hold on me, squeeze


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大学を卒業して都内の小さな会社に就職した仰木高耶は、3ヶ月経った今、悩んでいることがある。

就職した会社は一部上場企業の子会社で、製図用品を売る店舗を全国に数箇所構えている。
高耶はその店舗の統括をする本社営業所で、外商をしている。製図用品を学校や設計事務所に卸す他、簡単な営業も兼ねて。

悩みとは、上司のことだった。
50代の統括部長は高耶を目の敵にしているようで、毎日ネチネチとうるさい小言を言うのだ。
オレが何かしたのか?と常に考えているが、どうも思い当たる節がない。
今日もアパートに帰ってコンビニの弁当を食べながら大きな溜息をついた。

今日は外商に行った先の設計事務所で配置換えを手伝って帰社した。それも営業の一環だと考えてやったことだったが、相手からは感謝されこそすれ、部長には戻りが遅い、サボってるんじゃないのか、と言われた。
それに対して反論したがったが、それすらも許さない部長の態度にこっそりキレて、同僚の千秋修平に愚痴を垂れたが

「ありゃもうしょーがねえよ。聞き流せ」

で終わってしまった。
残業などする気になれず、残った仕事は明日に回して早々に定時で帰ってきた。

「もうやめよっかな…」

ワンルームの布団に寝転がって天井から下がっている蛍光灯を見つめた。

 

 

翌日、本社から営業の精鋭がひとり、入ってきた。毎朝の朝礼で紹介が始まった。
社長直々の紹介だった。

「本社から営業の建て直しに来た直江くんだ。期間はまだ未定だが、営業所に詰めてもらうことになった。これからは営業課長補佐として働いてもらう」

営業課長兼、外商課長は色部という40代前半の気のいいオジサンで、高耶もいつもお世話になっている。その補佐である。
そして課長以下の営業は千秋しかいない。外商の高耶も少しは関わることになるのだろう。
30代前半の直江という男は見た目からスマートでやり手だというのが誰からもすぐにわかった。

「本社から来ました直江です。こちらと本社はやり方が違うと思いますので、新入社員として扱ってください。よろしくお願いします」

挨拶はあくまでも腰が低く好印象であったが、子会社の社員の反応はよそ者扱いだ。
店舗が入っている本社ビルの3階にある高耶の営業所の一角に、直江の席が用意されている。課長のすぐ隣りだった。
本社からの出向組である色部とは顔見知りらしく、笑顔で挨拶をしてから色部の席で打ち合わせを始めた。

「なあ、仰木。あいつどう思う?」

千秋が高耶の席までコーヒーを持って来て囁いた。

「どうって、新入社員扱いしろって言ってるぐらいだからそれなりの扱いでいいんじゃねーの?」
「けど建て直しで来てるんだからさ、絶対に仕切る気でいるぜ」
「まあな。色部さんがどう出るかでオレたちへの態度もわかるってもんだろうな」

そこへ千秋と高耶が色部に呼ばれた。どうやら営業と外商の顔合わせをするようだ。

「じゃあ紹介する。こっちが営業2年目の千秋修平」
「よろしくお願いしまーす」
「どうぞよろしく」
「こっちは今年新卒で入社の仰木高耶くんだ」
「…仰木、です。よろしくお願いします」
「はい。お願いします」

ムカつくほど男前だ、と高耶は思った。今までは千秋がこの会社で一番背が高かったが、それよりも高く、そして黒髪の高耶が羨ましいと思うほど天然のキレイな茶色い髪。髪に合う鳶色の瞳。彫りの深い顔立ち。
どうしてこんな男前が世の中にいるんだろう?本気でそう思った。

「そうですか…実質上の営業は千秋くんだけなんですね。仰木くんは外商の合間に営業をやっている、と」
「私も営業に出ることはあるんだが、事務的な仕事が多くてなかなかな…。新規開拓は難しいんだ」

難しい顔で色部が直江を見た。

「だとしたら、千秋くんにはこのまま変わらず顧客の営業をやってもらうことにしますか?仰木くんの外商のほうはどんな感じですか?毎日取引先に配達してますか?」
「ま、毎日ってことはないです。えっと、週に3日ぐらいはいっぱいになりますけど、あとの2日は千秋の手伝いとか店舗で販売とかしてます」

急に自分に振られて焦って答えたが、その答えが直江には気に食わなかったらしい。

「半分はヒマってことですか?」
「な…」

ヒマって何だよ!と言い掛けたが本社の社員にそれを言ったらクビ確実だ。
そこで色部が助け舟を出してくれた。

「ヒマってわけじゃないんだ。手が足りないもんで、私から頼んで手伝ってもらってる。店舗も販売員が足りなくてどうしても仰木くんに出てもらわないといけなくなるんだ。仰木くんなら商品説明も完璧だしな」
「そういうことですか。つまり営業も販売もこれ以上の人員を増やせず、かといって新しく雇えない、ということですね」
「まあ、そうだ」
「わかりました。ではまずこの営業と外商という壁を取っ払いましょう。誰もが営業であり、外商です。色部さんだけは事務処理がありますから、何かあった時以外は外回りには出なくていいと思います。顧客に対しての営業と外商は兼業にしてください。千秋くんも配達をして、仰木くんも営業をします。もちろん私も。それなら営業をしながら配達もできます。効率いいでしょう?販売のほうは…そうですね…私か仰木くんか、どちらかが手の空いてる時間に手伝うという形でどうでしょうか。あくまで手が空いてる時間ですけどね。そうして私たちが手伝う時間の統計を取って、忙しい時間を割り出してから賃金の安い学生アルバイトを雇えるかどうかを社長にかけあってみます」

どうやら色部の補佐として入ったらしいが、実質上は直江が仕切るようだ。それに関しては色部も承諾しているように見える。それが高耶にはガマンならなかった。
年下のくせに後から来てポンポン仕切るなんて、色部さんに失礼じゃないか、とこういうわけで。

「今までそうやってなかった方が疑問だったがな。まああの統括部長の考えることは四角四面で実際効率が悪いんだ」
「私が新入社員で入ったころからそうでしたね。型にはまってないと不安な人だから」

色部の言葉に高耶がハッとした。今までそれに気付いていなかった自分がいたのだ。社会人にもなって自分で物事を考えない自分が恥ずかしい。
疑問どころか、考えが及ばなかったなんて。
もうぐうの音も出ない。直江の的確な提案に一言も反論がない。

「外商と営業を一括することは私から部長に話しておきます。多少モメるかもしれませんが、絶対に通しますよ」
「頼んだよ。じゃあ、とりあえず千秋から顧客の情報を貰って把握しておいてくれ。そうだ、直江くんは外商はしたことあったかな?」
「ありません。午前中は千秋くんと挨拶回りに行って、午後からは仰木くんに外商と商品の説明を受けます」
「そうしてくれ。相変わらずキミは仕事の虫なんだな」
「誉めてますか?」
「いいや」

直江と色部は笑いあってから席に戻った。解放された高耶たちも各自の席で今日の仕事を始めた。しばらくして直江は千秋のデスクへ行き、顧客の情報と最近の営業成績を聞いている。
さっきまで直江に対して抱いていた反発心が消えた高耶は、逆に仕事が出来る男である直江を内心尊敬して見ている。
仕事に対してこんなに強気で自信に溢れた行動をする人間を、今まで見たことがなかった。
そして千秋と挨拶回りに出て行く直江の後姿をこっそり見送った。

 

 

「仰木、昼飯まだだったら行こうぜ」

さっきまで直江と挨拶回りに行っていた千秋が戻り、昨日の残務をしていた高耶に声をかけた。

「うん、ちょうど終わったし行く」
「どこにする〜?」
「オバちゃんの店でいいんじゃね?今日は水曜だからビーフシチューランチだな」
「行くべー」

お昼時から一時間遅くなってしまった二人が外へ出ようとした時、まだデスクにいる直江に気付いた。
二人同時に誘うかどうか迷い、目で合図をした。
千秋が『しょうがねえか』という顔で直江に声をかけた。

「一緒に行く?」
「え?ああ、お昼ですか。すっかり忘れてました。行きます」

椅子から立ち上がった時の威圧感が大きい。背が高いからでもあるが、それより常に堂々とした立ち姿に見とれてしまう。
我を取り戻した二人が先に歩き出し、その後を直江がついてくる。

「オバちゃんの店だけどいいかな?知ってる?」
「知ってますよ。水曜だからビーフシチューランチですね」

高耶と同じことを言った。水曜はビーフシチューの他にオムライスもあるのだが。
『オバちゃんの店』とは通称で、実際は夜にスナックをやっている店である。サラリーマンを狙ったランチを昨年からはじめたが、家庭的な味が受けて今ではこの会社の人気ランチスポットになっている。
直江のようなエリートでもオバちゃんの店に行くんだな、と思いながら高耶は少し歩を遅らせて直江に合わせて歩いた。

直江と高耶はビーフシチューランチを頼み、千秋は定番メニューのカレーを頼んだ。
食べながら千秋が直江に質問を重ねていった。どうでもいい私的なことが多かったが、直江は丁寧に答えていく。

「もしかして、その年で独身?」
「そうですけど、おかしいですか?」
「あんたみたいな男前で、仕事もできるヤツが結婚してないなんて意外でさ」
「縁がなくて」
「理想が高いんじゃねーの?」
「そうかもしれませんね」

そりゃここまでいい男だったら、高学歴で美人で性格も良くて…という女を捕まえたいに違いない。

「どんなのが理想?家柄なんかも大事?」
「家柄は関係ありませんよ。私の理想は、心がキレイな人です。容姿も学歴も関係ありません」
「なんか抽象的だな。心がキレイって…聖母みたいなのってこと?」
「ちょっと違います。善人とか、聖人とか、そういうものではなく…もっと奥深いかもしれません。私にもわからないんですよ。出会ったことがありませんからね」
「ふーん」

わけわかんねーヤツ。仕事できるくせに。
高耶の向かい側に座って、上手に皿を開ける直江を見ながら、心がキレイってどんなだろう?と考えた。

 

 

 

つづく

 

 
         
   
初・ギャグなし連載です!
思いつくまま書いてしまったので出来は
良くないかも〜。
えーと、 タイトルはある曲から取りました。
読み進んでいくうちにわかるかと。
   
         
   
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