入れてからテーブルに戻ったら、直江はパンフを丁寧にじっくり読み込んでた。

「なんかいいのあった?」
「ええ、ありましたよ。秋保温泉なんかいいんじゃないですか?新幹線で仙台まで出て、そこからバスで一時間弱ですね」
「場所は任せるよ。オレ、あんまり詳しくないから」

直江としてはせっかく二泊もするんだから観光もじゅうぶん楽しんで欲しいそうだ。
仙台と松島の観光なんかが渋くていいんじゃないかってさ。

「値段は?」
「ええと、一人三万円ですね」

高い!と思ったけど直江が言うには個人旅行よりも破格の安さだそうだ。新幹線の運賃も含まれてるって。

「大丈夫ですよ。まだ新入社員の弟にそんな額は出させません。私はお兄さんですから、多めに負担しますよ」
「でもそれじゃあ」
「普通の兄弟みたいに、そうしてください」

まあ確かにな。美弥とオレとでオフクロのプレゼントを買う時も、いつだってオレが多めに出してるからな。

「わかった。今回は頼むよ」
「毎回でもいいですけどね」

それでオレたちはそのまま旅行会社に向かって予約を入れてきた。
その場で発行されたクーポン券と新幹線のチケットを箱に入れて包装してもらって、肩を並べて帰宅した。




珍しく兄弟で帰ってきたもんだからお母さんはちょっとだけ驚いてた。
いつもはオレが先に帰ってきて、直江は残業が多いから。

「そろそろお父さんが戻ってくるころだから着替えたらすぐに来てね」
「はーい」
「はい」

兄弟で同時に返事をしたらお母さんが楽しそうに笑った。
自分の子供と自分の旦那さんの子供が仲良くやってるって安心してるんだろう。きっと最初は不安だったに違いない。
着替えてからダイニングに行くとホカホカの料理が並んでた。
親父はついさっき帰ってきたらしくて、まだスーツのまま並べられた料理をツマミ食いしてたりする。

「ああ、お父さん。お帰りなさい」
「お、今日は義明くんも帰ってきてるのか」
「ええ」

どうして早いのかって理由を聞かれないよう、オレが親父を着替えに行かせた。
直江はチノパンのポケットの左側を不自然な四角形に膨らませてる。チケットが入ってるんだろうな。
夕飯は珍しく直江が最初から参加してるってことで親父も上機嫌だった。ふたりでビールを飲みながら、どこのメーカーのビールが好きだの、飲みやすいだのと話をしてる。

「やっぱり日曜日はビールの売れ行きっていいんですか?」

さりげなく直江が話題をソッチへ持っていく。うまいな〜。

「そうだな。日曜は父親層も来店するから、重たいビールなんかは売れ行きいいね」
「あ、日曜日といえば。お父さん」
「なんだ?」
「来月最初の土日って、休みだそうですね。母とどこかに行く予定は立てたんですか?」
「いや、特には何もないが?」
「そうですか」

直江は箸を置いて左のポケットを探った。そこから箱を取り出して向かい側に並んで座ってる親父とお母さんの間に置いた。

「これは?」
「開けてください。私と高耶さんからの結婚祝いです」

そう言われた親父は箱と直江とオレとお母さんの顔に視線をスライドさせてものすごい驚いてた。
もちろんお母さんも驚いてたけどね。
最後にまた直江の顔をみて、親父が包装を解いた。中から旅行会社のロゴが入った白い箱が出てきて、蓋を開けると丁寧に封筒に入ったクーポン券が見えた。それでもうわかったみたい。

「新婚旅行……か?」
「ええ。まだどこにも行っていないって聞いていたから、私と高耶さんで旅行をプレゼントしようってことになって。来月頭の金曜の夜から、土日の二泊三日の旅行券です」
「たまには夫婦水入らずでな。なかなかいい選択だろ?」

お母さんはオレを見てポロポロ泣き出し、親父は直江を見て鼻水を啜った。

「お母さん、泣かなくてもいいじゃん!」
「お父さんもそんな顔しないでくださいよ」

新婚夫婦をなんでその子供たちで宥めなきゃいけないのかわからなかったけど、オレはすっごく幸せな気分だった。
喜んでくれてる。親父も、お母さんも。他の何よりもその嬉しそうな顔がオレにとっては大事だって思えた。
金曜を早番に変えてもらえるかどうかを副店長に交渉するって親父は言い、旅行用のカバンを出さないとってお母さんが言う。
オレと直江はそんな浮かれながら少し泣いてる両親をこんなに喜ばせることができたって満足顔で、また料理を食べ始めた。





直江は本当にいいお兄さんだ。課長としては厳しいところもあるけど、それはそれで尊敬できるいい上司ってことで。
家に帰ると暢気で優しくて楽しくて、最高の兄貴。
両親へのプレゼントを一緒に渡したってことがオレと直江の間の隙間や距離を埋める一番の機会だったみたいで、急速に親しくなった。
まるで本当の、生まれた時からずっと一緒にいる家族みたいに。

「高耶さん、アイスクリーム買ってきましたから食べましょう」
「うん。何味買ってきた?オレ、バニラかイチゴがいいな」
「どっちもありますよ。でも今日は一個だけですからね。お腹壊しますよ」
「わかってるってば」

直江は季節限定の栗のアイス。オレは悩みに悩んでバニラにした。
栗も美味そうだったからちょっと貰ったりして食ってたら。

「最近、仲いいのね」

お母さんが目ざとかった。

「本当の兄弟みたい」
「そうでしょう?私の性格にはお兄さんが合ってたようですね」
「じゃあオレは弟に向いてたってことか?なんか納得いかないな〜」

本当にお兄さんなのはオレの方なのに。妹がいるんだぞ。
だけどこれを直江に言ったら悪いよな。本当の妹、なんて言い方、直江を傷つけるだけだ。

「どうして納得いかないんですか?」
「だって直江の方が弟っぽいことがたまにあるじゃん」
「……まあ、確かに」

お母さんはそれを聞いて大爆笑だ。映画に行った時の話もしてあるから、それを思い出してるのかもしれない。

「まあね、義明は歳だけとって体だけ大きくなった子供みたいなものだから」
「お母さん!高耶さんにそんなこと言わないでください!」
「でも当たってるよ。オレもそう思うもん」
「高耶さんまで……」

直江を中心にして笑いが止まらずにいると親父が帰ってきて、なんだなんだ、何がそんなにおかしいんだって仲間に加わる。
だけど親父は直江の味方だ。義明くんはしっかりしてるじゃないかとか、頼りになるだろうとか言う。

「頼りになるけど、それ以上に弟キャラなんだよな〜」
「やめてくださいよ、高耶さん」

その時、直江が本気で弟キャラって言われるのを嫌がってるように感じた。年上だし、課長なんだから当たり前か。
オレからそんなふうに見られるのって屈辱なのかも。
アイスを食い終わって部屋に戻ってから、隣りの部屋のドアをノックした。数秒間してからドアが開く。

「あ、高耶さん。どうしたんです?」
「んっとー……ごめんな。オレ、ちゃんとお兄さんだって思ってるから。弟だなんて思ってないから。やっぱオレの方が弟っぽいと思う」
「そんなことですか。いいんですよ、気にしないで」

一歩、直江の部屋に踏み込んだ。直江が一歩、後ずさりする。
タバコの匂いが少しだけする部屋。相変わらずベランダで吸ってるのかも。

「入っていい?」
「もう入ってますよ。どうぞ」

直江の部屋にはちょっと大きめのベッドがある。背が高いから普通のだと足が飛び出て冬は寒いんだそうだ。
だからこのベッドは外国製で、この部屋には似合わない豪華な家具だった。

「座るところ、ベッドでいいですか?」
「うん」

カバーの上から座らせてもらって、もう一回謝ってからベランダを見た。 灰皿が室外機の上に置いてある。
やっぱりベランダで吸ってたんだ。

「寒くなってきたからベランダで吸うのやめろよ。風邪引くぞ?」
「屋外で吸うタバコが好きなんですよ。風邪は引かないように防寒しますから大丈夫」
「だったらいいけどさ、風邪でお母さんの負担にはならないでくれよ?来週の金曜は旅行なんだからな」
「そうでしたね」

それから少しだけ新婚旅行について直江と話してたら、急に不安になった。
何が不安なのかはわからないけど、心のどこかがグッと固まったみたいになった。
だけどそれを直江には言えない。どういうわけか言えないでいた。





数日後、昼飯を一緒に食う約束をしてた直江が会議で急に行けなくなった。
また奢ってもらおうと思ってたんだけどな〜。
周りを見るともうみんな出かけちゃってて、残ってるのは表計算をしてた浅岡さんだけだった。
ちょっと手伝ったらすぐに終わったから、一緒に昼飯に行くことにした。

会社の地下にあるリーズナブルな蕎麦屋で食ってから、ビル前の広場で缶コーヒーを買って喋っていた。
話題は先月から来た新しい課長のこと。直江のことだ。
今までの上司と違って頼りになるし頭もいい。要領もいい。
そんなところが女子社員には好かれるらしくて、どこの部署の誰さんがアタックしたとか、課長を合コンに誘うにはとか、そういう話題が尽きないそうだ。

「じゃあ浅岡さんも課長のこと好きなの?」

気になって聞いてみた。浅岡さんが直江に憧れてるのは部署の全員知ってる。

「ううん。ただの憧れなだけで、好きとは違うよ」
「ふーん」
「私ね、課長みたいな人もいいとは思うんだけど、好きになるタイプじゃないみたい。他に好きな人いるもん。課長とはぜんぜん違うタイプで」
「へ〜。誰?」
「仰木くん」

その言葉に驚いて思いっきり浅岡さんを振り向いた。本気で話してるみたいだった。
オレ?マジで?オレも浅岡さんのこと好きかもって思ってた。
の、はずだったんだけど。

「あの、ごめん」

とっさに出てきたのは謝罪だった。付き合う気はまったくなかった。
どうしてこの前まで好きだって思ってたのに、今は全然そう思えないんだろう?
いや、好きは好きだ。でもそれは単に同僚っつーか、優しい先輩社員つーか、そんな感じで。

「そっか。やっぱりね。まあ期待してなかったらいいんだけどさ」
「すいません……」
「いいってば。気にしないで」

浅岡さんはオレよりもっといい人を見つけてみせるって言った。それから私を好きになっても遅いわよ、って。
それがまた浅岡さんの優しさなんだって思った。
だけどオレは浅岡さんよりも優しい人を思い浮かべたんだ。直江だった。
直江はオレが知ってる人の中でも一番目か二番目に優しい。オフクロかお母さんか直江、ってぐらい優しい。

「戻ろうか、仰木くん。そろそろお昼休み終わっちゃうよ」
「うん」

浅岡さんと肩を並べて会社に戻る間ずっと、オレは直江のことを考えてた。
どうして浅岡さんに告白されて直江を思い出すんだろう?そればっかり考えてた。

広いコンコースに面した部署のドアをIDカードで開錠して、浅岡さんよりも先にドアノブに手をかけた。
かけたとたんにノブを回してもいないのにドアが大きく開かれて、オレも浅岡さんもびっくりして後ずさった。
向こう側からもドアを開けてたから開いたんだけど、そこに立ってた人物が問題だ。直江だった。
今の今までオレの頭の中を埋め尽くしてた直江だったんだ。

「あ、すいません」
「いや、大丈夫……です。今から昼飯なんすか?」
「ええ。仰木くんは……浅岡さんと行ってたんですか」
「そ、そう」
「では休憩に行ってきますね」

いつもの柔らかい、女子社員がメロメロになってる笑顔を向けてからコンコースに出て行った。

「橘課長、なんか怒ってた?」
「え?なんで?」
「一瞬、怖い顔しなかった?」
「そうだっけ?わかんないけど、気のせいじゃん?」

だったらいいけど、と浅岡さんは直江のいなくなったドアを振り向いた。
直江がぶつかりそうになったぐらいで怒るわけがない。
でももしかしたら会議ですっげー嫌なこと言われたのかも?それだったら機嫌が悪かったってことで顔にも出るかもな。
帰ったら聞いてみよう。



5へ

 

 
 

直江ががんばっています。


 
   
ブラウザでお戻りください