ラブ☆コメ





 
         
 

今週の金曜からお母さんと親父は新婚旅行に行く。 その間、直江とふたりきりだ。
自分の気持ちに気が付く前だったらそれでも全然良かったんだけど、今はもうふたりきりでいるのが苦しい。だから予定もないのに外泊するって言った。

「え?高耶くんもいないの?」
「そりゃ困ったな。義明くんだけで留守番か?おまえ、どうして義明くんをひとりにするんだ。メシぐらい作ってやれ」

親父とお母さんにそのことを話したら困られてしまった。確かにそうだ。直江は料理ができない。
金曜の夜から日曜の夜まで外食になる。

「でもさ〜」

誰とも約束はしてなかったけど、したことにして断った。だけど親父がいなくなってからお母さんに言われた。

「あの、高耶くん。最近ね、義明があなたに避けられてるような気がするって言うの。ちょっと落ち込んでるみたいで。高耶くんが新しい家族に慣れないのはわかるんだけど……もし義明が何かしたなら言って?」

何もしてないよ。どうにもならないから避けてるんだ。
もちろんそんなことは言えなくて、お母さんが悲しそうな顔をしたからオレは言い訳すらうまく出なくなってしまった。
だからいつものように安心させる。

「別に何もしてないし、言われてないよ。会社でもいい課長だし。ただちょっと、オレが色んなことあって考え事多くて、それだけだから」
「そうなの?もし義明が高耶くんにきつく当たってるのなら私から注意するから」

こんなに必死なお母さんを悲しませたらいけない。

「そんなことないって。マジで。ホントに大丈夫。金曜も家にいるようにするから気にしなくてもいいって」
「ごめんなさいね」

謝らなくてもいいんだ。オレが全部悪いんだから。
親父たちが旅行の時もできるだけ直江に会わないでおけばいい。
会社ではいつも必要なこと以外は話してない。だから同じようにすればいいだけ。





とうとう金曜日になった。
どうせ直江は少し残業してから帰るだろうから、オレは先にとっとと帰ってメシの支度をして、先に食って、部屋にいればいい。
土日の朝も昼も、直江が部屋にいる間にメシを作っておけばいい。もし一緒になっても話さなきゃいいんだ。
こんな気持ちのままふたりきりなんて、本当は嫌だ。

夕飯の買い物はお母さんがしておいてくれてるから家に帰ってすぐに料理に取り掛かった。
直江だってどうせいつもみたいなまともな食事を期待しちゃいないだろう。オムライスを作って皿に乗せて、それで終わり。

出来上がってすぐにインスタントのワカメスープと一緒に食った。
直江のぶんのオムライスにはラップをかけておいて、メモと一緒にテーブルに置いておけばいい。
風呂は直江が寝てからにしよう。それまで部屋に篭っておけば。

部屋でテレビを見てたら玄関のドアが開いた音がした。直江だ。
いつもみたく先にダイニングを覗いて、それから自分の部屋に行く。その時間と足音の正確な数をオレは知ってる。
隣りの部屋のドアが開く。それからベランダの窓が開く。ライターを擦る音。ここまでが直江の習慣だ。四分経つと窓が閉まる。
きっと今は着替えてるところ。階段を降りる足音。レンジでオムライスをあっためてる音。冷蔵庫を開けてビールを出して……。

直江。直江。直江。

どうしてこんなに知ってるんだろう。
オレは直江の気持ちを知らないくせに、家での直江の行動だけは全部知ってる。いつも意識して聞いてた音ばかりだから。
自分が嫌になってヘッドフォンで音楽を聴いた。こうしていれば直江の音は聞こえない。

「返事がないと思ったら」

いきなりヘッドフォンが頭から抜かれた。オレの部屋に勝手に入ってきてた直江。心臓が飛び出るほど驚いた。

「いったい何が気に入らないんですか」

怒ってた。顔に負の感情を出さないはずの直江が怒ってた。

「オムライスごちそうさまでした。それで?何が気入らないんですか?ここは男らしくハッキリさせましょう。兄弟なんですから後になって揉める、なんてごめんですからね」
「別に何もないよ」
「母にもそう言ったそうですね。考え事があるならあるでいいんです。だからって私を避ける必要はあるんですか?あんな、あからさまに」
「…………」
「私に対して何かあるから会社でも家でも無視してるんでしょう?こちらの身にもなってください」

そうだよ。おまえに対して何かあるからだ。
でもそれを言ったら家庭が崩壊するじゃねーか。
だったら今だけ、もう少しだけ時間をくれたっていいだろう?おまえを諦める時間をさ。

「高耶さん」
「……いいんだよ。話したってわからないんだから」
「話さなきゃわからないじゃないですか。どうしたいんですか」

もうこれ以上、直江といたらヤバイ。全部喋っちまいそうだ。好きだって。キスしたいって。誰にも取られたくないんだって。
でも言ったらいけない。だったらここにはいられないじゃないか。オレ、この家にいたらいけないじゃんか。

「オレ……貯金おろしてひとりで暮らすから」
「え?」
「もう無理なんだよ。仲良く家族をやってるの。限界なんだ」
「それは……あなたは両親の結婚に反対だったってことなんですか?私がこの家に来ることも?」
「反対じゃない。むしろ歓迎だ。直江が来るのも、最初は賛成だったけど、今は……もう無理だ」

直江は床に膝を付いてオレの目を覗き込んだ。

「本気で?」
「うん」
「私は高耶さんにとって不快な存在だったってことですか?」

そうじゃない。不快どころか、好きでたまらない。だからこそもう無理なんだよ。

「……浅岡さんと暮らすんですか?」
「え?」
「浅岡さんとお付き合いを始めたから?」

どうしてそうなるのかわからなかった。直江は勘違いしてる。

「だったら、仕方ないですね……」
「ち……ちがう」
「じゃあなぜ?やっぱり私のせいなんですね」

ダメだ。ダメだ。もうダメだ。言葉が爆発しそうだ。喉まで出掛かってる。おまえが好きだからだって言いそうだ。

「もう話したくない!出てけ!早く出てってくれ!」
「高耶さん!」
「直江となんかいたくない!いなくなれ!」

肩を突き飛ばして、体を押して、部屋から出した。
ドアを閉める。うちの家にはドアに鍵がない。だから体重をかけてドアが開かないように寄りかかった。

「高耶さん!」

ドアが叩かれる。ひどいよな。せっかくお兄さんになったのに、弟から冷たくされて怒鳴られて、大事にしてたのに拒絶されて。可哀想な直江。弟に好きになんかなられて。

「……オレがいなくなるから……直江はずっとここにいたらいい。ごめんな」
「……高耶さん……どうして」
「聞かないほうがいいよ……」

それで直江はもうドアを叩かなくなった。パタンと寂しそうに隣りのドアの音がしただけだ。





翌日土曜は直江がいなかった。
夜は全然眠れなくて、明け方近くにやっと眠れたから昼近くになってから起きた。物音がしないからそっと階下に下りていくとテーブルの上にメモがあった。

『休日出勤してきます。夕飯はいりません』

以上だ。

直江がいなくて良かったと思う反面、突然寂しくなった。
直江がここに来てから誰も家にいない、なんてことがなかったから。
いつも誰かしら笑ってて、誰かがオレを気にかけてくれてて、居心地のいい家になってたのに。

もちろんそれはお母さんのおかげでもある。だけどオレは直江がいたから安心できてたんだ。
今までひとりで自分は強いって思って暮らしてた。親父と不仲だったわけじゃないけど、家の中ではそんなに会話しなかった。オレも親父も自分のことで手一杯で忙しかったから。

そこに現れたお母さんは灯みたいに温かくて、ひとりだったオレを知ろうとしてくれた。
それ以上に直江はオレを気にかけてくれた。そりゃオレが世話してやったこともあったけど、心の中に入って来れたのは直江だけだった。

だから好きになったんだと思う。
いくら好きになっても無駄なのに、それでも。



午後はひとりで出かけた。家にいても余計なことを考えるから、できるだけ何も考えないように、だけど急に襲ってくるモヤモヤを誰にも知られないために、ひとりで。
電車で騒がしい渋谷に行った。服を物色して、CDを探して、ゲーセンに入って、用もないのにDIYの用品を見たり。それでも気持ちがざわつく。
考えないようにしてるのに直江のことしか考えられない。

気持ちを断ち切りたくて、昨日突発で言った一人暮らしのための物件を探すことにした。
予算がいくらぐらいかかるのかも知りたかったし。

近代的な不動産屋の建物に入ってカードケースに入ってる物件を探した。
都内じゃどこもかしこも家賃が高くて、オレが住めるのは都心から電車で一時間以上のところばっかり。
今まで楽してたぶん、その通勤時間は気が重くなる。しかも今のオレの貯金じゃ通勤一時間のところだって無理だ。

空が暗くなって来てネオンが禍々しく光るころ、疲れて家に帰りたくなった。
きっと直江はまだ帰ってないだろう。今のうちなら顔を合わせずに済む時間帯だ。

急ぎ足で電車に乗って家に帰った。帰りがけに弁当屋でハンバーグ弁当を買ってから帰宅。
明かりは点いてない。大丈夫だ。
リビングのテーブルでテレビを見ながら食って、時計を見る。
夕飯はいらないって言ってたから遅くなるのかもしれない。だとしたらあと二時間ぐらいか?

そう予想を立ててたんだけど、いきなり直江が帰ってきた。
慌ててテレビを消したりして階段を上がろうとしたところでタイムリミットだ。階段の下で直江と鉢合わせした。
お互いに言いたいことも言えなくて、おかえりすら言えなくて、直江の前で突っ立ってるだけだった。
下を向いて踵を返そうとした時、直江から香水の匂いがした。
いつものじゃない。女物みたいな甘い匂い。それがオレのガマンを崩壊させた。

「仕事じゃなかったのか?」
「仕事ですよ」
「香水の匂いさせて?」
「あなたに関係ないでしょう?」

関係ないさ。ないけど気になるんだからしょうがないだろう。

「私にも付き合いってものがあるんですよ。女性と会うこともあります」

言い捨てて直江は階段を上がって行った。オレの立ってる場所にまだあの甘い匂いが残ってる。
そうだよ。直江は誰からも好かれる。女が放っておくわけがない。よりどりみどりだろうさ。言い寄ってくる女の中から気に入ったのを選べばいいだけだ。
女の中から。オレは、男なんだから。






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ここ一応山場。


 
   
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